可愛すぎる女 (慎×久美子編) 久美子は今、ものすごい大ピンチに襲われていた。 「・・・どっちにする?俺はどっちでもいいんだけど?」 ニヤリと、慎の顔に意地悪な笑みが浮かんだ。 場所は、慎のマンション。 ベッドを背もたれにして座る慎の目の前。 右腕にはガッチリと掴まれた彼の手。 久美子は熟れたトマトのように真っ赤な顔をして目にはうっすらと涙まで浮かべ、なかば逃げ腰の体勢。 というか、今すぐにでも猛ダッシュで逃げたしたくて堪らなかった。 ことの始まりは、一人暮らしの慎を気にかけた久美子がいつものように慎のマンションに訪れたことだった。 一度グラタンで失敗している久美子は、慎にまともに作れるようになるまでレトルト食品にしろと 冷たく言われてしまいカレーやらシチューやらとにかく最初は温めるだけのものを作っていたが お湯を沸かしたり温めたりすることにもすっかり慣れた頃 「今度は麺類とか茹でてみれば?」 という慎の言葉に今日は慎にはミートスパ、久美子はスープスパを食べた。 茹でてスープをかけるだけの簡単なものだけれど、出来上がった料理がとても綺麗にできたことに感激したし 慎が好きらしい料理を作れたことが嬉しかった。 料理を作るのもなかなか面白いと思えてきたし、茹でるのに慣れたら今度は焼いたり煮たりすることも 少しずつだけどできるようになる気がした。 慎はあまり喋らないけれど、静かで穏やかな食事もいいものだと思えるし、食事の後にのんびりとテレビや 雑誌を見て過ごす時間も嬉しくて楽しくて少しうとうとしていた時間もあって気がつけば時計の針は11時を さそうとしていた。 そろそろ帰ろう、そう立ち上がろうとした次の瞬間、慎がとんでもないことを言ってきたのだ。 「泊まってけば?」 「・・・・・・へ?」 一瞬、なにを言われたのかわからなくて腰を上げようとした変な体勢で間の抜けた声をあげてしまった。 そしてすぐにその言葉の意味を理解した久美子の顔がかぁぁぁ〜〜っと赤く染まる。 「と、泊まるって・・・そんな・・・こと・・・」 「なに急に意識してんの?」 「−−−−っ!!」 ニヤリと、からかうような見透かされたような慎の顔に、羞恥心が身体中を駆けめぐった。 意識してるとかしてないとかじゃなくて、男の部屋に泊まるなんてできるわけないだろっ! そう言葉を返そうとしてできなかった。 部屋でご飯を食べたりのんびりして過ごしている時は、そんな意識なんて全然ない・・・と思う。 時々いきなり慎が必要以上に自分に触れてきたり、き・・・キスをされた事だって一度ではない。 けれどそれらのことは今まで一度もこの部屋でされたことがなかったから、 この部屋で過ごしている間は意識なんてほとんど無かった。 慣れない自分をからかっているんだとわかっていても、触れられたりすることにひどく動揺してしまう。 だから泊まれば?という言葉に、一気に触れられた時の感覚が身体中に甦ってしまったのだ。 変な意味なんてないかもしれない。反応をからかってるだけ。 教師として生徒の家に泊まるなんで駄目に決まってるだろ? そう、冷静に言えたらいいのに・・・。 言えるわけなかった・・・。 「・・・さ・・・沢田・・・。め、迷惑になるし・・・帰・・・」 「俺は迷惑じゃない」 「っ!」 言葉とともに真剣な顔でグイッと腕を掴まれて久美子の身体がビクリと震えた。 怯えるようにフルフルと震えだす久美子の腕を引き寄せて、立ち上がろうとしていた身体を強引に座らせる。 「・・・帰りたいか?」 「・・・・・・・・・・・・」 戸惑いながら、コクリと頷いた。 「・・・じゃあ、キスしてくれたら帰してやってもいいけど?」 「っ!?・・・そ、そんな・・・」 驚愕したように目を見開く久美子の腰に腕をまわして、さらに引き寄せる。 抱き込むように。逃げられないように・・・。 これ以上ないくらい真っ赤に染まった頬に触れると、久美子は今にも泣き出しそうになった。 「・・・い、いつもみたいに・・・勝手にすればいいだろっ・・・」 こんなこということ事態、恥ずかしくてたまらないのに。 なんでこいつはこんなに意地悪なんだっ・・・! キスされるのだってどうしようもないくらい恥ずかしいのに。 自分からするなんて・・・そんなこと・・・。 「帰れなくてもいいなら、俺からするけど?」 「っ・・・も・・・ご・・・ごめんっ・・・!」 身体は震えて、心臓も壊れそうで・・・。 久美子は限界というように慎の身体を突っぱねてその腕から逃れようとした。 「逃げるのは無し・・・」 腰はあっさりと離してくれたけれど、腕はガシッと掴んだまま離してはくれなかった。 「・・・どっちにする?俺はどっちでもいいんだけど?」 そして、現在にいたる。 「・・・ひ・・・一つだけ・・・確認するけど・・・」 「・・・ん?」 「と、と、泊まった・・・として・・・もう一つ掛け布団とかは・・・あるのか・・・?」 