届かないことも。叶わないことも。


本当はずっと、わかっていた。


それでも・・・気持ちは何一つ変ることはなくて。





ただ・・・その人だけが、


その人のそばにいられる時間だけが、唯一の物のようで





ただ、それだけが・・・欲しかった。




















冷たく凍りついたように、心が固まっていた。





苦しさも知らず。


明るい声を上げて。笑顔を浮かべて。


一人、虚しいだけ。





隼人は冷たい気持ちのまま、あてもなく歩いた。





苦しさも。悲しさも。


いままでのこと全て、凍らせて歩いた。





久美子に出会った頃に竜に向けていたような怒りも、


心の奥で軋んでいた悔しさや悲しさも、なにもない。





ただ・・・深い、深い奥底に沈んだようだった。











歩いて。


歩いて。


ふと、彼の足が止まった。





風に揺れる微かな葉の音。





顔を上げて・・・凍り付いていた心が、震えた。








歪む表情。





苦しげな笑みが、零れる。








「・・・なんで・・・ここに来るよっ・・・」








言葉と一緒に、視界が滲んでいく。





強くなる風と広がる葉の音。





沢山の木々が並ぶそこは、桜並木だった・・・。





満開だった桜の花びらは散り、青々とした緑の葉が付き始めた並木の道。













あの日、思った通りになってしまった。





そこには、花びらも無い。





彼女の姿も・・・無い。





「・・・っ・・・・・・」





押し寄せる痛み。





苦しさが息を詰まらせて、流れそうになる涙をぐっと堪えた。








どうして、離れてしまった?


