その後、スーツを買いに行かされた奏は、


「ふざけんじゃねーーーっ!!!」


マジ切れしていた。



何故か。そんなの当たり前である。

嫌だといったのに無理やり高級スーツを買わされ、理不尽なことに高村への借金を増やされた挙句、

なんと彼はとんでもないことを言ってきたのだ。





「スーツは着るな。」

「・・・は?」

車に乗り込む寸前、高村の言った言葉に奏は耳を疑った。

自家用車だという外車の助手席をわざわざ自分のために開けられると、妙に気恥ずかしいというかムズムズする感じなのだが、

大人の男ってやつはこういうもんなんだなーと奇人変人なやつでもちょっと感動してたというのに、その発言は聞き捨てならない。

あけたドアに手をかけたまま立つ高村を奏は見上げてみる。

その顔には憮然とした表情が浮かんでいた。けれどびびってる場合じゃない。

高い物を無理やり買わせておいて、何をいうのか。

「私服でもかまわないようにしてやる」

だからスーツは着るな・・・って!

「なにいってんだ、あんたっ!!じゃあなんでスーツなんて買ったんだよっ!?」

ギッと睨みつけて叫ぶと、高村は何故か気難しい顔をして視線を逸らす。

「スーツの一着くらい持っていた方がいいだろう」

「そんなんだったら一万円とかのやつを買えばよかったじゃないかーっ!!

人にこんなに高いものを売りつけておいてよくそんなこといえるなっ!!この詐欺やろーっ!!悪徳詐欺師っ!!」

「・・・・・・」

すっかり怒ってしまった奏に高村は溜息を吐く。

怒り出すのも無理はないだろうなとわかっていても、どうしてもスーツを着させるわけにはいかない理由ができてしまったのだ。


簡単に言えば、スーツが似合いすぎた。似合って悪いことはないけれど。

(あれは、まずいだろう・・・)

思い出して、再度溜息を吐く。

はっきりいって似合うというか可愛すぎたのだ。


ダークブルーのスーツの裾や袖を気にしながら鏡の前に立つ奏を見た瞬間、正直抱きしめそうになった。

初めて着るスーツが恥ずかしいのか、赤くなりながらちょっと困った顔で鏡越しに目が合ったりなんかしたらグラリと理性が揺れるのも当然。

それだけでなく、店員が「とても可愛らしいですね」発言するものだから嫌な予感を感じてしまった。

冷静さを取り戻し、よくよく眺めて見てみれば。

まだどこか幼さを残しつつも、やはり10代とは違う・・・しゃんとした背筋や細く括れた腰のライン。

全体的に華奢な身体と綺麗な薄茶色の髪と瞳が華を添える容姿。

それは同時に危うげなものを感じさせて。

奏には男をそういう気にさせる何かがあるのだと、理解した瞬間でもあった。

現にまったく興味も理解も関心もなかった自分でさえ、手を出さずにはいられなかったじゃないか。

気があろうと無かろうと。いや、女とか男とかいう性別うんぬんの問題をすっ飛ばすくらい・・・やはり、可愛すぎたのだ。

だからどうしても、奏のためにも。スーツを着せるわけにはいかなかった。


そんなことを考えているなんて思いもしない奏は、気難しい顔で溜息ばかり吐いてる男に痺れを切らした。

「着なくていいなら、注文取り消してくるっ!!」

「待て!」

目を吊り上げてクルッと店へと戻ろうとしている奏の肩を高村は掴んだ。

着せてやれなくても。よく似合っていたのだから、あれは奏が持つべきものだった。

それに、自分は心のどこかで決めていたのだろう。

最初に奏に与えるものは、あのスーツだと・・・。

何故そんなことを思うのか自分でも理解できなくても、そう、当然のように思っていた。

だから高村は言ってしまう。

奏にとっては、ひどく傷つくような言葉を。


「損害には加えない。金は俺が、」


その言葉を聞いた瞬間、高村の手は強く振り払われた。


「バカにすんなっ!!」


怒りで目許を赤く染めながらそう叫んだ奏は、高村に背を向けて店とも違う方向へと歩いていってしまった。



(サイッテーだっ!!あんなやつっ!!)

悔しくて、悔しくて。奏は唇を噛み締めた。

面倒くさそうな顔で。金さえ払えば済むだろう、なんて・・・凄いバカにされた気がした。

金もないガキだと。どうせ、拾ってきた哀れな動物だとでも思ってるのだ。

それが悔しくて、嫌でたまらない。

でも本当は、あんな言葉一つで卑屈になってる自分が一番嫌だった。

わかってるのだ。金もないガキだと、拾ってきた動物みたいだと思ってるのは自分自身だって。

だから悔しくて、おばあちゃんに申し訳なくて。涙が出そうになる。


「−−−真中由梨をクビにしてもかまわないんだな?」

噛み締めて涙を堪えようとしたところで、冷たい言葉が背後から掛かった。

奏はハッとして、足を止める。

男の言葉に余計に怒りが込み上げてきた。

どこまで、酷い奴なんだと。

溢れた涙を袖で拭って、奏は振り返った。

悔しくても、どんなに最悪でも、逃げるわけにはいかないのだ。

これでもかと恨みを込めてやろうとして。

でも奏は・・・相手を睨むことすらできなかった。


(な、なんだよ・・・なんで、そんな顔・・・)

男の顔には、何故か痛ましげな表情が浮かんでいて。

酷く傷ついているように見えて、思わず胸がズキリと痛んでしまう。

傷ついてるのは自分の方なのに。そのはずなのに。


何で言った本人が傷ついてるんだよ・・・。


思いもしていなかった相手の表情にどうしたらいいかわからなくて、奏は困惑したように立ち尽くした。



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