可愛すぎる女 (内山×久美子編) その日。ヨロヨロフラフラと廊下を歩く小さな背中を見つけたのは、偶然を装った計画的な犯行(?)だった。 ポケットにしまった二枚の紙をズボンの上からそっと触れて、気づかれない程度の深呼吸をした後、声をかける。 「ヤンクミーー?なにやってんだー?」 なにやってるか、なんて知ってる。沢山の本を抱え、彼女は今から図書室へ・・・。 そして俺はあいつを手伝い、そして・・・そしてっ・・・このズボンのポケットにしまった物を・・・渡すっ! 「なぁーヤンクミ?明後日の日曜・・・予定あんの?」 「んー?そうだなー・・・べつにないぞ?」 「あー・・・じゃあさー・・・」 「うん?」 「・・・・・・遊園地・・・なんて、行かねー?」 卑怯かもしれない。でも俺だって、頼りにされたい。 俺だって頼りになるってところを見せたい。思わせたい。 慎にだって負けないくらい・・・。 慎なんかよりも・・・。 俺を見て・・・俺を頼ってほしいから・・・。 本当に。「そう」思ったのは、ほんの些細なことだった。 その日はどんよりとした雲行きで。午後には、酷い嵐だった。 学校が早く終わったのはラッキーだったけど、その帰り道に、見たくないものをはっきりと見てしまった。 雷が遠くでゴロゴロしているのが怖いのか、ヤンクミは引きつった笑顔で 「お前らだけじゃ心配だしなっ!」 と、俺らに引っ付いてきた。 身を縮めて、ビクビクと肩を震わす姿はとても可愛かったけれど・・・。 でも・・・その手に握っているものが、とても憎らしかった。 ギュッと、しがみついている手が・・・欲しくて堪らなかった。 慎の服を掴んで、寄り添うように歩く姿が・・・羨ましくてならなかった。 その手が欲しくて。あんなふうに歩きたくて・・・。 俺は、計画を立てた。 日曜日。空は見事な晴天だ。最高のデート日和。 ヤンクミはそんなことこれっぽちも思ってないかもしれないけれど、今日はそれでもいい。 まずはヤンクミが行きたがってるジェットコースターに行って、ベンチで喉を潤して。 そして二人は、とある一つのアトラクションの前へ・・・。 そのアトラクションとは・・・。 「−−−−・・・う、うちやま・・・?ほ・・・ほ・・・ほほほとに・・・ここここ・・・?」 「ほほとにここ?」 「ほっ・・・本当にここ行くのかって・・・き、き、聞いてんだよっ・・・」 「なに、ヤンクミ。・・・もしかして怖いの苦手?」 「べっ、べつに・・・わ、私は・・・お、お前が大丈夫なのかって・・・お、思って・・・だな・・・」 「全然OKーっ!んじゃ、行こーぜっ!」 「う、内山っ!?ま、待って・・・!」 お前が怖がりなんてよく知ってる。入る前から涙目で、逃げ腰で・・・。 ズキリと胸が痛んだけど、後ろから慌てて後をついてきた手が俺の服をヒシッと掴んだ感覚に 胸の痛みなんて忘れるくらい嬉しかった。 必然的なものでも。 二人しかいない、俺のだけしか掴む服がない状況だとしても、それでも掴んでくれたことが嬉しかった。 「−−−−きゃーーーーっ!?」 「−−−−ぎゃあぁぁぁーーーーっ!?」 薄暗い中。気色悪い景色やお化け達に囲まれる中で、内山はヤンクミだけを見ていた。 しがみ付いて、震えて。時々デカイ声で叫びだして走りだしそうになるのを優しくなだめながら 可愛い姿に意識を奪われながら。 俺がついているからと・・・。大丈夫だと、いいながら・・・・・・。 心の中では優越感に浸る。 あの時の姿が今は俺のものなのだ。 けれど、そんなものもすぐに消えてなくなった。 叫び声をあげて震えてしがみ付いているだけだったヤンクミの様子が突然変わり始めたのだ。 「−−−−−−・・・・・・・・・・・・・っ・・・・」 立ち止まって、そしてヤンクミはしゃがみこんで・・・ 「・・・・・・っ・・・・ふっ・・・・・・うっ・・・・」 泣き出してしまった。 「ヤっ・・・ヤンクミっ・・・・!?」 しゃがみこんでカタカタと身体を震わせて・・・酷く怯えて・・・。 ボロボロと涙を流して・・・。 そうして俺は・・・とんでもない恐怖に襲われた。 お化けが怖いんじゃない。