「おいしいにゃっ!」


隼人の買ってきたパンを口にした久美子は、幸せそうに笑った。


ロールパンにイチゴジャムとマーガリンが挟まったパンは、久美子の口にあったらしい。


テーブルに肘をついて、久美子の食べる様を眺めている隼人も満足そうに笑った。


頬に触れたり、髪に触れたりしながら。


こんな日が、これからもっと増えたらいい・・・・・・。


「それにしても・・・なんでお前、そんな口調になっちゃったのかね?」


一瞬・・・このままずっと久美子が「にゃーにゃー」言ってくれてたらとも思ったけど。


さすがにこの口調は、将来のことを考えると色々と不便である。


暴走しやすいながらも、隼人は未来のことも考えている。意外と堅実?


「んにゃ・・・わかんにゃいにゃ・・・こまっにゃにゃね・・・」


にゃーっと溜息をついた。


「まあ、なんとかなんだろ」


パンを食べ終えた久美子の腕を引き寄せて、その身体を抱きしめながら隼人は軽く言った。


そんな簡単な問題じゃない!と思いながらも、久美子は何も言わなかった。



(・・・何・・・してるんだろ・・・)


学校には大切な生徒達がいるのに。


こいつだって、ちゃんと学校に行かせなければならないのに。


こんなとこで・・・ボンヤリしている立場ではないのに。


教師。生徒。


わかっていながらも。何よりも大切に思いながらも・・・。


この腕の中にいると・・・・・・揺れてしまう・・・・・・。


突然起きた異変の所為だと理由をつけて、誤魔化してしまう。


(・・・そんな自分は・・・・・・なんて・・・・・・)



「どうした?」


深い心の奥に意識を沈めていた久美子は、ハッと我に返ると首を振った。


「にゃんでもにゃいにゃ・・・」


突然沈んだ様子で考え込んでいた久美子に、隼人は眉を寄せる。


「っ・・・」


抱きしめる腕を強めて、キスをして。


久美子の意識を引っ張りあげた。


何を考えていたのかは、聞かない。


聞かないのは、


たぶん恐いからだと・・・


隼人は自分で、わかっていた。











「・・・ひまにゃ・・・」


隼人に背中を預けながら、久美子はボソッと呟いた。


買ってきたおにぎりとカップラーメンをお昼に食べ終えた二人は、相変わらず引っ付いたまま
ボンヤリとした時間を過ごしていた。


隼人にとっては。抱きしめて、髪に触れて、キスをして。


独占できて・・・。


至福でありながら・・・実は少し危険だった。


二人きりの部屋で?彼女はずっと腕の中で?


まだまだかなりの時間があって?


隼人が勝手にといたやわらかな髪の下には、白い肌・・・。


いつも目にしているけれど。


こんなに長い時間、触れていると・・・さすがに・・・・・・


そっちに意識がいってしまう。


ゴクリと喉がなりそうになるのを必死で耐えた。


完全にそっちにいったら終りだ。


久美子の後ろでブンブンと頭を振りながら、隼人は考える。


なんでもいいから、なにか逸らすものがあれば。


ゲーム?・・・こいつ弱そうだしな・・・。


トランプ?・・・二人でかよっ・・・そんなんじゃ全然逸らせねー・・・。


かなり頭を抱えたい心境の隼人に、久美子がボケーっと呟いた。


「にゃー・・・にゃにゃーにゃくんにゃにゃんきかにゃ?」


「・・・・・・あ?」


「にゃ」ばっかりで、意味わからねー・・・。


「にゃー・・・にゃーっ・・・」


通じていないとわかった久美子は隼人から少し身を離すと、飾られてあった隼人と拓の絵を指差す。


隼人が買い物にいっている間に見つけたものだ。


子供らしい可愛い絵。


こんな時代が隼人にもあったのだと・・・


久美子は優しく微笑んで、その絵を見上げながら帰りを待っていた。


指差した絵に気恥ずかしさを感じながらも、隼人はさっきの意味を理解した。


「あー・・・拓な・・・・・・」


(そうだ・・・拓が帰ってくれば・・・)


そう思って時計を見るけれど、拓が帰ってくるまでには早くても3時間はある。


(・・・3時間・・・大丈夫か・・・?・・・俺・・・)


