「えっ!?今日は作ってくれるんですか!?やったぁーっ!」


日曜日の夕方、手放しで喜ぶ蛍に高野は少し苦笑した。

基本的には未だ夕食もそれぞれ別々な二人だったけれど、時々は高野が蛍の分まで用意してくれることがある。

ほったらかしにしておくと一週間カップラーメンとかコンビニ弁当とか時にはパンやお菓子で済まそうとする蛍を見かねて、
気まぐれを装って、高野が手を差し伸べてやっている、という感じだろうか。

だから一週間に1、2度はこんな日がある。

その度に蛍は嬉しそうに笑った。




「それで、今日はなんですかっ?」


「肉じゃが。一人だとどうせ余るから、君にも食わせようかと」


「肉じゃが!いいですね〜。」


一人だと2日続けて肉じゃがを食わなきゃならなくなるからだと、言い訳じみたことを高野は言いたかったのだが、
蛍はビール片手に縁側に戻ってしまう。

浮かれた後姿に、甘やかすのは今日で止めようかと苦い顔をしつつも、結局彼はまたしばらくしたら作ってやるのだろう。




*****




「・・・なんだ。」


買ってきておいたじゃがいもの皮を剥こうかという時、

いつの間にそばにいたのか、蛍が後ろから覗き込んでいる。


「え?えーっとですね、お手伝いでもしようかなーっと。」


首を傾げて、微妙に自信なさげに蛍が微笑む。

どうせたまたま暇になって、ちょっと興味が湧いただけだろう。



「・・・ビール片手にか。」


冷めた表情で、一言。


蛍は、ハッと自分の手にあるビールに視線を向けると、慌てて飲みほして、シンクの隅に置いた。

隣で気まずそうに小さくなっている蛍に、高野は軽く息を吐いて表情を和らげる。

興味を持っただけでも、干物女にはいい傾向だろうか。


「なら・・・、ほら。」


気を取り直して考える素振りを見せると、引き出しから皮むき機を取り出してじゃがいもと一緒に渡した。

蛍はそれを受け取ると複雑な顔をして、手の中のものをじっと見つめる。



「・・・あの、部長。」


「なんだ?」


「・・・私だってじゃがいもの皮くらい包丁で剥けます。」


「嘘吐け。君がやってもじゃがいもが可哀想なくらい小さくなるか、君の指が切れるかのどっちかだろ。」


「嘘じゃないですよっ!ちゃんと剥けます!!」


ムキになって隣から睨みつけてくる蛍をちらりと一瞥して、溜息を吐く。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


むっとしたままの蛍に、高野は渋々包丁を渡してやった。




*****




「部長!ほら、どうですかっ!?私にだってこのくらいは軽いもんです!!」


誇らしげに、自信満々な笑顔で、蛍はビシッと手の中にあるじゃがいもを突き出した。

蛍が皮を剥いている間、手を切らないかと心配しながら見守っていた高野の表情は、
その時からすでに苦い顔というか呆れ顔というか・・・。


「・・・アホ宮・・・」


「はい?」



「君は・・・・・・、君はっどうしたらこんなにじゃがいもが小さくなるんだっ!!このくらいあっただろうっこのくらいっ!!
 それなのに、今はこれってっ!!これのどこが皮むきなんだ!!ええっ!?」



ブチッと、切れたらしい。


元のじゃがいもの大きさを手で表したり、皮・・・というには微妙に厚みのあるそれを蛍の手の中のじゃがいもに
対抗するかのようにビシッと突きつけたり。


「・・・す・・・すみませんっ・・・!」


怒鳴られ、仁王立ちでビシッと皮を突きつけられた蛍は少しビビッて、恐縮するしかないのだった。





沈んだ蛍をしばし睨みつけて、溜息を吐く。

まあ、怪我はなかったのだし。これくらいにしておこうかと思う。

そうして高野が呆れ顔で包丁を手にすると、それを見た蛍が慌てた。


「あのっ、もう一個だけやらせてもらえませんか!?」


「・・・・・・」


手を止めて視線を向けてくる高野に、一個だけ!と人差し指を立てて身を寄せてお願いしてみる。

さすがにじゃがいもの皮向きにまで呆れられるのは、虚しすぎる・・・。

必死のお願いに高野が再び渋々包丁を渡すと、蛍は、こんどこそっ!と気合を込めて皮むきに挑むのだった。



ゴクンと息を飲み込んで、いざ!と手に力を込める。

じゃがいもに刃をあわせたところで、


「ちょっと待て、雨宮・・・」


腕を組みながら見守る体勢をとっていた高野が静かに声を掛けると、そっと手を伸ばしてきた。


「・・・え・・・」


蛍の鼓動が、ドキンと鳴る。・・・肩が、小さく震えた。


じゃがいもを持つ手が優しいぬくもりに包まれて、包丁を持つ指にそっと指が触れる。


突然のことに、でも触れ合ってる手を震わせるわけにもいかず、

蛍はドキドキとしてしまう胸を必死で押さえ込みながら手元をただ見つめているしかできない。


「こうして・・・、」


危なっかしげな蛍の手が気になった高野は、包丁の持ち方を教えようとしているだけなのだが。

それが余計に蛍を緊張させてしまう。


胸がきゅうっとなって。

ドキドキしてるのがばれたらどうしようとか顔赤くなってないよね、とか

急にぐるぐる考えて、いくら頭の中でパニックを起こしていても。

高野は動かない蛍に、「・・・?」と、不思議そうに首を傾げるだけだった。


もちろん手は、そのままに・・・。




*****




「・・・あとは、味が染みるのを待つだけだ」


火加減を調節して、高野は一段落ついたと息を吐く。


「もう今からすっごくいい匂いがしてますねー」


楽しみだなー!と両腕をあげて伸びをする蛍だが、結局じゃがいもの皮向きしか手伝っていない。


「でも本当に部長はお料理上手ですよね。手際も良くて。」


材料を切りそろえていくのもあっという間で、味付ける様からも手馴れているのがよくわかって。

蛍はにっこりと笑顔を浮かべた。


「部長は、絶対いい奥さんになれますね!」


「・・・君には死んでも無理だろうな。」


微妙な褒め言葉に、苦い顔で口元を歪めて嫌味を返す。

けれど蛍は楽しそうな笑顔で続けた。



「いいんですよ、私は!」


「何がいいんだ・・・。」



「だって私には、部長がいるんですから!!」



にっこりとした、満面の笑顔。



高野は一瞬ぴたっと固まって、ふいっと顔をそらした。



「・・・・・・あっそ。」


ボソリと返す、その思いも気づかぬまま・・・


蛍は、嬉しそうな笑顔で頷くのだった。






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お互い様に、鈍い二人です。

蛍の方が部長にひっつく方が多いですよね。

そこがまた可愛いのですが、今回は部長から、ということで。

それにしても部長がやけに世話好きな人に・・・。