夢のキス





「ぐわぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」


空には青空が広がり。さわやかな朝の日差しが差し込むアパートのある部屋で、突如叫び声が響き渡った。


叫び声の主は白金学院の三年D組の生徒、内山晴彦である。


「−−−−・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・な、なんだ・・・今の・・・」


叫び声と共に布団から一気に飛び起きた内山は、さっきまでの出来事に・・・いや、さっきまで見ていた夢に
信じられない衝撃を受けていた。


「・・・・・・じょ・・・冗談だろ・・・・・・なんつー夢だ・・・」


たかが夢だというのに、内山は、頭を抱えた。


たかが夢。けれど、たとえ夢であろうとありえるはずのない出来事が夢の中で起こってしまった。





夏なのにどこか涼しげで、ぽかぽかした日差しの中・・・


なぜか自分は、学校の近くの土手にいて、気持ちのいい風に吹かれていた。


そして、そのとなりには、なぜか担任教師、ヤンクミが、



草の上に寝転がって・・・・・・・・・。



そして・・・・・・



なぜか自分は・・・眠る担任教師に・・・・・・・・・



キスを・・・していた・・・・。





「・・・・・・・・・もしかして俺って、欲求不満・・・?・・・だからって・・・なんでヤンクミなわけ?」


担任教師で。しかも、いつもジャージばっかの女らしさも色気もない女。


喧嘩強くて、実は任侠集団大江戸一家なんていうとこの孫娘で?


そりゃ、面白いやつだとは思うさ。


俺らのこともちゃんと真っ直ぐ見てくれて。


ほんとに変な奴だけど一緒にいるとすげー楽しいし、逢えてよかったって思う・・・。


けどそれはあくまで先生としてだろ・・・?


真っ直ぐで、暖かくて、優しくて、かなりドジで・・・


・・・好きだと思う・・・。


でもそれは、担任として・・・人間として・・・


けして女として、恋愛としての好きとは、違う。


ヤンクミを・・・女として、見たことなんて、一度もない・・・。


なのに・・・キス・・・なんて、ありえないだろ・・・?


それなのに・・・夢の中の俺は・・・



まるで吸い込まれるように、キスをしていた・・・。



とても自然に・・・確かな熱をもって・・・


気持ちのままに・・・・・・?






そういえば、ヤンクミは、どんな寝顔をしてたんだっけ・・・?



見ていたはずなのに、キスをした・・・ということばかりで


なぜかあいつのあの時の顔が浮かんでこない・・・思い出せない・・・。



あの時、俺が吸い込まれていった寝顔は・・・



キスをした寝顔は・・・どんなだったんだろう・・・。















「グッモーニーーンっっ!!」


「はよーーーっ!!」


3Dの教室に、次々と朝から軽快な挨拶が飛び交う。


「・・・・・・はよ」



クラスメイトの挨拶に、短い挨拶で答える遅刻常習犯の沢田慎の朝からの登校もすっかり馴染みとなった。


その中で一人、内山は、教室に入ると、すぐさま机に突っ伏した。



もう夢のことが頭から離れなくて休んでしまおうと思ったのに、ぼんやりと考え続けながらも
ふと我に返るとちゃくちゃくと制服に着替えて、学校に行く準備をしていた自分に可笑しな苦笑いを浮かべて家を出た。

