腕の中にあるそれを見つめて。


駆け出した彼女が残した言葉がすべての思考を捕らえる。


・・・・・・僕に作ったもの?


そんなわけない。そんなことあるわけないだろ?


でも・・・


『・・・あんたに作ったものだからっ・・・』


彼女の言った言葉に全ての気持ちが湧き上がるのを抑えることなどできなくて・・・。


これで最後なら・・・


かっこ悪くても・・・情けなくても。


自分の都合のいいように、あの言葉を解釈してしまっていたとしても・・・


この気持ちを伝えることは、それ以上に大切なことなんだと・・・


腕の中にある


ほかの誰でもない、自分だけに向けられたクッキーをまた一つ食べて、気がついた。








そして・・・


大切に気持ちを抱えた僕の全ては、やっと動き出した。








走って・・・走って・・・



「ーーーー・・・さくらくんっ!!」



雨に変わって、光が降り注ぐ川の土手で、彼女の小さな後姿を見つけた。








「・・・なんで・・・」



振り返った彼女の驚いたように大きく見開いた瞳に浮かぶ涙を見つけて、思わず足を止めた。



いつも笑顔で、その笑顔が可愛くてしかたなかった。



それが自分だけのものじゃないのが苦しかったから、もういらないと終わらせた。



そのことで、自分の言葉で、こんなにも彼女が傷つくことにも気づかずにいた。



「なんであんたは・・・そんなに・・・優しいのさ・・・っ・・・」



抑えきれない涙が頬に流れて、辛そうに歪めた顔を隠すように下を向いてしまった彼女に、ズキリと胸が痛む。



「・・・優しくされたって、嬉しくないよっ・・・追いかけてきてくれたって・・・全然嬉しくないっ・・・」



俯いたまま、言葉を無理やり吐き捨てるように懸命に叫ぶ、その肩は震えていて。



いつも以上に小さくて、思わず抱きしめてしまいたい・・・と、思いながらもそれを必死に押さえつけた。



言わなければいけないことがあるから・・・。



手を伸ばす前に、抱きしめる前に、伝えなければならないことがある。



どういえばいいのか・・・。震えて傷ついている彼女に、どう伝えればいいのか。



頭で考えて、言葉を選んで・・・浮かんできたのは、頭の中ではなく、心の中。



甘く、優しく、ちょっと苦くて、でもとても暖かい・・・クッキーの味。



伝えなければいけないことを教えてくれたクッキー。



自分にはクッキーに想いを込める事は難しいけれど、言葉では伝えられるはず。



後のことも、先のことも考えずに・・・。



ただ・・・伝えよう・・・。



「・・・さくらくん。」



そうしてやっと口にでた言葉は、少し遠まわしな始まりだった・・・。



「僕は・・・やさしくなんてないよ」



優しくしようと思っていた。自分は優しい男だと、心のどっかで勝手に思い込んでた。



でもそれは、本当の優しさなんかじゃなくて。



全部、自分のための優しさだった。



可愛い彼女になにかしてあげよう。



可愛い君が喜んでくれるなら、僕はどんなことだってするよ・・・?



