君の言葉




偶然聞いた、彼の一言が・・・とても辛かった。



「慎ってさー、好きな女とか本当にいねーの?」

放課後。見回りにきた私は、3Dの教室から聞こえてきた声に足を止めた。

ニヤニヤした南の声に、また女の話か〜?と笑って教室の中に入ろうとしたのに
ドアノブにかけた私の手は、次に聞こえた沢田の言葉に動きを封じられてしまった。



「・・・・・・・いるけど・・・」



−−−−−−−・・・・・・・・え?



沢田のたった短いその一言が、こんなにも胸に深く突き刺さるなんて、思いもしなかった。



いつもクールで、健全な高校生とは思えないくらい女の子の話題にも
興味を示したことの無い沢田に、好きな女の子がいるなんて・・・思いもしなかった。




でも、そのくらい普通なことだろ?



驚くことだけど、苦しいことじゃない。むしろ喜ばしいことじゃないか。




このドアを開けて、いつもクールな沢田にいつものように笑って
ちょっとからかったりして・・・。



そうしたいはずなのに・・・そうするのが私なのに・・・



なんで・・・動けないんだろう・・・。



なんで、こんなに苦しいんだろう・・・・・・。









いつのまにかいた教職員の玄関の前で見上げた空は灰色で
とても静かな雨が降っていた。

結局教室の中に入ることはできなかった。

沢田の言葉を聞いた瞬間、胸に感じた痛みはさらに酷くなるばかりで、
途端に泣き出しそうになって思わず雨の中へと向かっていた。


冷たい雨に打たれて、立ちつくして・・・何やってるんだろう。


なんて、他人事みたいに思いながら、また玄関に戻って空を見上げてみる。


濡れた頬に冷たいものが流れ出して、視界がぼやけて・・・
もう雨で誤魔化すことも立っていることもできなくて、しゃがみこんで膝に顔を埋める。



無表情で、なに考えてんだかわかんない顔のあいつが・・・
いつのころかとても小さいけれど、優しく笑うようになったのは、なぜ・・・?

その小さな笑顔を包み隠して閉ざしていた心を開いたのは、なんだった・・・?

沢田の笑顔は、とても優しくて暖かくて・・・時々なんか幸せそうだな?

なんて思いながら・・・。


心の奥で、自惚れていたのかもしれない。

あいつのために、私はなにかできたんだって・・・勝手に浮かれていたけど。

本当は、違ったんじゃないか・・・?

大切なモノができて・・・大切な人ができたから

沢田は、あんなにも幸せになったんだ・・・。

恋をしたから・・・きっとあいつは、強く優しい自分を見つけられたんだ・・・。

正直いって、そんな素敵な恋したことない私には、はっきりとはわからないけど

なぜか・・・そう、思った。

あいつに笑顔を取り戻させたのが、自分じゃなかったのがちょっと寂しかっただけ。

自惚れていた自分が情けなくて恥ずかしいだけ。

苦しいなんて、きっと昨日食べたキムチ鍋にあたっただけ・・・。

だって・・・だって・・・・・・恋って・・・素敵なことなんだから・・・。

沢田は、とても素敵な恋を見つけたんだから・・・

笑顔で、良かったなっ!って・・・・・・言わなきゃいけないから・・・。

苦しいなんて、思っちゃ駄目だ。悔しいなんて・・・・・・・・



「・・・可笑しいんだから・・・・」


「なにが?」



−−−−−−・・・・・・・・・・・・・・?



誰にいったわけでもない言葉のはずなのに、返ってきた言葉に驚いて。

そして、顔を上げた先にいたのは・・・。

「・・・・・・さわ・・・だ・・・」

「・・・なにやってんの?お前・・・」

黒い大きな傘をさして、ちょっと呆れたような顔で見下ろすのは

・・・沢田だった・・・。

「さ、沢田っ・・・い、いや・・・お、お前も帰りかっ?!」

途端に頭に血が上って顔が熱くなっていって・・・

誤魔化すように、慌てて立ち上がった。

掠れそうになる声を必死で出して、平然を装って。

「そ、そいや・・・お前っ・・・さっき教室でっ・・・」

普通に、いつものように・・・笑って・・・。

「!?」

言いかけた時、彼の視線が微かに鋭くなるのを感じて、ハッと我に返る。

狭い教室の中、気を許す奴らだけにうち明けたことだったはずなのに・・・。

それを私が黙って聞くなんて、しちゃいけないことだってわかるはずなのに・・・。

たとえ偶然聞いてしまっても、こんなに軽く口にしちゃいけないことなのに・・・。

立ち聞きしていたなんて・・・最低なことだ。

何で・・・もう・・・めちゃくちゃで・・・わけわかんなくて・・・

どんどん自分が惨めで醜くなっていきそうで・・・。

また泣きそうになって、俯いた私の手は突然伸ばされた沢田の手に引っ張られた。

「っ?!な、なにっ?」

グイッと沢田のそばに引き寄せられたと思ったら、私の腕を掴んだまま沢田は歩きだした。

「・・・家来い。」

「えっ?」

「傘持ってないんだろ?お前、濡れてるし・・・俺ん家の方が近いんだから、来いよ」

「・・・・・・・・・・・・沢田・・・・・・・」


きっと嫌な思いをしたはずなのに。

嫌な思いをさせたはずの私を気遣ってくれている・・・。

ほんの少し前を歩く沢田の肩や横顔を見上げて、腕を掴まれて

一つの傘に並んで入って・・・。


こんなときに・・・気づくなんて・・・。



今更・・・気づくなんて・・・。



もう・・・どうしようもないのに・・・。



どうにもならない、叶うことのない思いに・・・・・・



気づいてしまった・・・。



嬉しくて、いつも笑顔になれる沢田の優しさが、苦しさに変わる前に・・・



「・・・・・ありがとう・・・沢田・・・」



−−−−−−・・・ごめんな・・・・・・。



苦しいなんて思って・・・。辛いなんて感じて・・・。



・・・ごめん・・・。







前編 終  後編へ



あとがき

ま、また中途半端で申し訳ないです。

前々からずっと書きたかったネタだし、久美子視点のお話は
私の小説では珍しいので、後編も頑張って書きたいです。