けれど学校の門をくぐり始めた頃、また意地悪なことに今朝の夢が頭を過ぎってしまったのだ。



一度思い浮かべると、ぐるんぐるんと渦を巻いて頭の中を動き回る。


回り続ける中でも、けしてあの時の顔だけは、映してはくれない・・・・・・。


いつのまにかキスをした夢よりも、なぜか思い出せないでいるヤンクミの寝顔ばかりに意識がいっていた。


思い出したいような・・・でも思い出してはいけないような・・・。





「うっちー?・・・おーーーい、うっちーーー?」


机に突っ伏したままの内山にまわりもどうしたのかと様子を窺うような声がかかる。


「・・・・・・うっちー・・・?」


教室に入ってから内山の様子を気にしながらも椅子に座っていた慎も騒ぎ出した他の連中に
小さなため息をついて静かに声をかける。



そんな中でも一向に顔を上げない内山に、一部の生徒たちは首を傾げながらもそれぞれの席につき始める。


残ったのはいつものメンバーの慎、南、クマ、野田だけになり、彼らの顔には心配げな色が浮かび始めていた。



どうしたんだよ、と気分が悪いのかと肩を叩き訊ねようとした瞬間、突然内山が頭を抱えるようにして
がばっと立ち上がると、苛立たしそうな叫び声をあげた。


「・・・・・・・・・あ゛ぁぁぁ〜〜・・・思い出せねーーーっっ!!」




ーーーーーーードンっ!!



「ーーーぎゃっ・・・・・・!!」


「ーーーうわっ・・・・・・!!」


「な、なんだっっ!!どうしたよ、うっちー!!」


あまりに突然の行動と怒気を含んだ大声に近くにいたクマや南、野田がびっくりとして一歩後ずさった。
そしてクマは背中に何かがあたったような気がしたクマは、そのバウンドで手にもっていたアンパンを落としてしまった。

「ーーーあ゛ぁぁぁぁぁーーー、俺のアンパンがあぁぁぁぁぁ〜〜〜」


床に落ちてしまったアンパンを凝視しながら悲痛な叫びを上げて、落としてしまった原因を睨み付けた。


「どうしてくれんだよっ!!俺のアンパンっ!!返せっ・・・・・・・て、ヤンクミっ?!?!」


なにに当たったかもわかっていないのに訴える言葉がでるあたり、さすが食い物にものすごい執着を
みせているだけのことはある。

しかしその存在を見ると、さらなる驚きの声が上がった。



そしてクマの言葉に他の生徒達の視線が一斉に一点に集まる。


ヤンクミであった。


「ーーーい・・・っててて・・・・わるい・・・クマ・・・・」


みんなの視線を一気に浴びるヤンクミはしりもちをついたまま、腰のあたりをさすって痛みに顔を歪めていた。


「ヤンクミっ!!」


「お前、いつからいんだよっっ!!いきなり出てくんなっていってんだろっ!!」


「ご、ごめん・・・でもお前らもいきなり下がってくんなよっ!!・・・もう、びっくりしたじゃねーかっ!!」


いつもと少し違う教室の様子に静かに入りひょっこりと現れて脅かしてやろとしていたため、野田の言葉に
後ろめたさを感じながらも、腰をさすりながら起き上がったヤンクミはあせったようにもっともな理由を叫んだ。



その慌てた声質に、返ってびっくりさせてやる気でした・・・というのがまるわかりで
みんなあきれた表情を浮かべた。


慎もさっきまではクマとは内山を挟んで反対のほうにいたのだが、いつの間にかヤンクミの傍にいて
しりもちをついた時に落とした出席簿を拾ってヤンクミに手渡しながら、呆れたため息と共に一言呟いた。


「・・・・・・・馬鹿」


「お、ありがとう・・・・ってバカってなんだっ!!」


「・・・・・・言葉どうりの意味・・・馬鹿もわかんねーの・・・?」


「−−−−んなっ!!そういうこといってんじゃねー!!」


慎の言葉にヤンクミがくってかかり・・・いつもの言いあいが始まると、
南や野田たちはさらに呆れたような溜息をついた。




そんなため息と苦笑いが教室内を包む中、内山は立ち尽くしたまま二人の姿をじっと見つめていた。



ヤンクミの姿を視界にとらえ、声を耳にした瞬間。


ぐるぐると回り続けていたシーンが一斉に止まり頭の中を埋め尽くした。



ドクンっ・・・・と胸が強く打つのを感じながら、ヤンクミから目を逸らせなかった。



けれどヤンクミの傍に慎の姿が現れたとたん、鳴り続けた音が止まり、頭をいっぱいにしていた
夢の中の出来事が手の届かないところへ遠ざかっていくような気がした。

そしてそれが酷く苦しくせつないことだと感じた。





今まで気にもしていなかったこと。





本当はずっと気にしていたこと?





