****** 訝しげに見つめてくる視線を何とか誤魔化して、背を向けて目を瞑るのを確認した後で信哉は自己嫌悪に身を沈めた。 彼が影を帯びた瞳を浮かべるようになってしまったのも。 きっとずっと一人きりで寂しい子供時代を過ごすしかなかったのも。 決して信哉の所為ではなかったけれど。 けれど彼が孤独や寂しさを感じている時、自分は何をしていたのかと思うと、どうしようもなく胸が詰まった。 きっと母親に甘えて。父や兄を頼りながら妹を可愛がって。家族に囲まれて笑っていたに違いない。 彼を孤独にしたのは、彼の母親を死に追いやったあの事故を起こした犯人でもあり、 その母親が亡くなったと知っても何もせずに見捨て続けた自分の父親の所為なのだろうけれど。 自分と、彼の間にある大きくて深いものに足が竦んだ。 『辛いだけだってわかってる。わかってるよ。』 純粋な目をした妹の言葉が頭を過ぎった。 血の繋がった兄とは知らず恋に落ちて、父親の裏切りにも傷ついて。 それでも妹は、逃げたくないの、と真っ直ぐな瞳で言ったいた。 留学するのをやめて、少しでもそばにいることを選んだのだ。 辛いとわかっていても、やっぱり好きだから。今はまだ、こんなに好きだから。 『気持ちが本当の意味でちゃんと整理がつくまでは、逃げないでいようって決めたの。』 「・・・香織からさ。何か、言われた?」 聞いてはいけないことだとわかっていても、まるで何かに突き動かされるように言葉がついて出た。 「・・・?」 背中を向けて横になっていた身体を仰向けに戻しながら、都倉は不思議そうに信哉を見る。 覚えのなさそうな反応に、ほっとした。 香織もわかっているだろう。 言えば辛くなるのは、彼の方だと。 そうやって妹が胸に重いものを抱えて痛みを感じていることよりも、都倉が傷ついていないことの方に、安心する自分がいた。 居た堪れなくて情けないと思うのに。胸の奥は酷く静かだった。 彼を、守りたかった。 辛いものから、少しでも遠ざけたかった。 「何か、あったのか?」 沈黙したままの信哉を訝しんで、都倉が身体を起こす。 たぶん何も言われてなくても、薄々香織の気持ちには気づいているだろう彼は、儚げな色を浮かべて信哉を見つめていた。 途端に胸がざわついて、無意識にも息を呑む。 不意をつかれた様に湧き上がった欲に眩暈を感じるほど、心が揺れた。 不用意に踏み込んでしまうことを恐れているように。触れることを躊躇うように。 でもその眼差しは香織を心から気遣う、優しい色で満ちていた。 あくまでもそれは家族や妹として、それ以外に他意はないだろうけれど。 けれど・・・信哉は、ベッドの上の身体へとその腕を伸ばしていた。 触れずにはいられなかった。 「えっ・・・」 腕を捕まえて、そのままベッドに都倉の背中を押さえつける。 守りたいなんて、辛い思いをしてほしくないなんて、嘘だった。 「ごめん、都倉先生・・・」 「え・・・?」 首筋に顔を寄せながら、肩にギリッと指を食い込ませる。 薫りや触れた感触に眩暈がした。 背中に手を回して抱き締めれば、その柔らかさに喉が鳴った。 香織のように綺麗な想いだけでは自分は過ごせないことはわかっていたけれど。 見るからに寂しげなこの人を守りたいと思っていた。 けどそれだけじゃなかった。 他の誰かのことを気にして、傷ついてほしくなかった。 他の誰にも傷つけられてほしくなかった。 どうせ苦しむのならこの想いに苦しんでほしいとさえ、思った。 他の、誰の想いでもなく・・・。 「信哉、くんっ・・・っ・・・」 苦しげな声に抱き締めすぎたのかと思ったけれど、腕の力を緩めた瞬間、枕に顔を寄せて咳き込みだすのに熱が上がっていることに気がついた。 「すっげ・・・アツ・・・」 自分の下で口元を押さえて切なげに眉根を寄せる横顔を見下ろしながら、額に触れた手で酷く熱いのを今更ながら感じ取る。 かわす余裕もないくらいに相手は酷い状態にも関わらず、こんな時でも、触れていられることに嬉しさが込み上げてきてしまった。 「ごめん、都倉先生。」 苦しげに咳き込む背中を撫でながら、信哉は感慨深げに目を細める。 「やっぱり、楽しいよ。」 先生に触れるのは−−−。 「こほっ・・・っ・・・?」 大きく上下する首元や、涙の滲んだ目元、寄せられた眉根によからぬ視線を浴びせられていることに、都倉はまだ何も気づかず。 熱に苦しみながらも、不思議なものを見るような瞳で信哉を見上げていた。 **** ま、またも中途半端な・・・。 当初は弱ってる都倉先生を信哉が守る話のつもりだったんですけど・・・。 大丈夫か、泉田兄弟。どっちが相手でも不憫な都倉先生・・・(泣) これでも都倉先生には幸せになってほしいと思っているんですよ? でも香織ちゃんがお話に出せたので良かったです。きっとあの子は強い子のはず。 |