「お姉ちゃんっ!!」


ドドドドっと地響きをさせて、彼女は現れた。


「まる子・・・。あんたもっと静かに歩きなさいよ。怪物の襲撃かと思ったわよ。」


バンッと部屋に入ってきたまる子に、さきこは冷めた視線を向ける。


怪物の襲撃なんてものに喩えるあんたもどうかときっと誰かがツッコミを入れてることだろう。


と、まる子の姿を目に止めて、その彼女は少し驚いた。


「なにあんた。制服なんて着ちゃって。」


大きな襟に胸元の赤いリボンが可愛い、セーラー服。


お笑いと我が儘と人並み外れた言動が多少目立つまる子も、明日から中学生だ。


「入学式は明日でしょ。汚さないようにちゃんと掛けとかなきゃ駄目じゃない。」


「しょうがない子ねぇ」というように、呆れた溜息をつくさきこにまる子は一瞬むっと口を尖らせるけれど
あることを思い出し、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「なにさ。自分だって前の日に着てたくせに。・・・にやけた顔してさ〜、鏡の前で一人ファッションショー
してたの知ってんだから。」


腰に手を当てて嫌味のようにポーズを取り、フンッとしたり顔で笑えば、さきこの顔がボンッと何かを爆発さ
せたように真っ赤に染まった。


「なっ!?そ、そそそんなことするわけないじゃないのっ!!」


(な、なんで知ってんのよ〜〜〜っ!!)


ぐわ〜と頭を抱えて叫び出したいくらい恥ずかしい事実である。


仕方ない。


浮き足立っていたのも、一人ファッションショーとはいかないまでも鏡の前で制服をチェックしていた覚えも
あるのだから。


ああ・・・なんて私はバカなことを・・・


自分で自分が恥ずかしいわ・・・。


額に手を当ててハハハ・・・とカラ笑いを浮かべて自分の虚しさに浸るけれど、ふっと顔を上げて、さきこは
一瞬自分の目を疑った。


そこには未だにニヤけた笑みがあるだろうと思っていたのに。


「・・・お姉ちゃん・・・」


目の前に立つ妹は、いつになく真剣な表情で自分を見ていた。


「な、なによ・・・?」


ちょっと戸惑いつつ返事を返せば。





「お姉ちゃ〜〜んッ!!!」





「−−−なんなのよ〜〜〜っ!?」





まるで泣きつく様に、さきこはしがみつかれていた。








恋色ビジョン








「制服姿をよく見せる方法?」


ヒシッと抱きついてきたまる子を引き離し、訳を聞いて、さきこはますます首を傾げた。


そうそうっ!と頷きながら目をキラキラさせているまる子には悪いが、さっぱり意味がわからない。


中学生の制服で着こなしもなにもないだろう。


頭から被ってきる上着に指定のスカート。夏はシャツ。


膝上何センチとか、そういうことだろうか?


それじゃ女子高生だ。


「なに?髪型変えてみたいとか?」


「髪型?リボンとか付けてけば、キラキラして見えるかな?」


「リボンなんてあんたには無理でしょ。自分で出来ないんだから。」


たまに出かける時にさきこや母に結んでもらってるのだ。それを毎日続けてくなんて、こっちの身が危険だ。


といっても、まる子のことだから、そんなのは最初の2日だけだろうけど。


心の中で呆れてみるけれど、目の前のまる子は真剣だ。


その真剣な眼差しに戸惑いつつも、ふとあることを思い出す。


「ん?キラキラ?・・・ねえ、キラキラってなによ」


キラキラして見えるかな?まる子は確かさっきそう言っていた。


中学生で化粧とかアクセサリーなんて、無理な話だ。そんなものが流行ってるんだろうか?


・・・そんなの聞いたことない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


そこまできて、さきこは怪しげなものを感じた。


なにか企んでるんじゃ?


