高校生活の中で生まれた想い。


冬の季節に育った気持ち。


自由を奪うほどに、抱きしめて。数え切れないほどにキスをした高校生活。


だけど今のままで。その生活のままで。


いられることはできない。


引っ張り込んだ空き教室も。


昼休みも、放課後も、もうすぐなくなってしまう。


だから、欲しかった。


高校生活最後の日曜日。


卒業する前に。高校生活が終わってしまう前に・・・。


季節を運ぶ、風のようななにかが。


新しい生活へと。


この気持ちを運んでくれる、何かが欲しかった。











『矢吹?』


戸惑うように名前を呼ぶ声を聞きながら、隼人は拓が渡してくれた上着を片手で着て、道路へと出た。


「どっちだっ!?てかっどこにいんだよっ!?」


『私か?えーっと・・・ここは・・・桜並木のところだ』


「あ?なんでそんなところにいんだよ?」


『なんでって・・・散歩』


「散歩っ?!一人でかっ?!」


『そ、そうだぞ?・・・な、なんだよっ・・・』


「じじぃか、お前は・・・」


『なっ!?し、しつれーなこというなっ!用がないんなら切るぞっ!?』


むすっとした顔を思い浮べて、隼人は可笑しそうに笑って駆け出した。


「今すぐ行くからっ!そこで待ってろっ!?」


『え?わ、わかった・・・じゃあ・・・』


「切んじゃねーぞっ!」


切ろうとする久美子を止めて、隼人は走った。


携帯を耳元にあてたまま。


繋がったまま。


『・・・なんだ?・・・・・・?』


時折聞こえてくる久美子の声を聞きながら。


隼人は走った。











離す気なんて無い。


教師とか生徒とか。そんなもんは、とっくになかった。


ただ抱き寄せて。そばにいたくて、そばにいてほしくて。


あいつが教師とか、そんなこと・・・どうでもよかった。


だけど・・・いざ卒業が近づいてくると・・・酷く焦ってる自分がいた。



『もうすぐ卒業だなっ!』



嬉しそうに、でも寂しそうに、あいつが笑うたびに・・・。


喪失感に近いものが、胸に溜まっていった。


少しずつ暖かくなりはじめた気温すら・・・苛立たしい。


冬が終わることも。春が来ることも、嫌で・・・。


そう感じた時から・・・想いが激しさを増した。


今まで以上に早く起きて、待ち伏せまでして、朝も一緒に過ごした。


授業中も、あいつが焦るくらい、じっと見つめた。


昼飯すら食ってる時間が勿体無くて、食わずに抱きしめた。


どんなにあいつが帰りたがっても、暗くなるまで帰してやんなかった。


そうやって、残り少ないこの生活を満喫したけど・・・結局喪失感に近いものは増えるばかりだった。


こんな朝も、こんな姿も、こんな時間も・・・何もかもが無くなると思うと・・・


どうしようもなく・・・恐かったんだ・・・。














沢山の桜の木が植えられた大通り。


久美子の姿があった。





まだ硬い小さな蕾のついた木々を、彼女は見上げていた。





束ねられていない黒髪は、ふわりと風に揺れて。


見上げた横顔には、眼鏡もない。


大きな瞳が・・・微かな切なさを込めて、揺れていた。





足を止めたまま一歩も動けない。


胸が締め付けられて、声もかけられない。








数十秒の時が過ぎて・・・、久美子が隼人に気がついた。








互いに耳にあてた携帯。


繋がったままの二人。


『矢吹?』


耳元で、声が響いた。


首を傾げて。


キョトンとして。


『やっと来たっ!』


久美子は、ふわりと笑った。








トトトっと、小走りに近寄ってくる久美子に。


「来るなっ!」


隼人は叫んだ。


驚いて立ち止まった久美子から視線を逸らすように俯いて。


震えそうになる声で、耳元の携帯へと囁く。


「俺がそっちに行くから・・・。そこで待ってろ」


溢れ出す想いと一緒に、涙が溢れそうだった。


強く目を瞑って。


熱くなる瞼をじっと堪える。


『・・・矢吹?』


名前を呼ぶ声を最後に、隼人は何かを決意するように電源を切った。








恐かった。


登下校、授業中、昼休み、放課後・・・。


それだけしかない自分が。


それだけしかない関係が。


とても恐かった。





どんなに離さないと思っていても・・・これからの自分は・・・どうなる?


