03.理由なんていりませんただ好きなんです 眼鏡で、ジャージで、おさげで? 意味不明でドンくさそうで、でもなぜか男張りに喧嘩慣れしてて? そんな奴をこの俺が好きになるわけねーだろ? 俺はそんなに悪趣味じゃねー。 大体好きになる理由がない。あの女には一個もない。 絶対にない。 ありえない。 そう、思ってた。あの時までは・・・。 その日、隼人は一人、放課後の教室で席に座りながら久美子が忘れていったらしい 3Dの出席簿を眺めていた。 眺めながら久美子のことを考える。 いつのまにかあいつを見てた。目で追って、声を追って、仕草さえも意識せずにはいられない。 武田が何気なく呼ぶ、あいつへの馴れ馴れしい呼び方が神経に嫌に触れてきて。 興味ないふりしながらも、心の中はいつもザワザワと騒がしかった。 好きになるわけがない女がこんなに気になるのは、あいつがおかしいから。 あいつが何者なのか知りたい。 ただの好奇心にしか過ぎない。 それだけだ。 そう考えた時、誰かが教室に近づいてくる気配に気がついた。 「・・・・・・とっ・・・・・・お・・・重っ・・・・」 顔を上げると、なにやら苦しそうな声を出しながら両手に沢山の本を抱えた久美子の姿がある。 フラフラと歩く久美子の姿に隼人は立ち上がった。 慌てたつもりはないけれど。 ガタリと椅子が音を立てる。 「・・・・・え?・・・・・・あっ・・・・っ・・・うわっ・・・・!?」 その音に気がついた久美子が顔を横に向けた瞬間、力の抜けた腕とバランスを失った本は 一斉に久美子の腕から落ちていく。 大きく鈍い音を立てて、本は床に散らばった。 「なにやってんだよ・・・」 呆れた溜息をついて傍まで来た隼人に、久美子は一瞬言葉を詰まらせながらも声を荒げた。 「お、お前のせいだろーがっ!!」 「そっちが勝手に驚いたんじゃねーか。人のせいにすんなよ」 冷たく言い返されてしまった久美子は、またも一瞬言葉を詰まらせると今度はしゃがみ込んで 本へと手を伸ばした。 その姿を上から見下ろした隼人は、ふと気がつく。 「英語の辞書?・・・・・・なんでこんなもん大量にもってきてんだよ」 散らばった本は、どれもいくらか分厚いもので。箱に入っているものもいくつかある。 表紙には英語で書かれたものや和英と日本語で書かれたもの、さまざまだ。 「何人かのやつに辞書持ってるか?って聞いたんだよ。 そしたらそいつら全員持ってないっていうもんだからさ」 (・・・俺は聞かれてねー) 思わず心の中で呟いて、なぜか苛ついた。 そしてハッとする。 (・・・べつに聞いてほしいわけじゃねーだろ。なに考えてんだよっ) 今度は自分に苛つく。 イライラしつつも、気を取り直して、さっき思った疑問を口にした。 「よく持ってくる許可がおりたな」 自分でいうのもなんだけど・・・。 辞書を凶器に使うなんて考えてないけど、センコーたちはそう思ってるだろ。 凶器に使わなくても、雑に扱われて見るも無惨になる可能性は高い・・・。 自分の想像にありえる・・・。と、呆れそうになった時、 「・・・・・・矢吹くん・・・・・・。」 低く、ボソリと呟いた久美子の声がした。 いつもの明るいものとは違う、その声と呼び方に、隼人は僅かに顔を引きつらせた。 「まさかお前、勝手に持ってきたんじゃねーだろうな」 「そ、そんなわけないだろっ!!ちゃんと図書管理の人には許可をもらってあるっ!!」 バッと、勢いよく久美子が顔を上げた。 明らかに動揺している。 「ほんとかよ」 「ホントに決まってんだろっ!!たっ・・・ただ教頭には内緒でってことで・・・・・・」 「ばれるんじゃねーの?」 「・・・・・・・・・やっぱ・・・まずいかな・・・?」 さっきの勢いはどうしたのか、今度はシュンと項垂れた久美子に、隼人は小さな苦笑いを浮かべた。 本当に、わかりやすい奴だ。 こんなに感情が表にでる奴なんて、そうはいない。 動揺を隠そうとしてもあまりに下手すぎてバレバレで。 怒った時は身体全体で怒って。 嬉しい時も身体全体で喜んで。 年相応の大人の顔をしてみたり、幼い子供のようにあどけない顔をしてみたり。 怒る時も、笑う時も・・・いつも鮮やかに表情豊かで。 それなのに・・・なぜか一番奥底は、けして見ることができない。 見せようとしない。 そんなところが、どうしても何者なのか知りたい・・・と、思わせる原因の一つなのかもしれないと 感じていると、沈んでいた久美子が今度は不思議そうに隼人を見上げた。 「・・・そんなことより、なんでお前残ってるんだ?」 その言葉に今度は隼人が言葉を詰まらせる。 聞きたいことがある。それだけなのに、なぜかギクリと胸の奥が嫌な音を立てた。 一瞬、身体が張り詰めたような感じがして、それを知られたくなくて誤魔化すように 隼人も本へと手を伸ばした。 自分でもなんでだかわからない動揺に戸惑いを隠せない。 突然ザワザワと勝手にざわつく胸にイライラしてくる。 (なに動揺してんだよっ・・・・) 苛立たしげに、それでも伸ばされた手は本を掴んでいて。 教卓に本をのせようと顔を上げた時、ジッとこちらを見上げてくる久美子の視線に気がついた。 「・・・・・・・なんだよ」 途端に息苦しくなる空気にイライラしながら低い声で睨みつけると、久美子はなぜか嬉しそうに微笑んだ。 その笑顔に、隼人の胸がドキリとする。 