ある日の放課後
「あ゛ぁ゛ーっ!」
放課後の教室で、武田と日向はダーツに燃えていた。
「やったぜっ!ポテトはタケのおごりにゃっ!」
「あ〜あ〜・・・もー少し横に当たってれば、俺の逆転だったのに・・・」
負けた武田はがっくりと肩を落とし、日向は勝ち誇った笑みを浮かべている。
「よろしく、タケ」
先に勝ちが確定していた土屋はのんびりと扇子を扇ぎながら、武田に一言。
ポテトを奢らなければならない武田は、溜息つきながら財布の中を覗き込んだ。
「・・・竜と隼人が参加してなくてよかったー・・・」
日向と土屋に加え、もしあと二人分も奢らなければならなかったら、相当な痛手だった。
竜はダーツに興味も示さず、背凭れに背中を押し付けて、意識はぼんやり。
いつもはダーツに加わっているはずの隼人は、自分の机で一生懸命なにやら書いていた。
「なにやってんの?隼人」
武田の言葉に、日向と土屋も隼人を不思議そうに見やる。視線を受けながらも、隼人は書く手を止めない。
まるで机に噛り付いて勉強している受験生のような雰囲気に、竜もチラリと視線を向けて眉を寄せた。
・・・嫌な予感がするのは、気のせいだろうか?
武田達の表情も、どこか引き攣りはじめたその時。いつものごとく突然の声。
「なんだ、なんだ?今日は静かだな?なんか悩み事か?」
ひょっこりと現れた久美子は、興味津々に武田と日向の顔を交互に覗き込む。
「ヤっヤンクミっ!!いい加減、いきなり出てくんのやめろよっ!」
突然の登場に日向と武田は驚いて身を引き、土屋は苦笑いを浮かべ、竜は呆れた溜息を漏らす。
そして隼人はというと、丁度書いていたものが出来上がったらしい。
「山口っ!」
椅子から立ち上がった隼人は紙切れを手に持って久美子へと近づいていった。
そして彼女の目の前まで来ると、ニヤリと一言。
「はんこ貸せ」
「・・・は?」
意味不明な言葉に久美子は固まった。
ぽかんとしてる久美子と、なにやら企んでいるらしい隼人を竜が睨みつける。
武田達も一瞬意識を固めるも、すぐに面白くなさそうに二人を見やった。
「はんこ貸せっていってんだろ?持ってねーのか?」
周囲の空気などお構いなしに、隼人は手に持っていた紙切れを横の机に置くと久美子の手から鞄を取り上げた。
「ちょっ!勝手にあさるなっ!だいたい印鑑なんかどうするつもりだ?!」
無遠慮に鞄の中をあさり始めた隼人に久美子はむっとしながら、鞄を引っ張る。
「まさかお前っ!私に変な物を売りつけようってんじゃないだろうなっ!?」
「そんなわけねーだろ」
互いに顔を近づけて鞄を取り合う二人の姿に、竜は立ち上がった。イライラしつつも、紙切れに気づく。
気づかれないように手に取り、二人から離れて紙切れに視線を落とす。武田達も訝しげに覗き込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一斉に眉間に力が入る四人。グシャッと紙の隅に皺が寄った。
四人は殺気混じりに隼人の背中を睨みつけると、机の上にあった隼人のペンを手に取った。
心の中には、黒い笑みが浮かんでいる・・・。
「ふーん・・・お前でもちゃんと持ってんだな」
紙切れがなくなっていることにも気づいていない隼人は、鞄の中にあるものを見つけていた。
「な、なんだよ。そのぐらい持ってるに決まってんだろ・・・」
隼人が手に取ったのは、口紅だった。蓋が透明になっていて、明るく柔らかな色が見える。
実は白鳥先生に山口先生に似合いそうだったから、と、つい先ほど貰ったものだったりするのだが・・・。
少し居心地悪そうにする表情よりも、隼人の視線は口元だけを見ていた。
自然なピンク色をした、柔らかな唇。ドキリとして、ぱっと慌てて視線を逸らす。
