「それにしてもこの部屋寒くないか?」


テーブルの前に座った久美子は、手袋を外しながら室内を見渡した。


コーヒーでも飲もうとヤカンを火にかけた慎は、言われてみて急に部屋の冷気を思い出す。


ベッドの上に転がったままのリモコンに苦笑いが零れた。


久美子が訪れてから、すっかり寒さなど忘れていた。





エアコンの風に部屋が暖かくなってくると、久美子の目がボンヤリとしてくる。


シンクに背を預けて久美子の後ろ姿を眺めていた慎は次第に下がっていく頭に、あと少しで沸騰する
だろうヤカンの火を止めた。


頭が完全にテーブルに沈むと、静かに近づいて久美子の隣にしゃがみこむ。


テーブルに片方の頬をつけて目を閉じている久美子は、あっという間に夢の中。


エアコンの風でだいぶ乾いた髪に、そっと手を伸ばして寝顔を見つめた。



穏やかで優しい。幸せそうな寝顔。


慎の心を暖かく優しく包む。


触り心地のよい髪を優しく撫でながら、慎はやっと気がついた。


雪だるまの違和感の理由を。


気づいて、小さく笑った。





らしくない考えだけれど。


それをせずにはいられない。








赤いペンを手に持って、冷凍室のドアを開けた。


枝分かれのところをポキッと小さく折って短いほうを赤く塗ると、雪だるまにつけてみる。


ちょうどいい大きさ。


不思議とそれらしく見える。


どこか似てると思いながら、慎は目を細めて穏やかに微笑んだ。





「・・・・・・ん〜・・・・・・?」


背後から微かな声が洩れた。


振り向くと、久美子がテーブルから頭を上げているところだった。


そっと冷凍室を閉めて、そばへと寄る。


まだ酷く眠いらしく、ユラユラと頭を揺らしながら、んー・・・むー・・・と声を洩らした。


「寝るか起きるかどっちかにしろよ・・・」


声に反応した久美子はどっちに慎がいるのかもわからないのか、両手でペタペタと床を叩きながら


しゃがんでいる慎の足を見つけるとズボンの先を掴んだ。


「・・・むー・・・・・・お腹・・・空いたぞ・・・・・・・・・」


ボヤーっとした顔と声に、出しそうになる笑いを喉の奥で噛み殺す。


「買いに行かねーとなんもないぞ?」


久美子の顔にかかっている髪を耳にかけてやりながら、言う。


「・・・んー・・・・・・・・・買いに行くぞー・・・・・・」


久美子は目を瞑ったままフラ〜っと立ち上がって、慎の肩口の服を引っ張った。


半分以上まだ夢の中にいるような久美子に慎は呆れた溜息をついて立ち上がった。


目も開けられないふらついた状態の奴と、どうやって買い物に行けってんだ・・・。


「俺が行ってくるからお前待ってろ」


「・・・駄目だ・・・。お前には・・・・・・あのパンは倒せん・・・・・・」


「・・・なんの話だ」


「一緒に・・・・・・あのパンを・・・目指そうじゃないか・・・・・・」


なんか会話さえも成り立たなくなってきた。


けれど、こんな状態のこいつを一人にしておくのもどうかと思い、慎は深い溜息をついて
一緒に行くことを了承した。





「・・・おいっ・・・ちょっと待ってっ」


「・・・んー・・・?」


すぐさま行こうとする久美子を慌てて止める。


「着替えてくるから。少し待ってろ」


そういって、服を持って洗面台へと向かう慎に久美子の瞳が微かに開いた。


ボンヤリと映る背中を不思議そうに見つめて、呟く。


「・・・おまえ・・・・・パジャマだったのか・・・?」


その言葉に、慎は珍しく困惑した顔で振り向いた。


やっぱり着替えておくべきだったか・・・。


なんか自分の情けないところを指摘されたような気がする。


