14.まだ言葉というものに怯えたままのぼくから、 わかってる。 ずっとこのまま。 今のままでいられないことなんて・・・。 時間が止まることがないように。 冬が過ぎて。そして・・・やがて、春が来るように・・・。 ある日の日曜日。午前10時30分。 隼人は、居間に寝転がっていた。 「コーヒーここ置くよ?」 天上を見上げてる隼人の視界に、ヒョコリと拓の顔が映る。 コトリと置かれたカップに手を伸ばしながら、身体を起こした。 「・・・サンキュー・・・・・・」 一口飲んで、小さく溜息。 「・・・そういや親父は?」 「まだ寝てるよ。昨日、遅かったから。お昼に出前とるから、11時頃起こしてくれって」 「・・・出前ねー・・・」 さして興味もなく、再び背中が床についた。 「・・・はぁ・・・」 今日何度目かの溜息・・・。 斜め横に座っていた拓は、不思議そうに視線を送る。 「こっちからかけてみれば?」 「・・・あ?」 唐突な言葉に、隼人は「なに言ってんだ?」と首だけ動かして顔を上げた。 「電話・・・待ってるんじゃないの?」 首を傾げながら、拓が隼人の左手へと視線を落とす。 それを少し遅れて追った隼人は、自分の左手にあるものに微かな動揺を見せた。 ただ手のひらに乗せていただけの・・・携帯を思わず握り締める。 ガバッと勢いよく起きあがって、手の中の携帯を一度睨みつけるとテーブルに置いた。 「べつに待ってるわけじゃねーよ」 「じゃあ、かけるかどうするか悩んでるんだ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 コーヒーを飲みながら穏やかに話す拓に、隼人は顔を顰めて黙り込んだ。 待ってるわけじゃなかった。 少し・・・期待してるかもしれないけど。 かけるのを悩んでるわけでもなかった。 少し・・・考えてるけど・・・。 かかってくるのを期待して。 それで結局、かけるタイミングを逃してる。 (・・・って・・・それって待ってるってことじゃねーか・・・) そんなこと・・・あるはずないとわかってんのに・・・。 (バカか、俺は・・・) 諦めたように、深い溜息をついた。 なんか情けなくて、すげー女々しい気がしてきた・・・。 隼人は、カップに残ったコーヒーを一気に飲みほすと、携帯に手をかけた。 身体に緊張が走る・・・。 たかが電話一本じゃねーか。 相変わらず首を傾げたままの拓に視線を向けて、一呼吸。 こいつのように、あっさりさっぱりと電話すればいいだけ。 そう、それだけだ。 ディスプレイに映ったその名前を見るだけで、心が反応する。 通話ボタンを押して、携帯を持つ手に力が入った。 呼び出し音が響く。 出てほしいような、出ないでほしいような。 複雑な気分になった。 ・・・・・・・・・・・数秒の呼び出し音の後。 『はいっ!もしもしっ?』 明るい声が響いた。 電話越しの声に、ドクンと胸が音をたてる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 何故だか言葉が出ない。 『・・・ん?・・・もしもし?』 ろくにディスプレイも見ないで出たらしい彼女が、無言電話に首を傾げてる姿を想像して、 隼人の胸に、想いが湧き上がった。 「すっげーあいてー・・・」 『は?・・・って・・・矢吹か?』 名前を呼ばれて・・・。 その瞬間、完全に全ての意識が引っ張られた。 すぐさま玄関へと走る。 「え?もう行くのっ?」 静かに見守っていた拓は一瞬驚きながらも、丁度そばにあった隼人の上着を持って、あとを追った。 「今どこにいんだよっ!!家かっ?!」 靴に足を突っ込みながら怒鳴っている隼人に上着を渡した。 「はい、上着」 「おっ!サンキュー!」 『え?なにがだ?』 「お前にいったんじゃねーよっ!!でっ?!今どこにいんだっ!!じゃ、ちょっと出てくるなっ」 「いってらっしゃい」 『え?え?なんだっ?今どこ?出てくる?なにいってんだっ?!』 「だからてめーにいったんじゃねーっていてんだろっ!!」 携帯を怒鳴りつけながら。 隼人は出かけていった。 「騒がしいやつだなー・・・」 隼人と入れ替わりに父博史が玄関に顔をだした。 「今日はデートなんだって」 振り向いて。拓は、そう言って笑った。 1 終 2へ |