次の日。やっぱり雨は止まなかった。


屋上へと続く階段に座り込んで、暗い天井を見上げる。


微かに聞こえる雨の音に目を閉じて、思い出す。



満面の笑顔と。



『そうだなっ!私と逢えたからなっ!!』



何気ない言葉。





晴れることは、願わなかった。


ただ・・・逢えることだけ、願ってた。





薄い雲と、青い空。


あの時間。


大切なのは、逢えたことだ。





はじめて。あの屋上で、あの時間、逢えたこと。


いつも、いつも・・・逢えたこと。



昨日、雨の中。逢えたように・・・。


また、逢えることを願う。





願って。待って。


それは、たぶん・・・。


とても、とても・・・臆病なことかもしれない。


でも、それはきっと・・・。


とても、とても・・・難しいこと。








だからもし、逢えるなら。





「小田切・・・?」





もしも、逢えたなら・・・。





「・・・お前、またサボって・・・」





たぶん、きっと・・・。


手を伸ばすのは。


とても、とても・・・簡単なこと。








臆病な恋 3








「今日は、屋上には出れないだろ・・・」


呆れた顔で隣に座る久美子を、竜は見つめた。


そこはベンチじゃないけれど。薄い雲も、青い空もないけれど。


「・・・はぁ・・・まったく・・・」


諦めたような顔も。


「でも・・・ここも静かで、落ち着くな」


見上げて、笑う横顔も。


少し違うけど。でも、そんなに違わない。


それは、確かに・・・二人きりの時間。





隣に座る存在に。


見上げる横顔に。


逢えたことに・・・。


竜は・・・小さく、微笑んだ。








「・・・・・・・お前は?」


「ん?」


「なんで・・・いつもこの時間ここにくるんだ?」


見つめたまま、問いかけた。


一瞬、不思議そうな顔をして。


少し考えるように視線を逸らして、首を傾げて。


その一つ一つを、見つめた。


トクン、トクンと、鼓動が鳴ってる。


「・・・ん〜・・・なんとなく・・・かな・・・?」


曖昧な言葉に、苦笑いを浮かべたけれど。


次に続く言葉に、鼓動が大きく高鳴った。


「なんとなく・・・またお前がいるような気がするから、かな?」


首を傾げて、小さく苦笑いを浮かべた久美子に。


「・・・・・っ!?」


竜は咄嗟に赤くなりそうな顔を逸らした。


鳴り響く鼓動に、息を呑んで。


思わず立ち上がりそうな自分を留めたのは。


胸に、溢れる・・・嬉しい気持ち。





どうして。こいつは。


そんなことをさらりと言えるんだ・・・。


あまりに素直で・・・。とても綺麗で・・・。



臆病で、素直になれない俺は。


「それで一緒にサボってたら意味ねーだろ・・・」


そんな言葉しかでない。


でも隠しきれない嬉しさが微かな笑顔をつくっていくのを。


止めることはできなかった。





臆病で。素直になれない自分への苦笑と。


胸に溢れる嬉しさへの喜びで。


きっと、今、俺、すごくだらしない顔をしてんな・・・。


そう自分に呆れて。


落ち着くようにそっと息をつくと、激しく鳴り響いていた鼓動が少し治まった。





「そりゃ・・・そうだ・・・・・・。」


困ったような苦笑いを浮かべる久美子に視線を戻して、またなにか考えるように
首を傾げる様子を見つめた。


「ん〜・・・でも・・・教師がこんなこというのもやっぱ変かもしれないけど・・・」


今度はなにを言い出すのか。


少し自分も考えて。少しなにかに期待して。


少し戸惑いながら・・・久美子を見つめた。





「私は・・・お前とこうして過ごすの、結構好きだけどなっ!」





そういって笑った、久美子に・・・竜の鼓動は、また大きく高鳴る。


ドクンッドクンッと・・・鳴り響く鼓動が大きすぎて。


視線を逸らすことも、息すらも・・・できない。





それでもまだ。


言葉を続ける久美子に。


臆病な心が、焦る。





それ以上。なにもいうな。


押さえきれなくなりそうだから。


