PM11:00





大江戸一家の大切な孫娘であり、白金学園の教師、 山口久美子に一つの悲劇が訪れたのは、
ゴールドン・シアターの極妻を見て、感動と興奮の中、 幸せな就寝を迎えようとしていた時だった。

「・・・ど・・・どうしよっ・・・!!」

ベッドに放り投げていたカバンをどかそうと持ち上げたとき、 中身が飛び出して気がついた。

「テ、テスト用紙が・・・・・・な、ないっ?!!!」

大事なテスト用紙。採点して、月曜日に生徒たちに返さなければならないものだった。

明日の日曜日にやればいいと思って、後回しにしていたのだが、
朝の新聞で極妻が放送されることを知って、久美子の頭はすっかり極妻一色になってしまい、
持って帰ることを忘れてしまっていたのだ。


明日、学校に取りにいけば・・・・・・


「だ、だめだっ!!きょ、教頭がいるかも・・・」

もし後回しにしていて、 おまけに持って帰るのを忘れたなんてことが知れたら、
なにを言われるかわかったものじゃない!!

でも・・・月曜に返却できなかったら、もっとまずい・・・!!

もう彼女に残された道は・・・一つ。

「・・・と、当直の先生がまだいるよな・・・・・・?」

今すぐに学校に取りに行くことしかなかった・・・。

でもそれは、彼女にとって最悪な道。

教頭に怒られることなんかよりも、何倍も、何十倍も避けたい事態。

けれど、自分の失態で3Dの奴らまで悪く言われるかもしれない。

そんなことは絶対にしたくなかった。

大事な生徒。

それぞれ、色々問題もあるけど、皆優しく大切な存在だから。

あいつらのためだ!!

じ、自分のためでもあるけど、あいつらのためだってあるんだ!!

そう思えば、怖くなんかないさ!!

「・・・って、・・・べ、べつに・・・こ、怖くなんてないしなっ!!!」

ビシッと勢いよく立ち上がった久美子は服を着替え、
テスト用紙を入れるためのカバンを片手に、気合をいれる。

「よ、よ、よしっ!!」

カバンをしっかりと胸に抱きしめながら、部屋を出た。



けれど静まり返った深夜の闇を進んで、
学校の門の前に来たとき、ひどく背中がヒンヤリしてきた。

いつもは爽やかな白い校舎が、深夜の暗闇の中にぼんやりと浮かぶ光景は、
想像以上に不気味である。

「・・・と、と、当直の・・・先生は・・・?  も、もしかして・・・もう・・・いない・・・・?」

全身にカタカタと震えが広がった。

校舎にはいれなきゃ来た意味もない落胆の気持ちと、不気味な校舎に入ることがなくてよかった
という気持ちに、自然と大げさになるため息をついて来た道を帰ろうとした。

その瞬間、

「−−−−−ッッッ?!?!?!」

目の前を、何か暗闇にぼんやりと浮かぶ白い影が横切ったのが見えてしまった。

「ねっ、ねこっ・・・ねこだよっ・・・!!そ、そう、野良猫っ!!」

多分本当に猫だと思うが、それでも白く浮かび上がる影というのが、
ネコとわかっていても怖かった。

久美子はキョロキョロとあたりを異常なまでに見渡し、 しばらくその場から動けなかったが、
急にカバンの中をゴソゴソとあさると、携帯を取り出した。

「・・・あいつだったら、どうせ暇だし・・・来てくれるよな・・・・・・」

そういいながら、震える手で携帯のメモリーから、その人物の番号を表示させた。

画面に映った名前は、沢田 慎。

生徒で、しかも自分の受け持つ生徒で。

一人で怖くて帰れないから一緒に帰ってくれなんて、 とてもじゃないが言えないけれど、

一人暮らしだし、早寝早起きのイメージもないし・・・。

などと自分で都合のいいように言い聞かせて、通話ボタンを押した。

静まり返った深い暗闇の中で、もう周囲を見ることも恐ろしくなっていた久美子は、
その場にしゃがみこんで痛いくらいに目を瞑った。

耳に届く電子音に、祈るような思いで意識を集中させる。


早く。早く。


電子音があの静かな声に変わる瞬間を、今か今かと待ち続けた。


早く!・・・早くっ!!


