「あ゛ー・・・さみい・・・」 「・・・そうだねー」 コタツに入って項垂れながら、隼人はだるく呟いた。 拓もコタツに入って、窓の外を見る。 カタカタと窓ガラスを揺らす風は強く、その音だけで外の寒さを表しているようだった。 日曜日で外に出る予定がないのは助かるけれど。 午前中からずっと二人してこんな調子で、いい加減暇になってきた。 コーヒーもお茶も何杯目だ・・・って感じだ。 そんな時だった。メロディーが流れてくる。 「・・・あ?・・・拓、お前の携帯じゃねー?」 「ほんとだっ」 慌てて携帯を部屋に取りにいった拓を見送る。 と、携帯に出た拓の声が聞こえた。 「先生?」 (・・・せんせい?) ピクリと隼人の片眉が器用に上がる。拓が居間に戻ってきた。 「隼人兄、先生からなんだけど」 かわる?と携帯を差し出す拓に悪意はないが、空気がビリッと弾けた気がした。 「・・・なんだって?」 口調は冷静だが、はっきりいって目が恐い。空気が痛い。声が暗い。 拓でなかったら絶対その場で失神してしまいそうだ。 そんな隼人を少し困ったように見やって、電話に出る気はないとわかると、拓は携帯を耳元によせた。 「ちょっと待って。・・・先生?あの、どうしたんですか?」 (・・・あのやろー・・・電話すんなら俺にしろよっ・・・) ムカムカしながら拓の携帯に睨みを利かせていると、拓の声が急に慌て出した。 「・・・え?みかん?えっ?あのっせんせ?・・・あのっ・・・ちょっ!・・・・・・切れ、ちゃった・・・」 「どうした?」 「・・・沢山みかんもらったから、今から持ってくるって・・・」 「はあ?なんだそりゃっ。バカかあいつ」 「大丈夫かな?先生・・・」 「まあ・・・あいつはただもんじゃねーからな、大丈夫だろ」 それから数十分後。 隼人の言葉通り、久美子は冷たい強風の中でも全然平気そうに矢吹家へと訪問した。 「さっぶい〜〜〜っ!あったかい〜!!」 ぶるっと身体を震わせながら、こたつに入り込んだ久美子はほわっとする熱を心底喜んだ。 温かいお茶を出してくれた拓にお礼を言って、湯のみに手を伸ばす。 「寒いに決まってんじゃねーか。そうとうバカだな、お前」 「なんだよ、矢吹。そんなこというなら、みかんやらないぞ?」 「・・・・・・べつにいらねーよ・・・」 拓に連絡したのがそうとう気に入らないらしく、隼人は不貞腐れたようにそっぽを向いた。 「なに怒ってんだ?変な奴だな。弟君。すっごく美味しいから、沢山食べてっ」 「あ、はいっ。ありがとうございます。頂きますっ」 ニコリと笑いあって、久美子と拓はみかんをむき始めた。 小ぶりだけど丁度いい柔らかさで、皮も薄め。 パクリと口に含めば、とっても甘いみかんだ。 美味しい、美味しいとニコニコしながら食べる二人の姿を、隼人は頬杖をついて眺めた。 (・・・なんでこいつらは、みかんだけでこうもなごめる・・・?) ほんわかほのぼのな雰囲気を作ることができる二人が、隼人には不思議でならないらしい。 「つーかさー・・・お前なんで、みかんなんかわざわざ持ってきたわけ?」 「弟君がみかんゼリーが大好物っていってたからさ、すっごい甘いから、あげようと思って。」 「えっ?そ、そうなんですか・・・?す、すみません・・・わざわざ・・・」 申し訳なさそうに頭を下げる拓に隼人は不思議そうに視線を向けた。 「拓に大好物なんてあったか?」 「なんだ、お前。兄貴なのに知らないのか?弟君はみかんゼリーとケーキが好物なんだぞ?」 「は?そりゃねーだろ。拓は嫌いな食い物はねーけど、特に好きなもんもないんだぜ?なー拓?」 「・・・うん。」 「えぇっ?!じゃあ、みかんゼリーとケーキっていうのはっ?!好きな物はないけど、特別な物は・・・」 「みかんゼリーは隼人兄が小さい頃に誕生日にくれた物で、ケーキはお父さんが毎年買ってきてくれる物なんです。 誕生日に貰ったもので食べ物っていえば、その二つだったし」 プレゼントは中学生に上がったころからなくなったけど。 ショートケーキは今も父が買ってきてくれる。いつも同じ店の同じショートケーキ。 丁度仕事の時は何日か前になってしまうけど、毎年二人の誕生日を父は忘れたことがない。 去年の兄の誕生日は、初めていつもと違う、大きなケーキだった。 今年で隼人は最後だからな、と父は言ってた。 