「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 隼人は、ぼんやりと目を覚ました。 見覚えのないこげ茶色の天井に眉を寄せると、横から久美子の顔が現れた。 「・・・やぶき?・・・大丈夫か?」 いつになく気遣わしげな声と額に触れる手のぬくもりに、表情が和らいだ。 まだ少し朦朧とする頭で、状況を思い出す。 「・・・ここ・・・お前んち・・・?」 視線だけであたりを見渡せば、何畳かの和室だとわかった。 「そう。外に連れ出すのもどうかと思ったけど、やっぱ二人だけじゃ心配だから連れてきたんだ。」 久美子の言葉に、ムカツクことを思い出した。 「・・・ん?・・・どこか痛むのか?」 顔を顰める隼人に久美子は心配げな声で彼の額をそっと撫でる。 優しくされると、強く言いたくても言えない。 憮然とした顔でボソッと呟いた。 「・・・どうせ俺は使いもんにならねーよ・・・」 「え?・・・あ、ああっ!あ、あれは・・・こっ言葉のあや・・・みたいなもんでっ・・・」 久美子は思い出して苦笑いを浮かべる。 あれはちょっとひどかったかも・・・。 「ふ、ふだんはすごく頼りになるってことを・・・・・・・・・」 焦って弁解しようとする久美子に、じとっとした視線が突き刺さる。 「・・・ごめん・・・。」 しゅんとなって肩を落とす様子に、隼人は問いかけた。 「・・・俺の看病しに家に来たんだよな?」 「・・・?・・・ほかになんかあるのか?」 「・・・買い物も俺のためか?」 「・・・ほかにも風邪の奴がいたのか?」 いまいち言いたいことがわからない久美子は不思議そうに首を傾げる。 当たり前だろ? そんな声と表情に、隼人は苛立っていた気持ちを溜息とともに吐き出した。 イライラしてても。やっぱり自分を気遣ってくれるのは嬉しい。 隼人は布団から腕を出すと、久美子の長い髪の先を掴んだ。 指に絡めたり滑らせたりする。 髪で遊ぶ様子に機嫌が直りはじめていると感じた久美子は、そのまま好きなようにさせることにした。 頬や頭の方にまで手を伸ばして触れていると、気持ちが落ち着いたらしい。 「そういや、拓は?」 「いるよ。今、みんなと一緒にご飯食べてる」 「・・・悪いな」 「気にすんな、家は大勢だからなっ!一人、二人増えたって変んないよ」 にこりと笑う久美子に、隼人も小さく笑みを浮かべた。 「そうだっ!お前もお粥あるから食べろっ!」 「・・・・・・」 思い出したように出て行こうとする腕を、隼人は掴んだ。 「ん?・・・食べたくなくても食べなきゃダメだぞ?」 「・・・お前はもう食べたのか?」 「まだだけど・・・。私はあとでもいいし・・・」 「なら、まだここにいろよ」 ぐっと力を込められて、久美子は少し迷いながらも布団のそばに座りなおした。 掴まれた腕とは反対の手で軽く額を撫でると、安心したように目を閉じる。 喋って疲れたのか、スゥ・・・とそのまま眠りについた隼人に、 久美子はふわりと優しげな笑みを浮かべた。 そして次の日の朝。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 隼人が目が覚めるのと同時に、襖が開いて拓がひょこりと顔をだした。 「起きた?」 「・・・おー・・・」 体調は昨日よりは良くなってる感じだ。 ゆっくりと上半身を起こす。 「・・・あいつは・・・?」 久美子の姿を探すように視線を動かす隼人に、 「すぐ呼んでくるよ」 拓はそう言って笑った。 「おはよー矢吹っ!お粥持って来たぞっ!」 久美子はお盆を手に持って、にっこりと笑って部屋に入ってきた。 その時に隼人が感じた喜びといったら、それはもう凄い。 なんて幸せな朝っ! ウイルスに感謝っ! グッドタイミングで仕事に行った親父にも感謝っ! 生きててよかったっ!俺っ!! 握り拳を作って天を仰ぐ隼人に、久美子が茶碗とれんげを差し出した。 「ほらッ!」 にっこりした笑顔に誘われてそれを受け取った・・・が。 手に持って、ハッと気づいた。 (・・・惜しいことしたっ・・・) 思わず舌打ち。 (なんで起き上がっちまったんだっ!) どうやら食べさせてもらうことも狙っていたらしい。 小さな幸せで終わった朝の出来事が過ぎた後、暇で極妻でも・・・っと言い出す久美子を止めて、 とくに予定のなかった拓が借りてきた映画を三人で見たりしながら、あっという間に時間は過ぎていった。 そして月曜日の夕方。 お世話になった大江戸一家の面々に丁寧な挨拶をして、隼人と拓は自宅へと戻った。 「なにっ!?山口先生のお宅にお泊りっ?!?!」 仕事から帰ってきた父博史は、手に持っていた湯飲みをドンッと置いた。 ググッと湯飲みを握り締める。 「なんて羨ましいっ!!なんでそんな時に仕事なんてしてたんだっ!!俺はっ!!」 くぅっと悔し涙を浮かべる博史に、兄弟の呆れた視線が飛ぶ。 「・・・たぶんお父さんがいたら先生の家には行ってないよ・・・。」 