「な、なあ、なんで外で会うんだっ?」 24日のクリスマスイブ。並木道のベンチに座りながら、久美子は身体を震わせていた。 今にも雪が降り出しそうな寒空の下。コートを着込んで、マフラーに手袋までしても寒いものは寒い。 「しょうがねーだろ。親父がいんだから」 チッと舌打ちしながら、隼人も久美子の隣で手を擦り合わせる。 そしてチラッと久美子を見やった。 「・・・で?」 「・・・でって?・・・う〜っさむいっ〜」 カタカタと震えながら白い息を吐く様子を見ながら、ニヤニヤと笑みを浮かべて言った。 「寂しかっただろ?」 「・・・べつに?」 一瞬だけ動きを止めて、短く返事をする久美子。 「へえ・・・。拓のことしょっちゅう誘っといて?」 「それは、弟君に会いたかったから」 「それならなんでわざわざ喫茶店行ってたんだよ?」 今度は本格的に固まった。ちらりと視線を隼人に向ければ。 「寂しかったんだろ?」 物凄いにっこり笑顔で彼は言った。 その笑顔に含まれる心中はなんだか不気味だったけれど。 図星を指されているのは事実なようで、久美子は寒さで赤く染まった頬をさらに真っ赤に染めてうろたえた。 「べっべつにっ深い意味なんてないっ!!お茶がしたかっただけなんだからっ!!それだけだっ!!」 シドロモドロに叫んだって動揺はバレバレで。わたわたする手を掴まれて捕らえられれば、逃げ場はなかった。 抱きしめられ、暖かなぬくもりに包まれて。肩に顔を埋める。 どんなに恥ずかしくても。心の中にずっとある想いは、あの日から隠すことは困難で。 それでも意地を張ってしまうのは止められなかった。 寂しかったに決まってる。会いたかったに決まってるじゃないか。 それでも、わかっているから。わかってるからこそ、矢吹家には行けなかったのだ。 行ったら、余計に寂しくなるから。 この男はそれを全部わかっていてこんなことを言っているのだから。 それがどこか悔しくて。恥ずかしくて。 でも抱きしめられてしまえば、言葉も出てこなくて。胸が一斉に詰まるようで。 けれど、久美子は聞こえてきた言葉に息を止めた。 「ごめん、悪かったよ。」 優しい声と言葉。背中を撫でられて。でも、久美子は次の瞬間隼人の身体を突き放していた。 「−−−あ、誤るなよっ!」 隼人から離れ、立ち上がって久美子は叫んだ。 「誤ってっ・・・ほしいわけじゃないっ・・・!」 恥ずかしさで今にも泣き出しそうだったその瞳は、言葉と一緒に一気に涙を溢れさせて。 ぽたりと雫がいくつも流れていた。 一生懸命に仕事をしているだけのことなのに。 それを誤られたら、私は、どうしたらいい? 「一人・・・で、バカみたいっじゃないかっ・・・!」 寂しくて。一人でどうしようもなくて。そんな気持ちに、平気な顔をして誤らないでほしい。 いつだって、寂しさを見つけていたのは自分だったはずなのに。 気がつけば・・・逆転してる、立場と気持ち。 押し込められなくなるほどにどんどん膨らんでいく自分は、平気な素振りを見せはじめた彼から、 どんどん置いてきぼりにされているようだった。 それでも、そばにいてくれて、自分を見てくれて、好きでいてくれるならよかった。 でも、寂しくてたまらないことは気づかぬふりをしてほしい。 こんな風に泣きたいわけじゃない。 困らせたいわけじゃない。 ただ、好きでいたいだけ。そばにいたいだけ。 ただ・・・、ただ、謝罪じゃなくて。 「・・・寂しかった。」 そう、思ってほしかっただけ・・・。 涙をいっぱいに溢れさせて、泣き続ける久美子に隼人は呟いて、手を伸ばした。 「寂しかったに決まってるだろ?ついでに、嘘吐いたのも気づけよ」 「・・・う、うそ・・・?」 引き寄せてベンチに座らせると、涙で濡れる頬を両手で包み込んだ。 「ごめんなんて思って思ってるわけねーよ。寂しがってるのがわかって、すげー浮かれてたし。 つーか、こんな風に泣いてんのさえ、嬉しいと思ってるし」 「なっ・・・なんだよ、それっ・・・」 ククッと悪びれた様子もなく嬉しそうに微笑む隼人に久美子はたじろいでしまう。 気づいていないのは。わかっていないのは、久美子の方だ。 もう、何があっても離す気はまったくないというのに。 心も全て、俺だけのものだと、こうして傷つけてでも思い知らせてやりたいくらい、 その全てが欲しくてたまらないというのに。 不安に揺れてるその様さえも愛しくて、欲しくて、しかたがないのだ。 柔らかな髪に指を通し、濡れた目尻や頬にはキスを落として。 唇に触れようとしたところで、久美子が慌てだした。 「ちょっちょっと待てっ!!じゃ、じゃあっ忙しいっていうのはっ?あれも嘘だったのかっ!?」 「それはホント。・・・欲しいものがあったからな」 「欲しいもの?ただ仕事が忙しいんじゃなかったのか?」 再び唇に触れそうになる隼人を両手で突っぱねながら、久美子は首を傾げた。 12月のこの時期だから、普通に忙しいのかと思っていた。 「そんなんだったら、24、25に休みが取れるわけねーだろ?」 そういえばそうだ。 