閑話





「もっと真面目に考えろっ!!」


「考えるったって、ねーもんはねーんだからしょーがねーだろっ!!」


矢吹家の居間では、もうかれこれ30分もこうした言い合いが繰り広げられていた。


4月。嬉しさと寂しさを胸に抱えながら卒業していった生徒達は、それぞれの新しい生活へと足を踏み出している。


専門学校へ通うために勉強に励む者や、新しい環境で働き始める者。


そして中には、いまだ自分の行く道が決まらない生徒達もいた。


隼人もその一人だ。


卒業するまでは久美子に引っ付くのに頭が一杯で、それ意外考えてる余裕もなく。


卒業したらしたで、週5日もあっていたのが災いしたのか、しょっちゅう電話をかけてきては、久美子を誘い出し、
金銭の問題からか、ほとんどの日をこうして矢吹家の居間で過ごしている。


「一つぐらいあるだろっ!!」


手に持った資料を、久美子はテーブルに叩きつけた。


憮然とした表情でそっぽを向いている隼人に、いい加減イライラはピークに達している。


ここのところ、顔を会わせれば必ずといっていいほど久美子はこの話題で隼人を叱っていた。


けれど、どんなに強い剣幕で怒鳴っても、隼人は一向に就職活動に力を入れようとはせず、

まさか就職する気がないのか?と聞けば、そんなことはないという。


「よく考えろっ!!」


久美子が真剣に訴えても、返ってくるのは適当な相槌だけ。


「はいはい。考えときますよ」


テーブルの上に腕をだらしなく伸ばして、面倒くさそうな顔と声。


心の奥がズキリと痛んだ。


けれどその痛みに首を振って、久美子は冷たい声で言う。


「・・・その台詞何回目だ」


「てめーこそ何回目だ」


互いに、睨み合う。


「−−−・・・はい」


・・・と、頃合を見計らっていたかのように、二つのカップがテーブルに置かれた。


まだ春休みで学校がない拓である。


「ありがとー弟君!」


コロッと表情を変え、ニッコリ笑顔でカップに手を伸ばす。


「・・・サンキュー」


面白くない顔をしながらも、拓への礼は忘れない。


コクリとコーヒーを飲みながら、拓は二人の様子を伺った。


憮然としたままの二人。


(どうして・・・この二人はこんなに複雑なんだろ・・・?)


少しぐらい、素直になったっていいと思うのに。


そう思っていても口に出せないのは、知っているからだ。


そうなれないこと。そうすることが二人にとっては、とても大変なことだって。


わかっているから、心配するしかない。


(それに・・・なんで自分はここにいるんだろう・・・?)


と、拓はなんとも不思議に思っていた。


邪魔な存在だということぐらい、わかってる。


気を利かせて出かけるべきであり、そうしたいと思っているし、最初の内はそうしてた。


けれど一週間くらい前に隼人に電話で呼び戻され、「気を遣って出かけるのはやめろ」と言われてしまったのだ。


その心が、「出かけるな!出かけるんじゃねーぞっ!」と言っているのを拓は気づいてしまった。


なんでそんなこと気づいちゃったんだろう・・・・・・と、拓は溜息を吐かずにいられない。


きっと気のせいだよね?とか、知らん顔して出かけちゃおーとか、色々逃げる策はあるのだが。


拓には、それは無理な話であった。そうしてほしいと相手が願っているのなら、そうするべきと思うから。


口では出てけと言っていても。心が出ていくなと言っているのに気づいてしまえば、そこは出ていけないものである。


(だけど・・・なんで出かけちゃいけないんだろう?)


二人でいたいと思ってるはずなのに。


(・・・邪魔じゃないのかな・・・?)


