雨の中、気づいた気持ちは・・・ 行き場のない、叶うことのない・・・ 恋だった・・・・・・・・・。 沢田のマンションに連れてこられた私は、テーブルの前に座ってもう何回も訪れた沢田の部屋を見渡した。 見慣れたはずの部屋が、たった一つの心の変化でまったく違うものに変わっていく。 けれどもう・・・この部屋に私が訪れることは、なくなるんだろう・・・。 先生と生徒・・・そう思っていた頃は、考えもしなかったこと。 それは、私は女で彼が男だということ・・・。 好きな人がいる沢田の部屋に・・・女である自分が出入りするのは、障害でしかない。 雨でごまかした涙を、今は必死で心に押さえる。 辛い・・・苦しい・・・。 「・・・ちゃんと拭けよ」 不意に柔らかなタオルが頭にかけられた。 「これも飲め。」 視線をあげると同時に、沢田は手に持っていたカップを差し出してくる。 不機嫌そうな顔や短い言葉とともに感じる沢田の気遣いに、ズキリと痛む胸を隠して笑う。 「ありがと・・・」 カップの中の暖かなコーヒーは、クリームの沢山入った柔らかな色をしていて思わず苦笑いが漏れた。 この部屋に訪れた時に私が自分で教えたコーヒーの好みを覚えていてくれたことに嬉しさと寂しさが溢れた。 「・・・あの・・・な?沢田・・・」 カップの中で揺れるコーヒーを見つめたまま、テーブルを挟んだ向かいに座った沢田に声をかける。 「・・・さっき教室で・・・聞いちゃったんだ・・・」 ごめんな・・・と、小さくいった私に沢田は怒鳴ることもなく静かな声でべつに・・・と言ってくれた。 「・・・私・・・全然知らなかった・・・。いつから・・・なんだ?」 「・・・つい最近気づいた」 つい最近・・・。やっぱり、その人のおかげなんだな・・・。 「それで・・・つき合ってるのか・・・?」 そんなこと聞いてもしょうがないってわかっているのに・・・ 小さな意地が、言葉となって出てしまう。 「・・・・・・今んとこ片思い」 ほんの微かに口元を緩めながら沢田の言った言葉に、醜い自分が見えてくる。 一瞬、ホッとしてしまう自分が・・・酷くて・・・憎くて仕方なくなりそうだったけれど、 沢田の静かで、でもどこか強い言葉が・・・そんな私の心を静めてくれた。 諦めない。・・・そう、言外にいわれて、また一つ苦笑いがこぼれてしまう。 優しい沢田。なに考えてんだかわかんなくても、でも本当はすごく暖かい沢田。 ついさっき気づいた思いだけど・・・気づいたからこそわかった、たくさんのことがある。 好きだった。大好きだった。 気づいたからこそ・・・そう思える。 でも、伝えられないこともわかってしまったから・・・今はまだ辛い。 「・・・なあ・・・沢田・・・」 「・・・ん?」 「・・・大切にしろよ・・・?」 気持ちを・・・。今の沢田を・・・。 大切にしてほしい。 綺麗ごとかもしれない。偽善ぶってるかもしれない。 本当は・・・辛くてたまらないけど。 叶わないことが、悔しくてしかたないけど。 でも・・・恋をした沢田が、どんなに素敵になったのか知っているから。 辛いけれど、悔しいけれど・・・そんな沢田を見つけてくれた人に そんな沢田に出会わせてくれた人にありがとうって・・・いつか素直に言えたらいい。 あなたには、きっと誰も敵わないって笑えたらいい。 「ヤンクミ」 いつのまにか、すぐ目の前に来ていた沢田の静かな声に気づくとともに、頬を伝う涙を感じた。 「あ・・・。大丈夫・・・ごめん・・・ごめんな・・・何でもないから・・・何でも・・・」 溢れ出す涙は止めることなど出来なくて俯いて笑う私に、沢田は動じることない視線を向けるだけだった。 もしかしたら、沢田は気づいていたのかもしれない。 