「・・・来ちゃったよ・・・」


放課後。久美子は3Dの教室へと向かいながら、深い溜息をついた。


だいたいどうして・・・・・・。


「・・・って、グチグチいっててもはじまらねーだろっ!もうズバッとビシッと行くしかないのよっ久美子っ!!
 ファイトーーオーォー・・・・・・・」


と気合いいれたけれど、教室のドアに手をかけるとやっぱり溜息がでる。


「・・・はぁ・・・やっぱ気が重い・・・・・・。」


このドアを開けたら、もうすでに誰もいないことを願うしかないのか・・・。


と、ほんの少しの期待も虚しく。




−−−−−ガラ・・・




「お前、教室の中まで聞こえてたぞ」


後ろの席で頬杖をついて呆れた表情を浮かべてる隼人の姿があった。


(・・・やっぱりいたのね・・・)


背を向けて、ゆっくりと開けたドアを閉めながら、久美子はちょっぴり涙ぐんだ。


でももうやるしかないんだと自分に強く言い聞かせながら振り向く。


そして、ふと気がついた。


「あれ・・・?お前一人か?」


いつもなら5人で残ってるのに、他の生徒の姿はなかった。


「あ?・・・ああ。」


「そうか・・・」


久美子は思わずホッとした。


竜たちがいたら、彼らの前で隼人を誘い出さねばならなかったから。


そして、その安堵した様子に隼人の口元に意味深な笑みが浮かんだ。


「へえ・・・」


「・・・な、なんだよっ・・・」


「そんなに俺と二人っきりになりたかったんだ?」


「なっ!?」


ニヤリと、意地悪げに笑みを浮かべて言った言葉に、久美子の顔は一瞬にして真っ赤に染まった。


「そ、そそそんなわけないだろっ!バカなこといってんなっ!」


まったくっ。やっぱこいつは厄介だっ!人の気もしらねーでっ!


真っ赤な顔でむすっとそっぽをむいた久美子に、隼人の手が伸びそうになる。


けれど彼はその手を触れる手前で押しとどめた。


「あっそー。じゃ、俺は帰るわ。」


バイバイ。と、いつもの挨拶をしながらスッと横を通り過ぎる隼人に、久美子は慌てた。


「えっ?!ちょっ・・・ちょっとまってっ!」


咄嗟に彼の裾をハシッと掴む。


掴んだあと、ハッと見上げた先にあった隼人の笑みに、久美子の顔はまた真っ赤に染まるのだった。











(やばい・・・やばい・・・っていうか・・・・・ど、どうしよっ・・・!?)


1秒・・・。一歩・・・・・・・。


少しずつ通り道でもある公園に近づくにつれて、久美子は困っていた。


なんとなく離していない服の袖を掴む手に力がこもる。


近づくたびに。ドキドキと、心臓が音をたてはじめて。


やばいとか、まずいとか、そういう問題じゃなくて。


ズバッとかビシッとか決められることじゃないことに、気がついた。


(ど、どどどうしよっ・・・なんかすごい恥ずかしいよっ・・・うぅっ・・・)


そう。とっても恥ずかしくなってきていたのだ。


今更ながらに、手紙の内容の恥ずかしさを知った久美子だった。





そして隼人はというと・・・。


(やべーよっ可愛いっ!たまんなく可愛いっ!どうするよッ俺ッ!?)


理性限界ギリギリで耐えていた。


真っ赤な顔で、キュッと服の袖掴まれて。


もう教室でのことからやられっぱなし。可愛い、可愛いしか頭に無い。


いつもならば速攻で抱きしめるところを必死で耐えていた。


このあとに訪れるであろう、最高の出来事のために。











「・・・あ、あ、あのっ・・・・・・・やぶきっ・・・・・・」


「・・・・・・あ?」


「ちょちょちょっと・・・公園に・・・よよよってかないかっ・・・?」


(うぅ・・・ついに来ちゃったよっ・・・!)


「・・・そうだな」


(よっしゃあっ!ついに来たなっ!!)