自分が・・・自分自身が恐ろしくなった。 なに・・・やってんだよ・・・俺っ・・・。 こんな・・・こんなに・・・怖がらせて・・・っ・・・。 泣かせたかったわけじゃないのに。 ただ・・・俺は・・・。 「ヤンクミっ・・・」 必死で抱きしめた。ただ助けたい、守りたい・・・その一身で。 「・・・ふっ・・・うっ・・・内山っ・・・っ・・・・・・」 「・・・ごめん・・・ごめんな・・・」 何度も、何度も・・・囁いた。 しばらくして腕の中で落ち着いたヤンクミを支えながらお化け屋敷を出た。 「・・・ヤンクミ・・・ごめんな・・・?」 近くのベンチに座らせて、今だ涙に濡れる頬に触れながら呟く。 「な、なんでお前があやまんだよっ・・・わ、私の方こそ・・・ごめんな・・・?」 涙を拭いながら照れたように笑う笑顔に胸が苦しくなる。 泣かせて、怖がらせて。無理して笑わせて・・・。 自分がどれだけ酷いことをしたか・・・こんなに遅くに気づく。 怖がることなどわかりきっていたのに、自分の欲にしがみ付いてわからないフリをしてしまった。 どこが頼りになる男だよ・・・。ただの酷い卑怯な男じゃねーか・・・っ。 隣に腰掛けて頭を抱えそうになった時、トン・・・と腕に暖かな感触と重みが触れてきた。 「・・・ヤンクミ・・・?」 驚いて見やると俺の腕にもたれてるヤンクミの姿があった。 顔を覗いて見るとヤンクミは泣きつかれたような顔で眠ってしまっていた。 「・・・・・・・・っ・・・・」 静かな寝顔にこっちまで泣きそうになる。 「・・・お前・・・ホントに鈍感・・・」 なんで気づかないんだよ。 卑怯な気持ちに気がつけよ・・・。 好きな気持ちには鈍感でも・・・卑怯な気持ちには、敏感になれよ・・・。 そうすればもっと俺は・・・苦しめるのに。 苦しまなきゃいけないのに・・・お前がそんなんだから・・・ 「・・・・・・嬉しくなるだろ・・・?」 寄り添ってくれるぬくもりが、心を軽くした・・・・・・。 眠り続けるヤンクミをおぶって家に帰った。 アパートにはお袋の姿もなくてホッとする。 テーブルの脇に横たえて、まだ眠ったままのヤンクミに触れる。 涙のあとが残る頬にそっと触れてごめんと呟く。 泣かせてごめん。怖がらせてごめん。酷い男で、ごめん。 頼りにならない男で、ごめん。 慎ならきっと・・・泣かせないよな。守れるよな・・・。 わかってるさ。敵わないことなんてわかってる。 でも・・・少しでも良いから 俺のことを見て、俺の傍に来て、俺の腕を掴んでくれたら・・・って、思ったんだ。 柔らかい頬に触れて、ほんのり赤く色づく唇に触れて・・・。 やっぱり俺って卑怯な奴・・・。 そんな風に思いながら、 「・・・・・・久美子・・・・・・」 そっと、キスをした・・・。 「・・・・・ん・・・?」 ぼんやりと目を覚ますと、そこは見慣れぬ部屋だった。 「・・・あ・・・れ・・・?」 ぼーっとする頭で体を起こすとお腹の辺りに何か乗っているのに気がついた。 「・・・え・・・?」 退かそうと掴んだそれは人の腕で・・・ 「・・・え、ええええ〜〜〜っっ?!!」 横にあるものに気がついて思わず叫んでしまった。 「う、う、内山っ?!な、なんでっ・・・」 ガバッと飛び起きて隣を見れば、やはり確かに内山だった。 なんで隣に寝てんだとパニックになりかけた頭は、眠っているらしい内山の姿に冷静さを取り戻した。 そうだった・・・。遊園地に行って・・・寝ちゃったのか・・・? やっと意識がはっきりして、今日のことを思い出すと顔が赤くなった。 情けなくて恥ずかしくて。おまけに眠っちゃったなんて・・・。 お化け屋敷の中でのことなんてほとんど覚えてないけど、泣いて叫びまくったのは覚えてる。 それに・・・。 『・・・ごめん・・・ごめんな・・・』 そう、辛そうに何度も呟く内山の声が心に残ってる。 苦しそうに、辛そうに呟いていた。 「なんでお前が誤るんだ・・・?」 今もどこか苦しそうにして眠る内山の手をとって、ほんの少し握った。 少しでも、苦しそうな寝顔が和らぐようにと・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・?」 