「・・・なんだよ」


縁側からジーッと突き刺さる視線に、高野はアイロン掛けの手を止めて訝しげに蛍を見た。

神経質そうに目を細めても、蛍は「べつに・・・」と呟くだけで視線を暗い庭へと向けてしまう。

機嫌の悪そうなその態度に、高野は例のごとく首を傾げた。






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私たちって、なんなんだろう。


ビールを両手で包み込んで、蛍は縁側にしゃがみこんだ。

この縁側に戻ってきて、もう一ヶ月以上も経つのに何一つ変わっていないことに今更ながら気がついたのだ。

正しく言えば、今日のお昼まではまだそれでもいいと思ってた。

一緒にこの家に暮らして。

この縁側でお話して、笑ったり、喧嘩したり、時々ほんの少しドキマギする瞬間があったり。

なんだかそういう日常が、一年間ずっと忘れられなかった日常が・・・

すぐそばにあることが嬉しくて、楽しかった。


ステキ女子の彼女がいっていた、そうなるだろうな、そうなれたらいいな、

そんな曖昧だけど、でも確かな確信のように。


でも、不安になってしまった。


お昼休みに、偶然見てしまったから。


部長が女性とにこりと笑顔で話してるのを、見てしまったから。


あとからその人がただの同期で、すでに結婚している人だっていうのはわかったから誤解はしなかったけれど。

部長が仕事関係では意外と自然に人当たりがよくて愛想がいいのはわかっているし、かまわないのだけど。

でも、他の女の人。

そのことが思いの外引っかかって、消えてくれなかった。






□□






「なんだ。風邪でもひいたのか?」


突然の声に顔を上げれば、高野が片手を腰に掛けて首を傾げて見下ろしている。

蛍は一度視線を俯かせてから、何かを決意するようにビールを握り締めて立ち上がった。


「あの、部長っ・・・!」


胸の前でビールを持って少し前屈みになりながら、真剣な眼差しで高野を見つめる。


「・・・?」


相変わらず、相手は訝しげなままで。

蛍は視線を彷徨わせた。


「あ、あのぉ・・・そのー・・・」


なんて、言えばいいんだろう。

面と向かって、私たちってなんなんですか?なんて聞けないし、どうしたいのかもよくわからない。


・・・私のこと、好きですよね?


そう聞いたら、頷いてくれるかな?


あの「私に女が〜」っていうのもいつもの冗談だって、呆れたように思っていただけなのに。

もし本当にそうなったらって思ったら、不安で、悲しかったのだ。

後ろ向きな感情ばかりが渦をまいて。

蛍は胸が苦しくなる想いに、ギュッと目を瞑って掠れそうになる声で叫んだ。



「私のことっ、すっ、好きっ・・・ですかっ・・・!?」


途切れ途切れに何とか言い切って、言い切った瞬間、涙は溢れそうで顔から火が出そうで、

もう心臓も壊れそうなくらい恥ずかしい思いをしたのに。

返って来た言葉は、微妙な沈黙の後に、間の抜けた一言だけ。



「・・・・・・・・・は?」



(・・・・・・・・・は?)


思わず顔を上げれば、目の前の男はきょとんとした目でぽかんとしているではないか。

蛍はなんだかムカッときて、目をつり上げた。


「なんですか、その反応っ!!私は今っ、真剣に言ってるんです!!」


恥ずかしさも忘れて上目遣いで睨みつけたまま、ずいっと身を乗り出す。

高野はハタッと我に返ったように口元に手を寄せた。


「・・・いや・・・」


そう短く返す声は、突然の言葉にただ驚いていたという感じで。

なんだか、悩んで緊張して恥ずかしがってた自分自身に呆れてくる。

数秒恨みを込めるように睨み付けると、蛍は溜息を吐いて顔をそむけた。


「もういいです・・・。」


寂しいやら悲しいやら、脱力したように肩を落として背を向けようとすると、


「雨宮・・・。」


「・・・はい?」


名前を呼ばれて、気の抜けた返事を返しながら視線を戻す。


高野は蛍をじっと見つめたかと思うと、視線を俯かせて小さく溜息を吐き、また視線を戻して軽く小首を傾げた。


蛍が怪訝に眉を寄せた次の瞬間、小首を傾げた顔がスッと近づいてくる。


ほんの微かな感触が、蛍の口の端に触れた。


(・・・・・・・・え?)


蛍の瞳がパチッと瞬く。


一瞬だけ触れたそれは、すぐに離れて。


「・・・おやすみ。」


少し素っ気無いような声で呟いて、背をむけて離れていってしまう。



え・・・、え・・・?



目を白黒させた蛍は、それから数秒後。

真っ赤な顔で固まって。

それからそれから、胸がいっぱいになるような想いに。

恥ずかしそうに、でも幸せそうに。

えへ〜っと緩みまくる顔で缶ビールを握り締めて身体をくにゃりとくねらせるのだった。





そして次の瞬間には、部屋にそそくさと入ろうとしていた高野の腕をガシッと引っ掴み、


「ぶっちょぉーーーっ!!ビールッ、ビール飲みましょーー!!」


「なっ・・・!離せっ!なんで私がっ・・・!」


「いいじゃないですかぁ!もーっテレちゃってぇ!」


「誰がテレるかっ!!」


「わかってますっ。部長ってばホント子供みたいなんですから!」


「・・・・・・っ!?」


(どっちがっ・・・!)


あれよあれよというまに差し出されたビール片手に、高野は、苦々しく舌打ちしたい衝動を抱えながらも、

結局は、はぁ、と深い溜息を吐くのだった。






***************



い、一応このお話を書きたいがために前の3作は書いたようなものなんですが、微妙・・・?

でも書きたい場面は書けたのでいいにしときます。(苦笑)

そういえば4作品とも、部長必殺の「〜もん」を使う場所がありませんでしたね。

最終回だけご覧になった方にとったらイメージないかもしれませんが、

最終回前までの部長は、もうちょっと若い感じで、蛍の前では、性格も中々はっちゃけております。

見た目も中身も最終回に比べると、他は若めです。


「〜もん」で印象深いのは、

「違うもん!」「言ってないもん、そんなこと!」

「甘えろっていったもん」・・・かな。

あーあと「えぇー。金づちって重いんだもん」←まあこれは部長もわざとなんですけど、

最初の二つとかの普通に出ちゃってますよね。


最終回は最終回で好きですけど、やっぱりそれまでのストーリーの方が好きだな〜とは思ってます。


4話のスーツ姿で食器洗ってる時に「部長!部長!」と寄ってきた蛍に、洗い物しながら「ん?」とか。


会社でジャージの蛍に背広掛けてあげておきながら、

その後すぐに首傾げて「変だもん」「変?!」の二人とか。


二ツ木さんに同居がばれた時の玄関前シーンとか。

「遅くなるの?」「ああ、先に寝てていいぞ」とか。

体脂肪の回の二人のもろもろとか。

う〜ん、上げたらきりがないくらい二人のシーンは全話、全てにおいて大好きです!



・・・と、無駄に書いてしまいましたが、小説の方はですね。

一応考えてたものは一段落ついた感じです。

ネタが降ってくれば書こうとも思うんですが、たぶんほのぼの可愛い系かな。


需要はやはりというべきか、ほとんど無いようなんですが

ご覧になって下さる方はいらしたようで、少しでも楽しんで頂けていたら幸いです。

私の個人的な趣味にお付き合い頂いて、本当にありがとうございました!