痛くて・・・苦しくなる・・・。 きっとあんたにはわからない・・・。 その一言が・・・どんなに・・・辛い言葉かなんて・・・。 でも・・・でもね。 逢いたくなるの。 痛いことも・・・辛いことも・・・大嫌いなはずなのに・・・。 こんな気持ち・・・。 きっと誰にもわからない・・・。 でももし・・・もしわかってくれるなら・・・教えてほしいの・・・。 自分でさえもわからない・・・この気持ちを・・・なんていうのか。 可愛い君へ 土曜日の午後。お昼をすませて居間で一休みしていた母がお茶を入れようと 台所へと行ったとき、そこには珍しい姿があった。 「あんたなにやってんの?」 お手伝いも滅多にせず、台所にいつくことなどほとんどないまる子である。 「お、お母さんっ!?ちょっとっ!い、いま忙しいんだから邪魔しないでよねっ」 母の声に、エプロンをつけたまる子は慌てたように振り向いた。 またいつものように気まぐれで妙なことでもしてるんじゃないかと目を光らせてみると、 シンクの上にはお砂糖や小麦粉などの材料が出され、いくつかの本が置かれている。 「この一冊があれば、はじめてでも大丈夫、誰でも簡単!お菓子作り・・・?」 まる子の肩越しから見える本の表紙に書かれたタイトルを読みながら、 母は不思議そうに首を傾げた。 「なにあんた・・・お菓子作るの?」 「な、なんだっていいじゃんっ!!ほらっ!! 邪魔だっていってんだから、とっととあっちいってよっ!!」 「邪魔って、私はお茶を入れにきただけでしょっ。それにあんた一人で作れるの?」 「大丈夫だよっ!!一人でっ!!だからお母さんは昼寝でもしててっ」 「ちょ、ちょっとお茶っ・・・・・・・・・・・・」 両手で背中を押されて追い出されようとした母は、まる子の強引な力に反射的に 抵抗しようとしたが、困ったような戸惑っているようなまる子の様子に、なにかを察したのか 「−−−−もう・・・あんまり汚すんじゃないよ」 と、小さく苦笑いを浮かべながら台所を出て行った。 微かに笑みを浮かべながら居間へと戻った母に、待っていたかのようにお姉ちゃんが声をかける。 「台所どうだった?まる子、お菓子作ってたでしょー」 「そうなのよ。あの子が自分でお菓子作るなんてねぇ。・・・なにかあるのかしら?」 「さぁ?でも・・・すごく大切なことなんじゃない? 昨日学校の図書室ですっごい真剣な顔して本探してたんだよね、あの子・・・」 まる子の姿を昼休みの図書室で見かけたときは目を疑い、思わず目で追ってしまった。 真剣な表情と、本を見つめる横顔は、いつもとどこか違うような気がして。 「なんかあんな子でも少しずつ成長してるんだぁ・・・って妙に感心しちゃった。」 「一つ大人になったってことかしら」 「んー・・・一歩近づいたってかんじじゃない?」 「そうねぇ・・・大きな一歩かもしれないわね。女の子として」 「女の子として・・・?」 「あの子もそういう年頃なのよ」 「あの子がねぇ〜・・・」 ちょっと信じられないなぁ〜・・・と思いながらも、 図書室で見たまる子の姿に、少し前の自分を見たような気がしたのは事実で。 翌日の日曜日。宿題を入れた手さげのバックと一緒に、 小さめの紙袋を大事そうに持って出かけるまる子を、優しい笑顔で母は見送った。 背中を押す、まる子の戸惑ったような困ったような顔を思い出す。 自分でもわからない・・・戸惑うばかり、困ってばかり。 でもきっと大丈夫。 戸惑っても困っても、迷っても、あの子はちゃんと動き出そうとしているから。 今は少し怖がっているかもしれないけど。 誰かのために、何かを作りたいって思う気持ちがあるなら、きっと大丈夫。 