人気のない公園のベンチの前。


真っ赤な顔で俯く女と、押さえきれない至福・・・というかだらしない笑みを浮かべた男。


向かい合わせに立ち。


男の服の袖を掴んでいた手をクイッと引っ張って、キュッとほんの少し力を込めて女が口を開いた。


「さ、さささいしょにいっとくけどなっ!けっ、けっしてごごごかいするんじゃないぞっ!!」


意を決した?久美子が、真っ赤な顔で隼人を見上げる。


「こここれにはっ!やっ、やもーえない、ふふふかーい事情があるんだっ!わ、わわわかったなっ!!」


キッと睨みつけてくる視線に、隼人はゆっくりと頷いた。





ゴクリ・・・と、お互いに息を呑み込む。





ドクンドクンと、心臓の音が鳴り響く中で。





久美子のもう片方の手が、隼人の制服を掴み。





そして・・・・・・。





彼の胸へと・・・・・。





「す、すすすすっ・・・・・」





飛び込んだ。








(くぅ〜っ!あ〜もう最高じゃねー俺ッ!?)


あまりの可愛い行動に、感激のあまり思いっきり抱きしめたい衝動に駆られながらも隼人は必死で押さえた。


まだ大切なことが残ってるのだから。


・・・・・・・が。





「す、すすすっすす・・・・・・だぁっ!?こんなこと恥ずかしすぎていえるわけねーーっ!?」


これ以上ないくらい真っ赤な顔で、隼人から素早く離れた久美子は恥ずかしそうに顔を隠して
うずくまってしまった。


「んなっ!?なんだよっそれっ!!てめーっふざけんなよっ!!」


そんな久美子に、今まで耐えてきた隼人は我慢できずに。


「抱きついて、好き!大好きっ!ていうんだろーがっ!?」


思わず・・・言ってしまったようだ。


「・・・あ゛っ!?・・・やべ・・・」


隼人の言葉に、久美子は隠していた顔を上げて。


信じられないというように大きく目を見開いて彼を見上げること、数秒・・・。


「・・・な、なんで・・・お前がそれをっ・・・・」


「い、いや〜・・・なんでかな・・・?」


ハハッと乾いた笑みを浮かべて誤魔化すけれど、もう遅い。


「おまえがっ・・・拾ってやがッたんだなっ・・・?必死で探してる私に内緒で・・・」


ゆっくりと立ちあがった久美子の身体は、わなわなと震え・・・。


「も・・・もう・・・ゆるさねー・・・・・ひ、ひとのこと・・・散々おもちゃにしやがってっ」


震える声は次第に大きくなっていき、そして・・・。


「矢吹っ!おまえっ!今から私に抱きつくの禁止っ!触るの禁止っ!キスも禁止っ!!」


ギッと睨みつけた久美子の顔は、恥ずかしさと怒りで涙さえ浮かんでいた。


「−−−−−!?」


隼人にガーンッと、衝撃が走る。


「こんっりんっざいっ!!ぜーったいにっ!!禁止っ!!」


・・・・・・・・・が。


「・・・クッ・・・ククッ・・・・・」


隼人の久美子に対する恋の欲求は・・・ぶち切れた久美子以上に強力だったらしい。


「てめーふざけんなよっ?人がどれだけ我慢してると思ってんだっ?!あ゛ぁ゛っ?!」


「なっなにが我慢だっ!!いっつも好き勝手してんじゃねーかっ!!」


「抱きしめてキスしかしてねーじゃねーかっ!!おまけに場所もえらばねーとだしっ?!」


「あっあったりまえだろっ!!だだだいたい、キっ、キス以上になにしようってんだっ!?」


「んなの決まってんだろっ!?馬鹿かお前っ!天然もいいかげんにしねーとまじでやっちまうぞっ!!」


「−−−−−−−ッッッ!?!?!?」


突然の危ない発言に。


かぁぁぁぁ〜〜〜っと、ものすごいスピードで久美子の顔というか全身が真っ赤に染まった。


「ななななななっ・・・・・・・・!?!?」


あまりの言葉に久美子の思考がショートしかかった、その時。



「−−−−−あの・・・・・・」


「すみません・・・」


場違いな可愛らしい声が届いた。



「あ゛ぁ゛っ?!なんだよっ!?」


「−−−−−あ゛ぁぁぁーーーーっ!?」


ぶち切れたままに隼人が怒鳴り、パニクっていた久美子は視界に飛び込んできた姿に叫んだ。





そこにいたのは。


そもそものはじまりでもある、一人は手にティッシュ箱を持った。


あのときの女子高生2人組であった。

















「それじゃっ!しっかりと説明してもらいましょうかっ!?」


久美子はベンチに二人を座らせて、その前に仁王立ちした。


さんざん恥ずかしい思いをさせ、悩ませ、いったいどういうつもりだ!