肩を落としそうになるけれど、彼女の言葉は続いた。


「ふーむ・・・・・・イイ男っていうのは・・・パジャマを着ててもさまになるもんなんだな・・・」


ボケーッとしながらも関心したようにウンウンと頷いて見せると、フニャリと笑った。


思わず手に持っていた服を落としそうになる。


「・・・・・・・・・あっそう・・・・・・・・・」


ドキドキと速度を上げた鼓動を誤魔化すようにそっけなく言葉を返した慎は、


幾らか早い足どりで洗面所へと向かった。


気を落とした分、喜びは大きかったらしい。


冷たい水で顔を洗って、服を着替える。


落ち着いた鼓動に溜息をついて部屋へと戻った慎は、目に飛び込んできた光景にまたも動揺してしまった。


冷凍室を空けたまま、なにやら立ち尽くしている久美子。


冷凍室の中には、さきほど自分がらしくもないことをしたあの雪だるまがある。


いつかは知れるとわかっているけれど、いざ知れてしまうとやっぱりらしくないことをした自分が
恥ずかしくなってくる。


我ながら、なかなか馬鹿なことをしたような気がする・・・。


さっきから・・・というか、今日は酷く動揺してばかりだ。


まだ一日は始まったばかりだというのに・・・。


慎はもう馬鹿な自分を開き直ることにして、動揺を胸の奥に沈めた。


「・・・なあ・・・沢田・・・・・・」


いつもの無表情を作り上げた慎に、冷凍室の中を見ている久美子の声がかかる。


「・・・・・・・ん?」


「この雪だるま・・・やっぱ外のほうがいいよな・・・?」


想像していたものとは違う言葉に、慎は首を捻ってそばへと近づいた。


慎が冷凍室の中に視線を向けると、久美子は雪だるまを手に持った。


「こんな薄暗い場所に置いておいたら・・・なんか可哀想な気がするんだ・・・」


どこか悲しそうな顔で雪だるまを見つめる久美子と、彼女の手の中にある雪だるまを交互に見つめて。


「・・・そうだな」


そう呟いて、顔を緩めた。











外の雪は朝日を受けて、もうだいぶ融け始めていた。


「ここでいいかな・・・?」


「人通りもねーしいいんじゃないか?」


久美子は手に持った雪だるまを、マンションの壁のそばに僅かに残る雪の上に置いた。


朝日が射すその場所に置かれた雪だるまは、そのうち融けてしまうだろう。


久美子は少し寂しそうにしながらも、にこりと微笑んだ。


慎も雪だるまに視線を向けて、優しく微笑む。


どこか彼女に似ていると思った雪だるま。


暗くて冷たい一人ぼっちの場所よりも、日の光を浴びてキラキラと輝く空間が


彼女には似合ってる。


少しの間見つめて、久美子は慎を見上げて笑った。


「買いに行くかっ!」


優しく笑う久美子の髪を撫でた慎は、そっとその唇へとキスを落とした。


「っ!?」


突然の出来事に驚いて固まってしまった久美子の手を取って歩きだす。


引っ張られるように数歩進んだ久美子の顔が、かぁっ・・・と赤く染まった。


そして少し戸惑いながらも手を握り返した久美子は、彼の隣を並んで歩いた。






赤い目と、細い手をした雪だるまは、暖かな日差しの中で。


キラキラと輝きながら、その顔に優しい微笑を浮かべていた。



まるで二人を見送るように。


手を振るように・・・。


細い枝が、微かに揺れた。





あとがき


慎がいつもと全然違いますね・・・。そして久美子が幼すぎ・・・?

いつもの強引でちょっと横暴気味な慎が好きな人には、物足りなかったでしょうか?

というか、なさけなさすぎてショック受けてたらすみませんっ!!お礼小説なのに・・・。

ちなみにわかりにくかったかもしれませんが、慎がつけたのは、雪だるまの「口」です。