どうやって・・・あいつを抱きしめる?





教師と生徒。そんなもの・・・とっくに二人の間には無いと思ってたけど・・・


そこには・・・ずっと在ったんだ。


救われながら、甘えてた。


だけど、もう・・・現実として、救われてた時間は無くなる。


甘えていた時間も、終わりを告げる。


だからそれが来る前に・・・欲しい。


今までとは違う時間だけでも・・・手に入れたい。





卒業する。高校生活も終わる。


冬が過ぎて・・・春が来て・・・。


それは誰にも止められない。








ゆっくりと顔を上げて。


隼人は、前へと進んだ。


止められないなら・・・自分も行くしかない。


微かに流れ始めた季節のように。


春を運ぶ、風のように。


溢れそうになる想いと恐怖を詰め込んで・・・。


久美子のそばへと歩いていった。











「・・・どうした?」


すぐそばまで来て。


不安げな表情で見上げる久美子に、隼人の身体が倒れ込む。


肩に顔を埋めて、その身体を抱き込んだ。


「えっ?!ちょっ・・・な、なんだっ?!」


突然、ずしっと体重をかけられるように抱きしめられ、久美子は戸惑った。


全体重に加え、押すような力をかけられては、かなり大変。


後ろに倒れそうになる身体を支えるのに一杯で、押し返すこともできない。


「・・・やっやぶきっ・・・・・・おいっ・・・」


苦しそうな声さえも、今の隼人には胸を熱くするばかりだ。


抱き込む力がさらに強まった。


「・・・な、なんだかしらねーけどっ・・・と、とりあえず離せっ・・・お、重いっ」


支えるのが限界になってきた久美子の足は、曲がりはじめて。


ガクンッと久美子の膝が地面についた。


久美子がペタリと座り込んでしまっても、隼人は肩から顔を上げることはできなかった。





抱きしめられることが、たまらなく嬉しい。


たった少しの距離を歩いて・・・今、その存在を抱きしめていることが嬉しい。


壊れそうなくらいに膨らむ想いに、また涙が溢れそうだった。


これでなにかが手に入ったわけではないけれど・・・。


確かに、進むことは出来たから・・・。











「・・・はぁ・・・お前・・・なんなんだ・・・?」


ペタンと座り込んだまま、久美子は呆れた溜息をついた。


「俺、マジ今すげー頑張ったんだぜ?」


肩から顔を上げた隼人は笑みを浮かべて言った。


言葉の意味は、久美子にはわからないけれど。


なぜかとても嬉しそうな顔につられるように、彼女は小さく微笑んだ。








膝をついたまま、久美子の髪に指を通す。


軽く髪と頬にキスを落とすと、彼女は頬を赤くして隼人を突っぱねた。


「なっなにやってんだっ!はは離れろっ!!」


「頑張ったっていったじゃん。だからご褒美にキスくだパイ。」


「なっなななっ・・・こここっここをどっどこだと思ってんだっ!!」


「桜並木。なかなかキスするには、いいんじゃねーの?」


「全然よくなっ!!」


真っ赤に染まって怒鳴る久美子の言葉を遮って、一瞬にして笑みを引っ込めた隼人は、


もう待ってられないというように、素早く唇を奪った。








登下校中でもない。昼休みでもない。放課後でもない。





日曜日の午前中。


まだ硬い蕾の桜の木の下では、はじめてのキスだった。








2 終  3へ








あとがき


まだ続いてます。矢吹家訪問は、3で。

書き直す前とは、隼人の心情がだいぶ違って、また色んなとこに飛んでる気が・・・。

でも個人的には、書き直した後の方が好きですね〜。

(書き直す前のようがよかったって方には、申し訳ないですけど・・・)

それにしても。ここのところあまり見てないし書いてないしで、しかもにゃーにゃー言わせてたので、

久美子の口調とか台詞とかが危ないです。

イメージが崩れかかってるというか、掴みきれなくなってるかもしれません・・・・・・。