「―――遅いっ!!」


道端で叫ばずにはいられないほど、今、久美子はかなりのご立腹だった。


外で待ち合わせと言ってきたのは相手の方だというのに。


約束の時間から、もうすでに30分も過ぎてる。


なのに今だ、彼は現れず・・・。


「だいたいなんでわざわざ外で待ち合わせなきゃならねーんだ。あいつの家に行けば、拓君だっているかもしれないのに」


そう口ではいいながらも律儀に待っているのは、内心少しだけドキドキしていたからだ。


外で待ち合わせなんて初めてで。なんだかとってもくすぐったかったからだ。


なのに来ないなんて。自覚も無しに浮き足立ってた心が、ずーんと沈む。


何かを期待していた訳じゃないのに。裏切られたような気がした。


「―――もーっ待ってられねーっ!帰るぞっ!私は帰るんだからなっ!!」


普段から周囲を気にしない久美子は、すっかり自分の世界だ。


遠巻きにも注目を集めに集めながらも、久美子は背筋を伸ばし、声を張り上げた。


鼻息荒く、フンッとその場から立ち去ろうと1歩足を動かすけれど・・・。


「―――・・・・・・なんで、来ないんだよ・・・・・・」


たった1歩で、しょぼんと肩が落ちた。


・・・忘れちゃったのか?


