「食いすぎだぞ!矢吹っ!!」


久美子の両手を片手で拘束しながら、隼人はバリッとコーンとアイスにかぶりついた。


結構うまいし、至近距離で恨めしそうに自分を見上げてくる久美子がかなり可愛くて


ソフトクリームは手放せそうにない。


「しょーがねーなー」といいながら、久美子に食べさせてやるのも、なかなかよろしい。


って、それ、お前のじゃねーだろ・・・。と、思うのだが。


とにかく食べたい久美子はそこまで頭が回らず、隼人が時折差し出してくるソフトクリームを嬉しそうに食べる。





「あ゛ーっ!ちょっ!もー!全然食べられなかったじゃないかっ!!」


残りのコーンをパクリと食べてしまった隼人に、久美子はかなり残念そう。


二人して、なんとまー大人気ないこと・・・。


「けっこー美味かったなっ!なー、拓?」


満足そうに笑った隼人は、拓の方を見やって言った。


「うん。美味しい」


目の前でイチャつかれても、とくに気にしない拓はのんびりニコニコとソフトクリームを味わっていた。


アイスも程よい甘さで。コーンもパリパリしてるし。とても美味しい。


「そうかっ!よかったっ!」


嬉しそうに笑って食べる拓にションボリしていた久美子も、ぱぁっと嬉しそうに笑った。


うんっ。うんっ。やっぱりいい子っ!


ニコニコと拓の方を見やる久美子に、隼人は面白くない。


「・・・お前・・・俺と態度が全然違わねーか・・・?」


掴んだままの手に力を込めて、もう片方の手で久美子の顎を掴んで自分の方に向かせた。


「当たり前だっ!」


視線があった瞬間、途端にむっとした顔をする久美子に、ますます面白くない。


そりゃー・・・少し意地悪なことはやったけど・・・?


可愛い反応するお前が悪いんじゃねーか。


それに、さっきからなんとなく引っかかることがある。


久美子の顎を掴んだまま、隼人はチラリと拓に視線を移した。


「?」


ソフトクリームを食べている拓は、隼人の機嫌が悪くなっているのはわかっているが、嫉妬とは違う
視線の意味がわからず、首を傾げた。


急に黙り込んだ隼人に久美子も首を傾げる。


二つのキョトンとした視線に、隼人は引っかかっている原因を見つけた。



・・・なんかこいつら・・・波長が似てる・・・。



性格は全然違うと思うのだが。


時折見せる無邪気さとか、のどかな雰囲気とか。そういうのが、結構近いような・・・?


おまけに・・・。これが一番大問題だ。


穏やかな感じが、久美子のあこがれてる九条にもどこか似てるのでは・・・?


九条のことはとくに知らないし、あんな奴と拓を一緒・・・なんて、考えたくもねーけど。


(現に九条と拓は全然性格は違う。)


でもタイプ的には。年上ではないけれど・・・。


久美子の好きそうな雰囲気じゃないだろうか?


「・・・・・・・・・・・・・・」


ヒクッと、隼人の顔が思わず引きつった。


「・・・・・・え?」


「・・・・・なんだ?」


妙な気配を感じた拓と久美子も、思わず腰が引ける。


久美子の九条に対する気持ちは、明らかに憧れだと隼人は理解している。


九条の前では、久美子は自分を作っているような所もあるし、はっきりいって違和感ありまくりだ。


そんなんで上手くいくはずはない。


が・・・。拓の場合はどうだ?


多少よく見せようとしている所はあるようだが。やはり波長が同じだからか、結構自然。


笑顔もとても無邪気なものだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


(ど、どうしたんだろ・・・?・・・な、なんか変なことしたかな?僕・・・)


気持ちには敏感だが。九条のことも知らないし、自分のこともあまり気にしない拓は


まさか自分と久美子がお似合いなのでは・・・なんて悩んでる兄の心境までは、理解できない。


(・・・な、なんだ?・・・ど、どうした?)


久美子もまた。はっきりいって理解不能な隼人に困惑していた。


やっぱりすごく波長が近い二人・・・。





隼人は珍しく懸命に考えた。


拓は弟だ。かなり大事にしてるし、大事だ。


拓が久美子をそんな風に見ることはないのは、わかっている。


久美子を手放す気は死んでもないから。


きっとこれから仲よくなっていくだろう。この二人は。・・・想像すら出来る。


がっ!!やっぱり気にいらないっ!


がっ!!俺は兄貴だぞっ!?(久美子の前では、兄貴もなにもないが・・・)


ここは踏ん張るところじゃねーのかっ!俺っ!


そこまで兄としてのプライドは捨てるべきじゃねーだろっ!!


