『あ゛あ゛っ!?』 「あ、隼人兄?」 『って、なんだ・・・どうした?』 「ごめんね。なんか隼人兄に用事があるって人と一緒なんだけど」 『あ?俺に用事?』 「うん、それで急いでるみたいで。今から会いたいっていってるんだけど・・・」 『・・・ああ・・・で?お前、今どこにいんだ?』 「えっと・・・たぶんアパートの近くにある居酒屋さんの路地裏、かな?」 『路地裏っ!?!?』 「すみません。ありがとうございます」 隼人との電話を切って、拓は携帯を男に差し出した。 コンビニにちょっと行ってきただけだった拓は、携帯を持っていなかったのだ。 瓶ビールのケースに腰を下ろして申し訳なさそうに小さく微笑む拓に、携帯を受け取った男は渋面を浮かべている。 路地裏に連れ込み。凶悪な目つきで凄み、脅して連絡させた男に、何故に申し訳なさそうに微笑む。 (調子狂うな・・・このガキ・・・) 「お前、マジであの矢吹の弟か?」 「え?あ、はい。あまり似てませんけど」 (・・・あまりってか・・・全然似てねーと思うぞ・・・) 穏やかに笑っている拓に、男は吐きそうになる溜息を飲み込んだ。 こいつを使ったのは間違いだった気がする。 「でも、まあ、あんなヤローに似なくてよかったな。似てたら、お前に喧嘩売ってたぜ」 憎らしい思いを含んだように言う男に、拓は首を傾げた。 「隼人兄がなにかしたんですか?」 問い掛ける言葉に、男は治まりそうだった怒りを再度浮かばせる。 なにかしたっ!? 「あのヤローはな!俺の女に手―だしやがったんだよっ!!それも2回っ!!2人も女取られた俺も バカっちゃーバカだけどなっ!!人のもんに手ー出す奴は許さねーぜっ絶対なっ!!」 ギリギリと拳を震わせて、男は怒りを狭い路地裏の壁にぶつけた。 全身に怒気をはらませる男の怒りは相当なようである。 「あんなのに引っかかる女もバカだぜっ!ま、俺は捨てる面倒がなくて楽だけどな。でも2人も同じ 奴に取られるなんて最悪だろっ!?これ以上、人のもんに手ーださせねーようにしてやんねーと、 俺の気がすまねーっ!!」 「・・・あの・・・それって本当に?」 「ああっ!お前はしらなかったかもしれねーけどなっ。2人とも新しい男が出来たとかいって、 それが2人とも矢吹って奴だったんだよ。あいつから手ーだしたとしか思えねーだろっ!?」 「はあ。・・・あの、それっていつぐらいの話なんですか?」 拓は考え込むように首を傾げた。どこか困った顔をしている。 「あ?いちいち覚えてねーけど・・・今年の2月かそこら辺と・・・つい2週間くらい前か」 「それがどうした」と訝しげに眉を寄せる男に、拓は安心したように笑った。 外のことまではあまり知らない拓は、ハッキリと違うとは断言できなくて困っていたのだ。 違うとはわかっていても、よく知らないのに言っても弁解にしかならないと思うから。 でも、2月や2週間くらい前のことだったらちゃんと知ってる。 「それ、隼人兄じゃないですよ」 にこりと笑う拓に、男は苛立つ。 「・・・お前はしらねーだけだろ。それとも、女が嘘ついてるとでも?」 「それは、わかりませんけど。付き合ってるっていうのは、たぶん・・・」 困った表情に男の怒気も揺らぐ。 もともとそこらへんで、いいよってきた女だった。 適当に遊んで、なんとなく付き合ってたような女を信じるほどバカでもない。 だが、同じ男の名前を2回も聞けば、怒りが生まれるのはしょうがないことだ。 この大人しく素直そうなガキ。どっちが本当かなんて、どうでもいい。比べるものでもない。 今更嘘だろうと、関係ない。怒りが消えるわけでもない。 そう思いながらも、男は拓の話に耳を傾けていた。 