「・・・・・・」


躊躇いながらも話し始めた久美子の周りに、ピリピリとした空気が漂う。


さすがに、告白された事までは口にしなかったけれど、三人にとっては慎の用事が久美子がらみで、
久美子が慎のマンションに出入りしているという事実だけでも、衝撃であり、むかつく事だった。


慎と久美子が他の奴らよりも親しい仲なのは、なんとなくわかっていたけど、

まさかそれほどまでとは思っていなかった。


それに、あの慎が料理教室などをやるなんて信じられない。


ましてや、そのことを自分達に黙っていて、2人きりでなんて、下心があるに決まってる。


いつもだったら、「嘘だろー」と笑い飛ばせる事だけど、そんな余裕なんてなかった。



何故、こんなにも苛立たしいのか。


何故、こんなにも動揺してしているのか。


何故、赤く染まった久美子を見るだけで、こんなにも心がざわつくのか。


自分で自分が理解できないことばかりだけど、このまま久美子から離れてはいけないと、

慎と久美子を2人きりにさせてはいけないと、心が言っていた・・・・・・。








そして・・・数十分後。




「・・・・・・・・・」


慎は玄関のドアを開けて、目の前の光景に意識が固まった。


待ちに待った日。


夏休みに入ってから、何回か久美子の家に呼ばれて夕食を取ったけれど、甘いと呼ばれる出来事は全然なく、
学校が休みでも教師は色々あるんだと2人きりになることもできなかった。

けれど、やっと今日2人きりの時間を過ごせるんだと、喜びを感じていた。

2人きりということがとてつもなく幸せで、あわよくば朝まで一緒に・・・

なんてことまで考えて、最高の至福の日となるはずだったのに・・・。



ドアの向こうに待っていたのは、待ち続けた愛しい人と、男が4人・・・。


思いもしなかった出来事に、ショックのあまり固まっていた慎だが、クマを抜いた三人の笑顔の奥にあるものを
感じ取った瞬間、スーっと鋭く目を細め、男達を睨み付けながら久美子に問う。


