「どこにいんだよっ・・・!!」 近くの公園や土手、学校。思いつく場所へと、慎は走った。 逢いたくて。逢いたくて。 自惚れそうな気持ちも少しあるけど、とにかく謝りたかった。 自分が勝手に勘違いして傷つけたのに、また自分の所為にして一人で落ち込んでるかもしれない久美子に謝りたかった。 そして、いい加減な考えだけど、今彼女を見つけることができれば何かが変わるような気がした。 自分が素直になれる気がした。 久美子の姿を探し求めて走る中で、逃げ出して立ち止まっていた慎の心もまた久美子へと向かっていた。 思いつく所を全部捜して、もう家に帰っているかと思った慎はズボンのポケットに手を突っ込んで 携帯を家に置いてきたことに気がついて、舌打ちした。 今の場所から久美子の家は遠いし、突然行って久美子が居なかったら家の人達に心配をさせるだけだ。 とにかくもう声だけでもいいから話したくて、もしかしたら何かあったのかと不安になって 急いでマンションへと走り出した。 太陽が落ちて、夕焼けから薄暗い闇に変わった空を見上げて、慎は強く願う。 出会えるように。 声が聞けるように。 言葉をかわせるように。 謝れるように。 マンションについた慎は自分の部屋のドアが見えた場所で、立ち止まってしまった。 「・・・・・・」 あまりの驚きに慎は呆然としてその場から動けなかった。 自分の玄関のドアに背を預けて膝を抱えて座り込んでいるものは間違いなく探し続けたものだけど まさかここにいるなんて思わなくて頭が混乱する。 それでも膝に顔を埋めて寝ているような久美子に、いつからいるのだろうと思ってゆっくりと近づいていった。 「・・・・・・」 ゆっくりと近づいて目の前にくると、膝を抱えて小さくなっている姿と微かに聞こえる寝息に 鼓動が高鳴り、身体が熱くなる。 でも数時間前に感じていた痛みも、どす黒い影も無い。 暖かくてどこか穏やかな気持ち。 久美子を捜して走り続けて気がついたものが、心に流れ込む。 自分はひどく幼い子供だった。 なにもせずにただ、だだをこねる子供のように 転んで一人で立ち上がろうとしない子供のように 他の子が持っている物を欲しがる子供のように。 そんな幼い子供だった。 しばらく座り込んで眠る久美子を見下ろして見つめていた慎は、微かに久美子の頭が動いたことにハッとして、 眠る久美子に声をかけた。 「おい。起きろよ」 「・・・ん〜〜・・・?」 本格的な眠りに入っていたらしい久美子は気だるそうに掠れた声を上げて、ぼんやりした目を擦りながら 辺りをゆっくりと見渡した。 が、前にある慎の足にも気がつかないのか膝を抱えなおして顔をすり寄せる動作に、慎は思わず顔が緩み 声が出そうになって、口もとを手で押さえた。 「・・・・・・?」 でも、その微かな空気の動きを感じて久美子の顔がゆっくりと上がり、自分を見上げた。 「・・・・・・」 まだ焦点があわないのか、ぼんやりとした久美子の顔。 その隙に慎は緩みそうな顔を直し、しだいにはっきりとしていく視界に自分を見つけたのか 驚いて大きくひらいていく瞳を、いつもの冷静な無表情を決め込んだ顔で迎えた。 「・・・なにしてんの?」 「ーーーなっ、なっ、なんでっ、って、あれっっえっ???!!!」 一方、久美子の方は慎の姿を認識したとたん、バッと立ち上がり言葉になってない上擦った声を発しながら、 背中にベタッと押しつけたドアの存在に頭がパニックになっていた。 「なっ、なんでっ・・・沢田っ、お前っ、中にいたんじゃっ・・・って、いなかったのか・・・?」 困惑したように呟いた言葉を聞いて、慎は気がついた。 外にいるなんて全然思わずに無視されたと思ったのだろう。 そう考えて自然にドアに目がいくと、その視線に気がついた久美子の肩がビクッと震えた。 「あ、ち、ちがうんだ・・・嫌がらせ、とかじゃなくて・・・えっと・・・」 困惑したように、視線をさまよわせて呟く彼女の姿は今まで見たことがなくて。 「ただ、お前の様子、変だったし・・・私なんか迷惑かもだけど。何か、したかったんだ。傷つけたし・・・」 怯えたように小さくなって。 手も肩も声も震わせて。 自分はこんなにも彼女を傷つけていたんだと胸が痛みながらも、その姿に改めて思う。 