「−−−ヤンクミ。・・・おいっ。ボケッとするな」

トンッと頭を硬い何かで叩かれて、久美子はハッとした。

目の前には本や資料が詰まった本棚。

パチクリと目を瞬かせて横を見れば、片手に本を持った慎が呆れ顔で久美子を見下ろしている。

「おおっ!沢田っ!」

二カッと笑って爽やかに挨拶。

ピクリと片眉が器用に吊り上がった。

「・・・お前、また意識ぶっ飛ばしてただろ・・・」

少しばかり怒りを含ませて、慎は溜息を吐いた。





小さな個室に一杯の資料。

いつものように教頭の怒りに触れてしまった久美子は、この資料室の整理を言い渡されてしまった。

逃げることもできるのだけれど。今回は、原因が原因だけにそうもいかなかったのだ。

寝坊した挙句、慌てて入った教室で花瓶を持っていた菊乃と正面衝突しそうになったのだが、
そこはナイスなコンビプレーというべきか。

久美子がはしっと花瓶を抱え、菊乃が持っていた手を離し、サラリと身をかわす。

そこまではよかった。けれど災難はその後起きた。

花瓶を抱えて前のめりになりそうな身体をなんとか持ちこたえようとしたすぐ至近距離に、教頭がいたのだ。

持ちこたえる前に花瓶を持った手が教頭へと突き進み。見事なまでに教頭のスーツを濡らしてしまった。

頭にぶっかけなかっただけマシだとも思うけれど。さすがにスーツを汚してしまったのはまずかったようである。

怒り心頭、真っ赤な顔で怒鳴り散らす教頭に今回ばかりは恐縮するしかない久美子。

渋々ながらも資料室の整理をしていた久美子の元へ、慎が訪れたのは今から数十分前。

最初の頃は悪いなぁーといいながらニコニコと資料を片していたのだが、久美子には難しい資料と対峙する整理と
いうこの地味な作業はあわないらしく、さっきから何度もぼやーっと現実逃避に走っている。



ぼんやりとする視線。憂い?を帯びた横顔。狭い個室に二人きり。近い距離。



どうしてこの女は、こうも無防備なんだ・・・。



トクン、トクンと心臓の鼓動を確実に速く強くしながら。慎は、それでも理性を集めて顔を顰めた。



二人きりでいたい。彼女を独り占めしていたい。

そう思っていても、欲求とは膨らむもので。

もっと近づきたくて。手を伸ばしたくて、触れたくて。

いい加減、理性も崩れかかってやばいということをわかってほしいものである。



「ボケッとしてても片付かねーだろう。さっさと終わらせるぞ」

見つめていたい感情を引き離すように視線を久美子から逸らし、慎は黙々と整理に徹することにした。

「−−−おうっ!」

ニッコリ笑顔に明るい声。返事はいい。返事はいいが・・・返事だけだった。







「−−−っ!?お、いっ・・・!?」

数分後。突如、トンと腕にかかる重み。暖かなぬくもり。

ギクリとして横を向けば、慎は言葉を失わずにはいられなかった。

腕に寄りかかるそれは、現実逃避から夢の世界へといってしまった久美子の身体。

いつの間にやら腕を掴まれていて。

しな垂れかかるように寄りかかってくるぬくもりに、さっと顔が微かに染まる。

動揺して。心臓が壊れそうなくらい高鳴って。慎は思わず自由なもう片方の手で顔を覆った。

落ち着けと必死で理性を掻き集め。小さく一息。

チラリと久美子を盗み見て、慎は胸が苦しくなった。



もうこれは・・・恋なんて言葉だけで片付けられないものかもしれない。



久美子にとっての資料と同じように。

いまだ伝えられない現実から逃避して、夢の世界へといってしまおうか・・・。



ほんの数分で熟睡してしまったらしい久美子はスウスウと微かな寝息をたてている。

掴まれた腕から手を離し、肩をそっと抱き寄せてみる。

自分でも理性があるのかないのかわからない。ただ、抱きしめることは止めれなかった。

俯いた寝顔が見てみたくて。頬に手を伸ばして上を向かせる。

「・・・ん・・・・・・・」

小さな吐息と顔を摺り寄せる仕草があまりに可愛くて、愛しくて。

慎は嬉しそうに口元を綻ばせ、柔らかな頬を撫で・・・



髪へ

頬へ

唇へ・・・



そっと、そっと・・・口付けを落とした。





こんなにも彼女の姿が可愛いなんて。

こんなにも・・・

この存在が、愛しいなんて・・・・・・。



恋してる、より、愛してる。



そんな言葉が似合いそうな、それは甘い夢のひととき。









あとがき

シンクミ、というか物凄く久しぶりにまともに書いたリハビリ的小話ですね。

だけど私のシンクミ小説の中では一番の穏やかさかと。だけど相変わらず手が早いな、慎・・・。