「・・・なんでこいつらがいんだよ・・・」


「途中で逢ったんだよ」


久美子のニコニコしている姿に、慎の苛立ちは増していく。


自分ではない他の男の傍で、嬉しそうに笑っている。

そして気持ちを見透かされ、明らかに邪魔しに来た男達。

目の前にあるもの全てが苛立たしくてたまらない。


自分達に突き刺さる鋭い視線と冷ややかな空気に、ひどく恐ろしいものを感じながらも、
ここで引き下がる訳にはいかない。


「沢田、喜べよー!!お前のデザートのお金も出してくれたんだぞー♪それに」


周りの雰囲気が異様なものだということにも気づかずに、さっさと部屋の中に入った久美子は、
デザートの入った箱を高らかに持ち上げて、満面の笑顔を向けた。


男達も、引きつった笑顔を浮かべながらも、続いてズイッと部屋の中に入り、久美子の言葉を繋げる。


「料理っていったら、俺でしょー!親子2人暮らしで、しょっちゅう料理してるしー!」


「そして料理にはレシピが不可欠!!俺のパソコンがあればどんな料理もOKじゃん!!」


「それにー、料理するっていったら、味覚のある味見係が必要だろー!!」


「「「そして!!!」」」


「なんと言っても、クマ!!!こいつがいれば、残飯整理もお手の物だぜー!!」


「おいっっ!!残飯整理ってなんだよっっ!!俺だって店で料理してるぞっ!!」


「うんうん、お前らも色々考えてんだなぁーーすごいぞー!!」


南の言葉に文句をいうクマの言葉をよこに、久美子も拍手を送る。



「・・・・・・・・・」


拍手喝采の中、慎は一人思い描いた至福の一日が、音を立てて崩れていくのを感じるのだった・・・。








「よしっ!!さっそく料理を始めるぞー!!」


一騒ぎが済むと、部屋の主である慎をよそに、デザートを冷蔵庫に入れて、準備を始める久美子。


「・・・・・・・・・」


その姿に男達は目を奪われていた。


今まで別の事に気を取られていて、気がつかなかったが、背中をむけてエプロンをつける久美子の姿に心が高鳴る。


エプロンはシンプルなものだけど、紐が回される腰は細くくびれ、
むき出しの腕は日焼け知らずの真っ白で柔らかそう。


そして、普段はあまり目立たない白い首筋が、揺れる髪の合間からチラチラ見え隠れして、

思わず抱きしめて、その白い肌に触れたい衝動に駆られる。


「ーーーーおいっ!!なにボーっとしてんだっっ?!」


「ーーーーあ、ああ・・・」


久美子の声にハッとして、内山の口からでた声は、ひどく掠れていた。


ドクン、ドクンと強く鳴り響く音に、戸惑う。


自分の心臓なのに自分じゃないような気がして、


それがとても苦しく思えて、Tシャツを胸のところで掴んだ。


(な、なんだよ・・・これ・・・)


野田と南も、久美子から視線を逸らすことが出来なくて、わき上がる熱に意識がついていかない。


「・・・・・・・・・」


その感情の意味に気がついている慎は、すぐに我に返り、三人の様子に素早く反応し、
嫌な予感がすぐ近くをよぎるのを感じた。


自分にとってとても嫌な空気をかき消すように、低く冷たい声で三人を促す。


「・・・早く作るぞ」


「あ、ああ・・・そうだな・・・」


三人も不可思議な感情を振り払うように、キッチンへと向かっていった。


そんな、様々な感情の中、料理が始まったのであった・・・。





「お前、包丁の使い方から勉強したら・・・?」


まな板の上に並ぶ、刻まれた野菜に慎は呆れた声を出した。


サラダに使うキャベツは千切りとはお世辞でもいえないほど太く幅もバラバラで、しかも繋がっているのもある。


「お、おっかしいなー・・・・・・」


慎の言葉に、久美子は乾いた苦笑いを浮かべる。


「だ、大丈夫だって!!」


シュンとなった久美子に、内山は慌てて励ます。


「スープにすればいいじゃんっ!!ヤンクミが買ってきた中にジャガイモとかも入ってるし、
 タマネギとベーコンは余分にありそうだから、うまいのが作れるからさ」


「ほ、ホントかっ!スープって、あの店でついてくるやつみたいのか?!」


久美子は、パァと顔を緩ませ、内山のTシャツの端を掴んで身を寄せる。


「ーーーっ、お、おうっっ!!」


すぐ近くで感じる久美子の体温と、嬉しそうな笑顔に内山の鼓動は跳ね上がる。


眼鏡をしていない顔は何度も見ているが、こんな間近は初めてだった。



いつもレンズ越しに見ていた眼はこんなにもキレイだったのか・・・?