と、怒りの矛先を隼人から少女二人にうつした・・・


というか、ただ隼人の話から逸らしたかっただけだったりするのだけど。


だから。


「おまえっ離れろっ!?」


「駄目だ。無理」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


背後からのしかかるように引っ付いている隼人を無理やり離せずにいた。


離れる気がまったくない態度に、久美子は深い溜息をついた後、気を取り直して
ベンチにちょこんと座る少女たちに目を向けた。


「それで。いったいどういうことなんだ?」


久美子の気迫にも大して動じずに、少女二人はなにが嬉しいのか、にこりと微笑みながら話始めた。


「私達、お似合いカップルウォッチングが趣味なんですっ!」


「・・・・・・は?・・・いや、あの・・・私達・・・お見合いじゃないんですけど・・・。
 てゆーかカップルでもないような・・・?」


「・・・お見合いだったらこんなに苦労してねーよ・・・」


「違いますっ!!」


「お見合いじゃなくてっ!」


「「お似合いカップルですっ!!」」


「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・?」」


ズイッと声をそろえて言った二人の迫力に少し押され、久美子と隼人はそろって声を返した。


すると少女達は、両手を胸の前で握るとなぜか目をキラキラさせながら話を続けた。


「あれは一ヶ月前のことですっ。学校の帰り道で、とってもお似合いのお二人を見つけたんですっ!」


「・・・・・・・・はぁ・・・あの・・・それが矢吹と私だったと?」


「いいえっ・・・。矢吹君じゃありません。小田切君のほうですっ」


その言葉に、隼人の片眉がピクリと上がった。


「まあ、あいつとも何度か帰ったことあるしな」


久美子の言葉に、眉に皺が寄る。


「その次の日は、土屋君でしたっ。それで私っ!気がついたんですっ!!」


ますます皺が寄る。


けれど久美子は気づかずに、ポヤンっとしたまま間の抜けた声を上げるばかり。


「は?なにを?」


「山口先生こそっ!!私達の捜し求めていた最高の人だとっ!!!」


「・・・・・・・・はい?」


「矢吹君を含め、小田切君や土屋君に山口先生が加わることでっ!」


「すっごく素敵なカップルに見えるんですっ!!暖かいっていうか、優しいっていうかっ!!」


「とにかく山口先生とツーショットだと、皆さんとっても素敵なんですっ!!!」


「誰とでもベストカップルになれてっ!おまけに雰囲気も抜群でっ!そんな人今までいませんでしたっ!!」


「・・・いや・・・ベストカップルっていうのは・・・普通、相手は一人だけなんじゃ・・・?」


「だから私達っ!!どうしても素敵な場面を見たくて・・・」


「・・・ああ・・・。そ、それで・・・クジを引かせて、あんなことを・・・」


「無理なお願いをしてすみません。」


「ごめんなさい・・・。でも・・・ありがとうございました。」


スクッと立って、深く頭を下げる二人の姿に久美子は呆れた溜息をつきながらも、手を振った。


「いいえっ・・・・・。あの・・・そういえば、なんでティッシュ箱?」


「あ、これは・・・。・・・私達、写真部なんですけど・・・」


「あなた達のくだらない趣味に部費なんて出せるわけないでしょっ!って、部長にいわれてしまったので。
 二人で手作りしたんです」


「・・・そ、そう・・・・。・・・・・・そりゃそうだな・・・・・・」


「あのっ」


「えっ?!」


「これ、よかったら記念にもらってくださいっ!!」


と、一人が持っていたクジの入ったティッシュ箱を久美子に渡した。


(・・・記念っていわれても・・・・・・)


どうすんだ・・・って思っていると、今度はもう一人の少女がカメラを手に持って言った。


「あの、一枚撮らせてくださいねっ!?」


「は?」


−−−−−カシャッ!


久美子が呆けている間に勝手に写真を撮った二人の少女は、そのままにっこりとした可愛い笑顔で
「写真できたらお渡ししますね〜っ!」と手を振りながら去っていった。








あとに残された久美子は、なんだったんだ・・・・・


と、とても疲れた気がして大きく溜息をついたのだが、さっきから無言の隼人に気がついて
背中に引っ付いている隼人の顔を見ようと横を向いて彼の顔を見たのだが。


「え゛?」


見えた隼人の表情が、なんかとても恐ろしいような気がして・・・。


久美子は慌てて顔を戻した。





その瞬間。





−−−−−ズボッ!