私の気持ちを・・・私よりも早く・・・。 もしそうだとしたら・・・もっとしっかりしなきゃいけないよな、私・・・。 気づいていて、それでも優しくし続けてくれた沢田のためにも 自分のためにも・・・。 先生として・・・がんばらないとだよな・・・。 少しでもいい。先生としてでもいい。 力になれたらいいな・・・。 がんばれたらいいな。 「ははっ・・・泣いてごめんな?」 「・・・・・・・・・・・・」 「さっきも言ったけど・・・大切にしろよっ!その好きな人も、気持ちも、今の自分も、全部!」 「・・・わかってる。」 「うん。そうだな。お前は、ちゃんとわかってるもんな。」 大切にする気持ちも。その恋が、どんなに素敵なものかも。 「・・・わかってないのは、お前のほうだと思うけど」 「え?」 ボソッと溜息混じりに呟いた言葉に、思わず首を傾げた。 なんのこと?と、疑問に思う私に、沢田は呆れたような顔でまた小さく溜息をついて唐突に話を続けた。 「お前さ、聞きたくねーの?俺の好きなやつ」 「え?・・・いや・・・素敵な人なんだろーな、って思うけど・・・」 沢田を見ればわかる。きっと、すごく素敵な優しい人なんだろうなって・・・。 苦しいほどわかるから、正直聞きたくないのかもしれない。 だからあえて触れなかった。 沢田だって、あまり人に言いたいってタイプでもなさそうだし・・・。 「なにか・・・問題のある人なのか?」 「問題・・・は、あるかもな」 「えっ?!」 問題って・・・まさか・・・なつみちゃんってことは・・・。 「ま、もうすぐ問題じゃなくなるけど」 「は?」 なくなるってことは・・・なつみちゃんじゃないよな・・・。 「あ、あの・・・沢田・・・もし、もしお前がよかったらだけど・・・」 「・・・・・・・・・・なに?」 「・・・ど、どういう人か教えてほしいんだけど・・・」 本当は、知りたくないけど。でも、なんか不安になってきた。 素敵な人に違いはないんだろうと思う。 沢田が、好きになった人なんだ。 そんな、問題とかどこの誰かとかそんなことよりも沢田の気持ちを大切にしてくれたらと思う。 だけど・・・何故かとても胸がざわついてしょうがなかった。 「・・・知りたくなってきた?」 「う、うん・・・」 「簡単にいうと・・・」 「・・・・・・うんっ」 「髪が長くて、色が白くて、年上で。いつも笑ってて、明るくて」 年上で髪が長くて白くて・・・。 そっか・・・すごく綺麗な人なんだな・・・。 清楚なお花みたいな人かな・・・。 そう思い描いた人は、とても沢田とお似合いで・・・。 やっぱり聞くのが苦しくなった・・・。 「でも結構泣き虫で、どうしようもないくらい鈍感で、バカで、お節介で、料理下手で」 「・・・・・・・・・・」 ・・・なんか・・・イメージと違う・・・。 だけど苦しいほど・・・伝わってきた。 沢田の言葉は、その人を褒める言葉ではなかったけれど。 その人のことを思いながら話す沢田の顔は・・・ とても優しくて・・・。 やっぱり聞かなければよかったと、そう思いながらも 続く沢田の言葉に笑おうとした私は、また涙が流れるのを感じた。 「でも、すごく好きでしょうがない奴・・・」 そして、これが本当の失恋の時だった。 好きという、その人が好きだという沢田のたった一言が・・・ 無理やり諦めようとしていた気持ちを嫌でも自然なものにしていった。 本当に・・・敵わない。叶わない・・・。 綺麗ごとでもなく、偽善でもなく。 自分は今、失恋したのだと・・・。 恋は終わったのだと・・・。 それは綺麗ごとで飾れるほどのものでもなくて。 偽善で変えられるものでもなくて。 とても辛くて苦しくて、切ないもので・・・。 