久しぶりに電話してみた。


高校時代。あまりに子供だった自分が、惹かれた女。


情けなくて。


もどかしいばかりだった自分自身と一緒に、好きになれた女。





憧れだった。


あいつのそばにいるのが。


あいつに触れるのが。


憧れだった・・・。





狂おしいほどの衝動も。


醜いまでの欲求も。


隠して。隠し続けて。


ただ憧れだと・・・想い続けた女。





2年たっても、色褪せないのは。


輝かしいから?


忘れられないのは、


姿が、声が、消えないのは、


美しいから?





あいつの笑顔。触れたぬくもり。


全てが・・・。全てが、なくならない。


衝動も。欲求も。


隠して。隠し続けて。


今でもずっと・・・隠してる。








好きだった?


憧れだった?





本当はずっと・・・





『愛してたんだ』














「君へと向かう、恋する心」














高校を卒業して、2年・・・。


久しぶりに電話越しに聞いた声は、相変わらずの明るく元気な声だった。


よく仲間と来ていたファミレスで待ち合わせた。


「−−−内山っ!!」


姿を見つけて、嬉しそうに近寄ってくる姿も変わらない。


「すごく久しぶりだなっ!元気にしてたか?」


「まあな。それなりにやってるよ」


「そうか!」


眼鏡におさげ髪。明るく、満面の笑顔。何一つ変わらない。


遅すぎたなんて、思いたくはないから。


何一つ変わらない久美子が嬉しかった。











「内山はもう何か頼んだのか?」


内山の向かいに座った久美子は、広げたメニューに視線を向けたまま問いかけた。


「コーヒーしか頼んでねーよ」


すでにきていたホットコーヒーを一口飲む。カチャリとなった音に、久美子は顔を上げた。


「なんだ。お前もコーヒー飲むんだな?」


「なんだよ、それ」


「いや、なんかあんまイメージなくて」


(そんなにガキっぽかったか?)


思わず、苦笑いが洩れた。けれどそれはすぐに強張る。


「沢田はいつもコーヒーばっかり飲んでたけどな」


そう笑って言った言葉に、ギクリと胸の奥が軋んだ。


口元を引き上げるのが精一杯で、ぎこちない笑みしかできない。


「・・・慎とは・・・連絡取ってんの?」


遠い国に行った親友。いつも、彼女のそばにいた男。


数ヶ月置きくらいに届く絵葉書を眺めて思い出す慎の隣には、久美子の姿があった。


「ん〜?時々絵葉書が来るぞ?まったくどこ行ってもそっけなくて、たったの一、二行だけしか書いてねーんだ。
 どんな仕事してるとか、どんな生活してるとか、返事書いても、詳しく教えてくんないし・・・」


むすっとするその顔は、怒っていても寂しげで。





慎には、悪いと思う。


でも、もう気づいてしまったから、しょうがない。


待っていることも。


これ以上、なにもしないでいることも。


もう出来そうにないから・・・。





少しだけ自嘲気味に微笑んで、目を伏せる。


彼女の隣に自分を並べて。


決意を固めるように、目を開けた。





真剣な眼差しの先。


気づかぬ久美子は、イチゴパフェとチョコバナナパフェに、頭を悩ませていた。














興味はあった。惹かれる想いもあった。


だけどそれだけ。それだけの・・・はずだった・・・。


仕事帰り。夕焼けに染まる空を見上げながら帰る日が、もうずっと続いている。


なぜだかとても空を見上げることが好きだった。


俯くことも、しなくなった。自分の胸に影を落とすことも少なくなった。


晴れ渡る青い空、夕焼けの赤い空。


どこまでも続く広く大きな空に浮かぶのは、誰かの笑顔。


偶然に見かけた、ガラスの向こう側にある笑顔。


イチゴパフェのイチゴをパクリと食べて笑う、あの女がいた。








「よう。」


頭上から聞こえてきた声に二人は同時に視線を上げた。


パフェに夢中の久美子と、そんな久美子を頬杖をついて眺める内山。


声の主。視線の先。テーブルの脇に立っていたのは、黒崎だった。


「クロ・・・」


微かに驚いたように目を見開く内山に、黒崎の口元に薄い笑みが浮かぶ。


「黒崎っ!お前も久しぶりだな!」


驚きながらも嬉しそうな声に胸の奥が熱くなった。


視線を久美子へと移して、思わず一笑い。


「口の端、クリームついてるぞ?」


自然とそのクリームを取ってやろうと伸ばされた黒崎の手を、内山が腰を上げて遮る。


代わりに自分の指先で、そっとクリームを拭った。


触れる瞬間、指が震えそうになるけれど。苛立ちの方が、強かった。


自分じゃない指先がこの口元に触れようとしたのだとを思うと、胸が苦しい。


「・・・・・・・・・」


黒崎もまた、内山に手を遮られ、指先が口元に触れた時、チクリとなにかが胸を刺した。


痛みに一瞬、眉を寄せながらも、表情を歪めている内山に口の端を吊り上げた。


(・・・へぇ・・・)