「・・・お前、もうあっちで座ってろ・・・」


鍋を火にかけて、スープを作り出す内山の傍らに寄り添う久美子に、慎は声をかけた。


出された声は、押し殺すような低く固い声で、久美子の腕を掴んだ手にも力が入る。


「え・・・で、でも・・・」


「いいからっ」


傷つく事なんてわかってる。


わかってるけど、我慢できなかった。


腕を引いても名残惜しそうに内山のほうに視線をやる久美子に、我慢できなくて、
テーブルのほうに無理矢理追いやった。


慎の不機嫌な空気で、部屋の中にしばし沈黙が走るが、それは料理を作る音にかき消されていった。




黙々と手を動かす慎の姿に、野田も南も内山も、この日初めて慎自身の気持ちを見た気がした。


そして少しの罪悪感と、胸の奥で動き出そうとしているものが、微かに悲鳴をあげてズキリと痛みが走っていた。








「す、すごい、すごいぞっ、お前らっ!!」


料理がテーブルに並ばれた頃には不穏な空気は消え、目の前の料理に感激した久美子の声で、
部屋の中に穏やかな空気が広がった。


「おー、これはなかなかいけるでないのー」


「すっげーーーうまいっ!!」


「まあ、こんなもんだな・・・」


「俺らひょっとして天才かもな!」


それぞれがその味に感動した料理はあっという間になくなり、片づけられたテーブルにデザートが並べられた。


透明なカップに、桃やミカンが彩りキレイにゼリーの中に入っていて、

涼しげな感じと光りがあたるとキラキラとした豪華で可愛いゼリーが五つと、

深い琥珀色の上にふんわりとした生クリームがのったコーヒーゼリーが一つ。


久美子がそれぞれの前にゼリーを置いていく。


慎の前には、フルーツとコーヒーの二つが並べらた。


「おい、俺のはどっちだよ。」


よく見ると、隣の久美子の前にゼリーはない。


「どっちか迷ったんだ。だから、食べたい方を食べていいぞ?残りを私が食べるから」


「・・・・・・」


ニコニコしながらのぞき込んでくる久美子に、さっきのお返しとばかりに少しの悪意が浮かぶ。


久美子は、絶対フルーツが食べたいに違いない。


正直、自分はコーヒーのほうがいいから、丸く収まる話だが、もしフルーツを選んだら・・・?


