似合わない。

ホント、似合わない。

らしくもなく覗いてみた。

幸せそうにチョコを選ぶみんなをかわいいな、なんて思いながら。

自分でもそっと手に持ってみた。

ブルーの包み紙に白いリボン。爽やかな、それを・・・。





「行こう!ヒメっ!」

ふんっとそっぽを向いて、悦子が早足で去ってく。

ヒメは悦子に腕を取られながらも、後ろを気にして心配顔。

ポツンと残った浩之は、複雑な表情で視線を逸らした。





バレンタインからもう一週間。

予感はしてたけど、悦子は浩之を完全に避けて無視して突っ張ってる。

当然の報いだとわかっていても。浩之は罪悪感より、避けられてることの方がショックで悔しい。

(・・・性格悪すぎやろ・・・)

まるで他人事みたいに肩を竦めて、空を仰いだ。

曇り空。灰色の空。

溜息と一緒に、胸に暗い影が落ちた。




「見事に嫌われとんなぁ、セッキー?」

のんきな声に視線を向ければ、三郎がニヤニヤとしている。

浩之は機嫌悪そうに眉を顰めて、視線を逸らした。

誰の所為だと・・・

そう思いかけて、呆れる。

全部自分の所為じゃないか。

悦子のチョコが行き場を無くしてしまったのも。避けられてるこの事態も。

それでも、黙って見てみぬふりをするよりはマシだと思った。

あのチョコが、届かなくて・・・。

でももしこのまま避けられ続けるなんて、たえられそうもなかった。

視線を逸らして。悦子から離れて。

それが出来たら、こんなことにはならなかったのだから・・・。







「っ・・・」


「・・・・・・」


その日の放課後。

あのバレンタインの日と同じように浩之と悦子は廊下でバッタリと鉢合わせていた。

誰もいない静かな廊下で。

視線が合わさった瞬間、悦子の表情が戸惑うように揺れた。

視線を彷徨わせて、気まずそうに来た道を戻ろうとする。

意地を張っているのはわかってた。

お互いに素知らぬ顔すらできないほどに二人の距離は近いから。

でも、傷ついたんだよ?凄く・・・傷ついたんだ・・・。

その気持ちをわかってほしくて。悦子はまだ、素直になれない。

逃げるみたいで嫌だったけれど。そのまま背を向けようとして、急に腕を掴まれた。


「・・・いつまで、こんなんしとんのじゃっ」


開き直ったようなその機嫌悪そうな声に悦子は掴まれた腕を振り解こうとする。


「そんなん知らんよっ!あんたが悪いんやないのっ!!」


むっと頬を膨らませて、大きな瞳で睨みつける。

ブンブンと振っても腕は中々離れなくて。思わず引き離そうと浩之の手首をもう片方の手で掴んだ。

視線を手元に下ろして引き離そうとグイグイ引っ張る。

それでも腕は離れなくて。悦子は次第に悔しいような悲しいような気分になって、瞳の奥が熱くなっていった。

意地を張っている自分がバカみたいで。でも、彼だって悪いのだ。

一言でも謝ってくれたら、こんなに無理をしなくてもすむのに。

悦子は手を止めて、キュッと唇を噛んだ。視界がジワリと滲んで・・・、


「・・・謝ってよ・・・」


涙が零れ落ちる前に。

傷ついたんだから。こんなに、こんなに胸が痛んだんだから。

それなのに浩之には何も伝わっていないのか、ギュッと握る力を強めて、彼は強く言った。


「嫌だ。謝らん」


「なっ!?ーーーなんなんっそれっ!!も、もー知らんっ!!あんたなんてっ・・・!このっ、アホブーーっ!!」


−−−ガンッ!