その含みのある笑みに、内山の顔がギクリと強張る。


けれどそれも一瞬のこと。隣に座った黒崎に、諦めたような溜息を吐いた。


「慎が帰ってくる前に、ちょっと手―だしてみようとか思ってんの?」


「もう隠すのはやめたんだ。・・・帰ってきても、ひく気はない」


久美子を真っ直ぐに見つめて、内山は言い切った。


黒崎の笑みが消えていく。


「悪いなっ!内山」


久美子はそういいながら、少し照れたように内山の指先についたクリームをナフキンでふき取った。


微かに触れ合うぬくもりにくすぐったさを感じながらも、少し勿体無いなかったか・・・?とも思いながら、
内山は柔らかな笑みを浮かべる。


その横顔に、黒崎は嫌に胸がざわついた。


知ってはいた。こいつがこの女をどんな風に見ていたかなんて。


隠していることも。なにもせず、ただ見ているだけだったのも。


でも・・・今は違う。それが、嫌に心を騒がせた。


気づいてはいけないものに、気づきそうで。


自分も同じ場所に引き込まれそうで・・・気まずく視線を下ろした。


そんな黒崎に気がついて、内山は視線を久美子に向けたまま彼に聞いた。


「クロは?どうする?」


その問いに、黒崎の肩がピクリと揺れた。


テーブル下の手が、微かに震えそうで、誤魔化すように、苦笑を浮かべる。


「どうもしねーよ。お前らと争う気もねーし。してもしょんないだろ?」


「諦めてるからか?」


「っ!?」


握った手にギリッと力が入った。


図星を・・・さされた気がした。


「お前、慎がいた頃から諦めてたもんな」


「・・・・・・・・・・・・」


言われた言葉に、否定しようとした声は出ない。





確かに諦めていたのかもしれない。


興味があっても。惹かれるものがあっても。


そばにはあいつがいて。あまりに距離は遠すぎて。


届かないものだと、手を伸ばせないものだと。


諦めていた・・・。


空を見上げて。


空に浮かべて。


それだけで、俺はよかったんだ。


どうせ、あの女は・・・手の届かない女だから、と・・・。








「・・・あんまり俺からは、いいたくないけどさ・・・」


溜息混じりに呟いた声に、顔を上げた。


「俺は・・・ずっと隠してて、すげー辛かった。何ヶ月経っても、何年経っても、こいつのことばっかり浮かんでさ」


「・・・俺にどうしろっての?」


「いい加減、諦めたふりすんのやめろっていってんの」


「・・・ふりじゃねーよ」


「ふりだろ」


「・・・違う」


「ふりだ」


強く、短く言い切った声に、思わず苦笑いが零れた。


「・・・断言すんなよ。・・・お前、性格まで変ってねー?」


「このぐらい強くでれなきゃ、慎には勝てないだろ?」


ニッと笑った内山に、黒崎は苦笑いを浮かべながら溜息を吐いた。


「・・・そうだな」


小さく呟いて、久美子へと視線を移す。


パフェを突っついたり、スプーンごと口に含んで、幸せそうに笑ったり。


キラキラした笑顔を浮かべていた。





その笑顔に、触れたかったのかもしれない。


いや・・・触れたかったんだ。


空に浮かべながら・・・いつも、届かない手が、辛かった。


本当はずっと・・・その笑顔に触れて、手に入れたかったんだ・・・。





緩やかに微笑んで。黒崎は、手を伸ばした。


パクリとスプーンをくわえた久美子の頬へ、そっと触れる。


「クロっ!!」


焦ったような声を上げる内山に、笑みを深めて。手を退けられる前に、自分から素早く手を離した。


きょとんと不思議そうにしている久美子と睨んでくる内山の視線を受けて、ククッと可笑しそうに笑う。


「やっぱ、ふりは辛いな。・・・なあ、うっちー?」


「・・・・・・やっぱ余計なこと言わなきゃよかったかも・・・」


どこか悔しそうに呟く内山を横目に、黒崎は少しだけ触れることができた手を見つめた。





ぬくもりは、手に残ってる。


触れるだけで。


素直に意識するだけで、こんなにも、心が暖かい。


もっと、もっと、触れることを。近づけることを願って。


黒崎は手を、握り締めた。











「な、なんだ?またクリームがついてたのか?」


わたわたとあちこち顔を触る久美子に、内山と黒崎は可笑しそうに笑う。


「なんだよっ!お前らっ!!」


「やんくみってさー、ホント、全然変らねーよなっ」


「ホントっ。あんたって、本当に成人してんの?」


「なっ!?し、しつれーなっ!!」


顔を真っ赤にして、むすっとする久美子に、二人の笑いはますます大きくなった。


そして、ふと、黒崎の笑みが意地の悪いものへと変る。


「・・・で、さー。」


「あ?」


「さっきから、凄い睨まれてんだけど。あれって、あんたの知り合い?」


「え?」


店の入り口らへんに視線を向ける黒崎に、久美子と内山は少し首を傾げて、そしてその視線の先を追った。





そこには・・・。


「小田切っ!?矢吹っ!?」


物凄く苛立っている様子で、久美子達を睨みつけている、竜と隼人の姿があった。








1、 終  2へ続く・・・





あとがき


う〜ん、久しぶりにお二人さんは書いたので、なんかキャラが微妙ですね・・・。

でも私にしては珍しくちょっと友情っぽい感じも入っていて、二人の想いもまとめられた気がするのでよかったです。

個人的にクロが好きなので、ちょっと片寄っちゃいましたかね。

そして久美子さんの影が薄い・・・。

次回で、リクにあった、白(ウッチー&クロ)VS黒(竜&隼人)になっていればいいのですが・・・。

でも、そんなに黒側は出張らないかもしれません。(苦笑)