そんな疑うような目を向ければ、まる子は一瞬固まって気まずそうに俯いた。


少しの沈黙の後、まる子は言いにくそうに小さく呟いた。


「・・・キラキラしてたじゃん・・・お姉ちゃん・・・」


「・・・はあ?」


「・・・キラキラしてたでしょっ!キラキラしてたんだもんっ!!」


今度は逆ギレ?


さきこはますます訳がわからない。キラキラ、キラキラってそんなことを連呼されてもサッパリだ。


けれど少し考えてみて、頭の変換機能が働いたらしい。


キラキラ=輝いている。


それってつまり・・・そういうことよっ!!


「な、なにいってんのよ、この子は〜」


さきこは一人納得して、恐ろしいくらい嬉しそうにニヤけた笑みを浮かべた。


ほほほほっと高らかに笑い出しそうなくらいだ。


キラキラしてる。輝いている。


「私の制服姿が輝いて見えるくらい素敵だったなんて、テレるじゃないの!!」


「・・・誰もそこまでは言ってないよ・・・・・・」


ニヤニヤと浮かれはしゃぐさきこに、まる子はボソッとつっこみをいれた。


べつにお姉ちゃんの制服姿が特別似合っているとか言いたいわけじゃない。


ただ、真新しい制服が凄くキラキラして見えたのだ。


思わず憧れるほど。ドキドキするほど、制服姿の姉が羨ましかった。


その制服をやっと自分も着れるんだ。


スカートはいて。袖に手を通して、被って。リボンを結んで。


ドキドキした。感激もした。


でも・・・鏡の前に立った瞬間。映った姿は、憧れていたものとはどこか違った。


キラキラもしてない。輝いてもいない。


ずっと頭の片隅にあったさきこの姿が離れなくて。それがますます、違いを感じさせた。


気落ちしたように俯いてしまったまる子に気づいたさきこは、ニヤけた笑みを引っ込めて小さく微笑んだ。





「ほら、まる子。ちょっと立ってみな?」


「・・・なにさ?」


しゃがみ込んでいるまる子の手を取って立たせ、鏡の前に連れて行く。


鏡に映ったまる子の姿を横から見る。


思えば、自分もあった気がする。


近所のお姉さんの制服姿に憧れたことや、その姿がキラキラとして見えたことも。


この子にそんな意識があったなんて驚きだけど。女の子なんだから、当たり前なんだろう。


さきこは脇にある机から櫛を取り出し、まる子の髪を梳かしていった。


「リボンは無理でも、梳かすくらいならあんたでも毎日出来るでしょ。・・・こうして綺麗に梳かして」


あと少しで肩に届きそうなまる子のストレートな髪を優しく整え、今度はまる子を自分の方に向かせる。


「胸のリボンもこれじゃ曲がってる。これはまあ、慣れればできるでしょ」


少しヨレて結び目が曲がってるリボンを解き、真っ直ぐ綺麗に結び直して、再びまる子を鏡の前に立たせた。


「あとは、足を閉じて。背筋伸ばして。・・・前向いて。」


広げっぱなしの足を閉じさせ、背中を押して姿勢を正し、鏡の前の姿を見せる。


黙って素直に聞いていたまる子は、パチクリと目を瞬かせた。


「・・・ほら。これだけでも全然違う。」


どこか呆然と鏡に映る自分の姿を見つめるまる子に満足気に笑う。


「まあ、可愛いんじゃない?輝いてるとまではいかないけど・・・」


優しい姉の顔をして、さきこは微笑んで言った。


「−−−似合ってるわよ、あんた。」


小さな身体に肩までの髪。赤いリボンも大きな襟も、可愛らしいその容姿によく似合っている。


あることを思い出して。さきこは今度は楽しそうに、面白そうに笑った。





姉から見ても、結構似合って見えるのだから。きっと・・・。





「ねえ。大野くんに会ったらさ。首傾げながら笑って、おはようって言ってみなさいよ」