浮かんだ思考に、ブンブン頭を振る。


「そんなことない。そんなことないさっ!もしかしたら、私が約束を間違えたのかっ!」


気を取り直してみるけれど、こんな時に限って頭が冴えるものだ。


「・・・でも、それなら連絡してくるよな・・・」


バッグの中に入れていた携帯を取り出して、確認して見る。


着信もメールも無い。


「・・・まさか・・・何かあったのか・・・?」


もう40分近く過ぎている。


途端に、不安で一杯になる。


それでも悪い予感なんか感じたくなくて。


「なにかあったら、きっと拓君が連絡してくれるはずだよな・・・。大丈夫、事故とかじゃない・・・」


悪い考えを浮かべては、かき消して。


不安を押さえ込むように久美子は携帯を強く握り締めた。


はやく来て欲しい。頼むから・・・、お願いだから・・・。


そう、祈るような想いでいた、その時。





「―――ぎゃあっ!?!?」





久美子の肩をガシッと後ろから誰かが掴んだ。


あまりに突然の出来事に久美子は心臓が飛び出そうなくらい驚いて、奇怪な悲鳴をあげた。


心臓は飛び出ることはなかったが、代わりに飛び出したのは、手の中の携帯。


強く握り締めていた手から急に力が抜け、ビクッと飛び跳ねた身体に合わせて、見事に携帯は宙を舞う。


「―――あああ〜〜〜〜っ!!!」


鈍い音をたてて、携帯は地面へと落ちた。


悲劇的な場面に呆然と固まってしまった久美子の脇をサッと通る人影。


「―――ば、ばかかっおいっ!なにやってんだよっ!」


そう言って携帯を拾い上げたのは、ずっと待ち続けていた人間で。


「―――やっ矢吹っ!?!?」


「おお。なんだよ、その驚きよう。人をばけもんみたいに見やがって、変な奴だな」


眉を寄せて怪訝な顔で見つめてくる隼人に、久美子はかぁ〜っと怒りが込み上げてくる。


「お前っ!!遅れて来といて、なんだっその態度っ!!」


「は?遅れてねーだろ?20分前に来たってのに。まさかお前がそれより先に来てるなんて思わなかったけど」


密かに、先に来て、久美子を待ちたかった隼人はどこか残念そうに言う。


自分に向かって駆けてくる姿と、遅れてむくれてる姿、どっちを取ろうか悩んだ末に決めたのだ。


期待は外れたと思ったが、自分の言葉を聞いて、ぽかんとしている久美子にふと気がつく。


「・・・お前、もしかしなくても、時間間違えたのか?」


「―――!?」


ビックンと肩を震わせる姿は、まさしくその通りですといっているようなもので。


隼人はニヤニヤと嬉しそうに久美子に近づいた。


遅れてむくれた姿だけじゃなく、もっと可愛いものが見れそうだ。


「心配した?」


「・・・ッ・・・!」


かあぁっと久美子の頬が赤く染まっていく。


それはそれは可愛くて。隼人は、久美子をがばりと抱きしめた。


はまりの恥ずかしさに固まっている久美子をぎゅうっとして、頭後部を優しく撫でる。


約束を間違えたことなんてどうでもいいくらい、


隼人は、たまらなく嬉しくて。たまらなく幸せな気分だった。





固まったままだった久美子は、隼人の腕の中で恥ずかしいながらも、密かにホッとする。


忘れられたんじゃなかった。何もなくてよかった。


不安だった気持ちが優しいものに包まれて、ホッとした。





ホッとして、ハッと気付く。


「私の携帯っ!」


ぐいっと隼人を押し返し、久美子は彼の手の中にある携帯を見やった。


隼人は片腕を久美子の背に回し、もう片方のあいた手で折りたたみ式の携帯を器用に開く。


「お、おい・・・真っ暗じゃないか〜〜〜!!ど、ど、どどどうすんだっ矢吹っ!!」


飛び出る前は確かに電源が入っていたはずだが。画面は真っ暗。久美子の頭も真っ暗だ。


「・・・あー・・・ちょっと待てって・・・」


パニくる久美子とは反対に隼人は落ち着いて、電源を入れなおしてみた。


少しの後、画面が明るくなってきた。


「つ、ついた・・・。大丈夫なのか?なあ・・・?」


久美子は不安で隼人の服の裾をくいくい引っ張る。


可愛いな・・・と思いながら、


背中に回した腕に力を込める隼人は、久美子に見るぞ?と軽く断わってから、アドレス帳を開いて見た。


そこで・・・隼人は、ある事実を見てしまった。


「・・・おい。・・・なんだ、これ・・・」


声が、低くなっている。携帯を持つ手が震えている。


それすなわち、怒って・・・る・・・?


「・・・っんだよ、この1に入ってる篠原ってやろーわっ!ええっ?!」


据わりきった目をして、隼人は久美子に携帯を突き出した。


画面には、「001 篠原さん」しかも大きくて赤いハートマークの絵文字付き。


直感で、男だと分かってしまう隼人は悲しいものであるが。


こんなあからさまに特別視しまくってる風に登録する久美子も、ある意味悲しい。


「・・・えっと・・・・・・あの・・・」


えへへ、と可愛く笑ったって駄目だろう。


取り返そうとする久美子に、隼人はキツイ眼差しで一瞥をくれると、


久美子から携帯をなるべく遠ざけ、素早く指を動かし始めた。


「お、おいっ!なにやってんだっ?!」


慌てるけれど、がっちりと片腕で拘束され、手を伸ばそうとしてもそれ以上に遠ざけられどうすることもできない。


ほんの10秒くらいの後、隼人は満足そうにふふんっと携帯を眺めた。


画面には、「001 隼人」。


さすがにハートマークは自分でつけるのには抵抗があってやめたらしい。


それでも、久美子の携帯に自分の名前が001に入っている。それだけでも十分である。


「おおおお前、うわ、うわがき、上書きしやがったのかぁぁ〜〜〜!?!?」


隼人から携帯を取り返して、久美子は悲痛な叫びを上げた。


番号まで覚えてなかったのだ。これでは相手がかけてくるまで、もう連絡は取れない。


泣き崩れそうな久美子に苛立ちを感じながら、隼人はぎゅうっと腕に力を込めた。


罪悪感はほんの少しあるけれど。こうでもしないと、彼女の「001」にはなれないのだ。


本当は、002も003も自分の名前で埋めたいくらいだ。


「000」は実家のナンバーだった。譲れるのは、それだけだ。


抱きしめて。抱きしめ続けて。ショックを受けてる久美子の顔を見ないようにして。


隼人は少しの罪悪感と悔しさと悲しさに堪えた。


しばらくして、久美子が諦めたように溜息をつくまで。


呆れたように、「しょうがない奴だ、まったく」そういって、しがみつく隼人の頭をポンと軽く一叩きするまで。


隼人は久美子を抱きしめ続けていた・・・。





バツが悪そうに顔を上げれば、優しい苦笑がそこにはあって。


隼人は再び、たまらなく嬉しくて。たまらなく幸せな気分になった。





おまけ


「そういや・・・拓は何番なんだ?」


操作するついでに見た自分の名前は、真ん中らへんのどうでもいいような番号に
入っていたのが結構ショックだったのだ。


どこぞの誰かはしらないが、あきらかにその男を「001」に自分で設定したであろう久美子である。


あまり認めたくはないが、拓は久美子の中でかなり上位の人気を誇る人物だ。


その拓の名は、001〜010の間にも。そこから隼人の間にも。その名前はなかった。


さすがにそこまで思うほどじゃないのかも。


安心なような、兄としてそれはそれで悲しいような・・・。


複雑な気分を感じた隼人は、自分と同じように、入れた順番の普通の番号だよな・・・


と、思ったのだが・・・。


「ふっふふ〜〜。弟君か?弟君はなぁ、ラッキーナンバー「777」だっ!!」


「・・・・・・・・・・は・・・?」


「弟君が幸せでありますようにって願いを込めて、この番号にしたんだぞ!!」


にっこりと最高に幸せそうな笑顔を浮かべる久美子に、隼人はどんよりと肩を落とすしかなかった。




「777」の脅威に絶望的な敗北感を感じた。




「001」は勝ち?取ったものの。「777」の拓には、負けた気がする隼人であった。








あとがき


おちは相変わらずで、ごめんなさいって感じです。