目に映らなかったこと。





本当は片隅でずっと捕らえていたこと?





初めての感情が





隠し続けていた感情が





夢の中で動き出したことで、すべてのものが引っ張り出されていく。





渡したくない。





あの夢を手の届かないところへ行かせたくない。





手の届く場所に・・・





いつでも近くに、そばにあってほしいから





だから











あきらめたくない。











次々と頭に、心に浮かぶ言葉に。気持ちに。内山は呆然とそれを受け止めていた。



そしてじっと黙って立ち尽くす内山に気がつき、ヤンクミが心配げに内山のそばによっていく。


「・・・どうした?・・・内山?」


立ち尽くす内山の正面に立ち、心配そうに自分を見上げる瞳に自然と笑顔を浮かべて


「なんでもねーよっ!!ちょっと、びっくりしたけど・・・
 こんな気持ちになんのはお前だからなんだよなっ!!」


「?・・・なんのことだ?」


「俺の気持ちは決まったってことっ!!」


「????」


首を傾げて不思議そうな顔をするヤンクミの姿に、ふわりと「可愛い」なんて言葉が浮かんだことに
にっこりと笑顔を浮かべたら、ザワリとした殺気に近いものを感じた。

視線を向ければ、自分を睨み付ける慎の姿。


鋭い視線に背筋に冷たいものを感じながらも、真っ向から視線を交えたら、慎は小さくため息をついた。


しょうがないというような、諦めたような、そんな苦笑いを浮かべる。


そんな慎に答えるように、内山もニヤリと笑みを返した。


目に見えないかすかな火花を散らす二人の間で、まったくわかっていないヤンクミは
しばらく内山の言葉を考えていたが、すぐに考えるのをやめて


「う〜ん・・・でも、調子が悪いわけじゃないみたいだし、いっかっ!元気が一番だしなっ♪」


そうニッコリと嬉しそうに笑顔を浮かべて、背伸びをして頭を撫でようとする手を捕らえると。


「なぁ、ヤンクミ。ちょっと目つぶってくんない?」


「ん?なんでだ?」


「いいからっ」


「?・・・・・・瞑ったぞ・・・?」



大人しく目の前で瞳を閉じるその顔を見つめて・・・。



やっと思い出せた。



夢の中で引き寄せられた寝顔は・・・



草原のように柔らかくて。ぽかぽかとした春の日差しのように心地よい暖かさで



愛しいほどに可愛らしい寝顔で・・・。



夢と同じように、瞳を閉じるヤンクミへと引き寄せられるように。



熱のままに、感情のままに・・・









ーーーーがたっ


「う、うっちーーーー!!」



「な、なにやってんだよ、お前っ?!」



「う、うっちーが、ヤンクミにっ!!」



「「「キ、キスしやがったぁぁぁーーーーー!!!」」」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・ごちそうさまっ♪」



「・・・な、な、なにしやがんだ〜〜っ!!!!!」









キスをした。





顔を真っ赤にして暴れ出すヤンクミの腕を引っ張って、力一杯抱きしめながら、内山は思った。







やっぱキスは現実のほうがいいよなっ♪







終わり



あとがき



大変遅くなってしまって申し訳ありません〜!!

3Dの雰囲気がなかなかうまく出せませんでリクエストに応えられたでしょうか・・・?



やっぱり私は自覚なお話が好きなようです。



そして自覚したばかりだというのに、すでにバカップルの傾向にありますね〜。

「デート」の時はデパートの中で。今回は教室で、しかもクラスメイトのみんないる前でキスしちゃってますのでね。



でも、どこでもところかまわずイチャつく内山は難癖もあるライバル達の中で無事に生きていられるのでしょうか・・・。



それにしても、私はネーミングセンス0以下です・・・。