「っ?!」


ものすごい速さと威力で隼人の手が、久美子の手のひらに乗っていたティッシュ箱へと突っ込んだ。


「ずいぶん仲がいいんだなぁ・・・お前ら・・・」


なんとなく・・・・・いや〜な予感がする・・・。


−−−−−ズボッ!


ティッシュ箱から出てきた隼人の手には、数枚の紙が握られており。


隼人は久美子を間に挟んだまま、もう一方の手でその紙を一枚ずつ広げた。


「・・・土屋光君の首に腕を絡めてください・・・?」


「・・・・・・・・あの・・・」


「・・・日向浩介君と手を繋いで帰ってください・・・武田啓太君の頬にキスをしてください・・・」


「・・・・・・や・・・やぶき?」


「小田切竜君の背後から抱きついて、「竜」って呼んでくだ・・・・・パイ・・・・・・・ねぇ・・・」


「・・・・・・・お、おちつけ・・・?」


「ずいぶん楽しそうじゃねーの・・・・・・山口先生?」


ギュウッと抱きしめる腕がだんだんと強くなっていき・・・。


「ち、ちち違うぞっやぶきっ!こここれはあの子達が勝手にだなっ!!」


「でもお前、こいつらんの引いてたら、やっただろ。」


「ま、まあ・・・約束したからな・・・。・・・あっ!でもっほらっちゃんとお前のを引いたんだしっ!!
 5分の1の確立でお前の引いたんだからっ!!なっ!!」


「そこは許してやってもいいけど・・・?でもさ・・・お前、やってねーじゃん?俺の」


「うっ!・・・そ、それはっ・・・・・・」


「やってくれんなら・・・全部許してやってもいいけど?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


(うぅっ・・・結局やるのかっ・・・)











「や、やぶきっ・・・・・・」


「いつでもどうぞ?」


(にこりと笑った笑顔が恐いぞ・・・)


ドキドキドキ・・・・・・。


−−−−−ぎゅうっ・・・。


「・・・す、好きっ・・・・・だいっ・・・大、好きっ・・・!」











「−−−−最高っ!すげーサイコーっ!!お前っ可愛すぎっ!!!」


−−−−−ぎゅうううううっ!


「そ、そそうかっ・・・・・・って、ん゛っ?!ん゛ん゛〜〜〜っ!?」


こうして、突然のティッシュ箱が招いた出来事は無事(?)終わりを迎えた。





そしてそのティッシュ箱は、隼人の怒りに触れ・・・。


跡形もなく、燃やされたらしい。








後日。


少女達からもらった写真には最後にとっていったのに加え、公園でのことや公園に着くまでの姿、おまけにちゃっかり
帰るふりをして、その後のことまでもが隠し撮りされており、久美子はあまりの恥ずかしさに真っ赤な顔で涙ぐんでいた。


「や、やぶきっ!!お前っなにやってんだっ!!」


「なにって?財布に写真いれてんだけど?ほかに入れるとこねーし」


「ば、ばかっ!恥ずかしい写真入れんなッ!だいたい誰かに見られたら一大事なんだぞっ!!
 絶対に持ち運びは禁止っ!いいなっ!!」


「・・・・・・・・ちっ」


「・・・・・・はぁ・・・まったくっ・・・。・・・ん?」


不満げで、残念そうな顔をする隼人に溜息をついた久美子は、ふと一枚の写真に手を伸ばした。





そして・・・・・。





「・・・どうしたもんかね・・・・・・」


ポツリと呟いて、久美子はそっと微笑んだ。





諦めたような、戸惑うような・・・だけど嬉しそうな・・・。


そんな、曖昧だけど。でもどこか幸せそうな、笑顔で。











写真の中。


いつかの帰り道。


手を繋いで、楽しそうな、幸せそうな笑顔の・・・隼人と久美子の、姿があった。














あとがき


お待たせしました。これで完結です。なんか最後まで曖昧な二人の関係でしたが、
なんか一番のイチャツキバカップルでしたね・・・。

てか隼人が壊れ気味・・・。ヘタレなのか強引なのか、よくわかんない。

そして久美子が今までと違って、ちょっと年上風味が出てます。

そして散々伸ばしていた手紙の内容があんなんで、女子高生の目的もあんなんで・・・

残念に思われた方もいるかもで申し訳ないです・・・。ごめんなさい。