と、拓が首を傾げている頃。


隼人は、少々危険な世界にいた。




「むー・・・正社員はやっぱ難しいか・・・?」


「・・・・・・・・・・・・・・」


テーブルに頬を押し付けて、隣の久美子を盗み見る。


いつもおさげだった髪は髪留めで緩くまとめられ、白い首筋が露になっている。


資料と睨み合っているその顔には眼鏡はなく。むむっと眉を寄せている表情でさえ、隼人にはとても可愛く見えた。





トクントクンと胸が鳴っている。


辺りはぼんやりと霞むのに、久美子だけが輝いていた・・・。





艶やかな髪に指を絡めて。白い頬を赤く染めさせて。


ほんのりと赤い唇を思う存分味わって・・・その柔らかな唇を甘く濡らして。


輝いた瞳も赤い頬も、涙で濡らして・・・。ゾクリとする。


・・・湧き上がる熱は、それ以上を求めようとしていた。


顎つたい、白い首筋へと心は動いて。





手が、引き寄せられる瞬間−−−





「ん〜・・・弟君はどう思う?」


「−−−・・・・・・っ・・・・・・!」


久美子の声に、ハッと我に返った。


(あっ・・・あっぶねー・・・・・・またかよっ・・・・・・)


即座に顔を伏せ、テーブルの隅に額を押し付けて硬く目を瞑る。


ばっくんばっくんしてる鼓動を抑え込んで、浮かんでしまった情景を必死に追い払った。


深く息を吸い込んで、何事もなかったように顔を上げると、向かいに座っている拓を見る。


意見を聞かれて首を傾げている拓に、ホッと息を吐いた。


心底、拓がいてくれてよかったと思う。


いなければ、きっと今日はもう久美子にさわれないだろうし、まともに見ることもできないだろう。


下手したら、虚ろなままヤバイ行動にでてしまうかもしれない。


それだけ、今の隼人は理性が危なかった。


抑えるとか堪えるとか、そんなものも頭に浮かばなくなりそうで、正直自分でも冷や汗がでる。


抱きしめていたいし、キスもしたいし、もちろん二人きりでもいたい。けれど、不味いのだ。


さっきみたいに何気なく思ってしまっただけで、もう頭にはそれしかない。


外に出たって大した効き目もなく。拓だけが、一番の支えどころなのだ。


拓がいれば我慢もできるし、自然とそれについての感情も薄れる。


多少久美子の言動にむかつきを覚えなくもないけれど、その嫉妬心で紛らわすこともできた。





虚ろな世界を見るようになったのは、卒業して数日後ぐらいのことだろうか・・・。


久美子があまりに無防備なことを言ったことがあった。





「そういえばお前の部屋って見たことないな。どんな感じなんだ?」


「・・・・・・」


持っていたポッキーの袋の中身を、全部折ってしまうほどの動揺ぶりを見せてしまった。


「あ!もしかして、ちゃんと掃除してないな?」


ニヤリと笑みを浮かべる久美子に、心の中で正直「やっちまうか・・・」と思った。


ベッドを見たら絶対に押し倒す・・・。


そう思いながらも、隼人は止めていた。


「べつに見たってなんもねーよ」


グイッと引っ張って、後ろから抱きしめる。


現にベッドと、あとは古いものがゴチャゴチャあるだけだ。


家にいる時はほとんどを居間で過ごしているから。


テレビもあるし、拓と過ごすのも気に入っている。


「・・・ふ〜ん・・・」


興味深げにしていた久美子も、無理に覗こうとまでは思わず、大人しくなった。


「・・・・・・?」


思わず溜息を吐く隼人の腕の中で、久美子は不思議そうに首を傾げるばかり。


成人を過ぎているとは思えないほどに久美子はそういう欲求に疎かったのだ。


だからその後も平気で眠りこける。


スヤスヤと眠る久美子に危うく手を出しそうになって、出かけていた拓を無理やり呼び戻してしまった。





今のこの状態を。この抱きしめられる関係を、失うことだけはしたくない。


久美子を腕の中に置いて寄り添って過ごすことが、とても好きで幸せだと思うから・・・。


この曖昧な関係を、切れた理性で壊すのが先か、勇気を出して想いを言葉にするのが先か。


隼人にも、それはわからない。





そして久美子もまた、複雑なものを抱えていた。


怒鳴ったり叱ったりしたって、駄目なことはわかってる。けれど、どうしても真剣になってしまうのだ。


新学期まで、あと数日。黒銀で変らず教師をすることになっている久美子は、あと数日で新しいクラスを持つ。


そうなったら今のように頻繁には会うこともないだろうし、きっと新しいクラスのことで忙しくなるだろう。


だからそれまではできるだけ、力になろうと思っているのだ。


なのに隼人は全然考えていない様子で、ついイライラしてしまう。


でも、こんな風に会えば怒鳴られるとわかっているのに、どうしてこいつは一向に考えようとしないのだろうか?