「店長にも頼んでもらって、他のシフトの人と変わってもらったんだよ。 その代わりに休み無しで働くことになったけどな」 「そんなに欲しいものがあったのか?」 「知りたいだろ?」 ニヤっと笑みが深くなって、久美子の腰が思わず引けた。 なんとなく妙な方向に行ってる気がする。 「しばらくじっとしてたら、教えてやるからさ」 「いや、いい。教えてくれなくって!」 ずいっと距離を詰めてきた隼人の顔を素早く手でブロックする。 「大人しくしとけよ、てめーっ!!キスするだけだろがっ!!」 「しなくていいしっ!!やめっ!んっ・・・ちょっ・・・む、ん〜〜〜っ!?」 「・・・ん・・・ふぁっ・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・」 思いっきりキスをされ、久美子は深いキスと抵抗しすぎの所為でぐったりと隼人の腕の中で項垂れた。 顔を埋めたまま、恥ずかしさに硬直する。 「うっううぅぅ〜〜っ・・・しばらく顔があげられないじゃないかっ・・・!!」 「誰も通ってねーけど?」 「・・・ホントか?本当だなっ?」 ぐっぐっと胸元の服を力いっぱい引っ張りながら何度も問いかけると、やっと信じたのか、 久美子は顔を上げた瞬間、隼人から素早く距離を取った。 真っ赤な顔をしながらも何食わぬ顔で座りなおす久美子に一笑いして、隼人は上着のポケットから何かを 取り出して久美子に渡した。 「え?」 それは白い包装紙に赤いリボンのついた長方形の箱。 箱と隼人の顔を交互に見やりながら、久美子は不思議そうに首を傾げた。 「それが欲しかったもの。・・・クリスマスプレゼント」 「ああ、クリスマス・・・・・・・・・えっ?!あ、と・・・私・・・に?」 「お前以外誰がいんだよ」 「え・・・じゃあ・・・これのために・・・?」 ドキドキしながら問いかければ、隼人が頷いて。 収まっていたはずの涙が、再び溢れそうだった。 隼人に了解を得て、久美子は包装紙をといて見る。 白い包装紙の中からでてきたのは、透明のケースに入ったペンダントだった。 取り出して顔の前にかざしてみる。 プラチナのリングと、その中心で雪の結晶を模ったものが揺れている。 キラキラと宝石が散りばめられていて。本当の雪のように。優しく、輝いていた。 「見つけた時、絶対これにしようと思ってさ。」 一目惚れのようなもの。雪のように白く輝いた、その淡い光は・・・彼女のようで。 それに、 「あと、これも。これで一年中つけられるぜ?」 そういってポケットから取り出したのは、さきほどより小さな透明ケース。 中を覗けば、プラチナ色した四葉のクローバーがちょこんと入っている。 雪の結晶部分と付け替えられるそれもまた・・・隼人には、久美子そのもののようで。 幸せを運ぶ、クローバー。幸せの象徴。奇跡の世界。 久美子を想えば、絶対に欲しかった。 揺れる雪の結晶と四葉のクローバーを交互に見つめて。 久美子は涙を浮かべながら、けれど、ふわりと微笑んだ。 その後、ちょっとだけ可笑しそうに笑って、久美子は言った。 「いつのまにか、やっぱり大人なんだな」 迷っていたけど。とても不安だったけれど。 でも、自分が予想していたものとは違う。 思っていた以上に、彼は大人になっていた。 これにして、正解だったかな。と言って、久美子が渡したのは、四角形のプレゼント。 中を見れば、シックなデザインの財布が入っていた。 手にとって、久美子の目の前で軽く揺らす。 「これで俺も大人の仲間入りってことね」 からかい口調でいいながらも、財布に触れる手は大事そうで。 見つめる視線は、嬉しそうで幸せそうだった。 そんな隼人を見つめる久美子の視線もまた、同じ、幸せな笑顔だった。 初めてのクリスマスプレゼント。 大人なつもりはなかったけれど。 誰かに、こんなにも贈りたいと想ったことは、今までなくて。 そういう気持ちが成長なのかもしれない。 久美子にたいしての。変わらない想いがレベルを上げた、そんな感じだった。 「・・・え?あの、お、俺に・・・でで、ですかっ!?」 「はいっ!クリスマスプレゼントです!」 いつもお世話になってますから。そういって久美子が博史に渡したのは、結構貴重らしい日本酒だ。 感激のあまり涙を浮かべる博史はがしっとそのプレゼントを抱きしめた。 「・・・結局、こうなるのか・・・?」 プレゼントに頬ずりまでしている父親をうざったそうに見やった後で、隼人は深い溜息をついた。 せっかくイブもクリスマス当日も休みをもらったというのに。二人でいたのはイブだけで。 25日の今日は、なぜか矢吹一家でクリスマス。 「弟君には、マフラーと手袋のプレゼントだ!二人で選んだから!なっ!?」 にっこにこの満面笑顔で振り向かれ、隼人は再び溜息を吐く。 レベルが上がった所為か。 大人になった分、前よりも無邪気な彼女に弱くなったような気がする隼人であった。 けれど、彼女の胸元には雪の結晶が輝きながら揺れていて。 結構幸せだったりもするのである。 END |