「あ・・・・・・」 花輪邸の大きな窓のある一室で、花輪と一緒に宿題をしていたまる子は 窓の外を見て小さく声を漏らした。 その声につられるように花輪も顔を上げると ポツポツと空から降る雨が、窓ガラスを濡らしていた。 「ああ。雨だね。」 「帰るまでに晴れるかな・・・」 ポツリと、外を見上げて呟いた。 「ん〜、どうだろう。でも大丈夫さ。帰りはヒデじいに車で送ってもらうようにするから」 どこかいつもより静かなまる子に、帰りのことを心配していると思った花輪は 安心させようと明るく笑顔を浮かべた。 けれどまる子は、窓の外から視線をはずさずに、ぼんやりと空を見上げたままだった。 「・・・あ、さくらくん。問い四の問題、答えの書き方が違うよ」 ぼんやりとするまる子の意識を引きつけようと、 花輪はとっさにまる子のプリントに視線を移して、ちょうど見つけた間違いを指差した。 トンっと自分のプリントの上に置かれた指にまる子は、 「え?うそっ」 と視線を空から放した。 「ここは式も書かないと。ほら、ここの問題の最後に書いてあるだろう?」 「あ、本当だ・・・。あー・・・これって式書いてないと一点ももらえない問題じゃんっ!」 「そういう問題って結構多いみたいだね」 「引っ掛け問題ってやつだねっ!答えがあってりゃいいじゃんねぇ〜」 プリントを睨み付けて消しゴムで消すまる子の様子に いつもの彼女だと感じた花輪だったが、さっきのぼんやりとした姿がとても気になった。 「このあと・・・何かほかに用事でもあるのかい?」 まるで探るようにして、遠回りに尋ねる。 「ん?べつにないよ。なんで?」 「・・・なんか天気を気にしてるみたいだから」 何でもないように普通に答えるまる子の様子を窺いながら、チラッと空に視線を移すと まる子も同じように空に視線を移して、 そしてほんの少し、表情を硬くして呟いた。 「あ・・・うん・・・。べつになんでもないよ。 ただなんとなく・・・晴れてくれたらって思っただけ・・・」 全然なんとなくなんかじゃない。そんな顔をしているのに。 花輪は、それ以上なにも言うことはできなかった。 最近、ふとしたことでまる子の表情が硬く強張るのには、気づいていた。 何か悩みがあるのだろうか。そう思いながらも、聞くこともできない。 力になりたいと思っていても、何故か・・・ とてもそれが恐ろしいことのような気がしてならなかった。 今までとは違う彼女は、とても遠くに行ってしまう人のような気がして。 今のまま、気づかぬふりをして。 少しでも・・・あの日感じた想いから、遠ざかりたいんだ・・・。 どんなに逃げても・・・ きっといつか捕らえられて、二度と手も伸ばせなくなるだろうから・・・。 あの日から、考えて、考えて・・・。 でもやっぱり 彼女を見つめて湧き上がる思いは・・・「可愛い」。 その言葉以外、当てはまるものなんてなくて・・・。 だから今はもう・・・少しでも逃げることだけ・・・。 そう答えを出したとき・・・ 苦しくてたまらなかったけれど・・・夜も眠れなかったけれど・・・ そんなときでも・・・想うのは、「可愛い」彼女だけだった。 痛くて・・・苦しくて・・・。 きっと君にはわからない・・・。 笑顔を見るたびに・・・泣きたいくらい・・・辛いなんて・・・。 でも・・・それでも・・・。 君の笑顔に逢いたいと思う・・・。 痛くても・・・辛くても・・・目を逸らすことなんてできないから・・・。 この気持ちは・・・けして誰にも知られぬように・・・。 でももし・・・もし君が・・・気づいてくれたなら・・・。 この気持ちを・・・伝えることができたなら・・・。 そう・・・想わずには・・・いられない。 2 終 3へ |