かるく触れるだけのキスをして、竜は肩に触れていた手を離した。


真っ赤な顔で固まってる久美子に小さく微笑んで、その頬をそっと撫でる。


「もうすぐ授業だぞ?」


「・・・え・・・?・・・・・・あっ!?」


竜の言葉に久美子はハッと我に返ると、バッと立ち上がった。


「や、やばいっ!!お前、次はちゃんと出るんだぞっ!!」


一声かけた後、慌てて駆け出す。


キスのことなど一瞬で忘れてる久美子に、竜は苦笑いを浮かべて彼女の背中を見送った。


すると、その背中がピタリと止まった。


背中を向けたまま数秒が過ぎる。


「・・・・・・?」


不思議に思って一歩踏み出そうとしたら、久美子が振り向いた。


振り向いたといっても、俯いていて、その顔は見れない。


また数秒が経ち・・・。


久美子が俯いたまま、ズンズンとした足どりで竜の元へと戻ってきた。





「・・・今日・・・・・・・」


クイッと袖を掴まれて、微かな声が竜の耳に届いた。


「・・・・・・・・・かえっ・・・・・・かえ・・・る・・・・・・?」


「かえる?」


なんのことだ・・・?


言葉の意味がさっぱりわからない竜は、訝しげに俯いた顔を覗き込もうとしたのだが、
それより早く久美子がガバッと顔を上げた。


うぅ・・・と、顔を歪めて。真っ赤な顔で竜を見上げる。


そして・・・。


「ほっほほ放課後待ってろっ!いいから待ってろっ!!とにかく待ってろっ!!!」


早口でそう叫ぶと、一目散に走り去っていった。








後に残された竜はというと。


しばし訳がわからず、立ち尽くし。


久美子の言葉と行動を思い返した途端、ドキドキと鼓動が鳴り出した。


「・・・可愛すぎ・・・・・」


ボソッと呟いて。


身体に湧き上がる熱を吐き出すように、はぁーーっと深い溜息をついてベンチに座り込んだ。





強くて、真っ直ぐな心。


優しくて、暖かくて・・・なによりも綺麗だと感じてしまう笑顔。


惹かれたものは沢山ある。


だけど・・・この頃、物凄くたまらない。


可愛すぎて・・・たまらない。


なんだよ、あの可愛さは。


優しくて、暖かくて、綺麗で・・・。


むかつくくらい鈍感で。


でも可愛くて・・・。


可愛くて。





いつまで我慢できんのかと。


ちょっと不安な、今日この頃。

















放課後。


竜と久美子は帰り道を二人、並んで歩いていた。


赤い顔で俯きながら、久美子は必死で考える。


(・・・ここはちゃんと訳をいってっ・・・で、でもっ・・・・・)


それでどうなるって感じもするし。あの子達にもそれじゃ約束が違うとか言われたりするかも。


(・・・や、やっぱもう何も言わずに突進して、ズバッと言っちゃうしかないのか・・・?)


チラッと顔を上げれば、公園まではあと少し。


久美子は決意を決めるしかなかった。


隣を歩いてる竜の腕に、そっと手をかける。


「お、おだぎり・・・公園を通って行こう・・・?」


(も・・・もうやるしかねーんだっ・・・)


「・・・べつにいいけど・・・?」


(だから可愛すぎなんだよ・・・ぜってーやべー・・・)





恥ずかしくてたまらない久美子と、理性限界点の竜は。


こうして今・・・公園へと歩き出した。








やるしかない。やるぞっ!


っと、決意した久美子だったのだが。


少し困ったことになっていた。


(・・・ま、まずいぞっ・・・もう公園に入ってるのにっ・・・)


後ろから突進しなければならないのに・・・。


久美子は未だに竜の隣を歩いていた。


というか、竜が先を歩いてくれないのだ。


久美子が歩調を遅くすれば、竜も同じように速度を落として。


立ち止まれば、数歩も歩かないうちに心配げに振り向かれて。


(・・・・・・困った・・・・・・・)


