「−−−・・・あ〜〜もぉ〜〜〜っ!なにやってんのさっ・・・あたし・・・」 顔は熱くて。あの時触れられた手の感触がいつまでも消えなくて。恥かしさに、昼休みの屋上で頭を抱えている。 でもそれと同じようにあの女の子の姿がちらついて、胸の奥が痛かった。 それもこれも全部。キラキラしている大野くんが悪い。優しく触ったりするから、あんな風に優しく笑ったりするから。 だから・・・こんなおかしくて苦しいんだ。 ・・・・・・でも・・・ 「・・・なんか・・・嬉しかった・・・」 ちょっとだけ、そんな風に思う。 撫でられて。触れられて。あんな風に笑ってるのを見れて、本当にちょっとだけ・・・嬉しい。 なんだか胸の奥がくすぐったくなったようにムズムズするようで、触れられた頭に手を添えながら 思わずえへへっと笑った、その時。 「−−−なにが嬉しかったんだ?」 なんの前触れもなく、すっと影が自分に被り、不思議そうな声が頭上から聞こえた。 慌てて振り向くように顔を上げれば、首を傾けながら見下ろしてくるその姿が見えた。 「−−−おっ大野君っ!!!」 あまりに突然の登場に一瞬固まるけれど、ふとその姿を嬉しく思う自分がいた。 怒っていても。胸がモヤモヤしていても。それでもどこかで、いつも嬉しかった。 そばに来てくれることが、とても嬉しかった。 気付けば、なんてことない簡単なこと。 まる子は、そっと彼へと手を伸ばしてみる。 「・・・?・・・立てないのか?」 大野は自然にその手を掴むと、様子のおかしいまる子に眉間を寄せて心配げな顔をした。 「どこか怪我でもしたのか?」 そう気遣わしげに手を掴んだまま、そばに膝をついてくれて。 まる子は顔を俯かせたまま、大丈夫だと小さく首を振った。 なんだか凄く、悲しいわけでもないのに・・・泣いてしまいそうだった。 暖かいなにかで心が一杯で。でも少しだけ切ない気持ち。 押し込めて、落ちつかせて。まる子は深く深呼吸をした。 俯いていると思ったら、今度は大きく息を吸い込んでは吐いていくまる子に大野は不安そうだ。 「どうしたんだ?大丈夫か、おい」 真剣な声に思わず声をあげて笑っちゃいそうになるのを堪えて、まる子は顔を上げた。 予想通りに真剣で心配げな顔があって、嬉しさに緩む顔までは堪えきれなかった。 「だいじょーぶっ!」 なにがそんなに可笑しいのか嬉しいのか、ニコニコと笑うまる子の笑顔に大野は少し戸惑いながらも ホッと胸が落ちつくのを感じた。 何週間ぶりに見れた笑顔はやっぱり可愛く、見れて嬉しく、笑ってくれることがなにより嬉しかった。 「−−−・・・っ!?」 ふっと優しげな微笑がその顔に浮かんで、まる子は思わず顔を逸らした。 (−−−うう〜〜〜っ・・・) その顔は、ちょっと待ってほしいと思う。 キラキラし過ぎて、心臓に悪い。 頬が熱くなってくるのがわかる。頭を抱えたくても、相変わらず手は掴まれたままで。 それがまた意識するとたまらなくて。 胸がくすぐったくて、もどかしくて。なんにもしてないのにこっちが恥かしくて。 「おい、本当に大丈夫なのか?」 うずうず、もじもじしているまる子に大野は首を傾げて、まる子の顔を覗き込もうとしてくる。 その気配にハッとして、まる子は慌ててズサッと大野から離れた。 「あ・・・あはっ・・・ははははっ・・・」 精一杯笑って誤魔化す以外考えられなくて。まる子は必死で作り笑いを浮かべまくった。 その顔が真っ赤に染まっているのも自分でもわかっているし、掴まれた腕はまだそのままでパニック寸前だ。 「はははっ・・・はははは〜・・・・」 壊れた人形のように笑い声を上げながら、手を離そうとブンブン揺らす。 大野は、それでも手を離そうとはしなかった。それどころかギュッと力を込められてしまう。 なぜだか真剣な顔もしているし、どーしたもんかとまる子は冷や汗ダラダラだった。 「そ・・・そーいえばさー」 もう手を離すのを諦め、今度は話を逸らそうとする作戦を思いついた。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 じーっと見つめてくる視線が気まずくて、微妙に視線を逸らしながらまる子は頭に浮かんだことを深く考える 余裕もなく言ってしまった。 その発言の意味も知らぬうちに。 「・・・や、焼き餅って知ってる?な、なんかね、たまちゃんがね、私が焼き餅焼いてるっていっててさ〜」 「・・・・・・・・・・え・・・・・・?」 ふっと、その瞬間。掴まれた手から力が抜けて、まる子はこれは上手くいくかもと浮かれて話を続ける。 「焼き餅は美味しいけど、だからって春にまだお餅焼いてるわけないじゃんねぇ。まあおじいちゃんなら 年中お餅食べてそうだけどさー」 そう、そう、お正月にね。