06.たくさんの好きと、たくさんの愛を、きみに








全部くれてやる。


好きという言葉も、愛という言葉も。この心も、


全部全部、お前にやるから。





だから・・・どうか−−−











「篠原さん・・・っ」


両手を胸に押し当てながら久美子が見送るのは自転車で爽やかにさっていく後姿。


道のど真ん中に立ち止まったまま、うっとりと瞳を輝かせる姿に彼女の隣を陣取っていた慎の眉が不機嫌そうにつり上がる。


「なになにヤンクミ。とうとうデートに誘われちゃった?」


南が興味津々・・・というか、からかい半分に身を乗り出しながらそう問えば、久美子はモジモジしだした。


「でっ、デートなんてっ!そそっそんなわけないだろー!?」


デレデレした笑みを浮かべて、ちょうどいい位置にある慎の腕をパシーンッと叩く。


叩かれた腕の痛みも、心の痛みも、気づきもしないで。


「・・・どうせいつもの飲み会だろ」


軽く鼻で笑って、なんでもない表情で出された声は思う以上に低く冷たくて。


慎は内心舌打ちして、先を歩いた。


図星を指されて一瞬固まった久美子は、ハッと気を取り直してその後を追いかける。


「そんなのわかんないだろー!もしかしたら飲み会の後で・・・な、なーんてことになっちゃったりするかもじゃないかぁっ!」


勝手に想像して。勝手にテレて。


ポケットの中の掌は、勝手にギリッと音を立てる。


追いついてきた久美子を見たくなくて、慎は歩調を速めた。


きっと、高鳴っている彼女の鼓動を感じて。


慎の鼓動は、硬く、冷たく・・・凍りそうなほどに痛みを訴えて、苦しくなる。



見つめていても、近づかない。隣にいても、届かない。


こんな気持ちなど無くしてしまえばいいのに。



「ちょっ、沢田!さーわーだっ!」


「・・・なんだよ・・・」


名前を呼ばれるだけで、どうしようもなく・・・好きなのだと思い知らされる。





スピードを落として、視線を向けて。


焦ったように隣に並んだ彼女が、ニコリと微笑むだけで。


本当は、抱きしめたくて仕方がなかった。











「・・・だ・・・さわだ・・・?」


優しく呼ぶ声と肩を揺すられる感覚に瞼を押し上げれば、眼鏡越しの大きな瞳があった。


すぐ近くで、彼女の黒髪がサラリと揺れる。


気だるげに机に突っ伏していた頭を起こして周囲を見れば、ガランとした教室に二人きり。


どうやらもう、放課後のようだ。


そう認識して、眉を顰める。


心配しているような表情で。でもすっかり帰り支度を済ませた格好で。


これから、あの男のところに行くのか?


そう思うといやでも胸は軋んだ。


「大丈夫か?沢田?」


首を傾げて、久美子が覗き込んでくる。


その大きな瞳に自分が映ってると思うだけで、なぜこんなに胸が苦しくなるのだろう。


結局は、他の誰かを見ているのに。


自分など、けしてその心には映してはくれないのに・・・。


歪んだ表情に久美子の手がそっと触れてくる手前で、


菊乃と静香の声が、廊下の向こうから響いてきた。



「山口先生ーー!」


「もうさき行ってますよ〜!?」


「えっ!?あっ、ちょっと待ってくだ・・・」


躊躇うように視線を揺らして、教室のドアの方へと身体を向かせて。


・・・何もかも奪われてしまう。


大きな瞳も、サラリと揺れる長い髪も。彼女の思考も・・・きっと、何もかも。


そう痛感して、溢れ出る感情に突き動かされ、慎は衝動のように離れていく久美子に手を伸ばした。





「えっ・・・?」


戸惑う声に心が揺れて。掴んだ腕の感触にじんわり胸は熱くなる。


ギュッと握り締めて、引き寄せて。



見つめていても、近づけない。隣にいても、届かない。


ああそれでも、


それでもやっぱり、好きで好きで、仕方ないと思い知った。








「さっ、さわだっ?」


腕の中に閉じ込められたまま、戸惑いに上擦った声を上げる。


ぎゅうっと抱き締められて、知らず顔が赤く染まったのは恥ずかしかったからなのか、どうなのか。


ただ、突然のことにオロオロしていると耳元で声がした。


「ヤンクミ・・・」


「な、なんだっ・・・?」


腕の力が強くなった気がして、思わずきゅっと小さくなる。


心臓の音がドキドキ響いて。





「・・・腹へった」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へっ?」





囁かれた言葉に、たっぷり十数秒呆気に取られてしまった。


間の抜けた声を上げればスルリと腕が離れていって、久美子はかあっと赤くなって慌てて身を退く。


「なっ、なんだよっ・・・お、脅かすなッ!ふっ、不覚にもっ・・・ドキドキしちゃったじゃねーかっ!」


ワタワタと口から零れ落ちてく言葉は、なんて率直で素直で。


慎は一瞬目を見開いて息を詰まらせ、言葉にできない感情に胸を締め付けられる。


赤くなりそうな顔を必死で押さえ込んで、零れた言葉は、素直じゃない、だけど隠しきれない想いに溢れた、



「ばーか」


コツンと当てた手の甲と、苦笑が一つ。



ああやっぱり、好きで好きで仕方がなかった。





もっと、近づけばいい。もっと、届けばいい。


好きという言葉も、愛という言葉も。


この心も、全部全部、お前だけにくれてやるから−−−








おまけ


「ばっ、ばかってなんだ!って、おいっ沢田!」


赤い顔で恨めしそうに睨みつけてくる久美子を残してさっさと教室を出ようとすれば、慌てて後を追いかけてくる。


「そんなに腹がへってるなら、クマのところでラーメンでも食べて帰るか!」


「却下。」


「な、なんだよ。じゃあ、ラーメンが嫌ならテツのところのたこ焼きでもいいぞ?」


「・・・お前、わざといってんの?」


「え???」





見つめていても、近づけない。隣にいても、届かない。


だけど意外と、


いつも追いかけてきて隣に並ぶその心は、思ったよりも・・・ずっと・・・−−−











あとがき


ええっと、ぶっちゃけラストがいつまでも決まらなかったボツネタだったり・・・

何というか、いつもは慎が結局我慢できなくなって・・・のパターンなので、
時には久美子次第っていうのもどうかな〜と思ったのはいいけれど、そこまで気力が持たなかったんですよね。

しかもお題で恒例のお題からズレたお話に・・・。

普通ならもっとハッピーなお話になると思うんだけど、私が書くとこうなってしまうのですね。

しかもありきたりだっ。

ひっさしぶりがこれって・・・本当救いようがない・・・。