ギュッと、抱きしめてくれる腕が嬉しかった。


苦しかったけど、やっぱり全然嫌じゃなかった。



「さくら・・・」


「・・・なに?」


「俺さ・・・。お前のこと、好きだ」


そう、言ってくれた時、凄く嬉しかったんだ。


「うん。私も好きだよ」


本当に。嫌いじゃなくて、好きだと思った。


「・・・じゃあ・・・つき合うよな?」


「え・・・?・・・うん。」


さっきよりもずっと強く抱きしめられて。


なんか大野君が肩を縮こませて小さく震えてるのがおかしくてほんのちょっと笑っちゃった。







あの時。本当に嬉しかったんだよ。つき合うってこと、よくわからなかったけど。


一緒に帰ったり、日曜日に一緒に出かけたり・・・。


つき合う2人を想像したら、楽しくなった。


ワクワクしてた。嬉しくて、楽しくて・・・凄く、幸せだった。




でも・・・なんでだろう・・・。



何で・・・こんな気持ちで一杯なんだろう・・・。



つき合わなければ良かったの?



そんなこと、思いたくないよ。



嬉しかったのに。楽しかったのに。



なんで・・・こんなに痛いんだろう・・・。



ねえ・・・大野君・・・。








恋の病








つきあい始めて一ヶ月。大野君は、優しかった。



「ほら、お前重いだろ?かせよ・・・」


先生に頼まれた沢山のノートも。


「あ、大野君。ごめーんっ!今日、私、補習〜〜〜っ!」


「はあ?・・・たくっ・・・。待っててやるから、しっかり勉強しろよな」


呆れた顔で溜息ついても、最後にはがんばれよって笑顔で言ってくれた。


一緒に帰る帰り道は楽しくて。時々、手を繋いで。


躓きそうな私を、支えてくれた。


「えへへっ。大野君、この頃すっごく優しいね!」


優しくされることが嬉しくて、こうしていることが嬉しくて、繋いだ手を揺らしながら歩く帰り道。


「・・・・・・・・・・・・・・」


ふいに大野君の足が止まった。


不思議に思って、少し後ろで立ち止まったままの大野君を振り向いて問いかける。


「・・・大野君?」


けれど大野君は俯いたままで・・・。少したった後、顔を上げて彼は言った。


「・・・つきあってんだから、そんくらい当たり前だろ?」


その顔も声もとても真剣で。繋いだままの手が強く握りしめられて。

どこか怒っているような、そんな気持ちを感じて。


私は少し・・・怖かった。


「・・・う、うん・・・。そう・・・だね・・・」


途端に居心地が悪くて、咄嗟に頷いてた。


でも心で思ってたのは違う言葉。




『そうなの?』




本当は、そう疑問に思った。


わからなかったから。大野君がなんで怒ったような顔をしてるのかも。言っている意味も。


本当は、よくわからなかった。





『あの2人、別れたらしいよ〜』




不意に浮かんだ、クラスのうわさ話。


今まであまり興味のなかった話題。他人事、そんな風に聞き流していた話。


でも・・・その時、気がついた。


他人事・・・じゃ、ないんだよね。私と大野君も、そんな風に噂されていたんだろうか?


それでいつか・・・。いつか・・・別れた話が、噂になるのかな・・・。


別れたと、噂になってた2人の姿が浮かぶ。


どこかよそよそしそうに、気まずそうに。

視線を合わせることも、言葉を交わすことも、一緒に帰ることもなくなった2人。




ドクンッと、胸が大きく鳴った。




いつか来るかもしれないと思って。いつか、そんな2人のようになってしまうんじゃないかって・・・。


もう、目を合わせてくれない大野君。もう・・・笑ってくれない大野君。


もう・・・手を繋いで一緒に帰ることができない・・・2人。


『・・・つきあってんだから、そんくらい当たり前だろ?』


もう・・・優しくしてくれない・・・。


「・・・っ!?」


「・・・?・・・さくら・・・?」


そういうことなの?つき合うことって・・・。

なくなってしまうなんて嫌。こんなに楽しいのに、こんなに嬉しいのに・・・。


どうして、無くさなくちゃいけないの・・・?

