奇妙な三角関係





朝は嫌なことが多い。


好きな奴が別の男を見上げ、ムカツクくらいの笑顔を振り撒いたり、嫌に癇に障る袋がぶら下がっていたり。


今日はその袋の日だった。


その存在を主張するかのように鞄と一緒に揺れる袋。中身は弁当だ。


男が作った、しかも一つ屋根の下に住んでいやがる男の手作り弁当だ。


名前で親しげに呼ばれ。歳も近い。


わかってるさ。家族みたいなもんだって。頭では理解してる。気にしたってどうしようもない。


だけど弁当は気に入らない。学校にそれがあるのが、気に入らない。


あんたは俺の知らないあいつを一杯知ってるし、当たり前のように平日の朝も夜も、休日の朝も昼も夜も、
好きなだけ一緒にいられるじゃないか。


なのになんで学校までついてくんだよ。


『テツの弁当は本当に美味しいよな〜』


そんなこと目の前で言われる俺の身にもなれ。


『今日も美味しかった!ありがとなっ!』


なんてにこやかに笑ってるのを想像するだけで、色んなところがギリギリする。


ぶん取ってぶん投げてしまおうか・・・。


イライラは募るばかりだ。





変りに自分が作ればと思ったこともあったけど。はっきりいって、あの弁当以上に美味いものは作れない。


ちょっとした料理はバイトで覚えていても、それだけの経験であれ以上の弁当は確実に無理だ。


第一、作る場所がない。朝は母さんが忙しいだろうし、いきなり弁当作るなんて言い出したら、どう思うか・・・。


やはりどう考えても無理だ。


ならどうする?このままイライラしながら、あの笑顔を見つづけなければならないのだろうか。


卒業まで、いったいあと何回弁当を持参するか知らないが、そろそろ神経がヤバイ。


絶対にあと2回ぐらいあの弁当を見たら、きっと容赦なくぶん取りぶん投げるだろう。


それはなんとしても抑えなければ・・・。











イライラしながらも冷静に考えていると、あっという間に昼は来た。


昼休みだーっ!と浮かれる隼人達の前から、ふらりと姿を消し、竜は階段で久美子を待った。


あれから毎日のように作ってくれる母親の弁当を脇に置いて、じっと階段下を見下ろす。


軽快な足音と、毎回違う音楽。


弁当の時は、久美子は屋上で食べる。それを知ってからは、竜も久美子が弁当を持ってる時は屋上で食べている。


それがあるから、持ってくるな、とは言えないのだ。せっかくの時間がなくなってしまうから。


でも、だから余計に気に入らない。


二人だけの時間のはずなのに。そこにはもう一人の男の存在がある。


久美子の膝の上でいい匂いをさせて、満面の笑顔をこれでもかと受けている。


それが物凄く気に入らない。


初めて二人で弁当を食べた日、上手い事久美子が箸を落としてくれて、食べるのは阻止できたけれど。


久美子は竜の母親の弁当を食べさせてもらいながら、時折テツのお弁当を物ほしそうに見つめ、


竜が全て食べてしまうと、薄っすらと目に涙を浮かべて切なそうにしょんぼりとしたのだ。


むかつきつつも、それにはさすがに胸が痛んだし、また同じことをしたら今度はしょんぼりするどころ
ではなく、きっと怒りに触れるだろう。


ならどうするべきか・・・。竜は頭をフル回転させて考えていた。











「いっただっきまーすっ!」


冬にしては穏やかな風の中で、久美子は嬉しそうな声と共に両手を合わせた。


待ちに待ったと、お箸を手にテツのお弁当をキラキラした瞳で見つめる。


「・・・・・・・・・・・・・」


隣の竜は、面白くない顔で久美子を見つめる。


やはりそこは二人だけの時間であって、二人だけではない。


男と女と弁当の三角関係である。


イライラは募り、いい案も浮かばない。


竜はぶん投げたい気持ちを必死で抑え込んで、久美子から視線を逸らした。


自分の弁当を広げて箸を手に持とうとしたその時、視界の隅で久美子の箸が動いた。



「おわっ?」



口をあけたまま、間抜けな声をあげる久美子。


ウインナーがポロリと落ちる。


久美子が今まさに食べようとしていた瞬間に、竜がその手を掴んだのだ。


やっぱり、気に入らない。面白くない。


「なんだ小田切・・・ウインナーほしいのか?」


久美子のズレた思考を無言で聞き流し、竜は掴む手に力を込めた。


どうしたらいい?どうしたら・・・・・・。


食べてほしくない。たとえ弁当でさえ、笑顔を向けてほしくない。


そんなこと言える立場じゃないことぐらいわかってる。あまりにガキで、バカみたいな嫉妬だってこともわかってる。


だけど・・・我慢できない。


二人でいる時だけでもいい。二人きりの時間だけでもいいから。その時くらい、俺のこと見ろよ・・・。


忘れたように、他の奴のことばかり。弁当ばかり。


持ってくるなとは言えない。食うなとも言えない。


何も言えない・・・。


もどかしく苦しい気持ちに俯くと、久美子の手から箸が落ちた。


「お、おだぎり〜」


情けない声に続いて、ぐ〜っと見事に鳴った久美子のお腹。


竜は弁当の上に落ちた箸をじっと見つめて、久美子との距離を縮めた。


手を掴んだまま、もう片方の手で久美子の箸を手に取る。


何も言えないなら。どうしようもできないなら。


二人の間に入ってしまえばいいのだ。


「・・・え?お?」


ウインナーを箸で掴んで、久美子の口へと持っていく。


突然の行動に一瞬驚きながらも、久美子はそのままパクリと食べた。


「おいしー」


そして、ふにゃりと一笑い。


竜の表情も和らいだ。


むかつくことに違いはないけれど。久美子の笑顔は竜にも向けられている。


弁当だけに注がれ、向けられていた笑顔を竜は少しでも手に入れることができたのだ。


「次は?」


「ポテトサラダ」


掴んでいただけの手を繋ぐように変えて、ご希望の物を箸で掴んでいく。


久美子はそのたびに竜を見て、にこりと笑う。


なんの疑問も抱くことなく、ただ自分の手で運ばれたものだけを久美子は口にしていく。


たとえ誰が作ったものだとしても・・・。この箸を通せば、久美子は自分を見てくれるのだ。


男と女と弁当の三角関係は、箸一つで無事事無きを終えたようである。



久美子と自分へ交互に箸を動かすのに飽きることもなく、竜は満足そうに微笑むのだった。











あとがき


贈り物はまだまだ先になりそうです・・・。次回は、たぶん放課後の出来事かと。

それにしても、久美子さんがどんどん竜の手中に落ちていってます・・・。

竜クミはテツの影がちらほらしていますが、テツ本人を出すかは未定です。

隼クミの拓は久美子をお姉さんとしか見てないから、というか、私がこの3人を仲良し3兄弟と思ってるので、

普通に出せるのですが、テツとなるとちょっと迷います・・・。