「はぁ〜っ!!んっとにうめーぜっ!!」


「うん、うんっ!」


お弁当は生徒達の間で大人気な様子で、みんなおにぎりやおかずを頬張りながらご機嫌だ。


「そーだろー!」


久美子も美味しそうに食べる生徒達に嬉しそうに笑顔を浮かべる。


その横で、隼人はぶすっとから揚げに割り箸をぶっ刺した。


「そんな褒めるほどかよ。べつにふつーじゃねーか」


ばくっとから揚げを口に含んで、そっぽを向く隼人の姿は、おもいっきりご機嫌斜めだ。


久美子は不機嫌そうな隼人を不思議に思いながらも、むっとして彼を見上げた。


テツに無理をいって作ってもらったものだし、みんなで楽しく食べたかったのに。


「なにが不満なんだ、矢吹っ!?」


「全部。」


「なっ!?」


久美子はカッとなって言い返そうとしたけれど、それをなんとか押さえ込んで
今度は反対側にいる竜のほうを勢いよく振り向いた。


「小田切っ!お前は、美味しいって思うだろっ!」


「・・・・・・・・・・・・まあ・・・・・」


淡々と皿の上の人参を食べながら、竜は一言だけ呟いた。


これまた隼人までとはいかないまでも、いつもよりもしかめっ面だ。


「お前・・・。もう少し何かないのか?」


「・・・・・・・・べつに」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


竜の淡白な言葉に、久美子はなんとなく怒る気が失せて、項垂れてしまう。


チラリと隼人のほうを見れば、彼は酷くイライラしているようだし、竜はそっけないし・・・。


なんか途端に寂しい気持ちになった。


みんなで一緒にお昼を過ごしたいっていうのと同じくらいに、久美子は美味しいっていって喜んで
ほしいと思ってた。


久美子はテツの作った料理がとても大好きだったから、それをみんなにも食べさせたかった。


ションボリしてしまった久美子に、隼人はチラリと久美子を見やって気まずく顔を曇らせる。




べつに久美子を傷つけたかったわけじゃない。お弁当が気に入らないわけじゃない。


ただ、お弁当や久美子の嬉しそうな笑顔を見るたびに、自分が久美子のことをなにもしらないって
ことを見せつけられてるような気がして、悔しかった。



久美子の笑顔は見たいけど。



知らないことで、自分じゃない奴のことで、嬉しそうに笑う顔なんて・・・見たくもなかった。



だけど、沈んだ顔はもっと見たくない。



「・・・べつにまずいっていってるわけじゃねーよ。豪華すぎて驚いただけ・・・」


褒めて、あらかさまに嬉しそうにする久美子は見たくないから。


隼人は不機嫌顔で、そういった。


「そうそう。こんなお重に入った弁当なんて、俺ら見たこともねーんだからさー」


隼人の言葉をホローするように、土屋の明るい声が続いた。


「この肉団子なんてサイコーにうまいぜ?」


そういって、隼人と久美子の皿の上にそれぞれ肉団子を乗せる。


あ、お前は知ってんだよなっ!


と、少し背中を曲げて笑う土屋に久美子の沈んでいた気持ちも浮かんできた。


ふわりと微笑んで、笑顔が戻る。


その久美子の笑顔と、皿にのった肉団子を交互に見やりながら、


(・・・・・・これじゃ、俺が大人気ない奴みたいじゃねーか・・・・・)


隼人はやっぱり面白くなかった。








一方、竜は胸の内がどんなにイライラしていようとも、いたって冷静だった。


お重を見たときに、とりあえず男ではないだろう・・・。と、思ったから。


男がこんなに手の込んだことするとは考えられない。


でも、男だろうが女だろうが、自分の知らないことがあるのには変わりないのだから
他の生徒と同じように、素直に美味しいとは言えなかった。





けれどその冷静な考えは、久美子の一言で大きな間違いだったことに竜は気づいてしまう
のだった。











「それにしてもヤンクミって、毎日こんなうまいもんくってんのか?」


「おうっ!いつもこんなに豪華ってわけじゃないけどな。」


「あ、なあ、今度ヤンクミんとこの晩御飯よんでくれよっ!!」


「え゛?!」



おにぎりを食べようとした久美子の手が、ピタリと止まる。


竜と隼人も久美子のその不自然な停止と思わずあがった声に、箸を止めた。


訝しげに久美子を見る。


「あ、それいいなっ!ヤンクミの私生活ってやつも興味深くね〜っ?!」


普段からあまり人の顔色なんて気にしない生徒達に久美子の引きつっていく顔なんて
気づくわけもなく、話はどんどん盛り上がりを見せそうな予感。



ヤバイ予感・・・。って、ゆーかヤバイっ!!


(な、なんとか話題を逸らせねーとっ!マズイっ!!)