拓に悪気はない。責める気もない。


悩みに悩んで。(そんなに悩むことでもないと思うが・・・)


「・・・よ、よかったな・・・。拓・・・」


耐えることにした。


「・・・う、うん・・・?」


さっぱりわからない。


そして久美子はというと。やっぱりこちらもさっぱりわからず。


とりあえず話を合わせておくことにした。


それが・・・やばい方向にいくことも知らずに・・・。





「そ、そうだろっ!ま、また一緒に食べようなっ!拓君っ!!」





苦笑いを浮かべながら、拓の方を向いていった久美子の言葉は・・・。


耐えると決めた隼人の兄としてのプライドを。





「・・・やまぐち・・・っ・・・」





思いっきり。





「−−−−てめーっ!さっきから拓拓たくたくっいってんじゃねーよっ!!!!」





ぶっ壊した。








拓は悪くない。まったく悪くない。


だがっ!この女の無邪気さは我慢できねーっ!!





「なっなんだっいきなりっ!!拓君は拓君じゃねーかっ!!違う名前なのかっ!?」


「んなこといってんじゃねーっ!!名前で呼ぶのやめろっていってんだよっ!!」


「なんでだっ!!いいじゃないかっ!!呼んだってっ!!」


「よくねーっ!!俺が苗字なんだからっこいつも苗字でいいだろーがっ!!」


「はぁ?!?!それじゃ、どっちがどっちかわかんないじゃないかっ!!」



ぎゃーぎゃーと言い合いを始めてしまった二人に、拓はかなり困った。


(・・・普通に、呼んでほしくないとか、名前で呼んでほしいとかいえばいいのに・・・)


「あの・・・だったら名前にしちゃえば・・・」


隼人のことを思って、言ってみたのだが・・・。


次の瞬間、この二人が・・・結構複雑なんだということを知った。



「なっ!?なんで私がこいつを名前で呼ばなきゃなんねーんだっ!!!」


途端に久美子は、かぁ〜っと頬を赤く染めた。


隼人は、久美子の言葉がもろに癇に障る。


「んだっそれっ!!俺がどんな気持ちで我慢してやってると思ってんだっ!!あ゛あ゛っ!?」


「なんのことだっ!!」


「ッ!?」


言い返されて、隼人は思わず声を詰まらせた。


「好き」の一言が言えないのと同じように・・・。


隼人は名前にも・・・複雑な気持ちを抱えているのだ。


その心の揺れに、拓は思わず首を傾げる。


さっきからなんか変・・・。


「・・・付き合ってるなら・・・べつにいいんじゃないですか?」


自分は好きな人いないから、よくわからないけど。


そんなに名前にこだわってるなら呼べばいいのに・・・。


と、拓は思った。


久美子の言葉も、隼人の動揺も。素直な拓には、よくわからない。


だが・・・。この二人は、そんなに簡単ではないのだ。


「なっ・・・なっ・・・」


拓の発言に、久美子は顔を真っ赤に染めてわなわなと震えだした。


隼人は久美子の動揺に顔がにやける。


思いきり、この腕に抱き込んでしまいたくて。


ずっと我慢していたこともあり、ガシッと久美子の身体を抱き寄せた。


けれど久美子は恥ずかしさに隼人の身体を突っぱねる。


「なっなんでっ私がっ!!ごっ誤解だっ!!」


「・・・?」


「わっ私とこいつはっ!そ、そそそんな関係じゃないっ!!」


顔を真っ赤に染めて、隼人を必死で突っぱねている久美子の叫びに。


「−−−−ええっ!?」


あんまり感情の変化が無い拓であったが、かなり驚いた。


「そ、そんなに驚かなくても・・・。どっから見ても違うじゃないか・・・」


(・・・どっから見てもそう思うんですけど・・・・・・)


