大男とウサギ 2



突然、胸に飛び込んでいたのは、ずいぶんと綺麗な顔をした少年だった。

跳ね返りそうな身体を支えようと掴んだ二の腕は細く、顔と同じように繊細な作りをしているのだなと感心する。

じいっと見つめたのが悪かったのか、少年よりもふたまわり近く違うかもしれない大きな体格に怯えたのか、ビクリと細い肩が揺れた。

その姿は、彼の好きな小動物を連想させて。思わず、手が伸びる。

怖がらせないように優しく撫でれば、ほわりと、まるで花弁が花ひらくような、そんな可憐な笑顔で・・・

思わず、浮かんだのは・・・そう、


「ウサギ」


「は・・・?」


静かだった空気に突然投げ出された単語。

いきなりのことに一瞬呆けるけれど。少し考えて、

「あ・・・どこですか?放し飼いにしてる・・・わけないか・・・。逃げ出したウサギとかですか」

自分でいいながらそれは大変だと、まわりへと視線を向ける。

そうして、また、頭に置かれたままだった手がナデナデと動いた。

不思議に思って見上げれば、くっきりとした男前な顔に穏やかな笑みを浮かべていて、手が離れていった。



「編入生のようだが、迷子か?」

「・・・え・・・」

なぜ・・・と首を傾けかけて、はっとする。

彼の穏やかな空気に流されそうになっていて忘れていたけれど。

目の前にいる人がまったく知らない人なんだということを思い出した。


眉を寄せて、顔を顰める。


苦手なのだ。知らない人が。


「・・・大丈夫です。あの、ぶつかってしまいすみませんでした。」

眼鏡を押し上げて、動揺をヒタ隠す。

小さく頭を下げて、彼の横を通り過ぎた。

変に思うかも知れない。勝手に何事もなかったかのように振舞って、気分を害されたかもしれない。

でも、そうする以外どうしたらいいかわからなかったんだ。

さっきまで普通に会話ができていたはずなのに。知らない人だと意識すると、どんな顔をしていいのかもわからなくなってしまう。

握り締めた手にギュッと力を込める。

すると、その手がぐいっと後ろに引っ張られた。

「―――えっ?」

驚いて振り返れば、さっきの人が腕を掴んでいて。さっと血の気が引くように瞳が揺れた。

あからさまに怯えた表情をする白音に男は苦笑を洩らし、そっと掴んでいた手を離して、白音の髪に触れた。

まるで、怯えなくてもいいと伝えるように髪を梳かれて。かぁっと白音の白い頬が赤く染まる。

「あ・・・あのっ・・・」

落ち着けずにオドオドしだす白音に優しく微笑んで、男はもう片方の手でとある方向を指差した。

「寮に行くなら、そこの道を入っていけばいい。」

指差した先には奥に入っていける少し狭い小道がある。

「近道で、静かだ。」

掴まれていた腕から手が離れて。

白音はパチリと瞬きをした後、はたっと我に返ったように慌てて距離を取ったところで深く頭を下げた。





小道へと駆け出していく姿を見送りながら、耳まで赤く染めていた白音に男の表情が和らぐ。

まるで逃げるように行ってしまったのに苦笑しつつ。


「・・・やはり、ウサギだ」


確信したように深く頷いた。


綺麗な顔は一見みただけでは表情が乏しくて。

けれど仕草や瞳の色、一つ一つが繊細で、目を奪われてしまう。

怯えないようにと思うのに怯えた表情があまりに愛らしくて。震えるたびに想像してしまった。

眼鏡の奥で瞬いた瞳も、顰めた表情も。どこか儚く、それほど小さい身体ではないのに、それはとても小さな存在のようで。

人間で、あれほどまでに可愛らしい存在があっただろうかと思うほどだった。


思い出して、男の瞳が穏やかに細められる。

その眼差しは、まさしく愛らしい動物を見つめているようで。


「白くて長くて大きめの耳が、よく似合う」


深く、深く、男は頷いた。


男の瞳に、実は始終ピョコリと白く長いウサギの耳が自分の頭に見事に生えて見えていたことなんて・・・

白音はもちろん、知らぬことである。






---NEXT