苦しくて・・・壊れそうだから・・・。





だけど・・・。もう・・・耐えられない。








「色々話したり、空見たり・・・。今日は屋上じゃないけどさ。こうやって・・・
 ここで並んで座ってるだけでも、私はすごく楽しいし。嬉しいよ。」





ふわりと・・・。





「だから・・・きっと、ここに来ちゃうんじゃないかな?」





とても、とても・・・暖かくて。優しい笑顔で・・・。





「逢いに来てるっていうのも変だけど・・・。たぶんそうなんじゃないかな?」





逢いに来てる。


そういった・・・久美子の言葉に・・・。


もう・・・耐えられなくて・・・。


竜は・・・手を・・・伸ばした。





「・・・ん?」


それは、片方の手だけだったけど。


ずっと・・・伸ばせなかった手は、久美子の頬に・・・そっと触れた。





「?・・・どうした?」


久美子は、逃げることもなく。


少し不思議そうな顔をして、穏やかに微笑んだ。


その表情に、ハッとして。


思わず引きそうなった手を。


竜は、そのまま躊躇いがちに・・・。


久美子の黒髪へと、移した。





綺麗で艶やかなその髪は。


柔らかくて・・・暖かい。


その優しい感触が心地よくて・・・。


少しホッとして、小さく微笑んだ。





無意識では・・・いたくないから。


ちゃんと、確かに・・・。


自分の心で。自分の気持ちで。自分の意思で。


触れたいから。





そうしなければ・・・。


俺は、いつまでたっても臆病なままになってしまうから。





願って。待って。


そして逢えたのなら・・・。


そこからは。自分で動かなければ、駄目なのだから。











不思議そうな顔をしながらも、優しく微笑む久美子を見つめながら。


髪に触れながら、竜は問い掛けた。


「お前さ・・・」


「・・・ん?」


「なんで、いっつもおさげなんだよ」


「え?・・・ん〜・・・まあ、邪魔にならないし・・・動きやすいし・・・?」


「じゃあ・・・なんで髪伸ばしてんの?」


「えぇ?・・・ん〜・・・なんとなく・・・?・・・かな・・・」


「曖昧ばっかだな」


「な、なんだよ・・・。お前だって、いつも「べつに」ばっかだろーが・・・」


少しバツの悪そうな顔をする久美子に、竜はまた小さく微笑む。


「そうだな。」


その素直な言葉と、微笑みと。


さっきから髪で遊びながら、じっと見つめたままの竜に久美子はまた不思議そうに首を傾げる。


「お前がそんな色々質問してくんのも珍しいな?」


「・・・べつに。」


「そこで「べつに」を使うのはやめろよ・・・。全然、わかんないじゃないか。」


「・・・べつに・・・・・・」


「べつに?」


「・・・ただ・・・・・・・・」


「ただ・・・・・?」


言葉を追いかけながら、さらに首を傾げる久美子に竜は心の中でそっと微笑んだ。


髪に触れていた手を、また頬へと移して。





「・・・ただ・・・知りたかっただけ・・・。」





顔を近づけて。





「すごく・・・綺麗だから・・・・・・・・」





「・・・・・・え?」





「綺麗で・・・・・・・好きだから・・・・・・・」





とても、とても・・・好きだから。


だから・・・。





「・・・知りたかっただけ・・・」





囁くように、呟いて。





「−−−−っ?!」





その白い頬に・・・そっと触れるだけの、キスをした。











たぶん、きっと・・・。


手を伸ばすのは。


とても、とても・・・簡単なこと。





逢えたなら。


好きな気持ちがあるのなら。


手を伸ばすのは。触れるのは・・・。


とても、とても・・・簡単なこと。








3  終  4 へ





あとがき


えっとまだ続きます。たぶん次回でラストだと思います。

やっぱり竜がとっても乙女チック・・・・・・。

でもこのお話の久美子は、個人的にはとても好きです。

(自分で書いといてなんですけど・・・。)

まあ、彼女はこんなに穏やかではないかもしれないですけどね。