「誰だよ。そいつ」その3(慎は、普通に大学に行ってる設定です。)









「うう〜・・・今日はまた、えらく寒いなっ・・・」


放課後。竜たち5人組は雨の中傘をさして、いつものようにブラブラしていた。


朝から降り続いている雨は、それほどひどいものではないが、時折吹く風が
ひんやりとして身体を突き刺す。


それでも早くから家に帰る気がしなくて、ゲーセンやら喫茶店やらで時間を
潰しながら街を歩いていたのだが・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・」


ふと、竜が何かに気がついて足を止めた。


隣を歩いていた隼人がそれに気づいて竜のほうを見やると、竜は斜め前を少し
困惑気味な表情でじっと見つめていた。


「竜?」


「・・・ん?なんだ?」


隼人の声に、他の三人も足を止めて竜を見る。


「・・・なんかあったか?」


立ち尽くす竜の視線の先を4人で辿ると、一軒のコンビニがあった。


雨でぼやける視界に視線を鋭くさせて見てみると・・・・・・。





「あれって・・・ヤンクミ・・・?」


呆然と、武田が呟く。


竜に続いて、隼人も土屋も固まったように動きを止めてしまい、武田の声に反応
したのは日向だけだった。


「え?どこ?どこだよ」


一人いまだそれを見つけていないらしい日向に、武田がそれに向かって指を伸ばした。


「・・あれ・・・。あそこのコンビニの前に立ってるの・・・」


そこにいたのは、確かに彼らの担任である久美子だった。





傘を持っていないのか、コンビニの軒下でコンビニの袋を持って立っている。


べつに普通に声をかけるか、そのまま立ち去るかすればいいだけなのに。


竜たちは・・・・・・動くこともできずに久美子を見つめていた。


そこに立つ、久美子の姿がいつもの彼女と違っていて・・・。



戸惑ってしまった・・・。



おさげの髪はいつもの彼女と変らないけれど。


もう一つのトレードマークでもある眼鏡はその顔にはなく、戸惑いの一番の理由は
久美子の着ている服だった。


ジーパンは学校で見たときと同じようだけど。


上着も、中に着ているものも、明らかにいつも久美子が着ている服とは違っていた。


華奢な身体を包むのは、シンプルで大きめな・・・男物の服。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


数十秒の沈黙の後、竜と隼人が久美子に向かって歩き出した。


そのあとを、土屋たちが追う。



戸惑いに続いて、竜と隼人に浮かんだのは・・・苛立ち。


土屋は、困惑したように久美子を凝視したままで。


武田と日向は、見慣れない久美子にポカンとしたままあとに続くだけだった。











「・・・・・・おいっ・・・」


苛立ちを含んだ隼人の声が久美子を呼ぶ。


「−−−−−おおっ!お前らっ!まだ家に帰ってないのか?!」


瞳を大きくして驚く様が変らなくて少しホッとする。


けれどフレーム越しでない瞳に見つめられて、微かに胸が音を立てた。


「お前こそ、こんなところでなに突っ立ってんだよ・・・」


「え?あ、私は・・・」


竜の言葉に、久美子が答えようとしたその時。





「−−−−−おい・・・ヤンクミっ」





久美子を呼ぶ声がした。


5人の視線が一斉に動いて、久美子は特に驚いた風もなく声のした方を振り向いた。


傘をさして近づいてきたのは、若い男。


その姿を視界に入れた瞬間、竜と隼人の視線が一気に鋭さをました。


「沢田っ!お前、遅いぞっ!」


久美子のすぐそばまできた男・・・慎は、先に竜たちへと視線を向けて、すぐに
久美子へと視線を動かした。


少し怒ったような顔をしている久美子に、自然と眉が上がる。


「店ん中で待ってろっていっただろっ」


「うっ・・・いや・・・もうすぐ来るかと思ったから・・・」


久美子は、誤魔化すように言葉を濁した。


その手に持っている袋に気がついて、慎はあえて冷たく久美子を見下ろした。


「お前・・・真っ先にデザートんとこいって、そのままレジに直行しただろ。」


慎の冷ややかな視線と言葉に、久美子はギクッとなる。


「だっ、だって美味そうなやつがあったからっ・・・」


気まずそうに視線をさまよわせて呟いた。


「それで。金払った後で店ん中にいるのが居づらいからって、すぐ出てきたわけだ」


「お、お前だって、なんか居づらくなるだろっ!!」


「だから金払うのは俺が来るまで待ってろっていったんだろうが」


「うっ・・・。ご・・・ごめん・・・。
 あっ!でも、お前のコーヒーゼリーもちゃんと買ったからなっ!」


一瞬、しゅんとなって項垂れると、今度は誤魔化すように笑顔を向ける久美子に、慎は少し
大げさに溜息をつきながらも、その視線は微かに穏やかなものだった。


けれどそれも一瞬のことで。さっきからビリビリと感じる殺気のような視線に、目を向けた。


久美子は一つのことに捕らわれると、それしか意識がいかない性格だから。


あえて、慎は彼らの存在を無視していた。


きつく、鋭くなる不機嫌な視線と空気に、自分と同じ想いを感じて・・・。


慎は自然と彼らを見る目を鋭くさせた。


(二人は確実だな・・・。)