しばらくそうしていると、微かに内山が何か呟いた気がした。 とても小さい声で思わず内山の顔に耳を寄せると本当に微かな声で 「・・・・・くみ・・・・・・こ・・・」 「・・・・・・・・。・・・・・・っ?!」 呟いた言葉に、かあぁぁぁ〜〜っと顔が真っ赤に染まったのがわかった。 い・・・いま・・・のって・・・・・・。 ま、まさかっ・・・だ、誰かと間違えてるんだよなっ! き、聞き間違いってこともあるしっ・・・そ、そうだよなっ・・・。 でも・・・でも・・・・・・なんか。 すっごく・・・は、恥ずかしいーーーっ!! な、なんで・・・・?! なんか、なんか・・・なんか・・・・・・どっかで? 「・・・・・って、そんなわけない・・・よな・・・?」 なんとなく、頭のどっかで聞き覚えがあるような感じがした。 誰か別の声じゃなくて・・・。同じ、声で・・・。内山の・・・声で・・・・・・? と、変な感覚に気を取られていた次の瞬間、 「えっ?な、なにっ・・・」 グイッと身体が引っ張られたと思ったら、おもいっきり内山の腕に抱きしめられてしまっていた。 「ちょっっ・・・お、おいっ・・・」 突然のことにワタワタと手を動かすけれど、まだ内山は夢の中なのか全然離れる気配もない。 顔を上げればすぐ傍に内山の顔があるし、戻せば胸板だしっ・・・。 どうしようっ!と、真っ赤な顔をさらに真っ赤々にしてモジモジジタバタを繰り返していると、 ガチャリと玄関の音が聞こえて、そして・・・ 「−−−−ただいまーー。・・・はぁ・・・今日も疲れ・・・」 「−−−−・・・・・・っ!?」 内山のお袋さんと、ばっちり目が合ってしまった。 「・・・ま、まあ・・・まあ・・・お邪魔しちゃったかしら〜・・・・」 息子と担任が抱き合っている光景に一瞬ポカンと我を忘れていた母は、すぐに口元に手を当てて 恥ずかしいような嬉しいような楽しいような、なんともいえないニヤけた顔で部屋を出て行ってしまった。 「あっ・・・あのっ・・・こ、こ、これは・・・っ!!」 とんでもない誤解だと離れようとした久美子だけれど、しっかりと抱きしめる腕を解くことはできなくて 結局、 「ち、ちがうんです〜〜〜っ!!!!」 伸ばされた手だけがむなしく玄関へと伸びるだけだった。 数分後ーーーー。 「あ、あの・・・お母さんっ・・・これはですね・・・」 「そんないいんですよ〜っ!先生なら、大歓迎ですからっ!」 「いえ・・・。大歓迎って・・・・・・」 「もうっ!いったいいつのまに先生のことゲットしてたの?」 「・・・・・・べつにゲットしたわけじゃねーけど・・・」 「え?・・・も、もしかしてこれからだったんですかっ!?」 「・・・え?これからって・・・?」 「あ〜っもう私としたことがっ!本当っ、すみませんっ先生っ!」 「は?あの・・・なにが・・・?」 「ヤンクミ。そこはあんま突っ込まないほうが・・・」 「え?な、なんでだ?・・・って、お前もちゃんと説明しろよ〜っ」 「・・・抱き合ってたのは事実なんだしー?」 「なっ!?あ、あれはっ・・・お前が寝ぼけてっ・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 確かに、寝ぼけていたらしい。 いつの間にか眠ってしまって、バシバシと叩かれる痛みと叫び声に目を覚ました時は、すごい真っ赤な顔の 久美子を抱きしめている状態だった。 そして見事に勘違いしているらしいお袋をヤンクミが連れ戻して、今に至る。 寝ぼけていたのは確かだけど、でもヤンクミを抱きしめているっていう気持ちは夢も現実も同じだった。 真っ赤な顔で困っているヤンクミには悪いけど、現実と夢が同じでよかった。 抱きしめた感触が確かに腕に残ってる。 それに・・・手のひらに残る感じも・・・。 夢の中と同じように、ヤンクミは握ってくれたような気がするから・・・。 酷いことをした俺を許してくれた。 たとえ彼女が何も知らなくても、変わらずの優しい暖かさえを伝えてくれただけで、まだ頑張れるから。 「あ、あの・・・お母さん・・・」 「先生〜っ!