ホントにバカで情けない子供だったんだ。 なにもしないで、ただ想いだけを募らせて、わかってくれないと怒る。 なにもしてないんだ。 伝わるわけない。 たとえ傷つけたことでも、少しでも伝えれば彼女はこんなにも自分に返してくれる。 小さく怯える姿も震えた声も言葉も 自分だけのものだ。 「・・・ホント迷惑だよな。でも、なんかここに・・・いたかったんだ。傍に・・・」 瞳に涙をいっぱい貯めて、小さな苦笑いを浮かべた顔も自分だけの顔。 自惚れてしまうにはまだはやい気持ちだけど、嬉しくてたまらない。 「さっきだって暇だからきたんじゃないんだ。・・・でも、なにも考えずに勝手にきちゃったから・・・ごめん」 「わかってる。川嶋達に聞いた。デートの約束、自分から断ったんだってな」 まだ想いを言葉にはできないから、いつものように軽くいったはずなのに、少しずつでも伝えていけたら いいと思っていたのに、そのあとの彼女の反応に慎の心は大きく前進してしまった。 軽く、なんの含みもなくただ知っている真実をいっただけなのに、その言葉を聞いたとたん 「ーーーーーッッ!!」 今まで少し青ざめていた久美子の顔が、カァ〜と音をたて真っ赤に染まった。 「べっ、べつに・・・ふ、ふかい意味なんてないからな!!」 「・・・・・・」 「お、お前のことが気になってしょうがなかったとか!!篠原さんよりお前に逢いたかったとか!! そ、そんなんじゃないぞっ!!」 「・・・・・・」 「大事な生徒だしなっ、当たり前のことだ!!そ、そう、そう当たり前の・・・?!!」 顔を真っ赤に染めて意味も無く声を高く大きくして、自分が何をいっているのかもわからないくらい動揺しまくっている 久美子の姿と言葉に、その可愛さに、慎は衝動のままに彼女の細い手首を掴んで引き寄せた。 「な、なにするっさわ、沢田っ!!」 腕の中でもがく久美子の腰に背中に腕を回して、さらに深く強く抱きしめる。 初めての感触に壊れそうなほど心臓が鳴り響く。 「・・・ごめん」 「・・・?」 何か言わなければと思って出た言葉は、今の自分の精一杯の言葉。 「・・・なにも知らないで酷いこといったり・・・ごめんな」 でも一番必要な言葉。 「そんなこと気にすんなよ。でも・・・」 顔を見れなくて久美子の細い肩に顔を押しつけていたが、久美子の声に顔を上げると 「冷たくされた時はすごく痛かったから、もうしないでほしいかな」 そういった久美子の顔は赤く染まり、柔らかく、とても優しくて、可愛く、キレイだった。 逃げ出しても、忘れられないのは・・・失いたくないから 走り続けるのがつらくて立ち止まっても苦しいのは・・・諦めたくないから。 この想いをすくい上げるのは自分自身でしかないから、もう 意地をはるのは終わりにしよう。 ちっぽけなプライドなんて、こいつの笑顔には到底かないはしないのだから。 彼女を好きな気持ちも。 愛しくてたまらない気持ちも。 手に入れたくて仕方ない気持ちも。 嘘偽りのない、本当の気持ちなのだから・・・ 腕の中にいる久美子を強く抱きしめながら、慎は決意した。 まだ今のままでいいとか思ってたけど、一度その感触を味わってしまったら、触れてしまったら あの顔みたら、手放せるわけない。 自惚れだろうが何だろうが、自分の中の確信と可能性を信じる。 いや、もうこいつの想いは後回しだ。 彼女が幸せなら自分はどうでもいいなんて、そんなこと思うものか。 とにかく今すぐほしい。 絶対に手に入れてやる!! 決意した男は強く、やばすぎるほどに自信にあふれるもの。 逃げ出せないように抱きしめる腕を強めて。 「・・・なぁ、ヤンクミ・・・」 白く綺麗な首筋に顔を埋めて、甘く囁く。 ビクッと過敏に反応する女に薄く笑みを浮かべて、さらなる甘い罠へと誘い込む。 ・・・・・・・・・が。 ーーーーぐうぅ〜〜〜 さすがに人間のお腹の神秘を止める事はできなかったようだ。 「・・・・・・」 甘い雰囲気を一気に吹っ飛ばしてくれた神秘の音は、男の自信も奪っていったようで抱きしめる力もない。 さらに音を慣らした本人の甘い空気などさっぱりと忘れているように、お腹をさすりながら ちょっと照れて恥ずかしそうに笑顔を浮かべている姿にも気が抜けてしまう。 けれど、 「あ、そ、そういえばもう夜ご飯の時間よ、沢田くんっ!!」 