「ば、ば、晩飯っていえば、鍋だよなっ!!お〜お前らはなに鍋が好きなんだっ?!」



思いっきり笑顔引きつってるし。声、どもってるし。



怪しすぎる。



(・・・こいつ・・・ぜってーはぐらかしてやがんな)


はぐらかされた経験がある竜には、もろにばれてるご様子で。


(おもいっきしウソついてんだろっ!それっ!!)


隼人の割り箸を持つ手に力が入った。


けれどやはり久美子の動揺など、生徒達は一切気がつかない。


「鍋ね〜・・・やっぱ鍋はカニかねっ!カニッ!!」


「キムチ鍋もいいよな〜っ!!」


「そ、そうかっ!お前らも鍋が好きかっ!」


久美子は久美子で自分のピンチで頭がいっぱいで、自分をじっと疑いの目で見つめている
二人の視線には気づかず。


おまけに大好物の鍋の話に盛り上げを見せそうな雰囲気におされてか。




テンションのあがった久美子は。





おもわず・・・。





「湯豆腐もいいけど、やっぱテツの作ってくれる特製スープの鍋が一番だなっ!!」





「へぇ〜ーーー・・・・・・・・・・・・・・・・・」





思わず、相槌を打ちそうになった生徒達の動きが、ピタリと止まる。





一斉に。


くわえたままのおにぎりがぼろっとこぼれ。


箸が数本、カランと音を立て。




−−−−−−・・・バキィッ!?


・・・・・と、なにかが折れる音がした。





「・・・・・・・・・・・・え?」


シ〜ンと静まり返る教室で、久美子は笑顔のまま首を傾げる。


数秒後。自分の言った言葉を思い出して・・・・・・。


「あ゛っ!?」


慌てて口を押さえるけれど、もう遅い。


普段、人の話なんかろくに聞いていない生徒達でも、こういうときにかぎって
聞き逃さずに聞いているもので。


はっきりと。



「テツ」



その言葉を、聞いてしまった。








「ヤ、ヤンクミ・・・。も、もしかして・・・男に料理作らせてんの?」


「てゆーかヤンクミ、男いんのかよっ!?!?」


「えっ!?お、男って、ちっ」


「しんじらんねーっ!?」


「ちがっ・・・って、しんじらんねーってどういう意味だっ!!」


「やっぱり男に作らせてんのかよっ!!」


「だ、だからっそ、そういうんじゃなくてっ!!と、とにかく落ち着けっお前らっ!」


「男じゃねーんなら、誰?」


「えっ・・・と・・・だから・・・お、おっ」


弟。そういおうとして、咄嗟にやめた。


(弟に作らせてるっていうのもなんか変だなっ。な、な、なんかないか〜〜〜っ)


「おっ、お〜酒屋さんの息子さんだっ!!」


自分でいっといてなんだけど、ちょっと無理があるな・・・。


でもうまくこいつらが流されてくれればっ!っと、思った久美子だけれど。


「・・・なんで酒屋の息子が飯作ってんだよ」


こういう時に限って、馬鹿ではない生徒たちだった。


「だ、だからだな・・・えっと・・・ほ、ほらっ!あ、あれ・・・・・・・・っ?!」


久美子が言いかけた瞬間、久美子の背後でドカッ!?っとなにかが派手な音を立てた。




一斉に振り向くと、そこには・・・・・・。




手に持った割り箸を真っ二つに割って立つ、隼人の姿だった。



どうやら近くにあった椅子を蹴ったようで、割れた割り箸を持つ手は
ワナワナと微かに震えてる様子。


うつむいて顔は見えないけれど・・・。


「・・・は・・・隼人・・・・・?」


隼人を呼ぶ土屋の声も、言いようのない恐ろしさにふるえ。


彼を見るみんなの顔も一斉に引きつった。


なんか・・・怒って、る・・・?


「・・・あ、あの・・・矢吹・・・くん?」


久美子がおそるおそる声をかけた瞬間、割り箸が小さな音をたてて床に落ちた。


そして隼人は顔を上げることもなく。


「お、おいっ矢吹っ!」


咄嗟に呼びとめた久美子の声も無視して、教室を出ていってしまった。


「ど、どうしたんだ・・・?あいつ・・・。−−−−−な、なあ・・・小田切」


突然の隼人の行動を困惑して、仲のよい竜に聞こうと振り向いた久美子だけれど。


「・・・あ、あれ?・・・・・・小田切はどうした?」


なぜかついさっきまで隣にいたはずの竜の姿もなくなっていた。


武田が呆然とした様子でいった。


「・・・竜も・・・どっかいっちゃった・・・・・・・」


彼の立っていた場所には、空の皿と割り箸だけが、虚しく落ちていた。





以降、分岐小説。お好きなCPへどうぞ。





隼人×久美子編  or  竜×久美子編


最初の台詞は同じですが、ちゃんと別々の小説ですので。