それに・・・なんで嫌にならないんだろう・・・?


怒鳴られて、くどいほどに言われて。面倒くさそうにしながらも、変らず電話してくる。


会うこともなく、電話もなくなったら・・・。そう思う度、胸は痛いけれど・・・。


しょうがないと思っている。


いつかそうなる日が来るんだろうと、わかってるから・・・・・・。


面倒くさそうな顔をされる度に、ああ・・・もう電話はこないかな・・・?って、思ってるのに・・・


隼人は変らず逢いたいと言う。


安心や嬉しさを感じながらも、久美子はそれが不思議で、そして・・・切なかった。














「なにかやってみたい仕事とか、取りたい資格とかないのか?」


あまり怒ってばかりでは駄目だと、気を取り直した久美子が伺うように問い掛けた。


「・・・べつにー?・・・免許は取りてーなーと思うけど・・・?」


車に乗りてーとか持ってないと不便だとか、そういうことは思わないけれど。


久美子が持ってないから、なら自分が持たなければ、と思っている。


「それは働いてからの話だろ。親父さん、お金出してくれないんだろ?」


「ケチだからな、あのじじいは」


舌打ちしてみせる隼人に、拓は笑って久美子に言った。


「お父さん、自分があーいう仕事してて車が危ないのよくわかってるから、あんまり乗ってほしくないみたいなんです」


にこりと笑う拓の言葉に、久美子は感心深げに頷いた。


ふんっと鼻を鳴らす隼人にいつもなら怒声が響くのだが、拓のおかげでそれはない。


久美子だけに向かっていう拓の言葉は、隼人もそれをわかっているから。そう知らせてくれているようなものだ。


そんな気遣いが早とちりの多い久美子の良きストッパーにもなっている。








結局それから何分話しても話は進まず、隼人がちゃっちゃっと片づけをはじめた。


「はい、今日のお説教はこれで終わりっ!」


「お説教じゃないっ!!私はお前のことを心配してっ。弟君だって兄貴がこんなグータラしてたら嫌だろっ?」


憮然な表情でテーブルを叩いた久美子は、聞く耳を持たない隼人を諦め、拓へと詰め寄る。


「えっ・・・う〜ん・・・・・・僕はべつに・・・?」


一緒に資料を片していた拓は少し考えるそぶりは見せるものの、望んだ答えはくれない。


というか隼人を手伝ってる時点で、すでに返事は決まっているようなものだ。


隼人がグータラしてようと、居間でゴロゴロしてようと、拓は気にしない。


「・・・まったく・・・なんでそんなのん気なんだ・・・」


一人怒ってるのも虚しくて、溜息がでる。


私はそんな奴、嫌いだとか稼ぎがない男なんて私は嫌よっ!などと言えば、きっとすぐにでも道は開けると思うのだが
久美子は冗談でもそんなこといえなかった。


それじゃまるで好きって言ってるみたいじゃないかっ!それにそんなこと言える関係でもないし、立場でもない!


と、細かいところで隼人を意識している久美子である。


結局のところ、どんなに自分が言おうが力にはなれないのだろうか?