などと、動揺していたのも忘れ、面白い思い出に話が調子付いてきて、 まる子は大野へと笑いながら視線を戻したのだが・・・。 「おじいちゃん、喉にお餅をっ・・・・・・・て・・・・・・・・・え?」 笑顔をきょとりと固まらせた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 目の前には、なぜだか口元を手で覆いながら顔を真っ赤にして横を向いている大野の姿。 それは思いっきりなにかにテレまくってますっといった感じで。 (・・・え?え?・・・な、なんか変なこといったのっあたしっ!?) まる子まで恥かしさが移ってしまったように顔を真っ赤に染めていた。 ただただ、真っ赤になったまま固まる二人。 ぽわん、ぽわんと空気は熱く跳ね上がり、ぽぽんっといくつものお花が花ひらいて、 二人を包む空気も、その姿もその景色も、キラッキラに輝いていた。 思いもよらなかった。 ただ、自分を遠ざけようとするその様子が嫌で。離れていってしまいそうな、その作り笑いが悲しくて。 離したくはなくて、力を込めていた。 そんな中で、言われた言葉。 ヤキモチ、焼いてる。 最初は発音とかも普通に焼き餅だったし、そっちの意味かと思ったけど。 ここ最近、ずっと怒っていた彼女を思い出して。 その言葉の意味をてらし合わせて見れば、さすがの自分でも気付くものだ。 ヤバイくらい、嬉しかった。 ずっと見てた拗ねた顔が、ますます可愛く思えてしまって。 あまりの嬉しさに、どうしようもなく胸が浮かれて、誤魔化すのに精一杯だった。 それから・・・何日か経ったある日。 まる子は、大野とあの女の子が一緒にいるのを裏庭で見つけていた。 「・・・・・・・・・・・・・」 ドキリと心臓が音を立てて。不安で押し潰されそうで。でもどうしたらいいかわからなくて。 その場をただ黙って、見ぬフリをした。 けれどまた屋上で、頭を抱える。 「−−−・・・あ〜〜もぉ〜〜〜っ!わけわかんないっ・・・あたし・・・」 モヤモヤして。ムカムカして。 どうなったんだろう。あれって告白だよねっ。 気になって、気になって、しかたない。 なんで気にしなきゃならないのかと思うけれど。気になるものは気になる。 「ああぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」 「・・・なに叫んでるんだ?」 「−−−っ!?」 頭を抱えて空を仰いで言葉にならないモヤモヤを吐き出せば、背後から聞こえる呆れた声。 振り向かなくても、誰だかわかって。まる子はううっと身を縮めた後、ふいっとそっぽを向いた。 その仕草にふっと大野は小さく笑って、まる子のそばに立った。 「・・・・・・聞きたいことあるんじゃないのか?」 「・・・べ、べつにっ!」 一瞬、ドキリとしてしまう。まさか・・・と思うと、 「お前、俺の方からは丸見えだったぞ?」 「うっ!?」 あそこにいたのが見られてたとは驚き。だけど、だからってなんであたしの方が気まずくなってんのっ! 「べっべつにあとつけてた訳じゃないんだからねっ!たまたま通ったところにあんたらがいるのが悪いんじゃん!」 見て悪かったねっ!と逆切れするように怒鳴れば、 「慌てて、転ばなかったか?」 なんて心配される言葉を掛けられ、ますますこっちが気まずい。 「・・・・・・・・・・・だ、だいじょうぶ・・・・・・・」 ぼそりと呟いて、チラリと上を見上げれば、大野は少し戸惑ったそぶりを見せた後、呟いた。 「・・・・・・・ごめん、って言っといた」 「・・・・・・・え?」 一瞬、なんのことかわらかなかったけれど。 すぐにその意味に気がついて、まる子は小さく「そう・・・」と言った。 頬を染めて、一生懸命に彼を見ていた女の子の姿を切なく思い出す。 見上げた彼の横顔も、少しだけ物悲しそう。 切ないけれど。でも、それ以上にほっとしていた。嬉しかった。 あの女の子を想えば、悲しいし喜ぶことじゃないのに。 どうしてだろう・・・、複雑に、でも確かに嬉しいって思う自分がいる。 不思議な感じに戸惑いながら、でもふと、思い出す。 「・・・あれ・・・?・・・でも、じゃあ・・・・・・」 「・・・・・・・・・?」 首を傾げて困惑したように呟くまる子を見下ろした大野も不思議に首を傾げた。 「なんで・・・優しくしてあげてたの?」 首を傾げながら見上げてくるまる子の視線と言葉に、大野はドキリとして表情を強張らせた。 気まずそうに視線を逸らされ、まる子は心がズキリとする。 もしかしたら、本当はあの子が好きなんじゃないかと思って・・・。 だって、そうなんだ。彼は、あの子に確かに優しかった。 困った顔をしていても、いつもあの女の子に付き合ってあげていた気がする。 