調子を狂わされてはいけない。男は意識して視線を鋭くさせる。 「・・・証拠はあるのか?」 普段から目つきが悪い自分が、目が痛くなるほどに殺気を含んで見下ろす。 けれど、拓はそんな鋭い視線にも怯えた様子は見せなかった。 「証拠、になるかわからないけど。隼人兄は大切な人のことで忙しくて、他の人を見ている暇なんて なかったと思うから。」 にこり、と微笑むだけ。 「・・・・・・・・・」 怒りをぶつけることもできず、なにか言い返すこともできず、男は苦い顔で口を噤んだ。 怒りが消えるわけがないと思いながらも。怒りが消えないように、壁に背中を預けて腕を組んで黙り込む。 溜息をもう何度も飲み込んでいる。 けれどこれ以上飲み込むのは無理だったらしい。 「あの、アイス好きですか?」 「・・・・・・は?」 いきなり話の筋から離れた質問に、思わず間の抜けた声をあげてしまう。 見下ろせば、拓は手に持っていたコンビニの袋から二つのアイスを取り出していた。 「まだ大丈夫だと思います。溶けちゃうともったいないから。はい。」 にこりと笑って拓が差し出したのは、カバのキャラクターが書かれたスイカバーだった。 「お父さんが好きなんです。一緒に食べようと思って二つ買ってきたから、どうぞ。」 タネがチョコレートで出来ているという、なんて緊張感のないアイス。 もう溜息を吐くしかない気がした。 「・・・はぁー・・・」 飲み込んだ分も一気に吐き出すように、男は深い溜息を吐いた。 アイスを受け取りながら、足元にあったケースの上にドカッと座り込めば、なんかもう気が抜けた。 袋から取り出したアイスは皮の部分が薄緑色。鮮やかな赤とチョコレートの種がちゃんとスイカになっている。 一口かじった。 「お・・・結構いけんな」 笑って食べ始めた男に、拓もにこりと微笑んで食べ始めた。 と、丁度その時。 「私の弟君を拉致するなんていい度胸じゃねーかっ!!ただじゃっ」 ―――ゴンッ! 「なにが私のだっ!!ふざけたこといってんじゃねーっ!テメーは関係ねーんだから、引っ込んでろっ!!」 「そうはいくかっ!!だいたい今はそんなこと言ってる場合じゃねーだろっ!!弟君を助けるのがっ!! ・・・・・・て・・・あれ・・・?」 隼人に携帯でゴンッとやられた頭を擦りながら、久美子は威勢良く拓達に視線を向けたのだが、想像していた 光景はそこにはなく、ポカンと固まった。 隼人は視線を向けて、ホッと安心しつつも、思わず呆れた溜息を吐く。 「・・・拓・・・そんなのと和んでねーで、こっちこい」 はぁ・・・と溜息混じりに手招きする隼人に、アイスを食べている拓は腰を上げた。 隼人達のそばにいこうとして、ぐいっと腕を掴まれる。 「まだ証拠見せてもらってないぜ?」 男は拓の腕を引っ掴んだまま、隼人を鋭く睨みつける。 「なんだかしらねーけど拓は関係ねーだろ」 隼人も負けじと睨み返した。 久美子は、隼人に後ろに追いやられながらも、「そうだそうだっ!!」といいながら前に出ていこうとする。 「あれがその大切な女って奴?」 拓の腕を掴んだまま立ち上がった男は、アイスをかじりながら言った。 久美子に目を向ける男に、隼人がイラッとして久美子を背後へと無理やり引っ込める。 「なんなわけ?」 イライラしはじめた隼人はすうっと殺気混じりに視線を鋭くさせた。 男は隼人と久美子から視線を離して、拓を見やる。 「本当にあのヤローがあの女以外に手ー出してないって思うか?」 拓は、にこりと笑って頷いた。 軽く息を吐く。聞く前から、そうやって頷くだろうと思っていた。 そう思ってる時点で、自分もそう思ってるってことだ。 あの二人のことはよくわからねーけど。