けれど・・・

「−−−−な、何で出ないんだよぉ〜〜っ沢田ぁぁ〜〜〜?!?!」

いつまでたっても電子音が声に変わることはなく、
泣き出しそうな久美子の悲しく怯えた声だけが響き渡った。

立つこともできず、縋っていた希望は絶たれ、 恐怖だけが久美子のすべてを飲み込みそうになる。

「・・・・・・っ・・・・・う〜・・・・っ・・・ふっ・・・・・・」

あまりの状況と、一人ぼっちでいることへの恐怖で、
抑えきれなくなった久美子は、とうとう泣き出してしまった。

泣いていたってどうにもならないけれど、パニックに陥った久美子は、
もうどうしたらわからずに、あふれ出す涙に縋るしかなかった。

その時、小さくしゃがみ込んで泣き続ける久美子の背後から、 彼女に近づいてくる人影があった。

「−−−−!!!」

スッと背中の空気が揺れ、なにかの気配に久美子は ピタリと泣くのを止め、固まった。

しだいに近づいてくる気配は、振り向くことの出来ない 久美子のすぐ背後に来ると、
震えるその肩に触れた。

「−−−−・・・・・おい・・・?」

「−−−−ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁぁっ〜〜〜〜〜?!?!?!」







一方。

久美子がとんでもない恐怖に襲われている頃、
慎はというと内山達と共にゲーセンで過ごして帰る途中であった。

「−−−−わかってるっていってんだろっ!!もうすぐ帰るって!!」

歩きながら、野田がうざったそうに声を荒げて言い放つと、 一方的に携帯を切った。

「もーまじで、うぜーよなっ。中学生じゃあるまいしっ!!」

「もっと俺たちを信用してほしいよなっ!!」

「そうそうっ!!あーやっぱ、俺もはやく一人暮らししてーなぁ」

「俺は、お袋と二人暮しだからなぁ・・・でも、やっぱ憧れるよなー」

「俺ん家は絶対無理、店のこともあるし」

「ほんと慎はいいよなぁー・・・・・・って、慎?」

一人暮らしに思いを馳せる中、 唯一の現役一人暮らしの慎にふと視線を向けると、
さっきまで一緒に歩いていたはずの慎の姿がなかった。

皆で立ち止まり、辺りを見渡すと少し後ろの方に 何故か突っ立っている姿があった。

「慎?」

傍に駆け寄ると、彼にしては珍しく何かを考えるような難しい顔をしていた。

「どうかしたのか?」

「・・・・・・・・・・・・悪い、学校戻る・・・・」

「は?・・・学校戻るって・・・・・・」

「・・・携帯忘れてたんだよ。ちょっと取り入ってくる。」

「忘れたって、べつに・・・・・・・って、お、おいっ?!」

他の四人が突然の事によくわからない顔をしている内に、 慎は素早く身を翻し、その場を去っていった。

伸ばされた手とタイミングよく吹く風が、 何故か4人に虚しい空気をよんでいた。

「・・・・・・べ、べつに今から取りにいかなくても・・・・・・・」

「・・・てゆーか、学校って今開いてんの・・・・・・?」

「・・・・・・・・・さぁ・・・・・・・・・?」

「・・・でも、夜の学校っていうのも、なんか楽しそうじゃねー?」

「ばかかっクマっ!!そういうことは、女とっていう最低条件があんだよっ!!」

ビシっとクマにチョップが飛んでいる頃、慎は学校へと駆け出していた。

携帯を忘れていたのは、もうだいぶ前からわかっていたのだが、 何故かふと学校のことが浮かんできた。

久美子のことをぼんやりと考えていた所為もあるんだろうが、 なぜかすごく妙な感じがした。

(・・・・・・なんかすげー嫌な予感がする・・・・・・)