全部、全部・・・自分のためだった。



なにかしてあげれば、可愛い君が手に入る。



可愛い君が喜んでくれて、笑顔を見せてくれれば、その笑顔は僕だけのものになる。



苦しいのが我慢できなくて逃げ出して・・・。



自分だけが辛いと、不幸なんだと、その辛さを心の奥底で、ずっと君の所為にしてた・・・。



幸せになってほしいなんて、自分を情けない男なんだと思いたくなくて



綺麗ごとを並べていただけで、本当は心の奥でずっと思ってた。



「僕は・・・君が不幸になればいいと、思ったんだ」



「・・・・・・・・?!」



震えて俯いていた顔が、ハッと上を向いた。



「君が誰かを好きで・・・その想いも一生届かなければいいと、思ったんだよ」



「・・・・・・どう、して・・・?」



驚きとショックで涙で滲む瞳が揺れても、目を逸らさずに続けた。



「・・・だって君は・・・僕のそばにいるのが幸せなんだからって。

想いが届くなんて、許せないって思った・・・。僕のモノじゃないのに、

君が幸せになるなんて・・・嫌だったんだ・・・」



自分だけが幸せにできる。自分だけが手にできる。



それは、あきらめの気持ちの奥にずっと潜めていたもの。



あきらめながらも、君の想いが届かなかったときのことを考えていた。



ほら、やっぱり君は僕のものなんだと・・・。



あまりにひどく、歪んだ気持ち。



こんな気持ちをずっと持っていた自分が恐ろしくもあるけど、



こんなにも彼女を思っていたのかと驚く気持ちのほうが強かった。



それは彼女も同じなようで、さっきまでの傷ついてショックを受けた瞳の揺れは消え、



変わりに浮かぶのは、ポカンっとした驚きと混乱だった。



呆然と固まったように動かない彼女の意識を捕らえるように、



彼女の顔に手を伸ばして、柔らかい頬に触れた。



「僕の言ったこと、わかる?」



ビクッと肩を震わせて、それでも逃がさないと、もう片方の手で彼女の腕を掴む。



「どんな意味か、わかるかい?」



「・・・・・・・・・・・・」



手に力を込めて、じっと彼女の瞳を見つめる。



わかると、一言でいいから言ってほしい。



そう願いを込めて見つめ続けたけれど、しばらくの沈黙のあと、



困惑した表情でなにかを考えるように視線を下げた彼女は



そのままトンっ・・・と微かな音を立てて倒れこんできた。



「・・・さくらくん・・・?」



丁度胸の位置に顔を埋めて、突然身体を預けてきた彼女の行動と、



触れあう暖かなぬくもりに今度は自分が困惑してしまう。



少しの間のあと、フツフツと嬉しさがこみ上げてきて、自然と顔が緩んでいく。



「・・・わかってくれたってことなのかな・・・?」



彼女の行動がどういう意味をもつのか、わかっていても問いかけた。



行動や仕草で伝えてくる。



それは僕にはあまりできないことで、言葉よりもなによりも嬉しいことだと思う。



だけど、言葉で聞いてみたいとも思ってしまう。



彼女の口から、彼女の言葉を、聞きたい。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・」



けれど彼女は無言のまま、ただ顔を胸に摺り寄せるばかりで、



そんな彼女の仕草に答えるように、笑顔を浮かべながらすぐ下にある柔らかな髪を撫でた。



言葉で聞けないことは、ちょっと残念だけど。



抱きしめたいと思っていたぬくもりが、手を伸ばさなくてもすぐそばにあることがとても嬉しく思う。



それに、彼女の言葉よりもさきに、伝えなければいけないことがまだあった。



「・・・君は本当に可愛いね。可愛くて、可愛くて・・・」



そう、可愛くて・・・



可愛くて・・・・・・



「すごく・・・大好きだよ。」



意外にも、それは初めて伝えた言葉だった。



言葉にして、改めて思う。



いつの間に・・・こんなに好きになっていたんだろう・・・・・・と。



好き。大好き・・・。



可愛いという言葉を言うよりも、どこかくすぐったいようなもどかしい気持ちになる言葉。



でも次の彼女の言葉と表情に、それ以上に彼女への言葉に相応しく、



そしてくすぐったくてもどかしい気持ちになる言葉があることに気がついた。



それは、胸に顔を埋めていた彼女が顔を上げて、視線を合わせたあとのことだった。



「やっぱり思ったとおりだった」



「??」



「可愛いっていわれるとちょっと変な感じだったけど、

大好きっていわれるとなーんかシックリくる感じなんだよねー」



「・・・シックリ・・・?」



「だからー、可愛いっていわれるよりも、大好きっていわれたほうが全然嬉しいなぁーって」



にっこりと、ふんわりと、それはもう柔らかくて暖かくて、



ハッとするほどの嬉しそうな笑顔にドキリと胸が大きく跳ね上がり。



その笑顔でいった言葉の意味を理解したとたん、



「・・・・・・・・・ッ!?」



一気に顔に熱が集まるのを感じた。



真っ赤に染まったであろう自分に恥ずかしさがこみ上げ、



思わず彼女から数歩後ろに下がり、口元を押さえる。



「花輪くん?」



キョトンと首を傾げて、覗き込んでくる彼女の純粋な瞳を見つめながら。



心の中は、今までに感じたことのないほどの目まぐるしい大回転をしていた。








な、なんだろう・・・。なんていえばいい?