そんな事を考えていると、久美子が距離を詰めて来た。


「なんだ、もしかしてどっちも食べたいのか?それじゃ、半分コしよっ♪」


にっこりと笑いながら嬉しそうに「どっちから食べる?」と聞いてくる久美子に、慎は苦笑いを浮かべた。


フルーツのほうを選んだら、物欲しそうな顔をしてねだってくるのを想像していた。


半分ずつにするなんて思いもしなかったし、


そうなったことに嬉しそうに頬笑む久美子に暖かなものがわき上がってくる。


きっと深い意味なんてないんだろうけど、2人で分け合うことがとても嬉しく感じた・・・。



すっかり2人の世界に入っている慎と久美子に、内山達は面白くない気がしたが、

何となく邪魔をする気にはなれなかった。


自分でもすっきりしない気持ちが、ずっと胸の中にある。


そんな時・・・


「うまかったぜー!!もっと買ってくれば良かったな。

 でも今日はホント、ヤンクミと逢ってよかったぜ。暇でしょうがなかったからさー」


そういったクマの言葉に、すっきりとしない気持ちが少し見えた気がした。








「それじゃ、そろそろ帰るか」


窓のそとが夕焼けで赤く染まったころ、久美子は軽く伸びをして立ち上がった。


「そうだな。慎も突然悪かったな」


「ごちそうさまー」


内山達も慎に軽く挨拶をして、部屋をあとにしていく。


「じゃあなー」


最後に久美子が部屋を出た時、


「ヤンクミ・・・」


慎は声をかけた。


廊下を歩いていた久美子が「なんだ?」と戻って来るのを見て、その後ろにいる内山達をチラリと見やる。


その視線を感じた内山達は、一瞬視線を鋭くさせたが、すぐに苦笑いを浮かべて、その場をあとにした。





「あーぁー、2人きりにしちゃって良かったわけー?」


夕焼け空の下、野田は気持ち声を大きくして呟いた。


セリフは不満げなものだけど、その顔や口調には苦笑いが浮かんでいる。


南と内山も同じように苦笑いを浮かべている。


三人の心には、同じ思いがあった。


暇で暇でしょうがなかった日。


何をするのも面倒くさかったはずなのに・・・。


夏休みに入ってからずっと感じていたものがあった。


ありえないと思っていた気持ち。


学校に行ってたほうがよかった・・・。


でも、それは間違いだったんだ。


学校がないのがつまらないのではなくて、久美子に逢えないことがつまらなくて、寂しかったのだ。


ホントはとっくの昔に気づいていた気持ちなのかもしれない。


頭で認めたくなかった。


「でも、慎があそこまでとわねー・・・」


慎の様子に、あのあと自分達にとってやばい状況になりそうな事はわかっていたけど、

邪魔する事は出来なかった。


慎の想いに比べれば、自分達の気持ちは確かなものではない。


曖昧な想いで、太刀打ちできるほど、慎の想いは容易くないし、入っていいものではないから・・・。




「・・・・・・・」


そんな中、道も気持ちも、他の2人より少し先を進んでいた内山は、赤い空を見上げた。


今は何も出来ないけど・・・。


この想いが、今よりもっと成長したら・・・今日のようにはいかせない。


気づいた、はやさとか・・・。想いの大きさとか・・・。


そんなことは関係ないと思うから・・・。


だからその時は・・・覚悟しとけよな。


今は気づいたばかりの気持ち。


小さいけれど、一度生まれ気づいた気持ちは、止まることはない。


彼らの想いが、大きく強く育つのに、きっとそう時間はかからないだろう。








「なんだ?」


呼び止めておいて、何も言わずに見つめてくる慎に久美子は首を傾げた。


と、その瞬間ーーー


「どうした?・・・って、いだっっーーーーーーんっ??!!!」


腕を捕まれ、開けたままになっていた玄関の中に引っ張り込まれたと思ったら、

そのまま閉められた玄関のドアに押さえつけられ・・・。


そして・・・、キスされていた。


突然の出来事に頭がついていかなかったけれど、目の前の慎の顔にギュッと瞳を閉じた。


どうしたらいいかわからない久美子に、慎はさらにキスを深くする。


「・・・っ・・・んっ・・・ふ・・・」


微かにあいた隙間から舌をいれれば、ビクッと身体を震わせ、Tシャツを掴んでくる。


その仕草の可愛さに、慎は夢中になっていく。


深く深く求めるたびに甘い心を誘う。


途切れることのない欲求が広がっていく。


「・・・やっ・・・さ・・・わだぁっっ・・・」


抵抗を強め、暴れ出した久美子の唇を名残惜しそうに離した。


「・・・はぁ、はぁ・・・な、なん、ってことっ・・・するんだっっ」


しゃべるのも辛そうに、肩で息をする久美子の瞳は涙で潤み、真っ赤に染まった顔で
睨み付けられて、さらに熱は高まる。


もう一度、口づけたい衝動を抑えるように、久美子を強く抱きしめた。


自分をこんなにも魅了する存在。


内山達が久美子にたいして同じ気持ちを抱くのも仕方ないのかもしれない。


内山達でなくても、誰もが彼女の存在に触れれば、好きにならずにいられない。


それほどまでに、キレイで可愛い者なのだ。


わかっているけど、悔しくてたまらない。


「・・・さわ・・・だ?」


「・・・明日もこい・・・一人で・・・」


「え・・・明日もか?明日はちょっと学校に・・・」


「来るって約束するまで、帰さない」


「な、なんだ、それはっ!!」


「・・・約束しないんだったら、離してやらない。家にも帰さないし、

 学校にもいかせない・・・。・・・一生この部屋の中かもな・・・」


「な、なにいってんだっ!!そ、そんなこと・・・」


「嫌だったら、明日もこいよ」


「・・・お、お前・・・強引すぎる・・・」


「いいから約束しろ」


明日も逢いたくて仕方ない。


どんな理由であろうと、来てほしい。


脅して無理矢理こさせても、辛くなるだけだってわかってるけど・・・止められなかった。


けれど・・・腕の中で呆れたように大きく溜息をついた久美子の言葉は、思いもしないものだった。


「・・・そこまで言わなくたって、来てほしいっていえば来るぞ、私は・・・」


「・・・・・・え?」


「昼間は学校に用事があるけど、夕方からならあいてるし・・・

 お前と一緒にいるの結構好きだし」


「・・・・・・」


そんなことサラリと言うなよ・・・。


嬉しい・・・。


嬉しい。


嬉しい!!!


その言葉が・・・彼女の気持ちが、嬉しい。


嬉しくて思いっきり緩んでしまう顔を隠すように、力一杯抱きしめて顔を埋めて、慎は強く思った。





彼女の心が他を引きつけて止まないなら、その心を全て支配してしまおう。


こいつが俺の心を勝手に支配するように、こいつの心も俺だけで一杯にしてしまおう・・・。


たとえそれが彼女にとって、辛いことでも・・・


辛い気持ちも生まれないくらい・・・・・・一杯に・・・。