「ない。けど、べつに必要ないだろ?」 「ひ、必要あるだろっ・・・!床に寝るだけでも風邪ひくかもしれないんだぞっ・・・」 「ベッドで寝ればいいだろ?てゆーか、最初からそのつもりだけど?」 「なっ?!」 一体どういうつもりなんだっ! からかってるだけじゃないのか?! 一緒に寝て、なにか変なことをしようとしてるんじゃ・・・なんて 前ならもしかしたら考え無かったかもしれない。 けれど幾度となく触れられ抱きしめられ、キスまでされている今。 久美子にとって慎は男として警戒せざるおえない位置にいるのだ。 自意識過剰・・・なんて冷たく言われたくなくて、肝心なことが聞けない。 一人で勝手に意識してしまっていると思うと、恥ずかしくて悔しくて・・・悲しかった・・・。 意地悪に笑う顔にどうしようもなく切なくなりながらも、久美子は必死で自分に言い聞かせた。 どうせこいつはからかって楽しんでるだけなんだ・・・。 彼にとって、私へのキスも私からのキスも・・・きっとどうってことないんだから・・・。 だから・・・キス一つぐらい・・・私にだってどうってことない・・・。 「・・・キス・・・したら・・・帰らせてくれるのか・・・?」 「・・・・・・キスしてくれんの?」 慎の顔から意地悪な笑みがスッと消えて、腕を掴む手にギュッと力がこもる。 ゆっくりと・・・久美子が頷いた。 壊れそうなほどに鳴り響く鼓動と、かぁ〜っと熱くなる全身を目を瞑って押さえ込もうとしても 身体の震えは、けして止まることはなくて・・・。 フルフルと怯えたように震える身体を慎に寄せて・・・ 恥ずかしくて、泣き出しそうになりながらも・・・久美子のほんのりと赤い唇が・・・ そっと、慎の唇へと触れた。 ほんの一瞬だけ、触れて・・・久美子の心に溢れたのは、沢山の・・・切なさだった・・・。 こんなにも、こんなにも・・・触れるだけで溢れる想いを抱いているのは、自分だけ・・・。 どうして・・・こんなに苦しくなくちゃいけないんだろう・・・。 苦しさから逃げ出すように、俯いたまま立ち上がろうとした久美子を 強引な力で引きとめたのは、慎の手と唇だった。 「−−−−っ?!」 引き寄せられ、腕に抱きしめられ・・・突然全てを奪おうとするキスが久美子を包んだ。 咄嗟に突っぱねるように慎の肩に手をかけた久美子だったけれど、その手は押し返すことなく動きを止めた。 慎の肩がほんの少し震えているのに気がついたから。 「・・・お前・・・可愛すぎ・・・」 キスが途切れ、久美子の肩に顔を埋めた慎が苦しそうに呟いた。 「・・・え?−−−−・・・っ?!」 言われたことの意味がよくわからなくてボケッと力を抜いて困惑する久美子の身体がベッドの上に倒れこんだのは、 あっという間のことだった。 「え?お、おい・・・?な・・・なに・・・?」 いつのまにか位置を変えられ腰を掴まれ、ベッドの上に引っ張りあげられた。 酷く鈍感な久美子がそこまで理解するのはとても遅く、気がついた時には慎に上から押さえつけられ 身動きもできなくなっていた。 「ちょっ・・・お前っ・・・か、帰してくれるっていったじゃねーかっ!?」 首筋にかかる熱い吐息に身体がビクリと震える。 いつもと違う空気が漂い始めたのに久美子が気がつくのは、やはり遅かったようだ。 「・・・お前が可愛すぎるのが悪い・・・。我慢できねー・・・」 「はぁっ?!?!ちょ、ちょっとまてっ!!な、なんでっ・・・っ?!」 腰の辺りを撫でられ、久美子の吐息が熱くなる。 ビクリと震える背中に手を差し入れて、より強く近く身体を重ねて。 「可愛い・・・なあ・・・もういい加減・・・俺のものになれよ・・・」 耳元で囁かれる低い声とその言葉に、久美子の顔はボッと火がついたように真っ赤に染まった。 パニックになる頭で必死に考えようとしても答えなんて出してる余裕もなくて、ただ囁く声とどこか切ない吐息と 触れてくる手のぬくもりだけが全てを支配しつくして・・・なにも考えられたくなった久美子の全ては・・・ 慎の腕に抱き込まれていった。 けれど・・・ずっと切なくて悲しくて、悔しい気持ちで溢れていた心は、不思議と落ち着いていた気がする。 切なくて悲しくて、苦しくて溢れそうになった涙は・・・ 信じられないくらいの恥ずかしさと優しさに包まれていて、とても暖かかった気がした。 真っ赤な顔でフルフルと震える可愛すぎる久美子と 可愛すぎる久美子にやられて理性をぶっち切った慎の、ある夜の出来事。 タイトル「可愛すぎる女」改め、「既成事実からはいる男」 終 書いてみると結構楽しい久美子視点、第2弾です。 というか、最後の「既成事実からはいる男」っていうのを書きたかっただけでできたような話です。 でもなんでこんなに後ろ向きな久美子になってしまうのかは、書いてる本人にも謎です・・・。 そして曖昧なままで終わらせてしまう悪い癖がまたもや出ていますね・・・。 |