不安というか、それ以上に何故かやばい感じが どこからともなく迫っているような・・・。

(・・・・・・ヤンクミ・・・・・・)







そして慎の嫌な予感が的中したのか、恐ろしい出来事に遭遇していた
久美子はというと、門を抜け、校舎へと歩いていた。

その久美子の横には、黒崎の姿もある。

「まったくっ!!びっくりさせんなよ、黒崎っ!!」

「それはこっちのセリフだぜ。暗闇ン中で、  すすり泣く声を聞いた時も気味悪かったけど、
 そのあとのあんたのでけー叫び声も、鼓膜が破れるかとおもったぜ・・・」

いまだ頭に響いているような感じに顔をしかめながら、 片方の耳を塞ぐ仕草をする。

「・・・しっ、仕方ないだろっ・・・!!
 ・・・お、お前が、いきなり肩とか叩くから・・・っ!!」

恐怖のあまり、叫ばずにはいられない。声が出る限り叫び続けていた。

無我夢中で振り回していた両腕を押さえられ、 上から降ってくる制止の声にハタっと我に帰ると、
見覚えのある顔があった。

「だからって、普通あんなに動揺するか?  あんたって案外恐がりなんだな」

意外だとばかりに、まじまじと久美子の顔を 覗きこんで、ニヤリと笑みを浮かべた。

「べ、べつに・・・。わ、私があんまり美人だから、
変な奴に狙われたらどうしようって、警戒してただけだっ!!」

「・・・・・・自分でいうなよ」

「・・・・・・で、ホントに校舎ん中はいれるのか?  当直の先生ももういないみたいだし」

「この学校の戸締りって、けっこういい加減だからな。  ・・・あの時も簡単に中に入れたし・・・」

事件の時のことを思い出して、小さく呟いた。

もう過ぎてしまったことだけど、久美子の前で事件のことにふれるのは、
なんとなく遠慮したい思いがあって、今更ながら後ろめたい気持ちになる。

けれど久美子はそのことに何も気に止めることはなく、
ただ教師として面目ないというように、 照れたように苦笑いを浮かべるだけだった。

「・・・お前さ・・・。また今日も俺が、なんか仕出かしに来たんじゃないかとか思わねーの?」

実際は、ただバレーをしたくなってついフラフラと来てしまっただけなのだが、
全然あの時のことに触れてこなかったり、疑うような目を向けてこない久美子に、
事件のこともすっかり忘れてしまってるんじゃないかと思って、 無意識にそんな言葉が出てしまった。

