「・・・かっこよかったな、あいつら・・・」 いつも個性的に、自分を主張するように、着ていた制服をシャキッとさせて。 真っ直ぐと前を見つめていた彼らの卒業式。 ありがとう。ありがとう・・・。そんな沢山の気持ちと一緒に、手を振り合った。 寂しいけれど幸せだった。 ・・・だけど、その胸の片隅には小さな棘が刺さったまま。 その棘の正体を、久美子は知っていた。 式の終りに集まった彼らの何人かの制服には、ボタンが一つもついていなかった。 「もてる男も大変でさ〜。争奪戦ってやつ?あっという間にこの様だぜ」 ニヤリと自慢げに制服をヒラヒラさせる彼ら。 久美子は必死で笑顔を作った。 視界の片隅に、ボタンの無い制服を着ている竜の姿を映しながら・・・。 彼らと別れ、日が落ちてから1、2時間の時間が経ったいまでも、 こうして自室で痛みを感じている。 寝転がって天井へ向かって手を伸ばす。 あの時、確かに自分の手の中にあった彼のボタンは、もうこの手にも、 彼の元にもないんだと、そう想うと寂しくて、切ない。 たかがボタン。ただのボタン。そう思えれば楽なのに・・・。 ただ一つ、竜のボタンだけが久美子の心を重くした。 もうどうしようもないのはわかってる。 悩んだって、暗くなってたってしょうがないじゃないか。 重い気持ちを振りきるように手を床にバタンと落とす。 ・・・だけど、でも・・・。 ゴロンと横向いて、もどかしさに小さくなる。 いつのまにか滲んでいた涙が少しだけ目尻から流れ落ちた。 嗚呼・・・、欲しかったんだな・・・。 不思議と、自然とそんなことを思った。 欲しかった。あのボタンが。・・・心のボタンが、なにより欲しかった。 「こんな気持ちになるなら、言えばよかったかな・・・。」 教師と生徒なんて気にせずに。 そんなこと、できるわけないと思っているけど。 意地を張らずに、ただ欲しいと言えばよかった。 言葉にできない想いに久美子が自嘲の苦笑を浮かべると、 ふいにドアの向こうから声が聞こえた。 「お嬢、いいっすか?」 「ミノル?」 ドアを開ければ、手になにやら白い箱を持ってミノルが立っていた。 「どうしたんだ?その箱。・・・土産物か?」 任侠という家柄からか、近所からのもらい物だって和物がほとんどだという この家には珍しく、それは洋風な箱で、久美子は不思議に思う。 四角く、取っ手のついた、まさしくそれは洋菓子屋の箱である。 ミノルの顔を見て見れば、期待に目がキラキラしながらもどこか笑顔がぎこちない。 「あのぉ、お嬢になんすけど・・・」 「私?」 「へい、家にたまに来てた明るい髪の奴からなんすけど」 「−−−っ?!」 「できれば、あの、ちょっとわけ−−−っ!?」 わけてもらえれば・・・と続けようとしたミノルの言葉を遮るように、突然、 ハッとした久美子が白い箱を取り上げた。 奪うように手から離れてしまった食べ物の存在に少しばかりショックを受けつつも、 ミノルはポカンとしてしまった。 目の前には、白い箱をしっかりと胸に抱えて、真っ赤な顔で俯く姿があった。 初めて見る、少女のような姿に開いた口も塞がらない。 憧れてますっ!と目をキラキラさせて、大げさな位モジモジしていた今までの 反応とは違う。 そう、それは、まさに、恋。 ミノルは今まさに、恋する乙女というものをナマで見たのだった。 明るい髪だと聞いた瞬間、それが竜からだと思った瞬間、 久美子はその箱を取らずにはいられなかった。 だってこれは、私のっ・・・! そう思った自分があまりに恥ずかしくて。久美子は一人になった部屋で ペタンと座り込んだ。 ドキドキと心臓が信じられないくらいの速さで動いてる。 「なにやってんだっ!あーもーどうなってんだっ私はっ!!」 パタパタと熱っつい顔を両手で扇ぐ。 へーはー、ふーはーと何度も深呼吸をして、なんとか落ち着いたところで、 久美子は気恥ずかしそうにチラリと床に置いた白い箱を見下ろしてみた。 「・・・で、なんなんだ?これ」 冷静になってみると、かなり不思議だ。 誕生日でもないし・・・と思いながら取っ手部分を広げて見ると中には 真っ白なものと綺麗な焼色がついた二つのケーキ。 「チーズケーキ?」 箱の側面を見れば、覚えのある名前の店名が記されていた。 それはいつかの帰り道に話した喫茶店のチーズケーキだった。 「・・・覚えてたのか」 2種類あって迷ったんだな、とか、あんな些細な会話も覚えていたんだと 嬉しい想いにくすぐったい気持ちを感じて微笑む。 けれど、少しだけ・・・そっと苦笑を滲ませた。 嬉しいけれど。 「・・・・・・・・・寂しいじゃんか・・・」 呟いて、言えない理由を心の中でそっと想う。 ・・・顔も見せずに、置いて帰るなんて・・・寂しいじゃんか・・・。 見たかったよ、その顔が・・・。 逢いたかったよ・・・・・・・。 「・・・おだぎり・・・・・・」 そっと囁く、その名前。言葉に出来ない想いは、彼を想えば膨らむばかりで。 優しく、切なく、微笑んだ。 こんなこと想っても仕方ないか。あいつもいないし、ボタンももう・・・ 知らない場所へといってしまったんだから・・・。 諦めるように溜息を吐いて、ふと、久美子は見下ろした箱の中に 白い紙らしきものを見つけた。 箱の隅にテープでくっ付いている。 「封筒?」 取ってみれば、二つ折りにされた白い封筒だった。 硬いものが手に触れて。久美子は中身を手のひらにあけた。 ・・・言葉に、出来なかった。 心が想いで一杯になって。胸まで溢れ出してきて。息も、止まるほどに・・・。 手のひらの上。コロンと転がった・・・ボタンが、一つ。 久美子は、駆け出していた。 静かな暗い道を、走っていた。 仕方なくなんか、なかった。 まだ、後悔には早かった。 だって。 だって・・・・・・。 欲しかったボタンは、 強く強く、握り締めた手の中に・・・あるのだから・・・。 心臓に近い、第二のボタン。 ちょっとよれた糸付きの、それは、それは・・・心のボタン。 というか、竜がまったく出てないっ!!久美子さん乙女過ぎっ!! 色々つっこまれそうですがお許しを。 |