口紅を目に止めると、見とれていた自分を誤魔化すように口の端を吊り上げた。
「はんこがないなら、これでもいいぜ?」
「え?・・・なっ・・・なんだよっ・・・」
ニヤニヤしながら口紅を口元に近づけてくる隼人に、久美子は思わず逃げ腰になる。
「じっとしてろって!変なとこに付いてもしらねーぞ?」
グイッと顎を掴まれ、口紅が付くか付かないかというその瞬間、隼人の肩を誰かが横に押した。
「−−−ぎやぁっ!?」
「−−−・・・げっ!?」
身体と一緒に横に動いた口紅は、グニィーっと肌の上を滑った。
久美子の頬にはベッタリと口紅が付いてしまっている。
「・・・や・・・やぶきっ・・・・・・」
俯き加減にわなわなと肩を震わせる久美子に、隼人は慌てた。
「お、俺じゃねーよっ!!いきなり押してきたこいつの所為だろーがっ!!」
ビシッと隼人に指を指されたのは、いつのまにかすぐ近くにいた竜である。
悪びれた風もない竜は、久美子の怒りの矛先が自分に向くのよりも早く、次の行動をクールに起こした。
「−−−ひぎゃっ・・・?」
久美子の頬にべたっと紙を押し付けて、待つこと数秒。
ぺらっと取った紙を、隼人が素早く竜の手から奪い取った。
嫌な予感がする・・・。瞬時に紙に視線を走らせ、紙はさらにぐしゃりと皺を作った。
「なんだよっこれっ!!!!てめーらっ!!勝手に書き換えてんじゃねーーーーっ!!」
隼人の怒鳴り声が教室中に響き渡るのだった。
当初紙には、
「山口久美子は矢吹隼人と一緒に今年の7月に行われる神社の夏祭りに出かけるべし」と書かれていたのだが、
彼らの手によって隼人の名前は消され、変わりに武田啓太、日向浩介、土屋光、小田切竜の名前が並んでいた。
紙のあちこちには「やんくみは浴衣で決まり」とか「眼鏡禁止」などと細かく書き加えられ、サインの場所には
しっかりと口紅が付いていた。
「抜け駆けはいけないでしょー!」
「そうそう。よくない、よくない。」
「騙してってのも問題だろー」
武田に日向、土屋の非難の言葉に、隼人は思いっきり舌打ちした。
(こいつらがいない時にすりゃよかったぜっ・・・)
ご丁寧に神社の地図まで書いたというのに。せっかくの努力が水の泡だ。
そして苛立ちや虚しさ、後悔に肩を落としている隼人は、重大なことを忘れていた。
「小田切・・・取れそうか?」
「洗わねーと無理かも・・・」
久美子の頬に付いた口紅を、竜が指先で拭ってやっている。
ガックリしている隼人をよそに、竜はちゃっかりと二人だけの世界を、クールに楽しんでいるのだった。
あとがき
リク・・・大丈夫だったでしょうかね?(苦笑)ありきたりですみませんです。
5人を一緒に書くのは随分久しぶりです。こういうほうがウケがいいだろうとわかっているのですが、
中々手が進まないんですよね。
それにしても・・・何故に竜がいつもどっか変なんだ・・・。
もっと普通にカッコイイ彼にしようと思ってクールさを目指そうと書いていたはずなのに、
出来あがってみると、そのクールささえも変だよっ・・・。(泣)
隼人は「女性の鞄を勝手に覗くなんて、それはしちゃいけないよ、あんた・・・」とぼやきながら書いてました。
隼人はドラマでも多少?変なキャラが出てる気がするので、少しぐらい変でも気にしません。
むしろ変なほうがいいんじゃない?と思っております。
あと、口紅の色は誤魔化してます。自分のものでさえ「私にはこれよっ!」と言える物も
似合いそうな色も中々決められない性格なので、ハッキリと決められなかった・・・。
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