母と約束してたそうだ。高校卒業するまでは、毎年ケーキを贈るって。 だから、拓にとっては特別な物だった。 隼人が誕生日に初めて買ってくれたみかんゼリーも。博史のショートケーキも。 でもいつも食べてる物じゃないから、大好物とはいえないし・・・ 凄く好きな物もなかったため、久美子に聞かれた時、迷った挙句にそう答えたのだ。 「大好物っていわれてもわからなかったから、その特別な物を言ったんですけど・・・ すみません、寒い中持ってきてくれたのに。なんか悪いことしちゃったみたいで・・・」 まさかこんな寒い日にわざわざ届けにきてくれるほど、自分の答えを気にかけてくれてるとは思ってなかったのだ。 もっとちゃんと言えば良かったと、拓はますます困った顔で本当に申し訳なさそうに言った。 そして隼人は初めて聞かされた拓の特別な物に、心を撃たれていた。 (・・・なんか俺っ今ちょっと感動っ・・・・・・) ジ〜ンときていた隼人だったが、視界になにかが映った瞬間ぶち切れた。 「・・・って!!てめーはっなに抱きつこうとしてんだっ!!」 こたつから出て、拓に手を伸ばして今にも抱きつこうとしている久美子の足を、隼人はガシッと引っ掴んだ。 ずるっと膝が引き摺られ、あと少しのところで拓を捕らえそうだった手は、虚しく撃沈。 すぐさまガバッと身体を起こし、勢い良く振り向いて久美子は怒鳴った。 「こんな良い話聞かされてお前はなんとも思わないのかっ!!私はっすっごい感動してんだっ今っ!邪魔すんなっ!!」 「なんでてめーが感動してんだよっ!!どさくさにまぎれて引っ付こうとすんなっ!!」 「どさくさとは失礼なっ!確かにぎゅうってしたかったりするけど、しょーがないだろっ!こんなにいい子なんだからっ!」 「やっぱりてめーそんなこと思ってやがったなっ!!人の弟をぬいぐるみと一緒にすんじゃねーよっ!!」 「一緒にしてるわけないだろっ!!」 「よけー悪いわっ!!」 「お前こそっ弟君が秘密の気持ちを、こうして恥ずかしくても言ってくれたんだぞっ!もっと兄貴らしくっ!!」 感動のあまりちょっと涙目で訴える久美子の言葉に、のんびりとお茶を飲んでいた拓はきょとりとした。 「え?べつに秘密にしてませんよ?」 サラリと一言。 「・・・え?そうなの?」 「聞かれたことがなかっただけだし。べつに隠すようなことでもないし」 「えっでも、私に聞かれた時戸惑ってるみたいだったけど・・・」 「好きな物は?って聞かれたら特にないですって答えるけど、大好物は?って聞かれたから、どうしようと思って」 「ただ困ってただけ?」 「はい」 これまたあっさりと頷いた拓に、久美子はなんか気が抜けた。 拓のあっさりさをよく知っている隼人は特に反応することもなく、「ま、そんなところだろうな」とこちらもあっさり。 兄貴らしく。なんて言ったことを反省しよう。 まだまだ知らないことが多そうだと、久美子は思った。 「・・・そういやー、ガキの頃3年ぐらいずっとお互いみかんゼリーだったよな」 「3年?」 「隼人兄が初めてお小遣い貰った年に、みかんゼリー買ってくれたんです。 僕が初めて貰った年にプレゼントは?って聞いたら、みかんゼリーでいいって」 「あのクソ親父ケチだからな。うまかったし安かったし、小遣い上がるまでそれに決めたんだよな。 ぜってー誕生日以外はそれ買わねーようにして・・・って、虚しい・・・虚しすぎるっ・・・」 「そ、そうだね・・・。あんまり人前でいうことじゃないかも・・・。 今度大好物は?って聞かれたらなんて言おう・・・」 「・・・心配すんな。大好物は?なんて聞いてくる奴は、そうはいねーよ。 もし聞かれたら、またみかんゼリーとケーキって答えとけ」 「・・・う〜ん・・・」 「な・・・、なんていい話なんだっ!!今っ!私はものすごく感動しているっ!!」 「・・・どの辺がいい話なんだろう・・・?」 「バカはほっとけ」 あとがき みかんとこたつはどこいった・・・。 矢吹家の誕生日。きっとみかんゼリーをお互いの誕生日にあげてる二人を見て、 父博史は毎回笑いを堪えるのが大変だったか、もしくは、大笑いしていたでしょう。 お母さんは、優しく見守っているような・・・。なぜかそんなイメージがあります。 管理人の超自己満足、おまけにもろ趣味まっしぐらな小説。 |