ぬくもり テツは、お嬢こと、久美子が好きだ。大好きだ。 「テーツーーー?」 日曜日の午後。極道が家業のこの屋敷にも、穏やかな時はあるもので。 (ていうか、毎日といってもいいけれど) ぽかぽかとした暖かな日差しが当たる縁側で洗濯物をたたんでいたテツは、 ふと自分を呼ぶ声に手を止めて振り向いた。 「お嬢、どうしたんすか?」 振り向いた先にたっていたのは、久美子だった。 微かに声のトーンを上げて問いかけるテツの心臓は、名前を呼ばれた時点で もうドキドキバクバクしっ放し。 毎日一緒に生活していても、何年一緒に過ごしても、久美子に名前を呼ばれる 喜びはいつのときも変わらないもの。 自分のすぐそばにしゃがみ込んで、手元を覗き込んでくる仕草にも可愛いなんて 思いながら、思わず見とれてしまう。 けれど、それまで。いつも、それまで。 けして触れることはなかった。 「洗濯物?」 ぼーっとすぐそばの横顔を見つめていると久美子の声に、はっと我に返る。 「あ、へへいっ」 慌てて答えた声は見事に裏返っていて、恥ずかしさに額を押さえて俯いた。 (俺はいったい、いくつだよっ!!あ〜・・・情けねーぞ〜・・・) かぁ〜っと顔が赤くなるのを感じながら、思わず頭を抱えそうになる手を押さえる けれど、その代わりにでたのは小さな溜息。 すると、ほんの微かな溜息も見逃さなかった久美子は、心配そうな顔でテツの 顔を覗き込んだ。 「・・・テツー・・・どした?」 「えっ?!−−−−っ!?」 心配そうな声に思わず顔を上げると、さっきよりも近くにある久美子の顔に ハッと息を呑む。 「大丈夫か?お前、疲れてるんじゃないか?」 固まってしまったテツの様子にさらに心配げに首を傾げた久美子は、ふと 暖かな日差しとともに心地よい風が吹くのを感じて、なにを思ったのか テツの横に並ぶように正座をして、にっこりと微笑んだ。 −−−−−−ポンポン。 そう、小さな音を立てて久美子が叩いたのは、久美子の膝。 「あ、あの・・・お嬢・・・?」 突然の久美子の行動に固まっていたテツも困惑しながら問いかける。 「ほらっ!!疲れてんだろ?今日は快晴だからな〜、こんな日こそ縁側で のんびり過ごすのが気持ちいいってもんだっ!!」 −−−−−−ポンポン。 再度、膝を叩く音とにっこりとした笑顔は、そこへと誘っているような感じで・・・。 なんとなく。久美子の行動の意味がわからないわけではないけれど。 まさかそんなことないだろうと、心の中で苦笑いを浮かべた瞬間。 「なにやってんだよー。早く、頭乗っけるっ!!」 (あ、頭乗っけるって!!そ、それはっま、まずいっすよ!!お嬢っ!) 「おおおおおおじょうっ!!お、おれっべべつに疲れてませんっからっ」 久美子の言葉に意味を完璧に理解したテツの頭は、ショート寸前。 「ひひひひ・・・ざままま・・・く、くら・・・なななんてっっ・・・」 「なんだってーっ!!あたしの膝枕じゃ不満だっていいたいのかっ?!」 「ふ、不満なんてっ!!」 にっこりとした笑顔から途端に怒った声を上げる久美子に、思いっきり首と手を 横に振って誤解を解こうとすると、久美子はまたさっきのにっこりとした笑顔で 膝を叩いてテツをそこへと誘い込んだ。 「だったら、ほらっ!!」 「・・・・・・・・・・・・」 「テーツーー?」 にっこりと、どこか嬉しそうな久美子の可愛らしい姿にに敵うはずなく。 「・・・・・・・わ、わかりましたっ!!」 姿勢を正して大きく深呼吸をしたあと、意を決した。 「お、おお言葉に甘えて・・・甘えて・・・し、失礼しやすっ・・・」 庭のほうに顔を向けて、ジーパンを穿いた久美子の膝に緊張しまくり ながらゆっくりと頭を下ろしていく。 「そんな力んでどうすんだよ。もっとリラックスしなきゃ」 (そ、そんなこといわれてもですねーーーーっ!!) ジーパンの布地に触れるだけで、どうしようもなく緊張するのに、体重を かけるなんてとんでもないことだった。 そしてなにより、とっても大切なお嬢に膝枕してもらうなんて、 とんでもなく大それたことというか罰当たりというか・・・。 触れるか触れないかぐらいの感覚のままで、そこまで思いを巡らせた時、 テツはなにかに気がついて慌てて身体を起こした。 「・・・テツ・・・?」 (・・・お嬢・・・なんだ。俺たちの大事な・・・お嬢・・・) 体勢を正して、久美子のそばに正座したテツは俯いた。 