このガキの言うことは本当なんだろう。 「わる」 悪かったな。と言って、拓の腕を離そうとしたのだが、それを遮るように声が上がった。 「そんなことしてやがったのかっ!?」 男の言葉を聞いていた久美子である。 「んなわけねーだろっ!!」 隼人が慌てて久美子の方に振り向く。 「人の彼女に手ー出すなんて、なんてことしてんだ!お前はっ!!」 「違うっていってんだろっ!!だいたいテメー怒るばしょが違うだろーがっ!?」 「なんだよっ場所ってっ!!路地裏で怒っちゃ悪いなんて誰が決めたっ!!」 「そーゆうことじゃねーだろっ!!俺が他の女に手ー出したって聞いたら、嫉妬すんのが普通だろっ!!」 「やっぱりお前っしてたんだなっ!!!」 「だっ!!このボケっ!!その天然いい加減どうにかしろよっ!!」 「誰が天然だっ!!お前だってバカじゃないかっ!!」 「んだとっ!!テメーよりは、ましだっ!!」 「なに〜っ!!先生に向かってなんだっそのいい方っ!!」 「もう俺の担任じゃねーだろーがっ!!彼女だろっ!!」 「かっ!!だっだだだれがっ!!」 かぁぁっと見る見るうちに真っ赤になる久美子に、隼人の顔が苛立ちからにやけた顔に変わる。 片手を頬に触れて、ぐいっと近づけた。 「彼女だろ?」 「そっそそそんなものになった覚えはないっ!!かか勝手に決めんなっ!!」 ジタバタと真っ赤な顔で暴れる久美子の背中に腕を回して、逃がさない。 「は〜ん?」 「な、なんだっ!!」 「お前、また一人でズキズキしてんだろ?」 「っ!?」 「っとに素直じゃねーな、テメーは。まあ可愛くっていいけど?」 「ふっふふふざけんなっ!!ズキズキなんてしてないっ!!」 「はいはい。心配しなくても、そんなことしてねーからな」 「うぅ・・・」 優しく髪を撫でられ、久美子は言い返すこともできず、真っ赤な顔で悔しそうに隼人の腕の中で縮こまった。 「・・・なんだあの色ボケヤローは・・・」 すっかり二人の世界を作っている二人に、男は呆れ顔で呟いた。 (あれが黒銀の元リーダーかよ。ありゃただのアホだな。) ニヤニヤ、デレデレとした隼人の姿に、心底項垂れた。 あんな奴に女を取られたと思うと、かなり虚しい・・・。 「あれでよく黒銀のアタマはってたな・・・」 「隼人兄、先生のこと凄く大切にしてるから」 ニコニコと微笑む拓に、男は棒についた残りの一カケを食べ終えて、渋面を浮かべた。 「・・・お前には悪いことしたな」 「え?」 「くだらねーことにまき込んじまって・・・」 「いえ。」 渋い顔で謝る男に、拓はにこりと笑った。 男は小さく苦笑して、ポンっと軽く拓の頭を叩くと、 「じゃあ・・・またな」 と言って、スイカバーの棒を振りながら、路地裏から出ていった。 軽く手を振って男を見送る拓に、やっと二人の世界から戻ってきた隼人が気がついた。 「あ?行ったのか?つーか、誰だ、あいつ?」 「え?ああ、名前聞いてないっけ。でもまたなっていってたから、きっとまた隼人兄に会いに くるんじゃないかな?」 「あ゛あ゛っ!?冗談じゃねーよ。お前も変な奴についてくんじゃねーぞ?」 「そうだぞ?でも大丈夫だからなっ!こいつのとばっちりを受けそうになっても、私が守ってやるからっ!」 「とばっちりってなんだよっ!!」 「とばっちりじゃないかっ!!」 また言い合いを始めそうな雰囲気に、拓はふと思い出した。 「あ、二人とも。鞄と靴」 「ああ、そうだったな。」 「かばんだっ!!そうだっ!弟君も一緒に行こう!」 ぱぁっと笑顔を浮かべる久美子に、拓は軽く手を振った。 「いえ」と言おうとする拓より先に隼人が少し眉を寄せて言った。 「拓、いいから来い」 「え?