でも、ふと思う。


隣を歩く竜をチラリと見上げて・・・ドキドキした。


素っ気無くて、こっちなんか全然気にしてないと思っていたのに。


少しの歩調の変化も気がつくほど・・・自分を気にかけていたのだ。


いつも・・・・・・・。


なのに自分は、そんな彼の気持ちもまったく気づかずに簡単に忘れたりして。


ズキッと胸が痛んだ。


なんか凄く泣きたい気分になって、久美子は足を止めた。


一歩・・・二歩・・・歩きかけて、竜も立ち止まって振りかえる。


「・・・さっきからなにやってんだ・・・・・・?・・・おいっ・・・?」


俯いたままの久美子は、近づいてきた竜の腕を押して、背中を向かせた。


「・・・ちょっと・・・先・・・歩け・・・・・・・」


「・・・・?」


突然の行動に驚きつつも、竜は言われた通り、先を歩いた。





一歩・・・二歩・・・。





訳もわからず、久美子に背を向けながら歩く。





六歩・・・七歩・・・・・・・。





離れていく背中に、ドキドキしながら・・・。


泣きそうな気持ちのまま・・・。





九歩・・・・十歩・・・・・・・。








久美子は・・・駆け出した。


竜の元へと。











「なんだ・・・・・・・っ?!」


いい加減、我慢が出来ずに振り向きかけたその時。





背中に・・・トンっ・・・と、暖かなぬくもりが触れた。





腕を回されて・・・・・・。





ギュッ・・・っと背中から抱きしめられて・・・。





「・・・・・・りゅ・・・・・・う・・・・・・・・・」





微かに。ほんの微かに聞こえた声が・・・。





たまらなく。どうしようもなく。





鼓動を動かした・・・・・・。











なんだって。


こいつはっ・・・こんなにっ可愛すぎなんだ・・・っ!!











「・・・あのっ・・・・・・・・・・っ?!」


戸惑った声を上げて、離れようとした久美子の身体を、竜は抱きしめるとそのまま唇を奪った。


「・・・んっ!?・・・っ・・・んん・・・はぁ・・・っ・・・」


抵抗する久美子は、微かに唇が離れた瞬間、慌てて竜の腕から逃れて、後ろに下がる。


けれど後ろには、ちょうどベンチがあって。


「・・・っ・・・うわ・・・・・っ・・・」


久美子は足をベンチにぶつけ、背中から倒れこんだ。


深く座りこんだ形になってしまい、慌てて立ちあがろうとするも、竜がそれを許さない。


「おっ・・・おだぎり・・・・・・・・?」


ベンチの背凭れに両手をついて、竜は久美子に覆い被さる。


見つめてくる視線に、久美子は戸惑った。


「・・・あ、あのっ・・・・・」


「・・・お前・・・可愛すぎなんだよ・・・」


「・・・え?・・・ちょっ・・・ちょっとまっ・・・お、おだぎりっ・・・ご、誤解すんなっ?」


またキスをしようとする竜の口元を、久美子は慌てて押し返した。


(・・・こっこれはっ・・・ももものすごくっピンチってやつじゃないのかっ?!)


「さっ、さっきんのはっ・・・そのっ・・・いろいろ訳があってだなっそのっ」


必死で押し返してもパニクってる久美子の力ではとてもかなわず、容赦なく竜は顔を近づける。


「・・・べつにそんなのどうでもいい・・・」


「どっどうでもよくないだろっ・・・あ、あれはっ・・・・・・」


「なんか事情があるのなんてわかってるし、べつに勘違いしてるわけじゃねーよ」


「だっだったらっ・・・なっなんで・・・いきなりっこ、こんな展開にっ・・・?」


「・・・だから可愛すぎだっていってんだろ・・・?」


「はぁ?」


「もう・・・限界・・・・・・」


「ちょっ・・・・・・んぅっ!?」


我慢できない竜は、久美子の手を片手で拘束すると、無理やり唇を重ねた。


久美子の身体をベンチに押さえつけて、深くくちづける。


いつも軽く触れるだけだったキスが、深く、深くなっていった。








「・・・っ・・・はぁっ・・・・・・」


何度もされ、ようやく解放されたときには、すっかり息も上がっていた。


ぐったりした久美子を抱きしめながら、竜はその耳元で囁く。


「・・・これでも我慢してんだ・・・。あんまり・・・可愛いことするなよな・・・」


腕の中で・・・久美子はビクリと身を震わせながらも、心に誓った。





絶対にしないと。


けれど久美子の可愛い言動は、ほとんど彼女が無自覚にやっていることばかりで


それはたぶん無理だろう。





だけどこの日から。


久美子が竜の気持ちをうっかり忘れることは、少なくなったらしい。














後日。


久美子は、あの時の少女二人に可愛いピンクの封筒を渡されていた。


「山口先生っ!私達はずっと味方ですからっ!!!」


「・・・・・は?」


「その想いを貫いてくださいねっ!!障害があろうとっ!禁断であろうとっ!!」


「・・・なんの話を・・・?」


「「私達はっ応援していますっ!!!」」


そういって・・・可愛い少女二人は去っていった。





「・・・な、なんだったんだ・・・?」


さっぱりわからない久美子は首を傾げながら、渡された封筒をあけてみた。





そして中に入っていたものに・・・。


恥ずかしさのあまり・・・。久美子は、固まったまま・・・気を失った。








あとがき


完結です。な、なんて言ったらいいのやら・・・。行き着く場所は、結局同じでした・・・。

似たような話しか書けなくて、すみませんですっ!!

とにかく久美子が好きで可愛くてしかたない竜と

鈍感で、でもちょっと恋に近づいた久美子ってな感じです。


少女の目的などについては、隼クミの3をごらんください。

「突然〜」のその他番外は、お題・SS部屋にて公開しております。