返って邪魔になっているのかと思うと、隠している切なさがほんの少し表情に出てしまった。


肩を落として悲しそうな顔をしている久美子に、隼人は一瞬「うっ・・・」として、諦めたような顔で呟いた。


「・・・学校が始まったら、ちゃんと考えてやるよ・・・」


溜息混じりの声に久美子は首を傾げる。


「学校?」


「学校が始まったら、お前今より忙しくなんだろ?そうなったらあんま逢えなくなりそうだし?」


「・・・それとお前の就職になんの関係があるんだ?」


「・・・折角昼間も自由にあえんのに、仕事なんか探してられっかよ・・・もったいねー」


「−−−・・・っ!?」


「竜たちともそんな会えるわけじゃねーし。学校が始まれば拓もいねーし。どうせなんもすることねーんだから、
 仕事も探すようになんだろ・・・」


それらを思い浮かべて、隼人の顔に苦いものが浮かぶ。


こうして頻繁に会えなくなると思うと、覚悟していてもやっぱり寂しく、物足りない。


きっと仕事でもしないと耐えられそうにない・・・。


重い空気を背負う隼人に、拓が小さな苦笑を浮かべた。


「それにお小遣いももうもらえないから、働かないとだよね。」


「そうそう・・・・・・ってっ!?はあっ!?そんなん聞いてねーっ!?!?」


「・・・え?・・・あれ・・・?」


てっきり知っていると思っていた拓は、不思議そうに首を傾げる。


互いに顔を見合わせて、隼人は恐る恐る聞いてみた。


「親父が・・・言ってやがったのか・・・・?」


「う、うん・・・。小遣いやらなきゃ、嫌でも働くようになるだろうって・・・」


ひくっと顔が引きつる。


「あ、でも・・・言ってないなら冗談だったのかも」


ホローを入れようとする拓だが、博史がそんな冗談を拓にいうとは思えない。


隼人に直接言ったのなら話はべつだが。


なんとなく嫌でも本気の話だろうと察知してしまった隼人は、ガックリと肩を落とした。


「・・・あのクソケチ野郎っ・・・!」


ケチケチケチッと罵倒する隼人だったが、ふと気がつく。


拓も気づいて、首を傾げた。








二人が話している間、久美子は一人呆然としていた。





思いも、していなかった。


休みだからこそ、力になろうと就職のことで頭が一杯だった久美子とは違い、隼人は休みだからこそ、
自分との時間を大切にしたいと思っていた。


なにも考えてないわけじゃなかったのだ。


考えて、そしてその中で、私のことを想って、優先して、大切にしてくれてたなんて・・・思ってもいなかった。


「−−−・・・・・・!」


なんて・・・私は、馬鹿なんだろう。


一人で焦って、怒鳴ってばかりだった自分が凄く恥ずかしい。


力になりたいといいながら・・・私は時間ばかり気にして自分のことしか考えてなかった。


忙しくなる前に済ませたいと、思っていたのかもしれない。


そんな気持ちが、苛立ちや押しつけになってしまっていたのかもしれない・・・・・・。


そう思うと、恥ずかしくて、申し訳なくて、苦しくて・・・。


そしてとても・・・嬉しくて・・・久美子の瞳に涙が浮かんだ。


「先生?」


「・・・ご・・・めん・・・っ・・・わ、たしっ・・・・・・」


「お、おい?なんだ、どうした?」


突然ポロポロと涙を流して泣き出した久美子に、隼人は焦る。


「・・っ・・・う・・・ごめんっ・・・・・・ごめっ・・・」


「あ゛?なんだよ、ごめんって。わけわかんねー奴だなっ!」


意味がわからず混乱する隼人は、とりあえず久美子の頭を胸に抱えた。


「なんかしんねーけど泣くな?ごめん・・・もよくわかんねーけど、許してやっから、な?」


ぐっと寄せられて、髪を撫でるその手が優しくて。久美子の瞳には、ますます涙が溢れた。


「ふっ・・・ううっ・・・やぶきぃ・・・」


「はいはい。」




胸に顔を寄せて泣きながら、久美子は思っていた。


しっかり謝ろうと。素直に怒鳴ってばかりいた自分を反省しようと。そして、凄く短くなってしまったけれど、
新学期が始まるまでの時間を大切に過ごそうと。


そう、思っていた。





・・・・・・の、だが。








「で?お前、なんで泣いたわけ?」


「なっ・・・泣いてなんかないっ!!」


ニヤニヤと詰め寄ってくる隼人に素直になれそうにはなかった。


(こっこいつが悪いんだっ!!こ、こんなにやけた顔で面白がって聞いてくるからっ!!)


「まるわかりな嘘つくなよ。目、赤くなってんぞ?」


にやっと笑った隼人に、久美子は真っ赤な顔でズサッと後退ると、赤くなった目を隠すように顔を膝に埋めた。


「ちっちがうったらちがうっ!!なんでもないっ!!あっあれはっただの異常気象だっ!!」


顔を伏せたまま、違う違うと一心不乱に片手をブンブン振り回している久美子に、隼人の顔はますますにやける。


なんとも可愛いというか愛らしいというか。


いまいち理由はわからないけれど。そんなの可愛ければ、意味なんて無くていいのだ。


ううっと膝を抱えながら縮こまる久美子の頭を隼人はポンポンと叩く。


「わかったよ。異常気象な・・・って・・・お前、それは変だろ!」


「変じゃないっ!!わ、私の目には、あ、あったりするんだっ・・・!」


それはちょっと無理がありすぎだと思うのだが、ここまで言いきってるならば、それで通してやろうと思う。


やっぱり可愛ければ、細かいことはどうでもいいのだ。


「はいはい。そうだな。今日のお前のめんたま天気予報は、晴れのち雨ね」


「うぅっ・・・!」


(物凄く馬鹿にされてる気がするっ・・・)