でも」 拓は不思議そうな顔で隼人を見やる。 隼人は少し心配そうな顔を浮かべていた。 「どうせ親父は家でグータラ寝てんだろ?頼りねーし、俺らといたほうがいいだろ」 「え・・・あ、大丈夫だよ?べつになにもなかったし」 「お前が大丈夫でも、何にもなくても、こんな場所に連れ込まれたんだ。今日は一緒にいろ」 有無を言わせぬ感じで、隼人は強く言った。 拓は少し戸惑いながらも、頷かないと出かけることも止めてしまいそうな気がして、 「・・・うん。ありがとう」 小さく微笑んで、頷いた。 数日後・・・。 「美味しそうだなっ!これ丸ごと一個のスイカ?」 久美子はテーブルに置かれたいくつかに切ってあるスイカを前に、嬉しそうに笑った。 一つ取って皿に乗せる。 「そうです。食べきれないから、半分は近所の人に持ってきました」 氷がたっぷり入った麦茶をテーブルに置きながら、拓は言った。 「買ったのか?」 久美子の隣に座っている隼人も一つ皿に乗せて塩を降りかけながら、不思議そうな顔をする。 「ううん。貰った。えっと・・・あ!」 「なんだ?」 「また名前聞くの忘れてた・・・・・・」 困ったような顔をする拓に隼人は眉を寄せる。 「あ゛?どこの奴に貰ったんだ、お前」 訝しげに聞きながら、隼人は麦茶を一口含む。 久美子はスイカをかじる。 だが次の瞬間・・・。 「ほら、この前、路地裏で会った」 「「ぶはっ!!」」 拓が言った言葉に、二人は同時に吹き出して、咽た。 「「げほっ!!ごほっ!!」」 「だ、大丈夫?」 慌ててティッシュを渡す拓に、隼人と久美子は苦しそうに咽ながらも呆れた。 「た、たくっ・・・あんな奴と関わんなっ!」 「え・・・でも、アイスのお礼っていって、スイカくれたし。そんなに悪い人じゃないと思うけど」 不思議そうに首を傾げる拓に、咽が治まった久美子がちょっと感動する。 「や、やっぱ弟君はいい子だっ!人を見かけで判断しちゃいけないよなっうんっ!!」 「バカかテメーはっ!!見かけじゃなく中身もヤバイだろっ!拉致したんだぞっ!犯罪だろっ!!」 「はっ!!そ、それもそうだな・・・」 「拓っ!お前も自分を拉致したような奴からいくらお礼でも物貰ったりすんなっ!! だいたいアイスなんてあげるんじゃないっ!!」 「・・・う・・・う〜ん・・・でも、溶けたらもったいないし・・・」 「拓、もっと警戒心を持ちなさい。」 「・・・う、うん・・・」 「でもアイスが溶けるのはもったいないよな。食べ物を粗末にしたくない弟君の気持ちもわかるぞ、うん」 「あ゛あ゛っ!?」 「・・・な、なんでもないです・・・」 「ったくっ!!テメーも拓ものんびりしすぎなんだよっ!」 はぁ・・・っと隼人は一人、深い溜息を吐いた。 穏やか過ぎる弟と、おボケな彼女をもつ隼人は、色々と大変なようである。 終 あとがき 終わりましたー!!なんか締めくくりが中途半端ですかね。 最初に付けていたタイトルの「日和」にあわせて、もう少し書きたいことがあったのですが、 なかなか大変そうなので断念してしまいました・・・。 なのでタイトルはただの「スイカ」に変更しました。 このお話は、竜くみで「弟の一大事」ってのがあって、それから考えて出来たものです。 結局隼人の浮気?疑惑は、女の人が隼人を好きになって、勝手に彼女を名乗ってただけです。 ちょっと無理があるかな・・・? でも、拓君が沢山書けて幸せでした!拓想いな隼人も書けたし。久美子の拓君ラブも書けたし、 やっぱこの3人を一緒に書くのがそうとう好きなようです。(苦笑) オリキャラの彼のように、拓は人に好かれやすいので、あのような感じのガラの悪い男とも 普通に仲良しだったりします。 |