といいながら、なにやらそそくさとその場から逃げようとしている様子に彼女を見ると。 あかい顔に引きつった笑みを浮かべ、視線を泳がせて逃げ腰で距離を伸ばしていく。 それはさっきの甘い雰囲気を意識しているのがまるわかりで、男の力を十分すぎるほど甦らせることになってしまった。 「そ、それじゃぁ、沢田くん。明日、学校でね」 「ああ」 一方的な挨拶でその場から抜け出そうとしている久美子の考えを見抜くことは、慎には容易い。 そして、その後の久美子の行動も慎に予測できていた。 いつもと変わらない慎の返事に久美子は安心して、背中をむける。 その瞬間、 「ーーーうわっっ?!!」 慎の手は素早く久美子の手首を掴み、引き寄せた。 警戒心を解いた身体は容易く慎の傍へと舞い戻る。 よろけた身体に意識がいっている内にドアを開き、久美子を部屋の中へと引っ張り込めば、もう逃がさない。 「さ、沢田っ?」 突然手を捕まれたと思ったら、あれよという間に部屋の中に来てしまって久美子は慌てた。 正直いってなんでこんなに焦っているのか自分でもわからない。 さっきから何故か心臓がばくばくいって落ち着かなくて、顔もまともに見れないくらい緊張してしまっている。 「あ、あのな・・・」 とにかく家に帰ろうと声をだしたが、慎が言葉を遮った。 「なに緊張してんの?」 「ーーーーな、何いってんだよ!!別に緊張なんてしてないぞ!!」 図星を指されて、なんでわかんだ!! と思いつつも、何故か緊張してるのがひどく恥ずかしい気がしてきた。 カァ〜と顔が火照るのがわかって、思わず声を張り上げてしまったが 「腹へってんだろ?お前が買ってきたやつ、一人じゃ食い切れねーんだから、食べてけよ」 慎の落ち着いた声と顔を見上げたら、どっかへ行っていたらしい自分が現実に戻ってきた気がした。 「あ、そうだなっ!!いっぱい買ってきたからなぁ。好きなもん作ってやるぞ!!」 さっきまで感じていた妙な気持ちも緊張も一瞬で吹き飛んでしまった久美子の心はすっきりと晴れ渡っていった。 だが、意気揚々と靴を脱いで部屋へと進んでいく自分を横目に不適な笑みを浮かべた慎の空気の変化に 気づく事はなかった。 「なにが食べたい?野菜とかも買ってきたから、なんだって作れるぞ」 実際作ったことのある料理なんてほとんど無いのだが、なんとかなるだろと思い袋の中をのぞき込もうとしたが それより先に慎の手が袋を持ち上げていた。 「いや、今日は俺が作ってやるよ」 「なに?!お前、料理作れるのか?」 袋をもって台所へ向かう慎の言葉に驚きながら、その後をついていく。 「お前よりはな」 すかさずサラリと言った言葉が引っかかるが、袋の中にサッと目を通しただけで何にするのか決まったようで テキパキと料理に取りかかっていく様子に目が奪われる。 「なぁなぁ、何作るんだ?」 好奇心を抑えきれない久美子だったが、 「出来てからのお楽しみだな。 だからあっちにいってろ」 という慎にしゅんっとなってテーブルの方へと向かった。 「ああ。そうだ」 けれど、なにか思いだしたように呟いた慎の声に素早く反応して、また傍へと駆け寄る。 そしてそんな久美子にはその行動全てが、慎によって誘導させているなど知るよしもない。 久美子を一度沈ませて、まだ料理に気がある内にタイミングをはかって再度気を持たせる。 自分でもわざとらしいと思う言葉でも、久美子は素直に反応して食いついてくる。 なにも知らずに、目を輝かせて自分を見つめてくる可愛い久美子を自分へと向かせるまで、あと少し。 「なんだ?なんでも手伝ってやるぞ?!」 「・・・いや」 「?なんか足りないのか?」 「いや・・・あのさ、ヤンクミ。」 「なんだ?」 「せっかくお前のために作ってやるんだからさ」 「え!私のために作ってくれるのか!!沢田〜〜!!」 「だから、うまかったら、ご褒美くれよ」 「うん、うん。嬉しいぞ、沢田〜!!ご褒美だって何だってくれてやるぞ〜!!あ、でもお金はだめだぞ?」 「金じゃねーよ。じゃあ、決まりだな」 「おうっ!!」 ・・・かかったな。 こうして、久美子は知らない内に確実に慎へと引きずり込まれて行くのだった。 ・・・手に入れるまで、あと少し。 4へ・・・ |