オレンジ色の世界








担任の。山口久美子の。


知らなかった一面を見た・・・。




そんな顔するんだな?




そんな風に、誰かの隣に立つんだな?




それはまるで、違う人のよう・・・。




知らなかった・・・女のあいつ。








胸が騒いだ。


なぜかは知らないけど。


わからないけど。


ただとても・・・・・・騒がしかった。

















「はぁ・・・どうしたんだ?俺は・・・・・・」


左手で頭を抱えながら、右手で扇子を扇ぎながら。


土屋は近くの河原で重苦しく呟いた。





肌寒い夕暮れの風が吹き荒ぶ中にいるはずなのに、顔が異様に熱い。


頭もぼんやり。


胸はザワザワ・・・。


チラチラ浮かぶ、男と女。


「−−−−あ゛ぁ〜〜っ・・・・・・」


なんで俺があいつのことでこんなに悩まなきゃなんねーんだっ?!


てか・・・なんで俺は悩んでんだよ・・・。


さっきからこの繰り返し。悩んだり、苛立ったり、と思ったら呆れたり・・・。


「どうしたいわけよ・・・俺は・・・・・・」


思いを投げ出すように寝転がると、夕日に染まったオレンジ色の空一面。


昨日の雨雲はどっかに流れた、綺麗な空。





なのに・・・静かな耳に届くのは、雨の音。女の声・・・。


聞いたことのない・・・あいつの声・・・。


どうしようもなく、胸を騒がせた。








見なかった。見られなかった。今日のあいつ。


朝のHRであいつがドアを開けて姿を現した瞬間。


俺の顔はどんなだった?


おかしいくらい・・・きっと赤かった。


どうしてかなんてわからない。


だけど・・・とても恥ずかしかったんだ。あいつを見るのが・・・。





「ガキじゃあるまいし・・・」


空を見上げたまま、ボソリと呟いた次の瞬間。


「−−−−やっぱり土屋だっ!」


静かな河原に、明るい声が響いた。


「っ?!」


聞き覚えのある。よく知っているその声に、土屋はガバッと上半身だけを上げて、声のした方を振り向いた。


笑顔で走り寄ってくる姿に、土屋の顔に熱が集まった。


「こんなところでなにしてんだ?」


すぐ近くまできて、しゃがみ込んで首を傾げる久美子の姿に、思わず少し後退さってしまう。


「なっ・・・なんかようかっ・・・?」


じ〜っと見つめてくる視線に、扇子を扇ぐ手が不自然に速度を上げる。


バクバクと心臓がわけわかんなく騒いで動きまくって、その姿を直視できない。


「ん?べつに用はないけど・・・。・・・・・・・あっ、そうだっ!」


「・・・なんだよっ・・・?」


急になにかを思い出したように鞄の中をあさりはじめた久美子に、土屋は戸惑いながらもその行動に目を向けた。


「あれ・・・?ちょっと待てよ・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


隣に座り込んで、足の上に乗せた鞄の中を覗き込む姿に土屋の扇子を扇ぐ手が止まった。





騒がしかったはずの胸が、静まりかえる。


直視できなかったはずなのに・・・・・・今は、逸らせない。


なぜかは知らないけど。


わからないけど。


突然、とても・・・・・・静かになった。





「おっ・・・あったあったっ!!」


嬉しそうな声に、ハッと我に返る。


(・・・なんだ・・・?今の・・・)


自分に起きていた感覚に、頭がついていかない。


妙な感覚になんとなく眉を寄せて視線を下げると、スッとなにかが飛び込んできた。


白い手のひらと、その上にのった透明な包み紙に巻かれた、オレンジ色の大きな飴玉。


「ほらっ!」


そして、明るい声。


無意識のうちに伸ばされた手は、飴玉を掴んだ。





微かに触れた指先に・・・・・胸が熱くなった。


騒がしかった胸は、静まりかえり。


視線をあげた先にいる姿から、目を逸らせない。


微かに聞こえてくるのは・・・・・・静かに、だけど速い速度で音を立てる、心の音。


胸のずっとずっと深い奥で、動く・・・心の音。


その音に気づいて、土屋は我に返った。





そして、今だ鳴り続けてるその音に。


自分の手のひらにのる飴玉を見下ろして、彼は苦笑した。





(なんだ。そういうことか・・・)











胸が騒がしかったのは、行き場のない想いが暴れていたからだ。


あの瞬間。山口久美子が、担任から女に変わった瞬間。


必死で隠していた想いが溢れ出した。


まるで意地悪をするように。


声を聞かせて、雨の音を鳴らして、姿をちらつかせて。


気づいてほしいと、ずっとずっと騒いでた。





そしてやっと・・・想いは行き場を見つけた。





ただ一人の人がそばにいるだけで。二人きりでいるだけで・・・湧き上がる気持ちがあった。


ただほんの少し触れただけで、感じる熱があった。


視線を向けただけで、離せない感情があった。


それは全て、一つになって。


想いが集まって、・・・心を動かす。




それは初めて生まれたものだけど。


それがなんなのか、俺は知ってる。





納得して、頷いて。





苦笑いは、笑顔に変わった。





その笑顔に、久美子も嬉しそうに笑う。


「白鳥先生に貰ったんだ。2個しかないから、ほかの奴らには内緒だぞ?」


飴玉一個で。内緒もなにもないだろ。


けれど土屋は。




「絶対言わねーよっ」




扇子を静かに扇ぎながら、穏やかな笑顔で言った。






飴玉のことも。


久美子に会ったことも。


二人きりのこの時間も。


誰にも。絶対に、言わない。











片頬を膨らませてる姿に笑いながら、その手に持った透明な包み紙が目にとまって。


自分も飴玉を口に含んだ。オレンジの香りと、甘い味がひろがる。


そしてカラコロと音を立てながら、手を伸ばした。


「なあ、その包み紙くれねー?」


「ん?」


どうするんだ?と、首を傾げる久美子から包み紙を受け取った土屋は、自分の包み紙と重ねると


空にかざした。








扇子の風を受けながら。心の音を聞きながら。


オレンジの香りと味を感じながら。


興味津々に、よりいっそう近づいてくる久美子と一緒に。


キラキラ光る、オレンジ色の空を見上げる。


ほんの少しの時間。ほんの小さな世界。











きっとこれから。この想いが苦しい時もあるだろう。


切ない時もあるだろう。


だけど・・・きっと、忘れない。





頬を膨らませて、カラコロと音を鳴らして、見上げたこの時間も。


オレンジの香りも、味も。


キラキラ光る、オレンジ色の世界も。


この心の音も。





きっと、ずっと、忘れない。









キラキラ光る、オレンジ色の世界。





それは、二人だけの・・・小さな世界。




















あとがき


土クミ、難しかったですね・・・。

とりあえずオレンジ色の世界がどうしても書きたかったのだけれど、

この話で書いたのは、ちょっと無理があったかもです・・・。

「慎の予感、的中」編はこれでラストです。3作お付き合い下さった方ありがとうございました!