プロローグ 思えば昔から、俺はどこかツイていなかった気がする。 決して、運動音痴なわけじゃない。 小学校の逆上がりも跳び箱も縄跳びも。練習の時は出来たのに本番ではダメ駄目で。 手首捻ったり、ずっこけて顔面強打したり、足に縄が絡みに絡まったり。 ・・・・断じて、断じて、運動音痴なわけじゃない。 それでも、勉強は平気なはずだった。 机に向かうのも嫌いじゃなかったし、読書も好きだ。 新しい知識が自分の中に増えるのは嬉しいし、楽しかった。 何より、テストでは自分でも驚くほどに頭がクリアになって、自然とスラスラ答えが書けるほどだったのだ。 だから高校入試も全然問題ないと思っていた。 担任の先生にも「お前の実力なら、心配はいらないさ」なんて微笑まれた学校を選んだのに。 それなのに。 俺は、今、志望校とはあまりに違う高校の前に立っていた。 「・・・・・・」 いたって普通の。少しばかり大きいかな?と思うような校門を抜けた先で。 香町白音(カマチシロネ)は思わず立ち尽くしていた。 目の前に広がる光景は、果たして本当に学校なのだろうか、と。 呆けてずれた細フレームの眼鏡をくいっと指で押し上げて、くるりと来た道を戻る。 季崎野(キサキノ)学園。 校門の柱にかかげられた学校名に、間違いはなかった。 「・・・・・・・・・」 ・・・ありえない、と思う。 舗装された道には花や木々が植えられた手入れの行き届いた花壇が並び。 公園施設かなにかなのかと思うほどに、広く、そして美しく、極めつけは中央でキラキラと光を浴びて輝く巨大な噴水。 遠くには白い建物とそのさらに左奥にはレンガ色の建物が見えた。 いくら敷地内に寮がある学校だっていっても。校門からどれだけ離せば気が済むのだろう。 細い眉が、眉間に寄った。 全寮制のエスカレーター式学園。 名門で、世間ではお金持ち学園などと呼ばれているわけを目の当たりにしてしまうと自分で決めた判断に思わず後悔したくなってしまう。 『いいか、白音。そこには絶対に行かない方がいい。』 『本気で行くつもりなのかよっ!?』 『行ったら駄目よ、シロ兄っ!!』 今更ながら、数日前に聞いた兄弟達の言葉が胸に響いた。 けれど、後悔しても仕方ないのだ。 いくら住む世界が違っていても。オーラも空気さえも違っていても。 手続きを済ませ、明日は入学式だというこの日に後戻りなんて出来ない。 自分の意思で選んだ学校ではないけれど。最終的に決めたのは、自分自身なのだから。 地面へと向いていた視線を少し上げれば、ここの生徒たちだろう、ブレザーの制服を着た姿がちらほらと見える。 彼らと同じ、身にまとう制服を改めて見下ろして、白音は決意を固めるように背筋を伸ばした。 まっすぐに見つめた先に、これからはじまる三年間の生活と日常が待っているんだ。 そう思うと少し不安だけど。 でも・・・何かが変わりそうな、そんな気がしていた。 それはどんなものなのか。どんな、未来なのか。 今はまだ、何も知らない白音だけど。 一つだけ、願うことがあった。 どうか。穏やかで、静かな、平穏な日々が待っていますように、と――― 四月、春の日。 優しい日差しと柔らかな風が、白音を暖かく包み込んでいた。 これから彼の人生が嵐のように、転がるように駆け抜けていくことも告げずに・・・。 ---NEXT「第一話 マジで恋する〇〇前」 |