「そのにやけた顔やめろっ!!」


「そりゃ無理。」


バシバシとパンチを繰り出す久美子の腕を隼人が掴んだり避けたりしながら、すでにイチャついてるだけの二人を
そのままにして、拓はのんびりとコーヒーを味わっていた。


(素直じゃないのが、二人には丁度いいのかな?)


そんなことを考えていると、ふと窓の外を見て思い出す。


「−−−・・・もうこんな時間・・・」


時計を見れば、夕方の4時を過ぎている。


冷蔵庫の中身があまりないことを思い出して、拓は腰を上げた。


「買い物行って来るね?先生も食べていきますよね?」


「あっ、うんっ!ありがとっ弟君!」


「いえ」


「−−−拓・・・」


にこりと笑った拓に隼人の真剣な表情が向く。


「携帯持ってけよ。」


その顔は・・・「すぐに帰ってこい。帰ってこなかったら電話するからな。」と言っているような気がする。


というか、絶対言ってる・・・。


「・・・う、うん・・・」


(な、なぜ・・・?)


「おっ!そうだっ!!」


拓が困惑していると、久美子が思い出したと声をあげた。


「ずっと聞こうと思ってたんだっ!!」


隼人の手を退け、久美子は鞄から自分の携帯を取り出すと拓に近づいた。


当然隼人も久美子を追い、そのまま彼女の背中に引っ付く。


「携帯の番号っ!教えて?」


「え?・・・あ、はい」


夕飯もご一緒する仲だというのに。そういうのに無頓着な二人だから仕方ない。


「・・・・・・・・・・・」


そして久美子の背中に引っ付いている隼人は、気に入らない。


久美子が自分から携帯番号を聞くなんて珍しいことだ。隼人なんて、携帯を奪って、勝手にゲットした男である。


(俺のは聞かなかったくせにっ・・・!)


けれど邪魔するわけにもいかず、隼人は不貞腐れたような顔で久美子から離れた。


「交換したって意味ねーんじゃねーの?掛けることなんてねーんだし」


紛らわせようとコーヒーを飲むも、ついつい毒ついてしまう。


邪魔すんなっと叫びそうになる久美子だったが、


「そうだよね」


と、拓にあっさり頷かれてショックを受けた。


「えっ!!あ・・・め、迷惑・・・だった・・・・・・?」


シュンとする久美子に拓が慌てる。


「あ、そんなことないですよ。自分からはあまり掛けたりしないので、たぶん掛けることもないなーっと思って」


それに、もし自分に用があったとしても先生は隼人兄に掛けた方がいいんじゃないかな・・・?


と思っているし、隼人兄の言うとおり、先生が自分に掛けてくる理由なんてあるんだろうか?と、疑問に思う。


携帯とはべつにそういうものだけではないと思うのだが・・・。


「だいたい交換してどうすんだよ。拓は電話で世間話とかしねーぞ?お前だってしねーじゃんか」


拓も久美子も、ちゃんと会って話すタイプである。


久美子はすぐに時間を作って会いに行く性格だし、拓は、相手の方から「来い、行く、会おう」と即座にいわれるのが
ほとんどなため、長電話の経験がないのだ。


「用事だってべつにないだろ?やっぱ意味ねーじゃん」


ふんっと決め付けている隼人に久美子はむすっとした。


「用事ならあるさっ!!」


「なんだよ?」


「なんだろ?」


「ほら、あれだ・・・」


「・・・なにテレてんだてめー?」


テレッと微かに頬を赤らめる久美子に隼人の眉がピクリと動く。


「休みの日とか、一緒にお買い物とかしたいな〜・・・なんてっ」


えへっと笑った久美子の頭に。





「−−−逆ナンしてんじゃねぇっっ!!!」





ティッシュ箱が直撃したのは、言うまでもないことである。








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あとがき


一言。・・・アホです。


2は、もちっと隼クミ要素入ってますので。