思わずそう声に出しそうになったけれど、隼人に抱きしめられながら真っ赤な顔で動揺している久美子が
ちょっと可哀想に思ったため、言うのは止めた。


恋人同士を否定されてるのに、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている兄から察するに。


どうやらこの二人には、複雑なものがあるらしい・・・。


よくわからないけど・・・。








そのあと。久美子が担任の先生だと知った拓は、思い出した。


そういえばここのところ朝早いし、サボることも少なくなってた。


友達と遊んで帰ってきた日も、前より楽しそうだし。


ここ最近の思い当たる些細な変化は。


きっと、この人に出会ったから・・・。


拓は自然とそうわかって、笑った。


やっぱり特別な人。











「お前、絶対に拓の名前いうんじゃねーぞっ!」


「そんなこと出来るわけないだろっ!!」



この二人の関係は、よくわからないけど・・・。



「名前じゃなかったらなんて呼ぶんだっ!」


「なんてって・・・・・・」


「名前がなかったら拓君が可哀想じゃないかっ・・・っ!?」


勢いで言ってしまった久美子の頬を、隼人は両手でかるく引っ張る。


「だから言うなっていってんだろっ!」


「ふぁっふぁなふぇーーっ!」


「・・・あ゛ー・・・なんかねーか・・・?」


「べつに僕の名前なんて気にしなくても・・・・・・・」


「そんなことねーよ。やっぱなー・・・」


久美子が名前で呼ぶのは気に入らないけれど。


拓のことを想うと、なにか考えなくては。


それに、俺がこいつを死んでも手放さないってことは。拓とこいつも一生の付き合いなわけだ・・・。


やはり無いと不便だ。


「矢吹・・・矢吹・・・・・・・あ゛ー・・・」


「なんで名前じゃダメなんだ・・・・・・」


真剣に悩んでいる隼人と、その腕の中で引っ張られた頬を両手で包んで恨めしそうにしている久美子を
見やりながら、拓も考える。


自分の名前のことでこんなに悩まれても・・・。と思うのだが、なんか二人に悪いような気がしてきて。


「・・・普通に矢吹で・・・?」


「・・・それじゃーなー・・・なにか区別を・・・・・矢吹・・・弟・・・にしとくか。」


「弟・・・君・・・?・・・むー・・・」


久美子としては、やっぱり「拓」って呼びたいらしい。


不思議と違和感がなくて呼びやすいし、なんかすでに愛着が湧いているのだ。


名前にも。拓にも。(やはり波長が近い二人。短時間でも、すでにお互い好き同士)


「・・・可哀想じゃないか?それ・・・」


「どうだ?拓?」


思い悩む二人の視線を受けながら、拓は笑って言った。


「僕はそれでいいよ」


あっさり頷く拓に、久美子はまだ少し納得できない感じだったけれど。


こうして拓の呼び方は「弟君」に決まったのだった。














「・・・暖かい人だね・・・。すごく・・・」


手を振りながら去っていく久美子に手を振り返しながら、拓は呟いた。


怒ったり。笑ったり。驚いたり。コロコロ変って忙しい人だけど・・・。


笑顔を向けられるだけで。見ているだけで、心が暖かくなった。


たった1時間足らずの出来事だったけど・・・また、逢えたらいいなって思った。


やっぱりあの人は、特別な人。


「変なところも多いけどな・・・」


どこか幸せそうな拓に、隼人は軽い苦笑いを浮かべて言葉を返した。








「そういえば、なんで名前で呼ばないの?」


「・・・・・・・・・・」


口を噤んでしまった隼人に拓は不思議そうに首を傾げる。


「呼びたいのに呼べない理由・・・なんて、あるのかな?」


首を傾げて考える拓の言葉に隼人は小さく溜息をついた。


「素直なお前にはわかんねーことかもな」


「・・・?」


拓のように、感じた気持ちを素直に受け止められるほど、隼人は器用じゃないのだ。


それに・・・整理できるほど、簡単なものじゃない。


強すぎて。激しすぎて・・・。それを口にしてしまったら、どうなるかわからない。


今はまだ・・・壊すべきではないと思うから・・・・・・。





「いろいろ複雑なんだね・・・」


なにかを強く思っているらしい隼人に、拓は呟いた。


隼人は苦笑いを浮かべ、


「そうかもな・・・」


と、歩きだす。


「・・・でも・・・」


少し先を歩く背中に、拓は小さく呟いた。





「大丈夫だよ。・・・きっと・・・」





あの人は。ずっとそばにいたから。


手を離さずに、いたから。


それは・・・とても特別なこと。


あの人にとっても。


きっと、特別。











「拓?」





振り向いた兄の隣に。





山口先生の姿が、見えた気がした・・・。





















おまけ。


「・・・あ・・・」


「ん?どうした?」


「・・・お父さんには・・・内緒の方がいいかも・・・・・・」


「あ?」


「思い出したんだけど・・・。お父さんも山口先生のこと、気に入ったみたいに話してたことあったから」


「・・・・・・・・・・・」


「可哀想かな・・・と・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・」


「・・・え・・・っと・・・?」


(・・・こっちを内緒にしといた方がよかったかな・・・?)








「−−−−−あのクソジジイっ!!帰ったらマジぶっ殺すっ!!」





時々。一言多い、拓だった。





あとがき


「恋の行方」は、これで終わりです。

楽しめましたねー。好きですねー。

隼人の久美子溺愛ぶりも書けて、拓君も好き放題書けて、幸せでしたー!!

でも・・・拓が苦手な方には、正直厳しい評価なんでしょうね・・・。(苦笑)

隼人の名前についての想いは、後々のストーリーで詳しくなっていくと思いますので。