ご心配はいりませんよ〜。結婚しても、家事は全部っ!この子にやらせればいいんですから〜っ!」 「いえ・・・そうじゃなくて・・・」 「先生みたいな教師が結婚退職なんて、そんな勿体無い・・・いいえっ!教育現場の大きな痛手に なってしまいますから〜!」 「え?そ、そうですか?・・・って、そうじゃなくて」 「あ、ご実家のことも気になさらないで?あとを継ぐことになったらこんなのじゃ極道なんて無理に 決まってますけど、あとは継がないんでしたよね?」 「あ、はい・・・。そのつもりですけど・・・」 「そういえば噂で聞いたんですけど、おじいさまはとっても渋くてらっしゃるとか?」 「ええ・・・渋くてとってもかっこいいおじいちゃんですけど・・・あの・・・」 「はぁ〜・・・。渋くて・・・とっても素敵なおじいさまなんでしょうね〜」 「・・・あ、あの〜・・・お、お母さん・・・・・・?」 どんな妄想を抱いているのやら、ウットリと目を輝かせて自分の世界に入っているお袋はほっといて、 俺はヤンクミの腕を軽く引っ張った。 「う、内山・・・。どうにかしろよーっ・・・」 「ほっときゃいいって。・・・それよりさ・・・」 「うん?」 「・・・また、さ・・・・・・」 「あ、うん。またどっか行こうなっ!?こ、怖いところは・・・なしで・・・」 「えっ?!」 「な、なにっ・・・違ったのか・・・?あ・・・お前が行きたかったらの話だぞっ・・・」 「い、いや・・・そうじゃなくて・・・・・・楽しかったか?今日・・・」 「うん。すごく楽しかったぞ?・・・って、いっても私が台無しにしちゃったけど・・・」 「−−−−−・・・・・・そう、だな。怖いところはなしで。また行こうなっ!」 「うんっ!!そうだなっ!!」 ヤンクミに・・・救われてばかりだな・・・。 その一言に。その笑顔に。俺の心は救われて、嬉しくて・・・幸せな気持ちになる。 一緒にいて、楽しく思ってくれるなら。笑ってくれるなら。 慎のようにならなくてもいいよな。敵わなくても、頼りがいがある男になれなくても。 俺は、俺なんだし。一緒にいてくれれば、傍にいてくれれば。 そのときは、今度はちゃんと一生懸命守るから。頼りにされなくても、自分で出来る限り守るから。 今はそれで頑張るから。 頼りにならない俺でも、慎には敵わない俺でも、卑怯な俺でも・・・好きになってくれるように。 自分を見失ってちょっと暴走しちゃった内山と、全然なにもわかってない鈍感な久美子のある晴れた日曜日の出来事。 タイトル「可愛すぎる女」改め、「自分らしさを見つけた男」 嬉しそうな笑顔でふいに触れてきた内山の手がそっと頬を撫でた。 それは一瞬のことで、すぐに手は離れたけれど。 久美子の中で、何かがフワッと浮かんできたような気がした。 「久美子・・・」そう、呼ぶ声と。頬と。そして・・・微かに感じた・・・ぬくもり。 ハッとして、口元に手を当てて見る。 「ヤンクミ?」 「・・・あ・・・あの・・・内山・・・?」 「ん?」 「・・・あ・・・あの、な?お前・・・私が・・・寝てる時・・・」 「・・・?」 「・・・い、いやっ!!やっぱいいっ!!」 「お、おお・・・。(・・・キスしたのバレたか?)」 な・・・なに言おうとしてんだよっ・・・!! な、なにかの間違いだよなっ・・・。 夢・・・でも見たのかも・・・。 で、でも・・・なんでそんな夢見たんだろう・・・っ。 ど、どうしよう・・・っ。なんか・・・なんか・・・。 ・・・ド、ドキドキしてきた・・・。 うわ〜〜っ・・・なんだ・・・なんだ、これっ!! う〜〜〜〜っ!!! 全然わかってない・・・でもない、久美子の恥ずかしすぎの日曜日。 タイトル「自分らしさを見つけた男」改め、「初めての恋、かもしれないものに悩む20過ぎのやはり可愛すぎる女」 終 今回、とっても書いていて楽しかったです!! うちの内山は、結構いつも優しくていい感じの男なのでちょっと黒い部分もあってもいいかなーっと思って書いたのですが やはり優しくて暖かい奴で終わっちゃいましたね。 タイトルは慎クミと同じですが、こっちはあんまりヤンクミが可愛くないかもですね・・・。 |