「ーーーー・・・さくらくんっ!!」 自分を呼ぶ声を聞いて。 振り返った先にいる存在が、信じられなかった。 「・・・なんで・・・」 どうして・・・? どうして追っかけてきてくれたりするの・・・? 勝手に出てきてしまったのに・・・。 雨だって降ってたのに・・・。 ・・・なんで・・・? どうして・・・・・・・・ 「なんであんたは・・・そんなに・・・優しいのさ・・・っ・・・」 優しくて、優しくて・・・。 でもその優しさが、特別じゃないことを知っているから辛いんだよ。 「・・・優しくされたって、嬉しくないよっ・・・追いかけてきてくれたって・・・全然嬉しくないっ・・・」 嘘。 嘘ばっかり・・・。 でも・・・あんたはもっと嘘つきだよね・・・。 可愛いなんて嘘でしょ? 美味しいなんて嘘だよ・・・。 あんたは・・・ 誰にだって可愛いっていってる。 誰が作ったものだって、嬉しそうに美味しいっていうでしょ? わがままかもしれない。欲張りかもしれない。 でも・・・特別じゃない優しさなんて・・・苦しいだけなんだよ。 苦しくて・・・苦しくて・・・ 涙がまた溢れ出してくる・・・。 見られたくなくて、顔を下げると地面にポタポタと雫が落ちるのが見えた。 この涙が止まったら、苦しくなくなるかもしれない。 雨が止んで、光が射し込むみたいに・・・私の心も晴れ渡るかもしれない。 特別な優しさじゃなくても・・・素直に、嬉しいって思えるのかもしれない。 でも・・・きっと忘れるのは無理だよ。 「・・・さくらくん。」 名前を呼ばれるだけで、こんなに苦しいのに、忘れるなんて無理だよ。 「僕は・・・やさしくなんてないよ」 ・・・違う。誰よりも優しくて、優しすぎるから、そんなこというんだよ。 優しくて・・・・・・ 「僕は・・・君が不幸になればいいと、思ったんだ」 ・・・・・・・・・・・え? 思わず顔が上がって、涙が、身体が固まっていくような気持ちがした。 「君が誰かを好きで・・・その想いも一生届かなければいいと、思ったんだよ」 ・・・それって・・・。 嘘、だよね・・・。あんた、嘘つきだもん・・・。 特別じゃなくても。気持ちは違っても・・・。 好きでいてくれてると、おもってたのに。 あたし・・・そんなに嫌な奴だった? そんな風に思うほど・・・あたしのこと 嫌いなの・・・? ズキリと胸が痛んで、固まったままの身体中を責めるように痛みが広がった。 「・・・・・・どう、して・・・?」 顔を見上げてるはずなのに、涙に覆われてなにも見えなくて・・・見たくなくて・・・。 それでも、訳を知りたかった。 自分のどこが、そんなに嫌いなの? もう特別じゃなくてもいいから。普通の好きでいいから。 わがままも、欲張りも、やめるから。 嫌いなところも絶対直すから、だから教えて? そう思ったのに・・・ 返ってきた言葉は、予想していた言葉とは違うものだった。 「・・・だって君は・・・僕のそばにいるのが幸せなんだからって。 想いが届くなんて、許せないって思った・・・。 僕のモノじゃないのに、君が幸せになるなんて・・・嫌だったんだ・・・」 ・・・??? どう、いう、意味・・・? 嫌いだから・・・じゃ、ないの? 『僕のそばにいるのが幸せ・・・』 ・・・そばにいてもいいってこと、だよ・・・ね? て、ことは・・・嫌いなわけじゃなくて・・・ 『僕のモノ・・・』 モノ・・・? ・・・モノって・・・者・・・物・・・・ ???? ・・・優しいんじゃなくて、以外と自分勝手ってことを言いたいの・・・? 彼の言った言葉の意味がよくわからなくて、頭の中がこんがらがりそうになった時、 突然、手が伸びてくるのが見えたと思ったら、ふわりと頬に暖かなものが触れてきた。 「僕の言ったこと、わかる?」 頬に触れたものが花輪くんの手だとわかると、ドキリと胸がなった。 さっきまでよりも近くに感じる気配に、思わず身体が後ろにさがろうとしたけど 今度は片方の腕を掴まれてしまった。 頬と腕に触れる花輪くんの手のぬくもりに、胸が壊れそうなくらいドキドキした。 「どんな意味か、わかるかい?」 すぐ近くで聞こえてくる声。 ずっと涙で見えなかった視界が、次第にはっきりとなっていって。 目の前に現れたのは いつもの優しくて穏やかな笑顔じゃなくて・・・。 ジッと見つめてくるその顔は、笑顔なんかじゃなくて・・・。 とても、とても真剣な顔をしていて・・・。 「・・・・・・・・・・・・」 そう思った瞬間、心の中にあった沢山の気持ちが、いっせいに溢れ出していくような、そんな気がした。 抑えなきゃ。ずっとそう思ってきた気持ちなのに。 不思議と、そんな気持ちもどっかにいってしまっていた。 心から溢れた気持ちは身体中を流れて、その感覚に少し戸惑って、視線を逸らした。 けれどその時、すぐそばに、こんなにも近くに、あるんだって思ったら。 溢れ出す気持ちと一緒に、身体も、自然と引き寄せられるように、飛び込んでいた。 「・・・さくらくん・・・?」 トンっ・・・と音を立てて飛び込んだそこは、思った通り、暖かかった。 ・・・たった一つのことだった。 真面目で真剣な顔。 いつもと違う、ただそれだけで・・・嬉しくて、そして・・・ 特別だと、思えた。 いつも思ってた。 お茶会に誘われて。