純情ラプソディー キョトンとした二人。 純情過ぎて、クールな俺も笑いを堪えるのが大変やった。 黄色い卵に赤いケチャップ。卵に包まれるのは、チキンライス。 バクッと頬張るその顔は、可愛いオムライスとはほど遠い仏頂面。 日曜日の正午。喫茶店の窓際の席で、三郎はそっと苦笑いを浮かべた。 食べかけのナポリタンをそのままに、フォークを置いて頬杖をつく。 (ホント、純情やわ。こいつ・・・) どこかしみじみと、心の中で呟く。 「・・・・・・ん?」 三郎の視線に気がついて。向かいに座る浩之が顔を上げた。 「なんじゃ?」 「いや・・・な〜んや久しぶりにおうたってのに、機嫌悪いやないけ?どうした?」 東京へ来て、早ニヶ月。さっきから店の外からも中からもチラチラと注目を集めてるというのに、二人は気付いているのか いないのか、相変わらずの方言だ。 三郎はちょろいもんやと東大へ。浩之は海に夢を馳せて東京商船へ。 故郷の愛媛を思えば、たったの二ヶ月でも懐かしいものがある。 変わらない柔らかな口調の三郎の言葉に、浩之はオムライスを口に運ぶのを止めて、むっと口を噤んだ。 なにか言いたげに。けれど沈んだように俯いてしまうのが、浩之の癖である。 三郎の苦笑も思わず深まった。 とある理由で。 もちろん久しぶりに会いたいと思ったのも理由の一つであるけれど、愛媛を離れてから初めて連絡をとってみた。 「会おうや。セッキー」 最初は「なんで俺がお前の暇つぶしに付き合わなきゃならんのじゃ」と迷惑そうにしていた浩之だったけれど。 少しの後、「まあ、ええわ」と渋々誘いに乗ってきた。 誘いに乗った訳は、おそらく「あれ」だろうとわかっていつつも、知らぬふり。 「篠村とは仲良くやっとるか?」 とりあえず、さり気なく話をふってみる。 ぎゅっとスプーンを持つ手に力が入ったのを視界の隅に捕らえた。 「知らん。あのボケっ。こっちきてから、ろくに連絡もよこさん。たった一回、しかもこっちからその番号に連絡しても 通じん。なんじゃ、現在使われておりませんてっ」 ガシャンとスプーンを置いて、水を一気に喉へと流し込む。 「なんじゃいセッキー。さけられとんのか」 フッと口元に笑みを浮かべれば、浩之の肩がビクリと揺れた。 分かりやすい反応。 「−−−・・・クッ・・・!」 三郎はとうとう我慢出来なくなって、肩を震わせて笑い声を上げた。 「・・・はっ・・・ははっ・・・セッキー!冗談!冗談やてっ!」 本当は笑ってる場合じゃないけれど。反応が予想通りで笑える。 「・・・・・・は?」 クツクツと楽しげな笑いに浩之の顔に怪訝なものが浮かぶ。 ひとしきり笑って、三郎は柔らかな笑みで言った。 「そんな気落ちせんでも、大丈夫やって。俺も一緒や」 「・・・なにが?」 「俺の方も、現在使われておりませんってやつや。せやから、ちょっと気になってな。 それで関野も今日俺とあったんやろ?」 フッと心配げに三郎が苦笑すると浩之はどこか気まずそうに視線を落とした。 全部彼の言うとおり。電話もなく。繋がらず。もしかしたら・・・と思って、三郎に会ったのだ。 「・・・手紙は、きとるけん・・・。なにかあったわけや、ないと思う・・・・・・」 電話は一回しかなくても。手紙は何通か届いていた。 自分で撮った写真を同封して。どこで撮ったとか、この写真はこう思うとか。そんなんばかりで。 便箋を埋めるためにいっぱいいっぱいで書いてる気がしないでもない手紙に呆れるけれど、気持ちもわかっていた。 写真に夢中なことも。そして、なにを書いたらいいのかわからない気持ちも。 自分も同じだから。考えて悩んでも、結局自分はろくに書けず、悦子の好きそうな絵葉書を送るくらいだ。 「ほうか・・・。でも、どうしたんやろか・・・篠村・・・」 三郎の言葉に、浩之も不安げな表情を浮かべた。 同じ都内。それほど遠くもない。けれど幼馴染の二人にしたら、思ったよりも遠い気がした。 会おうと思えば会えるのに。会おうとしないのは、電話もろくにしないのは、きっと悦子の戸惑いなのだろう。 けれど浩之にしてみれば、ただもどかしいばかりだった。 ずっと見ていた。ずっと、見てきた。 それを受け入れた時には、すでにその先にあるものを知ってしまっていて。 そばにいられない現実が、深く心に突き刺さる。 