自分はあの時から一時たりとも忘れたことはないのに。

でもこいつは、 俺のことも大して覚えていないのかもしれない・・・。

自分の考えに、痛みが走る。

久美子はそんな気持ちも全然気づいていないようで、
なんのことだ?というふうに、キョトンとして首を傾げた。

思わず久美子から視線を外し、自分の手を強く握り締める。

視線を外している間に、久美子はハタッとなにかに 気がついたような顔をして、グイッと腕を引っ張られた。

突然で強い力に思わずよろけそうになって、 不機嫌そうに久美子を睨みつけようとした。

けれど、久美子の顔を見てハッとした。

どこか不安げで、とても心配しているような顔だった。

「なにか悩みごとがあるのか?」

悩みがあるのは、あんただろ?とか思ってしまうほど、 自分のことのように心配して。

「べつにない」

久美子に意識を奪われて、それだけしか口にできなかった。

「ホントか?」

「ああ、今もちょっとバレーがしたかっただけだし・・・」

学校に侵入してバレーをするのも問題かと思うのだが、
それだけ言うと久美子は安心したように、小さく笑顔を浮かべた。

その笑顔にすべてが奪われる。

トクンっと鼓動が鳴った。

「もう。心配するじゃねーか・・・。けど、もしなんかあったら、 いつでも相談するんだぞ?
 岩本先生や沢田達だって、いるんだからなっ!!」

ビシッと人差し指を立てて、今度は真剣な顔をした。

岩本や慎の名前が出て、なんとなく不快な気分になった気がしたと思ったら、
目の前にある手を捕らえて、自分も真剣な顔で言った。

「なにかあったら、絶対お前のとこに行くよ。  たぶんお前じゃなきゃ、もう無理だから」

ずっと考えているのは、久美子のことばかりだから。

「俺を動かすのはお前だけだし、お前じゃなきゃ救えない悩みだから・・・」

真剣な表情と言葉に、久美子の瞳は驚いたように見開いていく。

けれどそれも一瞬のことで、すぐに頬を赤く染めて、

「な、なんかそんなふうに言われるとテレるじゃねーかっ・・・  けど、なんか嬉しいなっ」

その言葉通り、テレながらも嬉しそうな 笑顔を浮かべる久美子に掴んでいた手に力が入る。

「仕事も大変だけど、がんばれよな。  辛くなった時も、いつでも会いに来ていいんだからな」

にっこりと優しく微笑む久美子の笑顔に、 思わず手を離して、背を向けて歩き出した。

(・・・んなこと気軽にいうなよ・・・)

自惚れてしまう。溺れてしまう。

毎日でも会いにいってしまいそうになる。

それじゃきっとだめだと思うから、ずっと我慢してきた。

けど、思わぬところで許しをもらったら、 歯止めがきかなくなるだろ・・・。

サクサクと先を歩きながら、 手で覆うように隠した黒崎の顔は、赤く染まっていた。







「ほ、ほんとにいい加減な戸締りだな・・・」

校舎の窓の一つが外側からガラリと開いた時は、 久美子は驚くよりも呆れてしまった。

けれど窓から校舎の中に入ると、 さっきまですっかり忘れていた恐怖が、ザワリと襲う。

「・・・・・・本当に怖いの苦手なんだな」

「べ、べ、べつに・・・こ、こわ・・・怖くなんか・・・・」

「おもいっきり震えてるじゃねーか。・・・それに・・・」

ピタリと足を止めて、言葉の代わりに向けられた黒崎の視線の先にあるものに久美子も目を向けると、
薄暗い中でも見える黒崎の袖をしっかりと掴んで離さない自分の手があった。