自分は特別なんじゃないかって思ったときもあったけど、 どうしても他の子と同じように向けられる笑顔が、頭から離れなくて。 同じだよね・・・って思ってばかりだった。 でも、目の前にあった真剣な表情は、どんなことよりも心の中を埋め尽くしていって、それだけでもいいって思えた。 「・・・わかってくれたってことなのかな・・・?」 問いかけるその優しい声も、この確かに感じるぬくもりも、真剣な表情も、全部、全部特別なもの。 フワリと、髪を撫でる手のひらも暖かかった。 今はそう思える。素直に、嬉しく思える。 だけど・・・ 「・・・君は本当に可愛いね。可愛くて、可愛くて・・・」 そう「可愛い」って言われるのは、どこか変な気持ちがしてしまう。 どうしてだろう・・・?そう思ったけど、次に聞こえてきた言葉で、その答えはわかった。 「すごく・・・大好きだよ。」 大好き・・・。そうだよ。大好き。 彼から初めて言われた言葉。 同じ言葉だけど、おじいちゃんやたまちゃんに言われるのとは、違う。 暖かくなって、嬉しくなって、それに凄くドキドキして、胸がいっぱいになって。 「やっぱり思ったとおりだった」 「??」 「可愛いっていわれるとちょっと変な感じだったけど、大好きっていわれるとなーんかシックリくる感じなんだよねー」 可愛いって言われても、どうしても素直になれなかった。 小さくて可愛いとか、そんな意味で言われてるような気がしてしまうし、 自分なんかより可愛い子は、いっぱいいるから。 でも大好きは、大好きってことで。 友達の好きかもしれない。 さっきまでのあたしなら、そう思ったりするかもしれない。 だけど、今はわかる気がする。 あたしにとっても、花輪くんにとっても、それは特別なんだって。 「・・・シックリ・・・?」 「だからー、可愛いっていわれるよりも、大好きっていわれたほうが全然嬉しいってことっ!!」 特別だって思えるから、素直に嬉しいっていえる。 心から嬉しいから、心から笑えるんだよね。 「・・・・・・・・・ッ!?」 けれど、嬉しくて笑ったのに、なぜか急に花輪くんは遠ざかってしまった。 「花輪くん?」 離れてしまったぬくもりに、一瞬寂しさを感じた。 そして次の瞬間、 「・・・あ・・・はははっ・・・っ・・・」 花輪くんが声を出して笑いだした。 「花輪くん?な、なに・・・?」 「あ、ははっ・・・ご、ごめんっ・・・」 「な、なにがそんなに可笑しいのさっ」 べつに変なこといったつもりはないし、思ったことをいっただけなのに。 「もうっ!いったいなんなのさっ!!」 せっかく人が素直に思ったことをいってあげたのにっ!! 「ごめん、ごめんっ!・・・あ、そうそうっ、また来週の日曜日は家においでよ」 「・・・最後なんじゃなかったけ?」 そうだよ。もうお茶会は今日で終わるんだ。 「うん。そうだよ」 ・・・否定してよ・・・。 また一緒に・・・ 「お茶会と勉強会は、今日で最後」 「?」 お茶会とお勉強会以外になにがあるの? 「来週からは、デートさっ!」 「・・・で・・・デートっ?!」 デートって・・・デートっていうのは・・・ えっと・・・好きな人同士が一緒に出かけるってことで。 「そうだよ?来週はどうしようか?初デートだし・・・」 「は、初デート・・・って・・・・・・・」 デートってことは・・・好きな人同士ってことで。 「君はどうしたい?」 「えっ?!う、うんと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「え?」 「・・・お散歩・・・。二人で・・・歩きたい・・・」 あの豪華な屋敷も素敵だけど、やっぱりあたしには綺麗すぎて。 空の下で、一緒に遊びたいって思ってても、なかなか言えなかった。 一緒に学校に通って、一緒に勉強して。 住む世界が違うなんて思ったことは、一度もないけど、やっぱり無理なんじゃないかって思った。 「・・・うん、いいね。それじゃあ、僕のリクエストは、またクッキー焼いてきてくれるかい?」 でも花輪くんは、にっこりと笑ってくれた。 あんな変な形のくずれたクッキーだったのに、もう一度食べたいっていってくれた。 「・・・また失敗するかもよ?」 「大丈夫だよ。僕のために作ってくれるんだから、絶対美味しいさ」 いつの間にか、すっかりあたしの気持ちもお見通しで。 なぜか妙に自信たっぷりな笑顔がちょっと憎らしくて。 ほんの少し意地悪な気持ちになってみたりして。 「真っ黒こげにしといてあげるよ」 嫌みったらしくいってみたけれど。 それ以上に嬉しくてたまらないから、そっぽ向いても、笑顔のままだった。 「はははっ・・・」 チラリと横目に花輪くんを見たら、やっぱり彼も嬉しそうに笑ってくれていた。 優しくないなんていってたけど・・・やっぱりあんたは優しいやつだよ。 優しくて、暖かくて・・・大好きな人のために。 今度は、もっと上手に作れるかな? 花輪くんが本当に美味しいって思えて、笑えるような。 そんな味も見た目も美味しいクッキーを・・・。 あとがき 「可愛い君へ」は、これで正式に完結です〜。 これまで読んで下さった皆様、ありがとうございましたっ!! 感想いただけたりすると嬉しいです!! 花輪×まる子のカプが、どれくらい皆さんに受け入れてもらえてるのか不安ですが・・・。 |