可愛いなんてもんじゃなくて・・・大好きじゃ足りなくて・・・・・・



もっと・・・もっと・・・なにか・・・・・・・・そう・・・






『   』






「・・・・・・ッ!!」



突然、浮かんできたその言葉に、さらに顔が、全身が熱くなった。



そして、







「・・・あ・・・はははっ・・・っ・・・」



何故か・・・ものすごく笑いがこみ上げてきた。



「花輪くん?な、なに・・・?」



彼女に不思議そうな目で見られても、笑いは止めることはできなかった。



「あ、ははっ・・・ご、ごめんっ・・・」



面白いというか、可笑しくてしかたなかった。



もちろん彼女ではなく、自分自身が。



突然浮かんできた言葉。それは・・・・・・



可愛いよりも、大好きよりも、くすぐったくてじれったくて、そして・・・甘い言葉。



それは・・・・・・。







「な、なにがそんなに可笑しいのさっ」



言えるわけない。



頭に浮かんだだけでもこんなに恥ずかしいのに。



口になんかだしたら、どうにかなってしまいそうなくらいだ。



でもその言葉は、彼女にも、彼女への僕の気持ちにも、一番あっている言葉だと思った。



今はまだ口にするには早いというか、幼すぎるというか・・・。



でもきっとこれからもずっとずっと心にあるもので、

これからどんどん大きく成長していく言葉のような気がした。








「もうっ!いったいなんなのさっ!!」



「ごめん、ごめんっ!・・・あ、そうそうっ、また来週の日曜日は家においでよ」



「・・・最後なんじゃなかったけ?」



「うん。そうだよ」



「・・・・・・・・・・・・・・」



「お茶会と勉強会は、今日で最後」



「?」



「来週からは、デートさっ!」



「・・・で・・・デートっ?!」



「そうだよ?来週はどうしようか?初デートだし・・・」



「は、初デート・・・って・・・・・・・」



「君はどうしたい?」



「えっ?!う、うんと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「え?」



「・・・お散歩・・・。二人で・・・歩きたい・・・」



「・・・うん、いいね。それじゃあ、僕のリクエストは、またクッキー焼いてきてくれるかい?」



「・・・また失敗するかもよ?」



「大丈夫だよ。僕のために作ってくれるんだから、絶対美味しいさ」



「真っ黒こげにしといてあげるよ」



「はははっ・・・」








ちょっと照れくさそうに頬を染める彼女の姿に、幾度となく溢れる言葉。



可愛くて、可愛くて。好きで、大好きで・・・そして・・・



とても・・・とても、君が・・・・・・『愛しい』。




あとがき



やっと終わりました〜!!と、いっても、

この最後の4には、まる子サイドがあるのでまだ完成ではないですけど。


一応、補足。花輪くんの気持ちの成長。

      可愛い→好き→大好き→愛しい→愛してる

てな感じでしょうか?


いまどきの小学生ならば(てゆーか幼稚園児でも)

「愛してる」ぐらい平気で飛び交っているのかもしれませんが、

一応まだまだウブ(?)なお子様ということで・・・。

でもちょっと小学生にしては、過激すぎることをいってますなぁ・・・。


といっても、とても小学生の恋とはかけ離れてるような

シリアスな展開になってて、矛盾が多すぎですみませんです。


でもこれだけ小学生のうちから悩みまくったのですから、

今後の二人は幸せいっぱいで甘甘でいけそうですね。


言葉で押しまくる花輪くんと、態度で相手を(無意識に)ノックアウトするまる子。



なぜだかとっても気に入ってしまったこのカップリングを思うと、

やっぱり私はマイナー路線の人間なんだなぁと実感。



そして私の中では、意外にも花輪くんは誠実なキャラとなっているもよう。