「・・・・・・あ、あれ・・・?・・・・あ、ははは・・・」

全然無意識にしていた行動で、 久美子の顔がかぁぁ〜と赤く染まる。

「・・・こ、こんなに・・・ぶ、ぶき・・・不気味なんだぞっ・・・
こ、こ、怖くないほうが・・・お、おかしいんだっ・・・!!」

「・・・開き直るなよ」

「う、うるさいっ・・・!!ほ、ほらっ・・・早くいくぞっ!!」

腕を引っつかんで、ズンズンと引っ張っていく久美子の 小さな背中を見つめ、黒崎はひっそりと笑みを浮かべた。

腕を掴む手は小さく震え、怖くてたまらない気持ちを 無理して強がりで隠そうとする久美子を、愛しいと思う。

静まり返った深夜の学校に二人きり。

校門の前で小さく肩を震わせて泣く久美子を見た時から、 胸の奥底で疼く想いはどんどん強くなっていた。

「・・・・・・なぁ・・・・・・」

引っ張られる腕を反対に掴んで、引き寄せようとしたその時、何故か久美子の身体が
ビシっという音が聞こえてきそうなほどに、硬直した。

「・・・?・・・・・どうした?」

「・・・い・・・いま・・・なんか・・・
 あ・・・あし音みたいな音・・・しなかったか・・・?」

「・・・べつになにも・・・・・・?」

そう言いかけて、ふと、どこかで微かに音がした気がした。

思わずザワリと寒気を感じて、怪訝そうな顔で辺りを見渡したあと、
久美子の腕を引いて職員室へと歩き出した。

「早く済ませたほうがよさそうだな」

「・・・く、くろさき・・・・・・」

おずおずと引っ張られるままについていく久美子は、
急に早い歩調になった黒崎の名前を、心細くか弱い声で呼んだ。

さっきまでの強がっていた口調とは違い、
初めて聞くその声に、黒崎の心臓が大きく跳ね上がった。

「・・・し、しんぱいすんなよ・・・
 俺らのほかに誰かいるんだろ、きっと・・・」

バックン、バックン鳴り響く心臓を必死に押さえつける。

小学生じゃあるまいし、 こんなことで動揺するなんて、かなり情けない。

「・・・・・・お、おいっ・・・黒崎・・・・・・」

動揺を悟られまいと、黙々と久美子を引っ張り 続ける黒崎の背後で、
戸惑った声が上がったが 自分のことで頭が一杯で、全然耳に入ってこなかった。

「・・・く、くろさき・・・・・ど、どこまで行くんだよっ・・・・」

フッと一瞬我に返り、久美子の声にやっと気がついたときには、
いつのまにか職員室をおもいっきり通り過ぎ、3Dの教室の近くまで来ていた。

「・・・あー・・・悪い・・・」

やはりとんでもなく情けないであろう自分に呆れながらも、気を取り直して、
来た道を戻ろうとした瞬間、

「「・・・・・・・・・・・・・・・」」

今度は二人して固まった。

さっき来た道、つまり戻る方から、 誰かが近づいてくる足音が聞こえてきたのだ。

意を決して振り向いてみても、 廊下にはまだその足音の主はまだ見えていないのだが、
どんどんこっちに近づいてくる音が、何故かとても恐ろしいものが迫り来て
襲い掛かってきそうな感じがして、二人はじりじりと無言で後退していく。

そして壁まであとずさった瞬間、
突然壁のヒンヤリした感触に久美子は驚いて、 思わず叫んでしまった。

「−−−−ぎゃっ?!きゃぁぁぁぁぁ〜〜〜−−−−!!!」

すぐ横で突然しゃがみこんで叫び声をあげた久美子に驚きつつ、
叫び声とともに足音が走ってくる音に変わったのに気がついて
ハッとそちらに視線を向けた瞬間、廊下に現れた人物に、黒崎は呆然としてしまった。

「−−−−・・・し・・・慎・・・?!」

暗闇の中、颯爽と現れたのは、 大変馴染みな友の片方である慎であった。

まさか慎だとはおもってもみなかったため、少しのあいだ呆然と慎の姿を見ていたら、
さっきまでの得体の知れない気味の悪い感じとはちがう、 背筋が凍るほどの殺気を感じた。

「・・・・・・クロ・・・・・・」

肌に伝わるまでのピリピリとした恐ろしいオーラとものすごい鋭く殺気のこもった目に、
静かで淡々としながらも怒りを隠さない低い声で、ゆっくりと近づいてくる慎の様子に、
本気で命の危機を感じてしまいそうなほど、恐怖を覚えた。