俺とお嬢は、男と女だけど。普通なら、それが前に来るのだろうけど。 テツにとっては久美子はまだお嬢だし、自分は全然立派な男でもない。 まだ男と女には、なれない。 そう自分で思いながらも胸は苦しいけれど、それは自分で決めたこと。 大切な、大切なお嬢だから・・・。 「お嬢。やっぱお嬢にそんなことしていただくわけにはいきません」 「私は気にしないよ?お祖父ちゃんだっていけないなんていわないって」 それに四代目にはならないんだし・・・。 そういった久美子は、少し残念のような、寂しそうな顔をしていた。 その表情に胸が痛むけれど、でもできない。 寂しそうな久美子を元気づけるには・・・と、考えてみたテツはあることを思いついた。 「・・・あ、あの・・・お嬢・・・」 「・・・・・・ん?」 「・・・させてもらうのは無理ですが・・・するのは・・・」 「・・・いいの・・・?」 「もちろんですっ!!あっ、いや、お嬢が嫌でなかったらなんすけど」 なんていいながらも、心の中で期待していた。 久美子が自分の膝枕でいいと、いってくれるのを・・・。 そして久美子は、テツの期待通り・・・・・・。 「嫌なわけないだろー?それじゃあ、お言葉に甘えて・・・」 にっこりと、とても嬉しそうな笑顔でテツの膝の上に頭を乗せて横たわった。 久美子の頭が膝の上に乗る瞬間に感じたのは、重さではなく。 フワリとした・・・とても暖かなぬくもりだった。 優しく包むぬくもりと、柔らかな風を感じるテツの今の心は、 さっきのように乱れることはなかった。 「フフッ・・・気持ちいいな〜・・・」 「・・・・・・そおっすね」 おかしくなりそうなほど胸はドキドキと音をたてているけれど。 久美子を見る勇気がなくて、ずっと庭を見つめ続けていたけれど。 喜んでくれるなら、そのくらいの我慢なんてどうってことない。 (でもお嬢・・・いつか・・・いつかーーーーー) −−−−な風に・・・願っていてもいいですか・・・? 15分後ーーーーー 「・・・ツ・・・・・・テツ・・・・・?」 「・・・・・・お嬢・・・・?」 なにかとても心地いい気分の中、優しい声で自分を呼ぶ声が聞こえて、 ひどく重たい瞼を上げると、そこには膝の上から自分を見上げている お嬢がいた。 (・・・お嬢?・・・なんだ・・・夢・・・みてんのか・・・?) 「テツ、起こしてごめん。でも眠いなら、ちゃんと横にならないと ・・・このまんまだと、お前の足が疲れちゃうだろ?」 「・・・・・・・・・・・・・」 「だから、ほら・・・手」 (・・・手・・・?ああ・・・なんかすげーいい夢・・・俺、お嬢の腕 掴んじまってるぜ・・・それに・・・お嬢がこんなに近くに・・・) 「・・・離してくれない?」 (・・・なんでっすか・・・お嬢・・・夢の中くらい・・・俺・・・) 「・・・・・・・嫌、なんすか・・・?」 「え?嫌じゃないけど。でもな、この体勢はちょっと・・・ それにお前、重いだろ?」 (行けっ・・・夢んなかくらい・・・我慢すんなっ・・・) 「・・・お嬢・・・俺・・・・・・俺・・・」 「ん?」 ーーーーーーがばっ!!!! 「−−−−−−−な、なにっ?!」 「お嬢ーーっ!お、俺・・・お嬢のことっ」 「あ゛あ゛ぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!?!?」 「なんでーっみのるっ!!うるせー・・・・・てっ!! な、な、なにやってやがんだっ!!テツーーーーっ!!!!」 「夢ん中ぐらい邪魔しないでくだせーーーーっ!!俺はっ!!俺はっ!」 「このっ!!バカがーーっ!!なに寝ぼけてやがんだーーーっ!!!」 「寝ぼけてなんてっ!!・・・・・・・って・・・あ・・・・・?」 「兄貴・・・そうとう我慢してたんすね・・・」 「だからって寝ぼけて抱きつくやつがあるかっ!!」 数分後ーーーーー 「お嬢っ!!!!ほ、本当にっ、あ、あっしは、なんてことをっ!!!」 「テツーー。そんな気にすんなって!まあ、いきなり腕引っ張られたり、 抱きつかれたりしたときは何事かと思ったけどな!」 「なっ!!う、腕を引っ張ったんすかっ!?そ、そんなことまで・・・」 「覚えてないのか?お前すぐ眠っちゃったから、疲れてると思ってどこう としたらいきなり腕引っ張るから、膝の上に倒れこんじゃったんだよ」 「た、た、倒れ込んだっ?!」 