「・・・そっちよりてめーの息子の風邪を心配しろよ・・・・・」 「・・・山口先生っ・・・!」 なにやら想いを馳せているアホな親父はほっといて・・・。 二人はお土産といって久美子の祖父に貰ったお茶をすすった。 すると、拓が何かを思い出して笑った。 「そういえば先生の部屋ってちょっと変わってるけど、落ち着いてて雰囲気がいい部屋だよねっ」 その言葉に、お茶を飲もうとしていた隼人の手がピタリと止まる。 数秒後・・・。ドンッと父同様、デカイ音を立てた。 「・・・拓・・・・・・・・・・・」 「・・・な・・・なに・・・?」 俯いていて顔は見えないけれど、なーんかまずいことを言ってしまったらしい。 「・・・お前・・・あいつの部屋に入ったのか・・・?」 「家の中色々案内してもらった時に少し・・・。・・・も・・・もしかして・・・まだ入ったこと・・・」 「・・・・・・・見たこともねーよ・・・・・」 物凄い低い声で、呟いた。 どんよりと暗い空気を漂わせる兄の姿に、 拓は申し訳ないような可哀想なような複雑な表情で見守るしかないのだった。 部屋の存在をすっかり忘れていた自分もなんだけれど・・・。 なんとなく・・・いつも拓に先を越されているような気がするのは気のせいか・・・? (・・・いや・・・気のせいじゃねー) 湯飲みを握り締めながら。 彼は気づいた。 自分にとって、一番手強いライバルが誰なのかを・・・。 「・・・拓・・・」 「・・・なに・・・?」 「正直に答えろ」 「・・・う、うん・・・?」 「お前・・・山口のことどう思ってんだ?」 「・・・え?山口先生?・・・どうって・・・好き・・・だけど・・・?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「え?・・・あ・・・もちろんお姉さんみたい、な・・・好きだよ?」 「・・・お姉さん・・・?」 「うん」 そうだよな。 そんな感じだよな。 だが・・・。 問題ははじめっから、拓じゃねー。 大問題なのは。 「どうかしたのか?」 とぼけた顔で見上げてくる、こいつだっ! 「・・・てめー・・・拓のことどう思ってんだっ・・・?」 「え?弟君?好きだぞ?」 にこやかな久美子に、隼人の顔が思いきり引きつる。 (やっぱこの女は油断ならねー・・・) ギリッと、握った拳が音を立てた。 乱暴に久美子の手を引っ掴んで引き寄せようとしたのだが。 手を掴んだ、そのとき。 「お前は好きじゃないのか?」 「・・・・・・は?」 想像していなかった問いかけに、隼人は固まった。 「もしかして・・・嫌いなのか・・・?」 固まった隼人に、久美子の顔が悲しそうになる。 「あ、あんなにいい子なのにっ・・・−−−どこが嫌なんだっ!!えーーっ!矢吹っ!」 うぅっと涙ぐんだと思ったら、久美子はガッと隼人の胸倉を掴んで怒り出した。 「可哀想じゃないかっ!!お前っそれでも兄貴かっ!?」 (・・・ああ・・・) ガクガクと揺らされながら。 (そういう意味ね・・・) 普通に考えればすぐわかんだろっ!な、ことに気がついた。 「なに笑ってんだっ!!ちょっ・・・おいっ!!」 胸倉を掴んだままの久美子の腰を引き寄せて、抱きしめる。 「嫌いなわけねーだろ?」 「・・・本当か?」 むーっとした顔のままの久美子に溜息をついた。 「嘘ついてどうすんだよ。これでも俺は、結構あいつのことは大事にしてんだ」 「そ、そうか。そうだなっ!」 途端にぱぁっと嬉しそうな顔をする久美子には、やっぱムカツクけど。 自分の腕の中にいるんだし。 バカなこと聞いた俺の所為でもあるし。 まあ、許してやるか・・・。 と、珍しく寛大さをみせた隼人は。 「そうだよな〜。いいよな〜・・・私もあんな弟ほしいな〜」 テツやミノル達もいるけれど。 やっぱりあんな風にのんびり穏やかで素直な子がいてくれたら・・・。 癒されるだろーなー・・・。 と、腕の中でうっとりしている久美子の発言に。 隼人は、物凄いことに気がついた。 『お姉さんみたい・・・』 『弟ほしい・・・』 ってことは? 『お姉さんになってほしい』 『弟になってほしい』 それすなわちっ!! 『結婚してほしいっ!!』 『結婚したいっ!!』 「−−−−つーことじゃんっ!!」 「は?・・・な、なんだっ?」 (な、なにニヤニヤしてんだっ?こいつはっ・・・) 「や、やぶき?・・・あの・・・?ちょっと・・・?」 「あ?心配すんなっ!!お前と拓の願いは、この俺が叶えてやっからっ!!」 「・・・・・・・・は?」 今日の隼人は、とっても寛大。 終 あとがき これって隼クミになるのかって感じですね・・・。楽しみにしていてくださった方には、申し訳ないです。 拓君がなぜかとても書いてて楽しいです。というか、三人セットが好きなようです。 どんなに嫉妬しても、怒りの矛先が弟や友にいかないところが、隼人の凄さであり、面倒見のよさだな と、勝手に思っております。久美子には容赦ないですけど、それもまた愛ってことでっ! |