本格的にやばくなってきた。


なんでもいいからしなくては・・・。


必死で考えた隼人は少しの後、解決策を見つけた。





「に゛ゃーーーっ!!にゃこはだめにゃっ!にゃつにゃっ!!」


「何いってるかわかりません」


「にゃーーーっ!・・・にゃらにゃたしはここにゃっ!!」


「あ゛?・・・・・・ちっ・・・」


その解決策とは、昔、よく拓と一緒にやっていたオセロであった。


身体を離して。向かいに座って。勝つことに熱中して。


危険な状態からは、遠のくことが出来た。


けれど1時間もしてくると、また触れたくてうずうずしてくる。


3回戦ほどやって、勝敗は2対1で隼人の勝ち。


疲れてきたらしい久美子を再び抱きしめる。


再放送のドラマを見て、2時間。


うとうとしてきて、もう1時間たった頃・・・。


隼人が気がついた。


「お前、さっきから酷くなってねーか?」


「にゃ?にゃーにゃ?」


「・・・にゃしか言ってねー・・・・・・」


「にゃにゃっにゃーにゃにゃっ!?」


全然わからない。


久美子も次第に嫌な予感がしてきたらしい。


サーッと顔が青ざめてきた。


異様な沈黙が漂いはじめ・・・そして、



「−−−−・・・にぎゃーーーーーっ!!」


「−−−−っ?」


「−−−−ただい・・・・・・?」



久美子の叫び声が響き渡り、何かが隼人の手を引っ掻き、拓が帰ってきた。





「・・・ど、どうしたんですか・・・?」


拓はかなり困惑した。


帰ってきたら、突然の叫び声。


居間に来てみれば、真っ青な顔で頭を抱えてる兄の担任の先生に、


なぜか手の甲に引っ掻き傷を作っている兄の姿・・・。





・・・いったい何事?














「なんで爪まで伸びんだ?」


隼人は怪訝な顔をして、傷ついた手を洗った。


「不思議なこともあるんですね・・・」


状況を聞きながら、拓が絆創膏を取り出す。


「・・・にゃにゃんにゃ・・・」


ごめんの一言もいえず、項垂れるしかない久美子の手の爪は、全て鋭く伸びていた。


頭を抱えた時に、丁度手を伸ばした隼人の手の甲を思いっきり引っ掻いてしまったのだ。


人間の言葉もしゃべれなくなってきて。爪まで伸びて。・・・傷つけて・・・。


今にも泣き出してしまいそうな久美子を気遣うように、拓はにこりと笑って絆創膏を渡した。


「・・・にゃー・・・」


躊躇いがちに絆創膏を受け取った久美子は、申し訳なさそうに隼人の手の甲に貼っていく。


爪が長いため、思うように出来ずにわたわたとする姿が可愛い。


やわらかな黒髪へと手を伸ばすと優しく撫でた。


「にゃ・・・にゃにゃ・・・」


酷くションボリしている久美子に、苦笑いを浮かべる。


「気にしてねーよ。こんくらい」


「・・・にゃー・・・」


言葉がいえない変わりに。


久美子は隼人の手を、そっと両手で包み込んだ。


ごめんなさい・・・と。








「・・・にゃー・・・にゃにゃ・・・」


「なにやってんだ・・・お前・・・」


その後。拓から爪きりを借りた久美子は、またも困ったことになっていた。


キコキコと軽く爪きりを動かすばかりで、一向に爪が切れない。


「にゃにゃ、にゃにゃにゃ・・・にゃにゃにゃにゃにゃ・・・」


さっぱりわからない。


・・・が。


「え?・・・力が入らないんですか?」


「にゃー!」


拓には通じたらしい・・・。


「なんで分かる・・・」


以心伝心かっ・・・!