私は・・・この場から動くこともできずに、沢田の目の前で泣いてしまった。 「・・・っ・・・ふっ・・・・・っ・・・っ・・・」 「・・・ヤンクミ・・・」 両手で顔を覆って泣き続ける私の髪に、沢田の手が触れた。 困らせる沢田へのごめんの言葉も出せない私は、苦しさに震える体を必死に動かして 立ち上がろうとした。 このまま、ここにいちゃいけない。 この苦しさを、言葉にしちゃいけない。 だから・・・この部屋から出て行きたかったのに・・・ 「さわだっ・・・離してっ・・・っ・・・お願いっ・・・お願いだからっ・・・」 沢田は、私の手を掴んで離してはくれなかった。 怖かった・・・。溢れ出す苦しさが、なにを口にするかわからなかった。 だけどそんな私の気持ちも気がつかないのか、沢田は突然掴んでいた腕を引っ張ると 私の背中に腕を回してきた。抱きしめられた・・・。 「・・・いやっ・・・いやだっ・・・離してっ・・・・・・」 縋りそうになる自分が、怖くて・・・今は・・・沢田のそばにいるのが、辛かった。 震える手で沢田の身体を突っぱねて、離れたくて・・・でも沢田は、さらに力を込めてきた。 それはまるで逃がさない、といっているようで・・・私は、わからなかった。 なぜ、こんなことをするのか。 どうして、抱きしめられているのか・・・。 一人にしてほしいのに・・・。終わらせなきゃいけないのに・・・。 迷惑でしかないはずのこの気持ちを、なんで逃がしてくれないの・・・? 「・・・沢田・・・お願いだから・・・」 「・・・ホント・・・泣き虫で鈍感な奴・・・」 「・・・え?」 「なんでわかんねーんだよ・・・。いい加減我慢すんの限界」 「なに・・・?」 「人の心ん中入り込んで、お節介じゃないなんていわせない。 人んちの台所、めちゃくちゃにしといて料理下手じゃないなんていわせねー」 「・・・沢田?」 「髪が長くて、色が白くて、年上で。いつも笑ってて、明るくて。 でも結構泣き虫で、どうしようもないくらい鈍感で、バカで、お節介で、料理下手で」 「・・・・・・・・・・・」 「教師でおさげでジャージばっかで極道の孫娘で、目の前で勝手に失恋したと思って 泣いてる奴が俺がすげー好きな奴なんだけど?」 「・・・それって・・・」 「お前以外いねーだろ?」 信じられないという気持ちで呆然としていた私に 沢田はニヤリと意地悪なような嬉しいような笑みを浮かべた。 信じられなかった。そんなこと思いもしていなかった。 正直、どういうことなのかもよくわからなかった。 だけど・・・たった一つわかったのは、沢田の言葉が嬉しかったってことだけ。 ただとても、彼の言葉が・・・嬉しかった。 あとがき えっと、また中途半端ですが、これで終わりです・・・。 私がこういうお話が好きということで、一人で心に隠し続けるキャラにしちゃいましたが、 実際のヤンクミは、もしかしたら恋を自覚したら言葉に出すのかもしれませんね。 なんか痛々しい浅はかなストーリーなだけになってしまったような・・・。 あとがきの裏話というか、実はこの話、慎がとても腹黒い人だったりします。 たまたま恋愛の話になったとき、必ず自分にも矛先がくるだろうと思った慎は、 ヤンクミが来るのを見計らって自分にその矛先を向けさせて、ヤンクミにわざと聞かせていたりします。 そんでショックを受けるヤンクミをお持ち帰りして、ものにしてしまおう・・・ とか、全部計画していたのですね。 ヤンクミの口から好きとか言わせてやろうとか思っていたのに、 全然言わないヤンクミに最後の方はもう限界でいつもの強引さで突っ走った・・・てな感じです。 慎視点でも書ければよかったんですが、無理でした・・・。 |