キッパリと言い切った浩之に、憤慨した悦子の足蹴りが跳んだ。

部活で鍛えられているといえど、脛をつま先で蹴られた威力はハンパなく、痛みに手の力が緩んだ隙に悦子は駆け足で去っていく。

浩之は痛そうに顔を歪めて足を押さえながら、壁に背中を預けて、それを見送った。


謝るなんて、できるわけないじゃないか。

謝るくらいなら、最初から傷つけたりなんかしない。

謝ったら、悦子の想いを、あのチョコを・・・認めてしまうことになる。

それができないから、ひどい事までしてしまったというのに。


「・・・少しは気づけや・・・ボケ・・・」


足を擦りながら、浩之はもどかしい苛立ちを呟くように吐き出した。







それからさらに一週間。悦子の態度は、さらに悪化していた。

浩之と目が合おうものなら、一瞬の隙も見せないほどに殺伐とした空気を放ち、

ひとりでいるときでもムカムカと思い出したように教科書やらを握り締める。

怒りのゲージが最大値にまであがってしまったらしい。

そして浩之はというと、


「おーい、セッキー?せきのくーん?」


「・・・」


さすがの三郎も顔を引き攣らせるほど、こちらも最悪。

最悪に、空気が重い。


「セッキー・・・ちゃんと寝とんのか?」


窓際の席でゴツと窓に頭をぶつけたまま、深く瞼をとじている浩之の顔を覗き込みながら、三郎が心配げに眉を顰める。

あぁ・・・、と小さく返事を返すだけで、本人何でもなさを繕っているようだが、背負い込む空気だけは誤魔化しきれていない。

浩之は瞼をとじながら、どうしたらいいかずっと考えていた。

考えると、結局最後は一番受け入れがたい選択にしか辿り着けなくて。

自分の想いに、胸が締め付けられるばかり。

本当に行き場がないのは、この胸の想いなんだと思い知らされているようで・・・、苦しかった。

悦子の目は、その苦しみを認めてよ、と言っているような気がして・・・。

気持ちはいつまでたってもハッキリしない。

結果がどちらに転んだとしても、自分自身が向き合わない限り、どうにもならないのに。





「っ・・・」


「・・・・・・」


そして、三度目の鉢合わせ。

運がいいのか、悪いのか。

悦子は臨戦態勢のように握り拳まで作って、じとーっと浩之を睨みつけている。

なんで私が逃げなきゃいかんのっ。ここは突破するのみ!

これでもかと意気込んで、ズンズンと浩之へと近づいてく。そのまま彼の隣を通り過ぎようとして、また腕を掴まれた。

なんよっ!!とキッと睨みつけようとして、引っ張られると思ったら、いきなり抱きしめられてしまった。


「え・・・っ?!」


突然の出来事に硬直してしまうと、ぎゅうっとさらに強く抱きしめられて、肩口に顔を埋められる。

浩之は目をきつく閉じながら、身をさらに寄せた。

髪が首を擽って。悦子は赤く染まった顔で、ちょ、ちょっとっ・・・とくすぐったそうに首を竦める。


「なっ、なにっ?」


急激に心臓がドキドキしてくる。

何がなんだかわからなくて、でも引き離すことも出来なくて。

頭の中でわたわたパニクっていると、ボソッと唸るような声が肩の熱と一緒に耳に届いた。


「お前だって・・・悪いんやぞ・・・?」


「・・・え?」


「・・・人の気も知らんと・・・ふざけんなっ・・・」


「え、ええ?なに、よ・・・?」


言ってる意味が全然わからなくて、余計に混乱する。

腕の力はますます強くなっていくばかりで。苦しいくらいで。

思わず眉を寄せて身じろごうとして、


「・・・あいつなんかに、やろうとするから・・・悪いんじゃ・・・」


お前が、悦子が・・・他の男にあんなの渡そうとするから。

だから、こんなことになったんだと、浩之にしては珍しい愚痴るようなその言葉に、悦子は思わず動きを止めた。


「え?えっと、・・・えと、それって・・・・・・ええ?」


混乱したように、えっと、えっと、と何回も呟く。そうしてやがて、悦子の顔が見る見るうちに真っ赤に染まっていった。

悦子の考えが、ある一つのことに纏まったらしい。

−−−・・・なん、や・・・ほうやったん・・・

真っ赤な顔で。でも、とてもホッとしたような顔をして。

緊張で強張っていた悦子の身体から力がふっと抜けると、なんなのか、急に浩之の身体がどしっと体重をかけてきた。


「ってぇっ!あ、あんた、お、重い〜〜〜〜っ!!!!」


悦子の悲惨な叫び声が、二人きりの静かな廊下に響き渡った。





「・・・寝ぼけてたん・・・?」


廊下にペタンと座り込んで、悦子は俯いた視線の先にある髪に躊躇いがちに手を伸ばした。

浩之は、廊下に寝転がったまま眠ってしまっていた。

なんだか様子が変だったのは、寝ぼけていたかららしい。


「・・・でも、あの言葉は・・・嘘やないよね・・・?」


眠る浩之に、問いかけてみる。

返事は返ってこないけれど。嘘じゃないんだと、ちゃんとわかってる。

ドキドキ高鳴る胸を抑えて、

恥ずかしそうな、でもどこか嬉しそうな顔で・・・悦子は、そっと、彼の黒髪に指を寄せていた。







「・・・ん・・・?」


ぼやっと、浩之は目を覚ました。

あ・・・?なんで・・・俺・・・

未だ状況がつかめていない頭で上半身を起こすと、なぜか腹の上に乗っていた鞄が床に滑り落ちる。

廊下で寝てしまっていた自分に気がついて、まだ窓の外が夕暮れ時なのにホッとしつつ、


「・・・アホか、俺・・・」


自分の情けなさに自嘲的な笑みを浮かべる。

寝不足になって。こんなとこで無意識に眠ってしまって。アホ過ぎて、笑うしかない。

座り込んだまま背中を壁に寄せて、ふと思う。

そういえば、あいつと・・・。

悦子と、この廊下で顔を合わせたような気がするのだけど。気のせいだろうか・・・?

ぼんやりと思い出そうとすると、床に転がった鞄が目に止まった。

鞄の下にプリントが落ちていて、引っ張り出して見てみた浩之は、途端に目を見開いた。


『あのチョコはあんたんのよ!アホブー!!』


数学の宿題プリント一面にデカデカと書かれたその言葉。

その意味に気づいた瞬間、浩之の顔は、見事に赤く染まるのだった。