君は・・・どれほど僕が君を好きかなんて、きっと全然わかっていないんだろうね。


とても可愛くて・・・言葉にしてもまだ足りないくらいに僕の中の「可愛い」君は、一杯に溢れてるんだ・・・。








      可愛い君へ







心地よい風と見事に晴れ渡った快晴のある日曜日。

花輪邸の庭園の一角で、二人だけの小さなお茶会が開かれていた。

白い小さなイスに腰掛けたまる子は、目の前に広がる可愛らしい形のさまざまなクッキーに目を輝かせ

花輪はティーカップに注がれた紅茶の優しい香りを楽しみながら、彼女の嬉しそうな様子を満足気に見つめていた。


「今日はいろいろなクッキーを集めてみたんだ。その手前にある星形のクッキーは
 チョコレートが塗られていて、隣の四角い形のはバニラクリームが挟まっているんだよ」


沢山のクッキーの種類に、どれにしようかと迷っているまる子に花輪は順番にクッキーの説明をしていく。


「チョコにバニラ・・・あっ、こっちはチョコチップ?・・・う〜ん・・・そっちのイチゴも捨てがたい・・・」


腰を浮かせ、真剣な面持ちでお皿の上で小さな手を彷徨わせているまる子の様子に花輪は、


「いくつでも遠慮しないで食べていいんだよ?君のお腹をいっぱいにしてしまうほどの
 種類はないと思うから安心して目に留まったものから食べてみたらどうだい?」


と、少し可笑しそうに笑って言った。


「それじゃダメなんだよ〜。最初の一枚っていうのは、特別なんだからっ!!
 それに最初に一番甘そうなバニラを食べたら、次のチョコがちょっと苦くなっちゃったり、チョコから食べたら
 次のが甘くなるかもでしょ?だからどれから食べれば一番おいしく食べれるかっていうのを考えなきゃいけないんだよ!」