こんな慎を見るのは初めて、というか、これほどまでになにかを恐ろしいと
思ったことすらなかった黒崎は、身動きが出来なかった。

チラリと久美子に視線が移り、 微かに殺気が薄れたのを感じると、やっと身体の力が抜けた。

「・・・・・・そいつに・・・なにした・・・?」

「・・・は?」

「・・・なにしたって聞いてんだよ」

「なにって・・・・・・・」

なんのことだかさっぱりわからなかった黒崎だが、そこでやっと、
慎がとんでもない誤解をしていることに気がついた。

慎の誤解しているようなことを、まったく考えていなかった、といえば嘘になるが、
まだ何にもやっていないのに殺されたりしたら、たまったもんじゃない。

軽くため息をついて、隣で未だにしゃがみこんで小さく震える久美子のそばにしゃがんで、
彼女の頭に軽く手を置いた。

触れた瞬間、いっそう強い殺気を感じたが、久美子の柔らかな髪の感触に救われたのか、
それほど恐怖はなく、ゆっくりとやんわりと頭を撫でた。

「・・・大丈夫か?・・・もう心配ねーよ・・・・・・」

目の前で震える久美子に抱きしめたい衝動を感じながらも、
落ち着かせるように、なだめるように、声をかける。

「・・・・・・ほ、ほんと・・・か・・・?」

優しい声と手のぬくもりに、少しずつ久美子の震えは収まっていき、
まだ恐る恐るといった感じで、久美子は顔を上げた。

「ああ・・・足音の正体もわかったしな」

頭を撫でていた手を頬に持っていき、 慎に向かって不敵な笑みを浮かべた。

こっちは勘違いで殺されそうになったんだ。
このぐらいしても悪くはないだろう。

そう黒崎はおもった。

そして久美子は、

「??・・・あ・・・・・・さ・・・わ・・・だ?」

黒崎の言葉に視線を向け、そこにいた慎の姿を見つけると、
とても驚いたように目を見開いて、慎を見つめた。

「・・・・・・・」

久美子の視線に、慎の殺気も少しは落ち着いたようだが、未だ黒崎の傍らにいる久美子に、
黒崎への怒りよりも苛立ちが高まっていた。

「お、おまえっ・・・なにしてんだよっ・・・って、うわっ?!」

久美子は、ガバッと立ち上がって、 信じられないというように指をさして声を上げた。

慎はその突き出された手を素早く掴んで、 無理やり久美子を自分のほうに引き寄せる。

「・・・おまえこそ、なにやってんだよっ」

不機嫌を隠すことなく、 苛立たしい感情のままに、低くはき捨てるような声だった。

「えっ!?あーちょっと・・・って、そうだっ!!
 お前っ、なんで電話にでないんだよっ!?」

口ごもる久美子に視線が鋭くなるが、 次の言葉の意味を理解すると微かに顔を歪めた。

「・・・・・・・・・忘れたんだよ」

ボソッと呟くと、久美子の腕を掴んだまま、
おもむろに近くの3Dの教室に入り、自分の机の中から携帯を取った。

ディスプレイに残る着信の文字に、 慎は携帯をギリッと音がなるほどに握り締めた。

こんな時に忘れた自分が悔しくてならない。

忘れなければ電話に出て、すぐにでも傍に駆けつけたのに。

自分を必要としてくれている時に、何も出来ずにいた自分も、
何も知らずに少しでも辛い思いをさせた自分も、腹立たしい。

どうしたんだ?というような顔を しながら自分を見つめる久美子の頬に触れ、
少し赤くなっている瞳を見つめ、目もとを親指でなぞった。

「・・・・・・沢田?」

小さく肩を震わせて涙を流す久美子を想って、 慎はズキッと胸の奥が痛んだ。

泣かせたくない。泣いてほしくない。

でもそれと同時に、それ以上に酷い感情もあった。

自分だけが泣かせたい。

誰にも見せず、自分だけがその涙を拭いたい。

不可能なことだとわかっていても、求めてしまう。

自分以外がこの涙を見たのだとおもうと、胸が痛んだ。

「・・・・・・・・・・・・」

教室の入り口の壁に寄りかかりながらこちらを見つめる黒崎の視線に、
さっきまで感じていたものが確信に変わる。

鋭い殺気の中に、久美子に向けられた悲痛な思いが見え隠れしている。

自分も同じだから、よくわかる。

けれど、知らないふりをした。

「・・・・・・あ・・・・さ、さわ・・・だっ・・・?」

想いのままに、慎は久美子を抱きしめた。