そうしたら、きっと・・・。キラキラしてるはずだから。

















「・・・・・・・・・・」


入学式の朝。微かに眉間に皺を寄せて、一人の男が校門の前に立っていた。


詰襟が気になるのか、首元に手を掛けながら、歩いていく人波の中から何かを探すように視線を動かしていた。


姿勢のいいスラリとした容姿に整った顔立ち。遠くを見やるその横顔は、なかなかに決まっている。


小学校が同じだった子だけでなく、中学は二つの小学校から一つにまとめられているため、彼を知らない
女の子達の視線までもその男は奪っていた。


「ねえねえ、あの人カッコイイね〜」


「隣の小学校だった人だってっ!」


だが、コソコソと遠巻きに自分が注目されてるのもまったく気づいていない彼の心は、凛々しい姿とは大違い
だということに、気づく者はいない。


(・・・さくらのヤツ・・・いないな・・・)


ソワソワと落ち着かない。待ち合わせしてる訳でもないのにこうして探しているのは、逢いたいからだ。


彼女の姿を見なければ、なんだか新しいこの日が始まらない気がして。


制服姿の彼女がこの人だかりの中をこれから毎日駆けて来る。


想像してしまった光景に思わず顔がにやけそうになる。


(・・・べっ別に、あいつの制服姿が見たいとかそんなんじゃないぞっ!)


ハッとして、彼は自分の思考の恥ずかしさに動揺する。


誤魔化すように心の中で一人ツッコミをいれているなんて、黄色い声を上げている遠巻きの方たちは知らないだろう。








そうして、何分かの時が経ち。彼の視界に彼女が現れた。


「−−−・・・!」


思わず、ドキンっと高鳴る鼓動。


スカートの裾をなびかせ、赤いリボンが愛らしく揺れる。


その姿は想像以上に似合ってて、可愛かった。


けれど彼女は一瞬だけ目があった後、ふいっと顔を背けてしまった。


近づいてくる彼女が不機嫌なのは、その空気からも明らかだった。


ドキドキと落ち着かない胸を必死で押さえ込んで、近くに来た小さな彼女をそっと覗きこむように声を掛ける。


「・・・・・・さくら・・・?」


少し背中を屈め、視線を合わそうとすれば。


不機嫌そうにジトリとした目で睨まれた。


どこか拗ねてるようにも見えるその顔もやっぱり可愛い・・・なんて傍からいわせればアホかというような、
けれど本人マジでトキメキつつも、不安になる。


睨みつけた後、彼女は何も言わずに彼の横を通り過ぎていく。


声を掛けようとしたそれより先に、先を歩く彼女が振り向いた。


「−−−すごい似合ってるね、制服。」


不機嫌な顔のまま彼女はそう言った。


そしてほんの一瞬だけ、瞳を揺らした後、


「・・・・・・キラキラしてカッコイイよ、あんた」


そんな言葉を残し、彼女はフイッと身体を背け、そのまま去っていってしまった。





褒められたのか。はたまた嫌味か。


どっちにしろ、ときめいている彼の心にはあんまり関係ないだろう。


振り向いた彼女の口から出た、カッコイイ。


その言葉が可愛いあの彼女から出たことだけで、彼の頭と心の中は花が咲き乱れているのだから。





真っ赤な顔で立ち尽くす彼の脳裏と視界に映る彼女の姿は、不機嫌だろうがなんだろうが、キラキラと輝いていた。











続く・・・次へ・・・





あとがき


ひっさしぶりに書いてみました、ちびまる子ちゃん。

メッセージやメールを沢山頂けて、嬉しくて幸せ一杯です。

ポイントは大野くんのアホさ加減・・・と言いたいところですが、ここは綺麗にさきことまる子の姉妹愛ということで。

続きは、たぶんちょっと切なくもほんわかふんわりハッピーで書きたいと思ってます。

(・・・って、それっていつもと同じパターン・・・)