なくしたくないよ・・・。別れたくないっ・・・。


不安になって・・・。苦しくなって・・・必死で大野君の手を握りしめた・・・。








ずっと言えなかった言葉。やっと言えた言葉に、さくらも好きだと応えてくれた。


それでもいつもと変わらないさくらが不安で。

抱きしめるのを止めたら、今までとなにも変わらない気がして。


どこか無理矢理のように・・・つきあい始めた。


初めは良かった。昼休みも、放課後も。いつも、一緒にいれて。楽しそうに笑ってくれて。


さくらをそばに感じることができて、抱きしめたいと思えば、抱きしめることができて・・・。


独り占めできているような気がして・・・。


でも、ふと思った。


一緒にいられる時間は増えたけれど。抱きしめられるけれど。


本当は、なにも変わっていないんじゃないかって・・・。


本当に・・・さくらは俺を好きなんだろうかと・・・。


一緒にいて嬉しいと感じるなら、友達だって同じなんじゃないだろうか・・・。


さくらにとって、好きってことは・・・俺と同じ気持ちなのかと・・・。


抱きしめたくて。笑って欲しくて。俺だけを見てほしくて・・・。

触れるだけでドキドキするような・・・そんな・・・熱に浮かされたような気持ちを、ほんの少しでも・・・

俺に持ってくれているんだろうか・・・。




「えへへっ。大野君、この頃すっごく優しいね!」


そう笑って言ったさくらの言葉に、不安が募る。


なんでもなく、ただ優しくされて嬉しいのだと、そんな無邪気な言葉にもどかしい気持ちになった。


今までは見ているだけで辛い時もあった。苛立って、素直に優しくできなかった。


でも今は、自然とできる。意地を張ったり、辛さから突き放したりせずに。


手に入れられたから、余裕ができたなんて言い方はしたくないけど。


さくらがそばにいて笑ってくれるだけで、好きだと言ってくれた言葉とつき合っているという事実だけで

俺の気持ちは自分でも不思議なくらいに優しくなれた。


好きだから優しくしたいと思う。好きだから、つき合ってる。


「・・・つきあってんだから、そんくらい当たり前だろ?」


言葉にして、思う。


本当に・・・俺とさくらの気持ちは、一緒なんだろうかと・・・。


もしも、もしもあの時・・・。俺がつき合うと言っていなかったら・・・。


それでも、さくらの態度は今と変わらないのかもしれない。


つき合っているという事実で、満足感を得ようとしていた自分がいる。


他の男と距離を取らせ、自分だけのさくらを手に入れることができたことに喜ぶ自分がいる。


自分と同じ気持ちを持っていないさくらを、消した自分がいた。


ドクンッと、胸が大きく鳴った。


また大きく鳴り始める、痛みと不安。




それでも。それでも・・・・・・・。




「・・・?・・・さくら・・・?」


突然なにを思ったのか、俯いたまま少しそばに来て、手を強く握り返してきたさくらの姿を可愛く思う。




たとえ気持ちが違っても。友達としか思われていなくても。



もう・・・手放すことはできない。




『俺さ・・・。お前のこと、好きだ』



確かにあの時、お前は好きだと言ってくれた。



『・・・じゃあ・・・つき合うよな?』



つき合うことに、頷いたんだ。





だから絶対に・・・はなすものか・・・。





どんなに嫌がったって。





本当に好きな男ができたってっ・・・。





はなしてなど・・・やらない・・・。





続・・・・・・。後編はこちら








一応、企画小説の続きなんですが・・・。

なんでしょうね・・・この思いっきりシリアス路線のお話は・・・。


拍手メッセージやメールで、とても評判が良かったので続きを書いてみようかと思って書いたんですが、
あまあまを期待された方には、本当に申し訳ないです。

ですが、ちゃんと最後にはハッピーエンドになりますので!!


それにしても近頃切ない話が多いですね・・・。