「テツっ!おめーってやつはーーっっ!お嬢になんてことしてんだっ!」 「若松、そんなにテツを責めるなって!テツも疲れてたんだから。テツ お前もいつまでも土下座してないでちゃんと休まなきゃ駄目だぞ?」 「・・・お、お嬢・・・・・・」 「兄貴。お嬢のいうとおりちょっと疲れてんですよ。 あとのことは、任せて休んでいて下せーっ!!」 「ミノル。お前も無理はすんなよ?」 「へいっ!さっ、若松の兄貴、行きましょうっ!!」 「・・・お、おう・・・テツっ!!しっかりするんだぜっ!!」 「・・・す、すみませんでした・・・」 「それじゃ、私も行くから。・・・ゆっくり休むんだぞ?」 「あ、あの・・・・・・お嬢・・・」 「ん?」 「・・・あ、あのっすね・・・えと・・・ だ、だだきっ・・・だきしめたりしたのは・・・ですね」 「ああ、わかってるって!寝ぼけてたんだろ?」 「寝ぼけてたっていいますか・・・そ、そう夢っ!夢を見ましてっ!!」 「うん」 「ゆ、夢んなかで、すごく抱き心地のいい品物があるとかっていう夢で」 「へ〜いいな〜。私もちょっと抱き枕とか欲しかったりするんだよな〜」 「そ〜なんすよ〜〜っ!!いいっすよね〜〜・・・」 と、なんとかデタラメな話で誤魔化した俺だったが・・・。 それから一週間後・・・。 何を思ったのか、突然、俺の目の前にババンッと差し出されたのは、 「クマ」だった。 とっても巨大な・・・クマのぬいぐるみだった。 「あ、あの・・・お嬢・・・これは・・・」 「商店街の福引きであたったんだっ!! すっごい可愛くて、でっかいだろ〜っ!!」 「へ、へい・・・」 ぎゅ〜っと、どでかいぬいぐるみを抱きしめて嬉しそうに笑うお嬢の方が、何倍も可愛い。 クマも可愛いかもしれないけど、今の俺にはちょっと・・・ いや・・・かなり恨めしいっ!! 「手まわすのは大変だけど、フワフワで肌触りもいいしさーー」 「?」 「ほらーっ!お前もこの前抱き枕欲しいって言ってただろ?」 (え?いや・・・欲しいってわけじゃ・・・ないんすけど) 「丁度いいと思ってさー。居間に置いとくから」 「い、居間にですか・・・・・・?お嬢のお部屋に飾った方が・・・」 天下の大江戸一家の居間にぬいぐるみはまずい。 親っさんの硬派なイメージが・・・。 「部屋に置いといたら、お前が好きに使えないだろ?お前、私の部屋に 入るのいっつも申し訳なさそうにしてるし・・・」 「あ、あっしはいいですよっ!!そ、そんな・・・」 「気に入らないか・・・?」 「っ?!」 そんなシュンとした悲しそうな顔で首を傾げないで下さいっ。 「可愛いし抱き心地も最高なんだけどな・・・」 ああ・・・もう・・・落ち込まないでくださいっ。 そんな顔されたら強く出れないじゃないっすかっ。 「お前疲れてるみたいだし、なんか安らぐモノがあればって 思ったんだけど・・・」 「お、お嬢・・・」 一週間も前のことなのにそんなに気にしていて下さってたんですか。 「おっお嬢っ!!すいやせんっ!!ちょ、ちょっと恥ずかしくて」 「?」 「かっこつけちまいやしたっ!!じ、実は・・・ 本当はすっごくっ、欲しいな〜って思ってたんすよっ!!」 「そうなのか?もう、なんだよ〜。 変なとこでかっこなんかつけんなよ〜。」 「・・・へ、へい。」 「でも良かったっ!!おじいちゃんには、ちゃんと居間においてもいい 了解はもらってあるし、2人で使おうなっ!!」 (・・・つ、使うのは、遠慮します・・・。なんて言えないよな・・・) 「ほらっ!!お前も抱っこしてみろっ!!フカフカだぞ〜っ!!」 「・・・へ、へい・・・」 バフッと腕に乗せられたクマの顔と嬉しそうなお嬢の顔を交互に見やりながら、 結局やはりお嬢の笑顔には敵わない・・・なんて思いながら、 おずおずとぬいぐるみを抱きしめた。 そして、敵わなくてよかったと思った。 フカフカのぬいぐるみに残るほんわかとしたぬくもりと優しい香り、 そしてすぐそばにお嬢の笑顔があったから・・・。 あとがき 初のテツクミです。 テツの口調が全然統一されてませんし、いい加減ですみませんです。 私は、ドラマの「八百屋のみっちゃんっ!そうだろっ!」 「・・・それは・・・・・・いえませんっ・・・」 なところのテツが可愛くて大好きなので、テツクミもかなり萌えるのですが やはりマイナーですね・・・。 |