むっとしながらも、爪を切ってやろうとした隼人に更なるショックが襲った。





「イヤにゃ」


ズバッと痛烈な一言。


「・・・しゃべれるじゃねーか・・・てめー・・・」


ショックすぎてわなわなと震えている隼人を気にかけつつも、「にゃーっ!」と笑顔で爪切りを差し出してくる
久美子に断ることも出来ず、拓が切ることになった。





背後から引っ付いている隼人と、大人しく座って手を差し出す久美子、そしてその爪を切る拓。





はっきりいって、変な絵図ら・・・。





だが、この3人の中にそんなことを気にするような人間はいなかった。














「にゃこし・・・にゃどったにゃ・・・」


「そうですね。・・・・・・なんでだろ?」


爪を切り終えると、少し久美子の口調も戻ってきた。


拓は不思議そうに首を傾げる。


隼人はいまだショックから立ち直れない様子で、久美子の肩に顔を埋めながらボソリと呟いた。


「・・・・・・・・・なんで俺じゃ駄目なわけ?」


「にゃぶきはざつそうにゃ。にゃとうとくんの方が、じょうずそうにゃ」


「・・・・・・・・・・・・・」


納得できるような出来ないような・・・。


不貞腐れたように呟こうと思っても。


「僕も結構いい加減ですよ?」


なんて、にこやかに微笑まれては、なにも言えない。








「それで・・・どうするんですか?」


「にゃ?」


「なにが?」


「・・・これから・・・」


時刻はすでに17時過ぎ。


もうすぐ夕ご飯の時間だ。


「・・・にゃ・・・・・・そうにゃっ!!」


「・・・ちっ・・・もう終りかよ・・・」


「こっこまったにゃっ!!まずいにゃっ!」


「・・・・・・・・?」


「こんにゃんで帰ったにゃ・・・うちはパニックにゃっ!!」


「そりゃそうだけど・・・どうすんだよ・・・」


「と、とりにゃえず・・・おじいにゃんには・・・れんにゃくするにゃっ」


「べつの人が出たらどうすんだ?」


「・・・い、いのるにゃ・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」











それから20分後・・・。


(・・・絶対にまずい・・・。それはまずい・・・)


隼人に・・・再び危険が訪れようとしていた。








「それじゃ先生のお宅で荷物を預かって、夕飯の買い物もしてきます」


「ごめんにゃ・・・にゃとうとくん・・・」


「いえ。ついでだからクリーニングも取りに行って来るので・・・1時間ぐらいで戻ります」


(・・・拓・・・のんきすぎるぞ・・・)


「・・・気をつけてけよ・・・」


「うん。いってきます!」


「いってにゃっしゃいにゃっ!」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・にゃー・・・にゃとうとくんは、いいおよめさんになるにゃね」


うん、うん・・・ってっ!!


頷いてる場合じゃねーだろっ!俺っ!!


「・・・お前・・・まじでここに泊まるのか?」


「・・・だめにゃ?・・・・・・にゃっぱ・・・めいわくだにゃ・・・?」


「・・・駄目とかそういうことじゃなくて・・・・・・・・・」





拓もこいつも、のんきすぎ・・・。


つーか・・・全然わかってねーし・・・。





「泊めてほしい」


「いいですよ」


って・・・お前ら・・・もっと考えることはねーのか・・・?


とりあえず・・・親父がいない日でよかった・・・・・・。





つーか・・・。





・・・・・・俺の方が正常だよな・・・・・・?











当初の予想よりも。


はるかに至福でありながら・・・。


我慢することが当たり前になっていたことを、もろに意識してしまい


頭を悩ませることになってしまった隼人の最高の一日は、終わった。












次の日の朝。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・大丈夫?」


「・・・・・・あのバカは・・・?」


「先生?朝起きたら戻ってたみたい。家へ寄ってから学校行くからって、早くに帰ったよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・今日、学校・・・・・・むりそうだね・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「寝るなら、ちゃんと部屋で寝たほうがいいよ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」





一睡も出来なかったらしい。





早く、我慢しなくてもいい関係になりたいと・・・。


隼人は強く、願うのだった。








あとがき


と、とりあえず終わりました。にゃんこの結末については、それぞれのお話で違ってくると思います。

今回は、爪を切ったことで戻ったということになってます。

シリアスあり、お馬鹿ありのごちゃ混ぜストーリー。

そう書くといい感じに思えますが、実際は私の文章力の無さを物凄く表している作品です・・・。

後半なんて、手を抜いたといわれてもしかたがないほど、ダメダメですね・・・。