離れたくないと思った。離したくないと思った。 その想いを込めたのは、小さな紙切れ一枚で。それだけが繋がりだった。 けれど、やっと届いた彼女からの回線は、「現在使われておりません。」 ツキンと、鋭い痛みが胸を突いていた。 「−−−・・・お?」 二人が丁度食べ終えた頃。三郎の携帯が音を鳴らした。 取り出して、携帯の画面を見る。 「・・・ん?・・・誰や、これ?」 登録されてもいない。覚えもない番号に頭を捻る。 浩之も不思議そうに首を傾げた。 不審な電話にしばし出るのを躊躇いながらも、音は鳴り続ける。 三郎は訝しげにしながらも、電話に出ることにした。 『−−−中田・・・三郎?』 三郎が口を開くのより早く、相手の声が耳に届いた。 それは聞き間違えることもない。よく知った声。 「しのむら!」 「・・・え?」 思わず上がった名前に、浩之は驚いて目を見開いた。 「篠村〜どうしたんぞ。ずっと繋がらんで。」 三郎は目を細めて嬉しそうに笑顔を浮かべる。 突然のことにしばし固まっていた浩之は、我に返るとフイッと視線を三郎から逸らした。 背凭れに背中を預け、口を噤んで表情を曇らせる。 三郎はそんな浩之に気がついて、軽く呆れた溜息を吐いた。 少し話して、三郎は悦子をここに誘うと電話を切った。 店の外で待つこと数十分。 「おい、セッキー。どこいくん」 街路樹の隣に置かれたベンチに腰掛けていた浩之が突然なにを思ったのか、立ちあがって歩き出した。 浩之とは反対側。立ったままベンチの背凭れに手をついて、軽く体重を預けていた三郎が怪訝な顔で呼びとめる。 浩之はウンザリした様子で振り向いた。 「お前とおると疲れる。ちょお離れてるわ・・・」 待ってる間。知らない女に声をかけられること数度。 2ヶ月ぶりの再会で、悦子のことで頭が一杯だというのに。 無視して知らぬふりをしていても、甘えるような女の声が耳障りでならない。 おまけに、これはかなり悔しく虚しい気もするが、どうせ皆三郎だけしか目にないのだろう。 なんでそんなのに俺が付き合わなきゃならんっ。てな感じで、柔らかく彼女らをあしらう三郎とは対照的にピリピリとした 空気を漂わせ、口を噤んで腕を組んで知らぬふりを通していたが、いい加減むかつきを通り越して、呆れ疲れていた。 「何やその言い方、傷つくわ」 ワザとらしく、三郎が綺麗な眉を寄せる。 「勝手に傷ついとれ。付き合いきれん」 素っ気無く言い放って離れていこうとする浩之に、三郎が少し慌てて後を追った。 「待てや、セッキー。もうすぐ篠村も来るよって、ちゃんとここにおらな!」 「ちょっと離れてるだけじゃっ!だいたい、お前っさっきからセッキーセッキーゆうなっ!!」 後を着いてきた三郎にギンッと鋭い視線を浴びせ、浩之はすぐに顔を背ける。 そのままイライラと歩き出そうとする浩之の首根っこを三郎がガシッと引っ掴んだ。 「―――なっ!離せっボケっ!!」 「変なキャッチの兄ちゃんとかに捕まったらどうする?いいからベンチにすわっとれ」 「そんなんに捕まるわけないやろっ!!」 三郎から離れようとジタバタしながら叫ぶけれど、掴まれた手を振り解くことがなかなかできない。 「いーや。絶対目ぇつけられるわ。」 「失礼なっ―――っ!?」 ムカッときて、肘で一発くらわせてやろうとした瞬間。 「―――中田三郎ー!?」 背後から聞こえてきた声に、浩之は硬直した。 久しぶりの声にドキリとして。 その声が呼ぶ名前にズキリとして。 一瞬にして、疎外感が浮かぶ。 やっぱりこんな奴と顔をあわせなければよかったのだ。 そんな惨めな自分が悔しくて。浩之は力の限り、三郎の手から逃れようとした。 けれど心が引き寄せられるように・・・。 「しのむらー!」 悦子の方へと振り向いた三郎につられて、一緒に振り向いていた。 駆けてくる姿。嬉しそうな笑顔。 首根っこを掴まれたままの状態で、バチリと合わさる二人の視線。 駆けてくるのを止めて、ふっとゆっくりになる足。 互いに目を見開き、吐いて出たのは、 「―――ぶーっ!?」 「ぶーゆうなっ!!」 お決まりのものであった。 「えっと・・・ブーもいたん・・・?」 少し気まずそうに視線をさ迷わせながら呟いた言葉に、浩之はギリッと奥歯を噛み締めた。 「・・・・・・・」 吐き出そうとした言葉を飲み込んで、顔を背ける。 