あの女の子と一緒にいる時の彼は他の子とは少し違っていたし、素っ気無くて、 女の子に必要以上に構うなんてことないのは小学校の頃から知っているから。 やっぱりそうなのかと、思ってしまう。 途端に切なくて。凄く胸が痛くて、悲しくて。どうしたらいいかわからなくて俯きかけたその時。 「・・・あ・・・あれは・・・お前に、頼まれてるような気がして・・・」 ぼそっと呟いた言葉が微かに聞こえた。 「・・・・・・え?」 思わず顔を再び大野に向けて見れば、彼の横顔は恥かしそうに赤く染まっていた。 ただ、近づいて、俯き加減にしているあの姿が、一瞬まる子に見えて戸惑ってしまっていた。 代わりに見ていたなんてこと1度もない。 同じクラスにいても、考えるのは本人自身だったし、重ねることも、その子自身を正直まともに 見たことも1度もない。 だけど、声を掛けられて俯いている姿を見ると、彼女に話しかけられ頼まれているような気がして、 知らぬ顔ができなかったのだ。 背丈と髪型が、ほとんど同じだったから。 それだけのことで、傷つけていたと思うと申し訳無く思う。 俯いて、好きだと言われ。その時も一瞬だけ、そんなときでも重ねて、思い出してしまう自分がいて。 それでも、この子ではないんだとはっきりとわかっている自分もいて、ただ・・・謝ることしかできなかった。 小学生の頃は、・・・こんな風に想う子がいる前は、本当になんでも無く、素っ気無く、大して考えもせずに 首を振り、ただ興味が無いからと言っていた自分を今は殴ってやりたいと思う。 相手の気持ちが少しでもわかるから。 同じように、想う相手がいるから。それだけで・・・こんなにも切ない気持ちになる。 ふっとその相手を見下ろせば、さっきの言葉はどういう意味なのかと不思議そうに首を傾げてる姿があって。 大野は、小さく微笑み、そして・・・背中を屈めて、その頭へとそっと手を伸ばし触れた。 「・・・え?・・・・・・な、・・・なに・・・?」 ナデナデと優しく微笑まれながら頭を撫でられ、まる子の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。 それを可愛く想いながら、大野はふと思う。 「・・・そこまでわかってて、なんで一番優しくされてるのが自分だって気付かないんだ・・・?」 かまうのも。こんな風に触れたいと思うのも、優しくしたいと思うのも、一人だけなのに。 ここまで言っても、全然わかっていないらしいまる子に大野は呆れながらも優しく笑った。 そんなところも好きなんだ、と・・・いうように。 そしてまる子は、戸惑いながらも・・・くすぐったくて、甘い何かを感じていた。 撫でられて。優しい笑顔がそこにはあって。その笑顔を向けられることが、見ていてくれることが。 触れてくれることが・・・なんだか嬉しくて、幸せで。 一人、自分で自分の髪に触れていた寂しさを思い出して、気付く。 ずっと、触って欲しかったのかもしれない。毎日、梳かし続けていた意味は・・・。 触れて欲しくて。それから・・・見て欲しかった。映して欲しかった。 キラキラと、ただ、想って、見ていて欲しかったんだって。 そう、想って。まる子もニコリと笑った。 触れてくれて。微笑んでくれて、嬉しいと・・・いうように。 次の日の朝。中学への道を駆けて行く、まる子の姿。 校門に着く、少し前にその後ろ姿を見つけて、声を掛けて手を振った。 振り向いて立ち止まった大野のそばにトトッと着いたまる子は、 「おはよう、大野君!」 さきこのアドバイス通り、首を傾げて、ニッコリと笑っていた。 キラキラと輝く笑顔。 どんな時でもキラキラしているその存在。 それでもやっぱり、幸せそうな笑顔が彼には一番、輝いて見えている。 「−−−おはよう、さくら」 そう言いながら、優しく微笑むその笑顔もまた・・・ まる子にとって一番のキラキラした、輝いた彼の姿だった。 あとがき え〜っと・・・これ、一応切ないものを目指したつもりなんですけど・・・ 気がつけば、というか、大野君を出すと微妙に路線が・・・ねえ・・・? まあ、一言で言うなれば・・・・・・「ベタボレ」 こんなにも彼を開き直らせている小説は私自身初めてなので、どのくらいまで開き直らせるべきか 結構迷った場面も多々。 でも書いていて楽しかったですね。最後がもう少し綺麗にできればなとちょっと心残りな部分はありますけど、 大まるでは一番好きなお話になった気がします。 それもこれも更新できていない中でも大まるのメッセージやメールを下さった皆様方のおかげです。 本当にありがとうございました! 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