慎が苛立たしげに舌打ちしたくなる気持ちを押さると、久美子が慎の視線に気がついて
竜たちに意識を戻していった。


「あっ!こいつらは」


「生徒だろ?」


「おうっ!よくわかったなっ!」


(・・・わかるに決まってるだろ)


「で、こいつは・・・・・・・・・・・・ッ・・・クシュッ!?」


慎を紹介しようとした時、久美子がくしゃみをした。


慎はいいタイミングだったな・・・と、心の中で笑みを浮かべると、


スッと久美子の頬へと指先を伸ばした。


触れた瞬間、強まる視線に気づかぬふりをして、久美子の頬を微かに撫でた。


冷たくなっている頬に眉を寄せる。


「一度濡れたからな・・・」


慎の部屋に来る途中で、電信柱に傘を思いっきりぶつけて折ってしまった久美子は
濡れたまま部屋を訪れていた。


低く呟いた後、久美子の腕を掴んで引き寄せた。


自分の傘へと久美子をいれて、慎はもう一度竜たちに視線を向けると、軽く会釈をして
背中を向けて歩き出した。


「えっ?お、おいっ・・・沢田っ?!」


いきなり腕を引っ張って歩き始めた慎に、久美子は戸惑った声をあげる。


「これ以上、外にいたら風邪ひくだろっ」


だから帰るぞっ!っと、慎は久美子の腕をさらに強く掴んだ。


「わ、わかったっ!あっ、お、お前らっ明日学校でなっ!じゃあなっ!!」


引っ張られながらも、「さぼんなよっ!」とかしばらく手を振っていた久美子は
だいぶ5人の姿が遠ざかった後、前を向いて歩いた。











隣をちゃんと歩き始めた久美子に、慎は小さな溜息をついた。


あいつらに遭ったことが、よかったのか悪かったのか・・・。


慎は、少し複雑な顔でそっと久美子を見つめた。


(たぶん悪い方向にいくな・・・。)


弱気になったわけじゃないし、負ける気もないけれど。


彼らを煽ったのは、少し厄介だったかもしれない。


見せつけられたからって、終わるもんじゃないことを一番よく知っているから。


見せつけられて、余計に膨れ上がる気持ちも自分が一番身にしみているから。


だから少し・・・自分と同じ想いと感情を持っているだろう彼らを、厄介だと感じる。


だからこそ、久美子があの時くしゃみをしてくれてよかった。


「元教え子」だと、久美子の口から言われなくて、よかった。


同じ立場だったことを知られるのにそう時間はかからないだろうけど・・・・・・。


「なあ、沢田っ!私のイチゴムースもちょっとあげるから、お前のちょっとくれっ!?」


隣で無邪気に笑顔を向ける久美子を可愛く思いつつも


慎はその無防備さに溜息をつくのだった。











一方・・・。なぜか取り残されたような空気の中にいる5人組はというと・・・。


「なんなんだよっ!あいつっ!?」


今にもなにかを蹴り飛ばしそうな気配で、苛立ちを吐き出すように隼人は叫んだ。


目にうつるもの、流れる空気。全てのものが、激しい炎に揺れる。


思い出しすだけでも我慢できない。狂おしいほどの苛立ちが、隼人の胸を埋め尽くしていた。




怒りを押さえきれない隼人とは対照的に、竜はじっと二人が歩いていった方向を睨み続けた。


二人の姿が見えなくなった後も、ずっと睨み続ける竜の拳は、なにかに耐えるように
ギリッと強く握り締められている。





男へと向けられる久美子の視線、意識。


全てのものが悔しい。


男の手が久美子の頬に触れた時も、久美子を引き寄せて一緒の傘に入る姿も・・・。


まるでそれが当たり前だというような空間がそこにはあって・・・。


なにもできなかった。言葉を発することさえ、できなかった。


自分もあの男のように・・・。いや、それ以上に。


久美子の視線も、意識も。頬も腕も・・・。


触れたいと、引き寄せたいと・・・あの空間さえも壊してしまいたいと。




竜は、このとき・・・強く、とても強く感じていた。








怒りに溢れる隼人と、静かに、けれど激しく胸を急き立てる竜の恐ろしいオーラに
武田と日向がびくついている中で・・・。


土屋もまた・・・モヤモヤしたものを胸に抱えていた。


まだそれは、確かなものじゃないけれど・・・。


なんだかとても・・・胸が騒がしい土屋だった。














あとがき


またも駄文気味です・・・。慎がいつもとちょっと違う感じですかね。

とりあえず「誰だよ。そいつ」は、これで終わりかなと思います。

争奪話大好きなのに、なんか自分で書くと全然ダメで難しいです・・・。

あと、この小説。なぞが多いです。わざとっていうか、なんかうまくまとめられなかったので。

ちなみに、慎と久美子は付き合っておりません。