「久しぶりやな。篠村。」 ギクシャクした空気に気を利かせた三郎が浩之から手を離すと、明るい声を上げた。 それにつられるように悦子が三郎を見上げる。 「うんっ。ひさしぶりやね!」 ふふっと笑いあう二人。 浩之の存在を気にしつつも。三郎の表情は、自然と優しくなっていた。 いつもニコニコと。眩しく輝いていた笑顔。 松山第一の。高校生活の、一番の笑顔が彼女の笑顔だった。 それは恋とは違うけれど。三郎にとって、それはとても大切で、かけがえのないもの。 懐かしさに。久しぶりの再会に、素直に喜びあった後。三郎は思い出したように首を傾げた。 「そういえば篠村、携帯変えたんやな。突然繋がらなくなって心配したぞ」 「え?・・・あっ、・・・それ、な・・・」 途端に言葉を詰まらせる悦子に、浩之はチラリと怪訝な顔で悦子を見やる。 悦子はいいにくそうに訳を話した。 「実は・・・携帯、どっかに置き忘れたまんま・・・無くしてしもうたんよ・・・」 「はあっ?!なんじゃっそれっ!」 ごにょごにょと呟いた理由に、浩之は思わず声を張り上げた。 こっちは繋がらないことにショックを受け、心配だってしてたというのに。 そんなアホな理由だったなんて・・・と、むかつかずにはおれない。 けれど悦子も黙っておれないと、ムッと浩之を睨み返した。 「しょうがないやないっ。初めて携帯持ったんやからっ!まだ慣れとらんのよっ!!」 「そういう問題じゃないやろっ」 「なによっ!あんただって、まだ慣れてないくせにっ!!人がず〜っと掛けてんのにでんでっ!」 「えっ・・・?」 いい返そうとして、ピタリと浩之が固まった。 「・・・今日ずっと掛けてたんよ?なんで出んのよ?」 ふっと表情を曇らせて呟くその顔は、どこか寂しそうだ。 浩之は予想外の展開がしばらく信じられず、呆然と悦子を見つめていたが、ハッと気がついた。 慌ててズボンや上着のポケットをあさる。 けれどそこには探しているものは無く。 「・・・・・・部屋・・・か・・・?」 記憶を辿って、それらしいと思う答えを出してみた。 「ほらっ!一緒やないっ!」 顔を顰める浩之に、悦子はニッと笑いながら胸を張った。 何が嬉しいのか・・・。浩之は自分にも悦子にも少し呆れながら、それでも。 どこか、ホッとしていた。 自分のところにかけてくれていた。 中田三郎よりも先に、気にかけてくれた。 そんなことに、ホッとして。・・・そんなことが、とても、嬉しかった。 そして。 言い合いをしているうちに最初の気まずさも消えたのか、悦子の住んでいる場所がここから近いことがわかり、悦子の提案で 彼女の家に行くことになったのだが・・・。 「え?中田三郎、こんの?」 「なんや。人のこと誘っといて・・・用事あったんか?」 断わってきた三郎に、二人は首を傾げた。 「ま、あな・・・。そんなとこや」 「「どんなとこや?」」 曖昧な言い訳に二人の鋭いツッコミが飛ぶ。 三郎は小さく苦笑して。そして、浩之を見ると意味深な笑みを浮かべた。 「・・・?」 笑みの意味がわからずに怪訝な顔をする浩之の肩を三郎は突然ぐいっと引っ張った。 「なに?」 悦子に背を向けるように向きを変え、浩之の肩に腕を置いてそっと囁く。 「がんばれや、純情少年っ」 応援しつつも。どこかからかいを含んだ声。 けれど浩之には、意味も、そのからかいすらも通じていないようである。 「・・・・・・は?」 ボケッとして、意味わからんと三郎を見上げるのだった。 続く・・・。 2 へ あとがき す、すみません。なんかまだ全然浩之×悦子じゃないですね・・・。 次回はちゃんと二人のお話ですので。 なんていうか・・・三郎も浩之もちょっと別人なような気が・・・。 とりあえず、私の中の三郎は、悦子には酷く甘く優しい人です。 幸せになってほしい、優しくしたい。そんな感じでしょうか。 浩之には、意外と自我を出してる気がします。 幸せになってほしいとかそういうことよりも、自分が楽しいと思いたくて、ちょっかいをかけてる・・・ような? まあ、悦子至上主義であり、浩之お気に入り。てな、感じでしょうか。(小百合さんは、また別ということで・・・苦笑) 三郎って、悦子と浩之で表情とか接し方とかが全然違うよな、と思っていたので。 |