日も暮れた夜。会社から帰ってきた高野は、目の前の光景に溜息を吐いた。

縁側に、ジャージにちょんまげの干物女が、イルカの抱き枕を抱えて眠っている。

仕事から帰って二時間も経たないうちにすぐこれだ。


まったく。


彼女の干物っぷりは、一つの恋を終えて一年経ったくらいでは変わらなかったらしい。

・・・まあ、たった二つほどの階段で、劇的な変化があるわけがないが。


もう一度深い溜息を吐いて、高野は息を吸い込んだ。


「アホ宮」


「・・・・・・」


少し声を張ってみるが、反応なし。

舌打ちをして、天井を仰いで溜息一つ。

外からの風で風鈴が音を立てると、今度は顔を顰めて膝をついた。


「雨宮、起きなさい。夏とはいえ、こんなところで寝てると風邪をひく」


「・・・んーー・・・?」


軽く肩を揺すれば、少しだけ反応が返ってきた。

身体が抱き枕ごともぞもぞと動いて、外を向けていた顔が高野の方へと向けられる。


「・・・ぶちょー・・・おかえり・・・な・・・さー・・・」


ぼんやりと声は出すものの、目は瞑ったまま抱き枕を抱え直すだけで起きる気配はない。

ただいま、と返して、

そんなに眠いなら部屋で寝るように言ってもなかなか動きそうにはなかった。



また一つ風鈴が鳴って、溜息一つ。



夢心地でふにゃけた寝顔に注意する気も失せてしまった。

蛍のそばに高野はスーツのまま座り込んだ。





蛍がこの縁側に帰ってきてから3週間が経とうとしていたけれど、二人はこれといって何も無い。

一応好き合っているはずの男女なのだが、はっきりいって去年の生活に戻っただけのような感じだ。

べつに今はまだそれでもいいと、高野は思っていた。

自分で「君が私を好きだからだ」などと言ったものの。

はいそれじゃあ、といって手を出すほど簡単なものではないのだ。


関係も、距離も・・・近すぎる分だけ、慎重になる。


それに一度は居なくなった彼女が、またこの場所にいる。

帰ってくれば、「おかえりなさい」とその時の気分で色んな表情をしながら迎えてくれる。

風鈴の音と一緒に、彼女の声がする。

そのことが、思った以上に高野の心にホッとする安心を与えていた。


今はまだ、帰ってきたことへの感情だけで彼の心は幸せで溢れてしまっているようである。



チリン、チリンと風鈴が鳴って、風がフワフワと彼女の髪を揺らす。

そっと伸ばされた高野の指が束ねられたちょんまげに触れた。


思っていたよりもフワフワと柔らかい。

ふにゃけた寝顔をじっと見下ろして、手が動く。


存在を確かめるように触れる手は、無意識だろう。


髪に触れて、指先がこめかみに触れて・・・頬に触れる。

白く綺麗で柔らかく、ほんのりあたたかい・・・。



彼が、ハッと気づいて視線を彷徨わせ、思わずうろたえて複雑な顔をする瞬間まで、


・・・あと、数十秒。




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部長は、無意識のうちに手を伸ばすことの方がきっと多いよな、ということで。

そして我に返って、こっそり動揺・・・。