花輪の言葉に、まる子は真面目な顔でビシッと力強く答え、またクッキーへと視線を戻して、さらに頭を悩ませた。


「チョコ、バニラ・・・うー・・・やっぱりここは王道なバター?あー・・・でもイチゴっていうのも・・・」


まるでクッキーと格闘技を繰り広げているようなその姿に、花輪は可笑しそうに、そしてとても楽しそうに、笑った。





本当に。



なんて君は楽しくて、可愛い人なんだろうね。



ただのお菓子一つにそんなにまで真剣に悩むなんて、僕には思いもしないことで。

初めて誘った二人だけのお茶会は、甘い香りいっぱいのプリン。

あの時もお皿に逆さにだしてカラメルから食べようか黄色いところから食べようかと悩んでた。

いっぱい悩んで選んだお菓子の美味しさはわからないけど、君の笑顔を見ただけで、僕の心にもその嬉しさが伝わってくる。

それがとても楽しくて、嬉しくて・・・暖かくて。

僕よりも・・・お菓子ばかりに目を向ける彼女に、ほんのすこし憎らしい気持ちもあるけれど。

それでも・・・彼女の笑顔を見られることが僕にとっては、一番幸せなことなんだ・・・。





「よしっ!!決めたよっ!!やっぱりここはバターでいくべきだねっ!」


悩みに悩みまくり、やっとどれにするか決めたまる子は、その決めたバターのクッキーを手にとって

少し緊張した面持ちでゆっくりと一口食べた。

サクッと優しく砕ける音とともに、口の中に広がるバターの香りと

自然な甘さにまる子の顔は、見る見るうちに笑顔へと変わっていった。

おいし〜〜いっ!!と、口内に広がるおいしさに感激したように両手に力を込め

ぎゅ〜っと思わず力を入れて瞑った瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。

その仕草に、目の前のクッキーがとても美味しいものなんだと思いながらも

花輪の思考を埋めるのはクッキーではなく、ただまる子のみだった。

本当に嬉しそうに、美味しそうに。噛みしめるようにゆっくりと一枚のクッキーを味わう彼女から目が離せなくて。

そして、時間をかけてやっと食べ終えたまる子が、これ以上ないほどの笑顔を自分に向けられた瞬間、

花輪の鼓動がドクンっと一つ、鳴った。



「ほら〜、花輪くんも食べなってっ!もうすっごくおいしいんだよ〜!」


にっこりと笑顔で花輪にクッキーを勧めながら、もう手はバタークッキーに伸ばされている。


「やっぱバタークッキーだねぇ。このバターだけの素朴な感じが一番っ!!だからほらっ、花輪くんも最初はバターにしときなよ」


先ほどの口の中に広がった美味しさにまる子の笑顔は止まることはなかったが、

ハイッ!と花輪にクッキーを差し出そうと彼を見て、あれ?と不思議そうな顔をした。


「花輪くん?」


クッキーを差し出す手を止めて、目の前の花輪の様子にまる子は小首を傾げて声をかけた。


「・・・・・・・・・」


カップを手に持ったまま、なぜか固まってしまったように微動だにしない花輪に、

まる子はさらに首を傾げて花輪の顔の前で手を振ってみた。


「おーい、花輪くんー・・・?はーなーわーくーーーん??」


手を振りながら少し声を大きくして花輪を呼ぶと、その声でようやく気がついたように彼はハッと我に返った。


「っ!?ーーーあ・・・ご、ごめん、な、なんだい?」


息をするのも忘れていたのか、声が不自然に上擦っている。


「なんだいって・・・、なんか今固まってたよ?大丈夫?」


呆れたような顔をして、首を傾げながら覗き込むように見つめてきたまる子に、花輪はギクリと微かにイスを後ろに引いた。

まさか見とれて惚けてましたなんて言えるはずなく、ましてや少しでも疚しい気持ちを抱いていたなんてことは

絶対に知られるわけにはいかず、花輪はダラダラと冷や汗が全身に流れるのを感じた。

とにかくこれ以上動揺を悟られまいと懸命に取り繕うと思うのだが、

頭を埋め尽くすのはただ一つのことばかりで、どんなに頭を働かせようとしても口にでるのは、


「だ、だいじょうぶさっ、可愛いなぁと思ってただけでっ・・・て、いや、違う・・・あ、可愛いのは本当で」


可愛い。その言葉ばかりだった。


「と、とにかく、君はとっても可愛いねってことさ」


なにがともかくなのかわからないが、もう焦るとさらに墓穴を掘りそうな気がした花輪は

半ば開き直ったように得意のにっこりとした笑顔で焦りを吹っ飛ばした。

が、どこかおかしい花輪を気にかけながらも

クッキーを食べようとしていたまる子のほうが花輪の言葉にしばし固まった。


「??さくらくん?」


クッキーを口にくわえたまましばらく呆然としたように固まってしまったまる子に、今度は花輪が首を傾げる。

「可愛い」なんてありきたりな言葉じゃなくて、もっと気の利いた言葉をいってあげたほうがよかったのかもしれない。

いつもなら・・・というか彼女相手ではなければ

さまざまなセリフが尽きることなく口からでるのだが、彼女を前にするとどうしても「可愛い」。

その一言ばかりが心を埋め尽くしてしまう。

ただ可愛くて、可愛くて・・・。

何をしていても、どんなときでも、彼女だけは全てにおいて「可愛い」存在なのだ。


「さくらくん?なにか・・・って・・・え?」


気遣うように声をかけようとした花輪だったが、急になぜかまる子の姿が近づいてきたような気がしたと思ったら、

そっと額に暖かな感触を感じて思わず言葉を詰まらせた。


「・・・え・・・と・・・さ、さくらくん・・・?」


サクサクとクッキーの砕ける音を聞きながら、実際よりも近くに感じる目の前のまる子の顔と

額に触れた小さな感触に落ち着きを取り戻していたはずの鼓動がまた大きく動き出す。

そんな花輪の動揺をちっともわかっていないまる子は、花輪の額に手を触れながら

少し考えるように顔をしかめたあと、何でもなかったかのように手を放して、イスに座り直した。


「・・・ど、どう・・・したんだい?」

「んー・・・なんか急に変なこというから熱でもあるのかと思って」

「・・・熱・・・?・・・あ、ああ、そう・・・だね・・・」


素っ気なくいったまる子の言葉に、先ほどまで感じていた手の感触を思い出すように

自分の手で額に触れながら、花輪はズキリと胸が痛むのを感じた。


彼女にとってはただ自然に思ったことをいっただけの一言。

けれど花輪にとってその一言が、とても胸に深く突き刺さるものだった。

「変なこと」

そうかもしれない。彼女にしてみたら、いきなりで変な一言だったのかもしれない。

でも花輪にとっては、「可愛い」。その言葉はとても特別なものだったから。

自分にとっての。彼女の全てを表す言葉は、それしかないのに。

それを否定されてしまったら、彼女を捕まえることも、想いを通じさせることも

もう・・・不可能なんだといわれたような気がした。

深く突き刺さる痛みに弱くなっていきながらも、それでも彼女を見たいとまる子へと視線を向けた花輪は、

その時初めて見つめた先にいた彼女の表情がどこか硬く強ばっているのに気が付いた。

けれど、それは一瞬のことで。

すぐにまたクッキーを美味しそうに食べ始めたまる子に花輪は首を傾げながらも、それに触れることはなかった。

美味しそうに、楽しそうに、笑っていてくれれば・・・。

いつ襲いかかるかわからない、いつまでも影のようについてくる一つの不可能という言葉から、

少しでも長く逃げられるように。



だが・・・その言葉に捕らわれすぎて、このとき花輪は、ある大切なことを見逃してしまっていた。

「変なこと・・・」といったまる子が、視線を逸らしていたことを。

いままで手につけることのなかった紅茶を見つめる瞳が暗く影を落とし、

カップをもった小さな手が・・・ほんの少し、震えていたことに・・・。





前編。終。  中編へ





あとがき



後編を少しずつ書き直していたら

なんとなく前編のまる子が中途半端な気がして書き直してみたのですが・・・

こんなにもブルー気味になるとは・・・。

サイトで一番甘いお話になるようなことをいっていたのに、
なぜかちびまる子ちゃんで一番ブルーなお話じゃない?

とお思いのお人もいらっしゃるかもですが、たぶん後編というか、ラストは甘くなるかと・・・。


ちなみに私はクッキーの中では、ラングドシャー(だったと思う・・・)とかいう
すっごくサクサクしたクッキーやチョコチップクッキーが好きで、
フレンドベーカリーとかをよく食べますかね。