ガタっと机が動く音と、戸惑ったような声も聞こえないふりをして、
腕の中でもがく久美子をさらに強く抱きしめる。

やわらかく甘い時はほんの一時で、机を掻き分けて駆けつけてきた黒崎が
すぐそばまで来たのを見計らって、久美子を放した。

「びっびっくりしたっ・・・
 ど、どうしたんだ?いきなり・・・」

「・・・・・いきなりじゃねーよ・・・・」

「え?」

「・・・なんでもない」

「な、なんだよっ、気になる・・・」

「いいじゃねーか。もう早いとこ用事済ませて帰ろうぜ?」

「・・・で?お前ら結局なんでいんだよ?」

「あー・・・うんと・・・
 実は、月曜までに採点しなきゃいけないテストがあってさ・・・」

「忘れたんだな」

「う・・・」

その後、三人で職員室までテスト用紙を取りに行き、二人に久美子の家まで送ってもらい、
その間ずっと二人に挟まれて歩く久美子は、二人の服の裾を掴んだままであり、
必要以上に二人の心を揺さぶっていたらしい。







あとがき(言い訳)(下の方に慎クミのおまけあり)


お待たせいたしました!!

リクエストには、こたえられたでしょうか・・・?

素敵なリクエスト内容で妄想しすぎて、
うまく文になってないような気がしたりしてますです。

す、すみませんっ!!この小説、これはどうなのよ? みたいな部分がありまくりです〜!!

・ゴールドンシアターは、わざと変えています。 (やっぱりネーミングセンス0以下・・・)

・あんまりわかんないのですが、 当直の先生は、絶対この時間にはいない・・・・?かも

・深夜の校舎の中で、懐中電灯も持っていないのは、大問題です。
(ということで、3Dの教室とかは、  電気をつけたことにしといてください・・・)

・教室はともかく職員室とかって、  普通、鍵とかかかってたりするのかなぁ・・・?

このほかにも、変だよっ絶対ってとこあるかもですが、 もう本当に申し訳ないです!!

あと、やっぱ黒くみが多くなってしまって、
ちょっと慎クミが寂しいので、おまけを書いてみました。

慎クミが好きなお方は、

下のほうにスクロールしていってくださいませ!!







































おまけ 慎クミ



月曜日。なんとか教頭に嫌味を言われることなく授業を終えた久美子は、
放課後の教室の片隅で、あるピンチを迎えていた。

「あ、あの・・・沢田・・・くん・・・?」

誰もいない教室、いや正確に言えば、久美子と沢田しかいない教室の中。

久美子の背中にはヒンヤリとしたドアの感触と、顔の両サイドには手が二本、
そして目の前のしかもものすごい至近距離に慎の顔があり、
久美子は顔を赤くして視線を彷徨わせていた。

「・・・さ、沢田・・・?  と、とりあえず・・・い、いすに座って・・・」

とにかくこの至近距離から抜け出そうと、ドアにつけている腕をどかそうとしたとたんに、
もう片方の腕を腰に回されて、さらに距離を詰められてしまった。

横向きになっていたため、目の前に顔はないのだが、首筋に顔を埋めて、慎は囁いた。

「今度なにかあった時も、絶対俺に連絡しろよ?」

「・・・っ?!」

首筋に慎の吐息を感じて、ビクッと身体が震えた。

「・・・返事は?」

あっという間に髪を束ねていたゴムを取り、眼鏡も外してしまうと、
横を向いている久美子の顎を掴み、強引に顔を向けさせる。

久美子は視線を合わせようとはしないが、真っ赤な顔をして小さくコクリと頷くと、

恥ずかしそうに、俯いた。

その姿が可愛くて、慎は腰に回した腕の力を強める。

「・・・さ、わだ・・・も、もう・・・いいかげんに・・・」

「最後にもう一つ」

「??」

「・・・泣くのは俺の傍だけにしろよ?」

「な、なに・・・いってんだよ・・・  そんなの無理に決まってんだろ・・・っ」

「無理でもないだろ?・・・まぁ、今は多少無理はあるかもだけど、
 そのうち離れられない存在になってやるし、してみせるから」

「???」

意味がわからなくて首を傾げる久美子に、フッと小さく笑みを浮かべると、
慎は久美子の額と自分の額をコツンと軽くくっつけて、目を閉じた。

「・・・もう見てるだけじゃ我慢できねーしな」

「?????」



終