こんなにも苦しいのに。


無くすことが・・・何よりも嫌だったのに。








手に出来ないことなんて。


届かないことなんて。


本当はずっと、心のどっかでわかってた。


微かな変化や見え隠れする気持ちに気付いて、笑いながらも。


いつまでも。きっと一生のように。


変らないことがあることを、知ってた。





どんなに抱きしめても。どんなにキスをしても。


けして背中にまわることのない、彼女の腕・・・。


その腕のように。


この気持ちに手を伸ばしてくれることは。答えてくれることは、ない・・・。





それでも、離れることはできなくて。


この気持ちを押さえることはできなくて。


一生、いたいと。そばにいたいと・・・感じた想いを無くすことはできなくて。





しがみつき、続けた。





そばにいなければ。彼女がいなければ。


嫌だった。


離すものか。離れるものか、と・・・。





腕を回してくれなくてもいい。


抱きしめさせてくれるなら。


そばにいさせてくれるなら。


自分だけを見てくれるなら・・・。











苦しさに。悲しさに、流れそうな涙を堪える。


きつく瞼を閉じ、奥へ奥へと押し戻す。


見上げる先。開いた先には、緑の葉を付けた桜の木。





「枯れんなよ・・・」





木々達へ。自分の心へ。かけた言葉、だった・・・。











咲き誇るのは、ただ一時だけ。





思うよりも、ずっと短い春。





あっという間に過ぎ去る春。





それでも





春を願い、待ち続けている。

















たとえ桜の花びらのように・・・いっときの、想いでも。





いっときの、時間でも。





そばにいてくれるなら。





自分だけを・・・見て、くれるなら・・・・・・。




















また、いつものように。


なんでもなかったように・・・抱きしめてしまおう。


強く強く抱きしめて。


離しはしないと、抱きしめよう。





本当のことを知らぬまま。思いもしないまま。


そんな気持ちで隼人は家へと戻った。





「はぁ・・・まだ、帰ってねーよな・・・?」


切らした息を玄関の前で整えて、少し緊張気味に玄関を開けた。


恐る恐る開けた所に久美子の靴を見つけ、ホッとする。


嬉しさとほんの少しの気まずさを感じながら、


今すぐにでも抱きしめたい衝動をぐっと押さえた。


静かにドアを閉め、靴を脱ごうとして拓の靴が目に止まる。


帰ってるのか・・・。と、思った瞬間。





「・・・何年経っても、何があっても、あいつとずっと一緒にいられる
 拓君にはっわからないよっ!!」





苦しげな、悲痛な・・・久美子の声。


隼人は一瞬、動きを止めた。


今、何を聞いたのか。久美子が何を言っているのか、よく・・・わからない。


どこか呆然と、音も立てずに靴を脱いで家に上がった。


廊下を歩き、少しずつ居間に近づいていく。





「いつか離れるんじゃないかって・・・いつか嫌われてしまうんじゃないかってっ
 ・・・そんなことばっかり考えて」





・・・なに、言って・・・





次々に聞こえてくる言葉。


悲しさに溢れた、苦しさを込めた・・・悲痛な声が、心を大きく揺らす。





「離れたくなくてっずっと一緒にいたくてっ・・・でも・・・
 そんなの・・・きっと無理だって・・・無理なんだって」





ドクン、ドクンと心臓が壊れそうに鳴って。


隼人はそれ以上先に進むことは出来なかった。











・・・・・・ああ・・・・・・





カクンッと膝から力が抜けて、壁に背中を押し付けながらなんとか身体を支えた。





なにも知らなかったのは。


なにもわかっていなかったのは・・・。


俺の方だったのか、と。





どうして・・・気づかなかった・・・?


なんで・・・気にかけることも、できなかった?





久美子が心の奥底に秘めていた言葉に、隼人が感じたのは


嬉しさでも、喜びでもない・・・。


全てが崩れ落ちるような衝撃であり、


愚かな自分への、憎しみと悔しさだった。








今にも泣き出しそうな。震えそうな声。


痛いほどに伝わる気持ちに気づかぬまま。


自分は何をしていた・・・?








聞こえてくる、子供のような泣き声。


それは・・・辛さに耐え続けていた、


悲しくてたまらなかった、久美子の想い。








手に出来ない・・・?





届くことはない・・・?





それでも、いい・・・?








こんなにも


あいつは、泣いていたのに。


こんなにも、苦しい想いを抱えていたのに・・・。





一人だけが虚しいんだと。自分一人が苦しいんだと。


そんなことしか、考えられなかった自分が悔しくてたまらない。





いま、あいつのそばに自分がいないことも。


自分じゃない人間がそばにいることも。


悔しくてたまらない。





だけど・・・拓が居てくれて、心がホッとしていた。





・・・卑怯、なのだ。


逃げてることが。逸らし続けてることが、どこかで楽だと思っていた。


届かないものとして。それでも望みは消せなくて。


一番簡単な方法で・・・久美子にしがみつき続けていた。








気持ちを伝えることも。たった一つの言葉が出なかったのも。


言えなかったんじゃない。





言いたく、なかったんだ・・・。





言って。その一番簡単な方法までも、失いたくなかった。








自分の愚かさに、笑えてくる。


クッと笑みが込み上げるのと同時に、視界が揺れた。





笑ってるはずなのに。


瞼の奥が熱い。


手で顔を覆っても。


止まることのない、想い。








気づいてしまった愚かさが、あまりに深くて大きくて。


どうしたらいいかもわからない。








どうして、俺は・・・今、あいつのそばにいないんだろう。





こんなにも好きな奴のそばに、いないんだろう。





どこか他人事のように思いながら。


ただここで、自分で自分を笑うことしか出来ずにいた隼人は、


ふっと誰かが立ち上がって歩き出したのを感じ、ギクリと身体を硬直させた。





そして少しだけ距離が近づいたのか、微かに聞こえてきた言葉に

あることを気づかされるのだった。








「・・・はい。」


にこりと笑って、拓が差し出してきたカップを受け取りながら。


隼人は思っていた。





久美子のそばにいたことも。


久美子が拓だけに心を打ち明けたことも。


悔しいと思いながらも。


やっぱり、ホッとしている自分がいる。





兄弟だから。弟だから。


では、きっと、ない。


拓だから、なんだろう。


久美子も、拓だから、だったんだろうと思える。





その素直さがなければ。


優しさがなければ。


自分はきっと、卑怯なまま、逃げたままでいた。





「・・・ありがと、な・・・」








一瞬だけ、キョトリとして。





「−−−うん。」





拓は、にこりと笑って頷いた。








大切な弟。


拓は、どこか悲しげに言っていたけれど。


手を引けることを、誇りに思う。


兄でいることを。


兄弟であることを、いつも誇りに思っている。







続く・・・






あとがき


えっと、今回は隼人サイドでした。

続いてましてすみません。

久美子の腕については、実はそれほど意識してなかったです。

個人的に肩に手を添えたり、服を掴んだり、しがみつく感じが

可愛くて好きなので腕を回す動きを書かなかったんですが、今までの小説を

読み返していた時にふっと隼人の背中が寂しそうに思えたのです。

なので、今回突然降って湧いて出たように書いてみました。

なによ突然!と、思われた方、ごめんなさい。


ラストは、趣味で付け加えました。

久美子を愛しまくり、拓をとても大切にしている隼人がやっぱり好きです。

というか、久美子が愛されるのと同じように拓君が大切にされていれば

それだけで幸せです。