久美子は隼人の動揺などまったく気づかずに、笑顔のまま口を開いた。 「お前って優しいんだなっ!」 「・・・・・・・・・は?」 言われた言葉の意味がわからない。 けれどその言葉と笑顔に隼人の胸はどんどん速度を上げていった。 「店とかでぶつかって商品落とした時とか、ちゃんと拾うタイプだろ。」 ニッコリと、笑みを深くした久美子に思わず視線を逸らして本へと向けると、その意味に気がつく。 咄嗟に言い返そうとしたけれど、できなかった。 動揺する気持ちを知られたくない。 今、口を開いたら自分の弱みを見せるような気がして。 でもそれだけじゃなかった。 優しいなんていわれても嬉しくないけど。 なぜか胸の奥が熱くなった気がした。 その熱と、久美子の見せた嬉しそうな笑顔を失いたくないと・・・・・・。 そう・・・思ってしまったから。 いつもとどこか違う笑顔がさらに隼人の胸を熱くした。 (・・・・・・いつもと違う・・・?) そこまで考えて、隼人はやっと気がついた。 「・・・・・・お前、眼鏡は?」 「・・・え?」 隼人の言葉に首を傾げて、自分の顔に手を当ててみて久美子も気がついた。 「−−−−眼鏡がないっっ!?あ、あれっ?さっきまでしててっ・・・」 人のことを言えないけれど、 「・・・・・・気付よ・・・」 ボソリと呟いて、同じように全然気づいていなかった自分が馬鹿みたいに思えて隼人もその場に しゃがみこんだ。 「あれ〜?どっかとんでっちゃったのか?」 久美子は膝をついて辺りをキョロキョロと見渡した。 「まさか割れてたりしないよなっ・・・」 ガタガタと机を動かしたり、散らばった本の下をのぞき込んだり。 慌てて捜す久美子の姿を、しゃがみ込んだ隼人は捜すのも忘れて見つめていた。 しゃがんだことで一気に近づく距離にドキリとして。 フレーム越しでない困ったように揺れる瞳の横顔から目が離せない。 動くたびに肩にかかっていた髪がサラリと滑りおちて揺れる様が心をざわつかせて。 ・・・・・・気づいた時には、手を伸ばしていた。 横を向いていた久美子の顎を掴んで、無理矢理、顔を自分に向かせて。 「・・・・・・えっ・・・?・・・矢吹?」 突然の隼人の行動に久美子の戸惑った声が上がる。 自分の名前を呼んだその声も。 手の甲に触れるサラサラとした髪の感触も。 指先に触れる白い肌の感触も。 戸惑うように揺れる瞳も・・・。 全てが鼓動を高鳴らせて・・・・・・・。 指先で触れた柔らかな唇に・・・・・・・・・。 触れたいと・・・。キスしたいと・・・・・・思った。 当然、思っただけでこの感情は収まるどころじゃなくて。 押さえられる程、理性も保てなくて・・・。 「−−−−−・・・っ!?」 隼人は・・・・・・・久美子にキスをした。 軽く触れあう程度のそれは・・・ほんの数秒の沈黙の後・・・。 派手な音を立てて、終わった。 「−−−−−・・・・・・っ・・・痛ってーっ・・・・」 机の脚に思いっきり背中をぶつけた隼人が、苦痛な顔を上げたさきには、 立ち上がって、隼人を見下ろす久美子の姿があった。 口元を手で覆いながら、真っ赤な顔をして。微かに震えながら。 怒ったような、泣き出しそうな、信じられないというような顔をして・・・。 「−−−−−なっ・・・なっ・・・っっ・・・・!!!」 言葉にならない声を発して・・・そのまま逃げ出すように走りさってしまった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 久美子を呆気にとられたように見送った隼人は、ポツリと呟いた。 「・・・・・・キス一つであんなに動揺するか?ふつー・・・」 呟いて・・・・・・途端に、可笑しさがこみ上げてくる。 「・・・クッ・・・・ッ・・・・・・」 声を出して笑いそうになるのを堪えながら、それでも可笑しさは止まることはない。 呆れながらも・・・・。 ・・・・・・・可愛いと・・・、たまらなく可愛いと・・・思ってしまった。 机の脚に背中を預けながら、汚れた天井を見上げる。 「俺って趣味わりーな」 なんて・・・悪態をつきながらも。 笑う隼人の表情は、とても嬉しそうで、幸せそうだった。 やっぱり理由なんてないけれど。 だけど、確かに・・・・・・感じたものがある。 目で追ったら、声が気になったら・・・・・・・それはもう、恋の始まりで。 笑顔に胸が高鳴って、言葉、仕草、一つ一つに熱くさせて・・・。 触れたいと・・・。キスしたいと、思ったら・・・・・・それはもう、恋に落ちてる証拠で・・・。 可愛いなんて思ったら・・・・・・それはもう、愛しいとしか考えられなくて・・・・・・。 それは全て、好きという気持ちで。 結局のところ、好きになるのに理由なんてものはないんだと感じた。 気になったら。触れたいと思ったら。キスしたいと思ったら・・・・・・。 それはもう・・・好きだっていってるのと同じこと。 理由なんてないけれど。 理由なんてほしくないと思うほど・・・・・・ 俺はあいつが・・・好きなんだ。 あとがき 初の隼クミ・・・。以外にも書きやすかったですね。 なんか隼人があんまり格好良くありません・・・。 おまけに手がはやい。 小説のなかの「ぶつかって落とした物を拾う」のは、 優しさというより一般常識だ!というツッコミは見逃してくださいませ。 どうしてもニッコリと久美子に笑って欲しかったので・・・。 |